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本編

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 何やら部屋の外が騒がしい事に気づく。
 メアリーと男性が言い争いをしている様だ。

 そもそもこの部屋にアレックス以外の男性が近づくことは珍しい。
 一体何事か。カリーナは身構える。

 「メアリー? 何やら騒がしい様だけど、大丈夫かしら? 何があったの? 」

 しかしメアリーからの返事はない。

 「……メアリー……? 」

 メアリーの返事の代わりに、バタン!と勢いよくドアが開いた。
 だがしかし入ってきたのはメアリーではない。

 「え……そんな……まさか……」

 カリーナは一瞬自分の目を疑った。
 そこには、初恋の人である銀髪の美しい男性が立っていた。

 「あなたはっ……リンド様……? 」

 「……久しぶりだな、カリーナ。会いたかった……」

 そう、そこに立っていたのはリンド・シークベルト、まさにその人であったのだ。


 リンドがカリーナと対面する少し前のこと。
 挙式準備を終えて一休みしているカリーナのために、メアリーは温かい紅茶を淹れて部屋へと戻ってくる。
 ドアをノックして開けようとしたその時だった。

 「カリーナはこの中か? メアリー」

 聞き慣れた声が背後から聞こえた。
 そんなはずはない。ここでその声を聞くはずはないのだ。
 メアリーが恐る恐る振り返ると、ここにはいるはずのない男性がいた。

 「なぜ、あなたが……」

 そう、そこに立っていたのはメアリーのかつての主人である、シークベルト公爵である。
 メアリーは驚きのあまり食器を落としそうになる。

 「久しぶりだな、メアリー。元気そうで何よりだ」

 「一体なぜ……こちらにいらしたのですか……? 」

 今更リンドがカリーナと会う必要は無い。
 カリーナはアレックスと、リンドはマリアンヌとそれぞれ婚約し別々の道を歩んでいるのだ。

 「……そのような顔で見ないでくれ。カリーナに会いにきた、ただそれだけだ」

 「お帰りくださいませ。カリーナ様はもうアレックス様とのご婚礼を控えております。これ以上、あのお方の気持ちを掻き乱さないでくださいませ……」

 メアリーは無礼を承知で抵抗する。
 この1年間、カリーナがどの様な思いでリンドの事を忘れようと努力してきたか。

 それに、今更のこのこと会いにくるのならば、なぜあの時あんな手紙を寄越したのか。
 一目見舞いにでも来て想いを伝えれば良かったものを。
 あの手紙以降カリーナの何かが変わったことに、彼女をずっとそばで見てきたメアリーは気付いていた。

 カリーナがリンドの事を忘れられる様に、背中を押したのもメアリーである。

 「そうか。俺が現れるとカリーナの気持ちが乱れるか……」

 「はい。ようやくカリーナ様は立ち直られここまで頑張ってこられたのです。その努力を無駄にしないでいただきたいのです」

 シークベルト公爵家にいた時は、このようにリンドに反抗するなどとは、思ってもいなかった。
 リンドも、メアリーがここまでの反応を見せるのは予想外だったらしく、目を丸くした。

 「随分とカリーナと親しくなった様だ。お前をカリーナ付けにしたのは、良い判断であったな」

 「では、お引き取りくださいませ。今なら間に合います」

 またどこかで聞いたことがあるセリフだ。
 リンドはそう思った。

 「俺は引き返すつもりはない。聞いてくれメアリー、俺はカリーナの事を愛している。城へ入る前も、そして今もだ。ようやく気付いたのだ。あの時カリーナを手放してしまった事を、心から悔やんだ。トーマスにも初めて叱られたよ……」

 「トーマス様が……でございますか? 」

 執事のトーマスはいつも冷静沈着で、その表情が崩れるのをほとんど見たことがない。
 そんなトーマスがリンドを叱ったと言うのだから、メアリーは驚いた。

 「そうだ。屋敷の者にも、婚約者のマリアンヌにも迷惑をかけてしまった。そして何よりカリーナやアレックスにも。だがそれでも私は、この恋を諦めることができない。カリーナは私の全てだ。彼女無しでは生きていけない、なぜこれまで気付かないフリをしていたのだろうか。 頼む、メアリー、そこを開けてくれないか。自分勝手なのは重々承知している。カリーナに断られたならば、潔く諦めよう。だがしかし、せめて最後に一目でもその姿が見たいのだ……」

 リンドの目には薄ら涙が浮かんでいる様に見えた。

 「頼む、メアリー! この通りだ……」

 リンドはメアリーに向かって頭を下げた。
 あの冷酷な公爵のこのような姿を見たメアリーは、これ以上抵抗する気になれなかった。

 「……」

 メアリーは無言でゆっくりとドアの前を退いた。

 「……感謝する、メアリー。すまぬ」

 リンドはそういうと、勢い良くドアを開けてカリーナの部屋へと入って行った。

 「……っカリーナ様……申し訳ございません……」

 廊下には、メアリーの啜り泣く声が響いていた。
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