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本編

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 「俺は一体何度同じ事を繰り返すんだ……カリーナの前ではまるで獣だ。こんなはずではなかったのに」

 カリーナを前にすると、歯止めが効かなくなる。
 リンドの帰りを寝ずに待ち泣きつかれたのもあってか、口付けの後カリーナはそのまま眠ってしまったのだ。
 眠っているその姿さえ、女神のように美しい。

 気を失うように眠ってしまったカリーナの頬を愛おしそうに撫でながら、ようやくリンドは我に返る。
 
 自分もカリーナの事を愛している。
 ようやくリンドも自らの気持ちに気づいた。
 だが既に遅いのだ。
 気づいた時には遅すぎた。
 
 実を言うと、マリアンヌとの婚約はまだ決定事項ではなく、正式な文書を交わしてもいなかった。
 しかしリンドの優柔不断な態度が原因で、マリアンヌやシルビア公爵を含め周囲はすっかりその気である。
 今更この話を無かったこととして覆すことは難しい。

 「つくづく俺は情けない男だ。」

 愛した女性1人すら幸せにすることが出来ない。
 というよりも、幸せにする勇気が出なかった。
 アレックスとの違いをひしひしと痛感する。
 器の大きさが違うのだ。
 結局のところ、カリーナが国王に嫁ぎ、自分はマリアンヌを妻としてシークベルト家を盛り上げていくことが、お互いにとって幸せだということだ。
 リンドはソファで眠ってしまったカリーナをそっと抱えてベッドに横たわらせ、掛け物を掛けた。

 愛しくて仕方がない。
 離れ難く心が締め付けられる。
 だが、こうするしかないのだ。

 リンドは眠るカリーナの元に屈み込み、額に口付けをしてこう言った。

 「さようならだ、カリーナ」

 呟くように告げた別れの言葉に、カリーナが応えることは無かった。




 リンドが立ち去ってから数時間後、カリーナは呆然として寝台に座っていた。
 あの夜目覚めたらリンドの姿は無く、掛けられた布団だけが彼がそこにいた事を物語っていたのだ。

 「リンド様……」

 彼は結局答えを出すことから逃げたのだ。
 リンドと抱き締めあった感触が未だに体に残っている。
 いずれこの感触はアレックスによって塗り替えられてしまうのだろうか。

 カリーナはきちんと向き合って別れの言葉を言いたかったのだが、結局それから出発の日まで、リンドが姿を表すことはなかった。

 それはもしかしたら、リンドなりのけじめであったのかもしれない。
 顔を合わせてしまったら、また同じこと繰り返してしまう恐れがあったのだろう。

 リンドからアレックスへ求婚を受ける旨を伝えていた様で、数日後には城からの使者がやってきた。
 1週間後に城から迎えを寄越すので、シークベルト公爵邸から王城へと引っ越す様にとのこと。
 それから挨拶とお妃教育が始まるらしい。

 予想よりも早い引越しに戸惑うが、リンドと離れる事ができるのは都合が良かった。
 同じ屋敷の中で暮らしていては、またいつか顔を合わせてしまうかわからない。

 アレックスから届いた手紙によると、衣類や装飾品、日常生活で必要な物は全て向こうで用意するという。
 これまでに使っていたものは、カリーナにとって大切なものを除いて、全て公爵家に置いてくるように、とのことだった。

 アレックスはカリーナのリンドへの想いに気付いているのだろうか。
 そんな考えがよぎったが、今は何も気にせずにお城へ向かうことにした。

 カリーナはただ身一つでお城へと向かえば、それで良いのだ。
 五年間慣れ親しんだ公爵家とも、これで本当のお別れである。
 もう二度とこの屋敷の敷居を跨ぐことはないだろう。

 なぜならばその頃には、リンドの横に公爵夫人としてマリアンヌが寄り添っているからである。
 リンドにはもちろん幸せになってもらいたい。
 自分はリンドではない他の男性の元へ行くというのに、彼が他の女性と並ぶ姿は見たくない。
 マリアンヌからしても、噂の立っていたカリーナが屋敷に出入りするのを良くは思わないだろう。

 「シークベルト公爵家とは、今生の別れだわ」

 カリーナは、懐かしい人々の元へ最後の挨拶に訪れた。

 「ジル!! 」

 「カリーナ! 聞いたわよ、お妃様になるんですって? 凄いじゃない! 」

 ジルは既に涙ぐんでいる。
 カリーナとジルは手を取り抱き合った。

 「ええ、そうなの。でも不安なことだらけよ。元侯爵の娘が王妃になったなんて試しがないから……私なんかに務まるのかしら」

 親友のジルの前だからこそ、本心をさらけだすことができる。
 ジルはカリーナの悩みを聞くと、ポンっと肩を叩いた。
 その顔には微笑みが浮かんでいる。

 「大丈夫よ、カリーナ! あなたはそのままで十分。国王陛下だって、ありのままのあなたを好きになったんですもの」

 それに、とジルは付け足す。

 「何か嫌な思いをしても、あなたなら乗り越えられるわよ。二人で乗り越えた時みたいに」

 ジルはそう言ってウインクした。

 「あなたと離れるのが寂しいわ、ジル。あなた無しでどうやって過ごせばいいのかしら」

 王城に行けば1人きり。知り合いはいない。
 ジルの様に心から何でも話すことの出来る友人はできないであろう。

 「私もよ。カリーナ。もしも、もしも国王陛下が許してくださるのなら……たまには手紙を書いてくださると嬉しいわ。王妃様にお願いなんて、恐れ多いけれど」

 「もちろんよ、ジル! 王妃になったとしても、私たちは変わらないわ。永遠にね」

 ジルはカリーナが目の前から立ち去るまで、ずっと手を振り続けた。
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