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本編

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 「カリーナ、食事が終わったら部屋で待ってていてくれ。少し話がしたいんだ」

 食事会もそろそろ終わりを迎えそうな雰囲気になってきた頃、アレックスに小声で囁かれた。

 正直に言うと、カリーナは疲れていた。
 シークベルト公爵家から王城へとやってきて、大した休憩もなくここまで過ごしてきたのだ。
 初めてのことだらけで気が張りっぱなしの一日である。
 故に食事が終わったらゆっくり休みたいと思っていたのだが。

 カリーナの気持ちを見透かしたかのように、アレックスの表情に一瞬曇りが見えた様な気がした。
 初めて見たアレックスの表情にカリーナは戸惑いを覚え、アレックスのために時間を割くことに決めた。

 「わかりました。食事会が終わったらお部屋でお待ちしておりますわ」

 カリーナはそう一言だけ告げると食事を続けたのであった。



 「カリーナ、待たせてすまない」

 あれからアレックスはすぐにはやって来なかった。
 結局カリーナの部屋を訪れたのは、食事を終えてから2時間ほど後のことである。
 カリーナはその間にメアリーの介助で簡単に湯浴みを終え、ドレスから部屋着のワンピースに着替えて髪を解き下ろしていた。
 真っ直ぐ艶やかな黒髪は、片側に流すようにしておろされている。

 「そなたは何をしても美しいな……」

 アレックスはそんなカリーナの姿を見て、珍しく余裕が無さそうだ。
 エメラルドの瞳に、初めて見る焦りのような色が見える。

 「アレックス様……? どうぞ、おかけください。今メアリーに茶を持って来させますわ」

 「いや、構わない。二人きりで、このまま話をしたい」

 カリーナは部屋の隅にいたメアリーに目配せし退出を促すと、彼女は速やかに部屋の外へ出て行った。
 メアリーがいなくなったことを確認すると、唐突にアレックスはソファに座るカリーナの隣へ腰掛け、その腰を強く掻き抱いた。

 「きゃっ!! アレックス様……? 」

 このように余裕のないアレックスは珍しい。
 いつも物事の先読みをして、常に冷静な判断を下している彼が、一体どうしたのであろうか。

 「なぜだ……なぜ俺の色を身に付けなかった……? 」

 アレックスはカリーナの耳元に、掠れた声でそう呟いた。
 この場合の色、とは瞳の色のことである。

 やはり、か。
 食事会へ向かう際のアレックスの目付きで、なんとなくそうでは無いかと察してはいたものの。
 まさか面と向かって指摘されるとは思っていなかった。

 「この国では恋人となった男女は女性が相手の色を身に付けるのが慣例……。カリーナは私の瞳の色であるエメラルドを身に付けるべきであった。……そなたも知っているはずだろう」

 「……はい」

 知らなかった、と白々しい嘘をつけば見苦しいだけである。
 カリーナは正直に認めた。

 「なぜだ、カリーナ……父と母に私達の関係を紹介するというのに、なぜエメラルドを身に付けぬ……っ」

 アレックスの瞳が困惑で揺れる。

 「それは、私のような成り上がり者が、国王陛下であるあなた様と同じ色を身に付けることが恐れ多いと思ったからでございます……」

 あながち間違ってはいない。
 未だにカリーナは自らの出自に自信がない。
 我が物顔で国王たる者の色を身に付けるほどの勇気は無かった。

 「……それだけではないだろう」

 アレックスの声が低くなる。

 「エメラルドを見ると、あいつを……リンドを思い出してしまうからではないのか? 」

 一瞬ヒュッとカリーナの息が止まる。
 まさかアレックスにお見通しだとは思わなかった。
 必死に言い訳を考えるが、言葉が続かない。

 「……何をそのような!? 」

 首飾りを選んでいた際に、脳裏に浮かんだ記憶が蘇る。

 『エメラルドは俺の瞳の色だ』

 リンドと共にエメラルドを身につけて歩きたかった、あの日の舞踏会。
 やんわりと拒絶されてしまったあの日の記憶。
 マリアンヌと並ぶリンドの姿。
 忘れたかった記憶が蘇りそうになる。
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