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本編
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「私は幻を見ているのでしょうか……? あなたは本当に……? 」
カリーナは頭が真っ白だった。
まさかここにリンドがいるはずがない、アレックスが許すはずはない。
彼はここにいてはいけない人物なのだ。
「幻ではない、俺はここにいる」
1年ぶりのリンドは、以前よりも少しやつれた様子だったが、ぎこちなく微笑んだ。
カリーナが恋焦がれた銀髪も、エメラルド色の瞳も、全てがあの時のままであった。
カリーナの時が一瞬にして巻き戻されそうになる。
「なぜここに……あなたはここにいてはいけないお方です。アレックス様に知られたら……あなたが危ない……」
国王の婚約者に横やりを入れようなど、下手をすればシークベルト公爵家は取り潰されるかもしれない。
「公爵家の取り潰しは覚悟の上だ、カリーナ」
「何をおっしゃっているのですか……? 」
「俺はシークベルト公爵の座を降りる。アレックスが命を差し出せと言うのなら、それに従う」
「あなたにとって命に代え難いほど大事な公爵家を、そのように手放してはなりません! 」
あれほどシークベルト公爵家の存続にこだわっていたリンドであろうに、信じられない。
「それでもお前に会いたかったのだ、カリーナ。……と、すまない。私は今余裕がない様だ」
ハッとリンドは乾いた笑いを浮かべた。
これまでリンドがカリーナに見せていた冷静沈着な仮面が剥がれていくのを感じた。
「今はその様な事、どうでも良いのです! 一体なぜ……? 私の書いた手紙はお読みにならなかったのですか? 」
あの手紙には、カリーナなりにリンドへの決別の想いを込めたはずであった。
カリーナはアレックスと、リンドはマリアンヌとお互いそれぞれの道で幸せになろうと、そう書いたつもりだった。
「俺はマリアンヌとは結婚しない。マリアンヌに非はない。だが彼女のことは愛せない……」
「ですがマリアンヌ様は、リンド様のことをお慕いしているとお聞きしました。以前お二人でいらっしゃるところをお見かけした時も、そのように感じましたわ……」
例の舞踏会の時に一度だけ見たマリアンヌのリンドを見つめる目は、完全に恋をしている目であった。
「だからこそ、だ。私はマリアンヌと同じ気持ちを返してやることができない……彼女の思いに報いてやることができないのだ」
リンドは何を考えているのだろうか。
リンドの全ての言葉が、カリーナの思考を停止させる。
「カリーナ、今日はお前に伝えたいことがあってきた」
部屋の中に静寂が走る。
「お前が好きだ、カリーナ。ずっと前から、好きだった……今更この様なことを言う俺を許してくれ……。だが、愛している……」
リンドは少し俯きながら、掠れた声でそう告げた。
「今……なんと……? 」
カリーナはたった今耳にした言葉が信じられずに、目を丸くする。
「愛しているんだ、カリーナ……」
リンドが、自分のことを愛しているという。
あんなに恋焦がれていたリンドが。
「それは、いつからなのですか……」
「……はっきりとはわからないが、まだお前がシークベルトの屋敷にいて、初めて口付けを交わした時からだろう……」
なんと、そんなに前からリンドは自分を愛していたというのか。
それではカリーナが屋敷を出るまでに悩み苦しんだ時間は何だったのか。
「なぜ、もっと早くお伝えしてくださらなかったのですか? 伝える機会はいくらでもあったはずです……! 」
シークベルト公爵家で過ごした日々、気持ちを伝えることは容易だったはずなのになぜ。
カリーナは混乱する。
「全ては俺の未熟さが招いたこと、本当に申し訳ない……。カリーナに気持ちを伝えたところで、どうすることもできないと思っていた。カリーナは敗戦国出身の元侯爵令嬢だ。カリーナには別の引き受け先を見つけてやる方が、シークベルト公爵家のためになると思っていたのだ。所詮、家柄や地位に重きを置き、愛した女性1人幸せにすることができない、情けない男だ俺は……」
リンドはますます項垂れる。
初めて見るリンドの姿に、カリーナの心が揺さぶられ、リンドとの過去が思い出される。
近付いたと思えば遠ざかるを繰り返した、リンドとの関係に悩み苦しんだ。
舞踏会での噂を聞いてショックを受けた。
マリアンヌと仲睦まじく過ごす様子を見て涙が溢れた。
リンドの事を思って泣いた涙はどれほどであっただろうか。
「私が……どれだけ悩み苦しみ、必死の思いでシークベルト公爵家を旅立ったとお思いですか……あなた様が屋敷の入り口で見送る姿を馬車の中から見て、私は覚悟を決めたのです……! 」
「わかっている……返す言葉もない……あの時のカリーナの気持ちに気付いていながら、見て見ぬ振りをした。許してくれ……」
リンドはただひたすら謝罪を重ねる。
「今更私にどうして欲しいとお思いなのですか……私にはアレックス様がいます。これまでずっと、傷付いていた私を優しく包み込んでくださいました。アレックス様を裏切る様な真似はできません。私もあのお方を愛しています。それに……ではなぜあの様なお手紙など寄越したのですか! 」
あの手紙を読んで、カリーナの中で何かが死んだ気がした。
手紙を暖炉に投げ入れた時に、リンドへの想いは無理やり封印したのだ。
「結局あなたは、一度も会いにきてくださらなかったではありませんか……」
カリーナの目に涙が浮かぶ。
二人の間に沈黙が走る。
カリーナは頭が真っ白だった。
まさかここにリンドがいるはずがない、アレックスが許すはずはない。
彼はここにいてはいけない人物なのだ。
「幻ではない、俺はここにいる」
1年ぶりのリンドは、以前よりも少しやつれた様子だったが、ぎこちなく微笑んだ。
カリーナが恋焦がれた銀髪も、エメラルド色の瞳も、全てがあの時のままであった。
カリーナの時が一瞬にして巻き戻されそうになる。
「なぜここに……あなたはここにいてはいけないお方です。アレックス様に知られたら……あなたが危ない……」
国王の婚約者に横やりを入れようなど、下手をすればシークベルト公爵家は取り潰されるかもしれない。
「公爵家の取り潰しは覚悟の上だ、カリーナ」
「何をおっしゃっているのですか……? 」
「俺はシークベルト公爵の座を降りる。アレックスが命を差し出せと言うのなら、それに従う」
「あなたにとって命に代え難いほど大事な公爵家を、そのように手放してはなりません! 」
あれほどシークベルト公爵家の存続にこだわっていたリンドであろうに、信じられない。
「それでもお前に会いたかったのだ、カリーナ。……と、すまない。私は今余裕がない様だ」
ハッとリンドは乾いた笑いを浮かべた。
これまでリンドがカリーナに見せていた冷静沈着な仮面が剥がれていくのを感じた。
「今はその様な事、どうでも良いのです! 一体なぜ……? 私の書いた手紙はお読みにならなかったのですか? 」
あの手紙には、カリーナなりにリンドへの決別の想いを込めたはずであった。
カリーナはアレックスと、リンドはマリアンヌとお互いそれぞれの道で幸せになろうと、そう書いたつもりだった。
「俺はマリアンヌとは結婚しない。マリアンヌに非はない。だが彼女のことは愛せない……」
「ですがマリアンヌ様は、リンド様のことをお慕いしているとお聞きしました。以前お二人でいらっしゃるところをお見かけした時も、そのように感じましたわ……」
例の舞踏会の時に一度だけ見たマリアンヌのリンドを見つめる目は、完全に恋をしている目であった。
「だからこそ、だ。私はマリアンヌと同じ気持ちを返してやることができない……彼女の思いに報いてやることができないのだ」
リンドは何を考えているのだろうか。
リンドの全ての言葉が、カリーナの思考を停止させる。
「カリーナ、今日はお前に伝えたいことがあってきた」
部屋の中に静寂が走る。
「お前が好きだ、カリーナ。ずっと前から、好きだった……今更この様なことを言う俺を許してくれ……。だが、愛している……」
リンドは少し俯きながら、掠れた声でそう告げた。
「今……なんと……? 」
カリーナはたった今耳にした言葉が信じられずに、目を丸くする。
「愛しているんだ、カリーナ……」
リンドが、自分のことを愛しているという。
あんなに恋焦がれていたリンドが。
「それは、いつからなのですか……」
「……はっきりとはわからないが、まだお前がシークベルトの屋敷にいて、初めて口付けを交わした時からだろう……」
なんと、そんなに前からリンドは自分を愛していたというのか。
それではカリーナが屋敷を出るまでに悩み苦しんだ時間は何だったのか。
「なぜ、もっと早くお伝えしてくださらなかったのですか? 伝える機会はいくらでもあったはずです……! 」
シークベルト公爵家で過ごした日々、気持ちを伝えることは容易だったはずなのになぜ。
カリーナは混乱する。
「全ては俺の未熟さが招いたこと、本当に申し訳ない……。カリーナに気持ちを伝えたところで、どうすることもできないと思っていた。カリーナは敗戦国出身の元侯爵令嬢だ。カリーナには別の引き受け先を見つけてやる方が、シークベルト公爵家のためになると思っていたのだ。所詮、家柄や地位に重きを置き、愛した女性1人幸せにすることができない、情けない男だ俺は……」
リンドはますます項垂れる。
初めて見るリンドの姿に、カリーナの心が揺さぶられ、リンドとの過去が思い出される。
近付いたと思えば遠ざかるを繰り返した、リンドとの関係に悩み苦しんだ。
舞踏会での噂を聞いてショックを受けた。
マリアンヌと仲睦まじく過ごす様子を見て涙が溢れた。
リンドの事を思って泣いた涙はどれほどであっただろうか。
「私が……どれだけ悩み苦しみ、必死の思いでシークベルト公爵家を旅立ったとお思いですか……あなた様が屋敷の入り口で見送る姿を馬車の中から見て、私は覚悟を決めたのです……! 」
「わかっている……返す言葉もない……あの時のカリーナの気持ちに気付いていながら、見て見ぬ振りをした。許してくれ……」
リンドはただひたすら謝罪を重ねる。
「今更私にどうして欲しいとお思いなのですか……私にはアレックス様がいます。これまでずっと、傷付いていた私を優しく包み込んでくださいました。アレックス様を裏切る様な真似はできません。私もあのお方を愛しています。それに……ではなぜあの様なお手紙など寄越したのですか! 」
あの手紙を読んで、カリーナの中で何かが死んだ気がした。
手紙を暖炉に投げ入れた時に、リンドへの想いは無理やり封印したのだ。
「結局あなたは、一度も会いにきてくださらなかったではありませんか……」
カリーナの目に涙が浮かぶ。
二人の間に沈黙が走る。
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