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梨の王
ハンナの日記 2冊目
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今秋の梨は豊作らしく、先生の元には毎年の様に大量に贈られて来ている。
例年の様に私達も集まり加工の手伝いをしながら豊穣を喜び、規模も大きくなってきたので、まるでお祭りの様だ。
そんな中、先生が突然倒れた。
高齢な事もあり、皆心配した。
ただの体調不良なら良いのだけれど。
医師のみが付きっきりになり、邪魔になりそうな私たちは帰宅したが暗い顔のままだ。
バーンも悲しんでいた。
◆
数日後先生が逝去されたとの連絡があった。
足元が無くなった様な感覚がしたが、悲しんでばかりもいられない。
厳かにお送りしなくては。
先生の家にたどり着くのも一苦労な程の人が詰めかけていたが、教え子だと言うと皆通してくれた。
先生の遺体を見るまで実感が湧かなかったが、実際見てしまうと涙が止まらなかった。
あぁ、先生、見てください。
外には先生のために人が集まっていますよ。
先生にお礼を言いたいと、それだけのために初冬に入るこの時期に、山程の人が。
私たちに今できる事は、その山程の人が辛く感じない様に思いを伝える手助けをすることのみだ。
その方法は先生から学んでいるのだ。
力を合わせて、列を捌こう。
悲しむだけの弟子など、先生に顔向けできるものか。
2日ほどかかり参列が落ち着いたところで、先生からの遺言が2通出て来た。
1通は一番弟子に渡されており、それには割符が打たれて、もう1通が本当の内容だと証明するものだった。
家は必要であれば壊して教育機関を建てて欲しい。
幸い立地がいいのだから。
金銭はそんなに残していないが、君達は恐らく私の葬儀を執り仕切ってくれるだろうから、手弁当にならないように、配分して欲しい。
皆、ありがとう。
遺体は切り刻んで、研究の材料にして欲しい。
記録が終わったら妻の木の元に焼いて埋めてくれたら良い。
魂は君達と共にある。
糧となれたら嬉しい。
先生の身体を切り刻むなんて!
当然そんな意見も出たが、遺言は尊重するべきと言う結論に落ち着いた。
一番弟子が名乗りをあげ反対もなかったので、彼を補助する2人と3人で行う事となった。
医師の心得がないと理解はされないだろうとのことで、国民には敢えて伝えないことにした。
◆
また数日後、一番弟子に集まる様に言われたので、弟子達が集まった。
皆は記録が終わったので埋葬するのに、呼んだのだと思っていたが、違った。
あんなに憤っている一番弟子の彼を見たのは最初で最後だった様に思う。
先生を解剖したことで死因がわかった。
老衰では無かったのだ。
死因は窒息死。
集まった梨から無作為に選んだその梨の中に、古い金属片が紛れ込んでおり、それが喉に詰まり死因となった。
恐らく偶然、過去に放たれたものが実の中に入り込んでしまったと言う見解だった。
果実が形成される段階で入り込んだ物だろうと。
金属片は古く、錆び付いており性質的に最近のものでは無かったらしい。
土壌に良くないからと金属はキチンと避けられていた。
しかしファーデン建国よりも、先生がこの地に来るよりも前らしい物に先生は殺された。
やるせない。
もっとはっきり金属を拒絶するべきだったのだ。
優しい先生は、私達に優しく伝えただけで、本当はそんな甘いことではいけなかった。
私たちが愚かにも優しさに甘えていた事が原因で先生が死んだ。
私たちが殺した様なものだ。
悲劇はもう一つ起きた。
先生の遺体を焼いて埋めてから3ヶ月ほど経ったある日、先生とその奥さんの木が腐り落ちた。
理由は分からないが、残留した金属毒が気に回ったのだろうと思った。
何故か一つだけ残って実っていた梨の実は赤黒くリンゴのようになっており、まるで先生の無念が宿ったかの様だ。
再認識せねば。
先生の優しい言葉に安穏としている場合ではない。
真意を確実に呼び起こさねば。
ファーデンフロイデの中で先生を生き返らせるのだ。
先生の優しさの中にある苛烈ささえも汲み取るべきだ。
弟子達で集まって、自分たちの甘さを悔いねば。
馬鹿者どもめ!
先生が死ななければ分からなかったのか!
こんなに悔いた事など人生になかった。
先生があんなに導いてくれたのに、私たちの甘さが先生を殺すことになるとは。
◆
あんなに言ったのに!
まだ鉄を持ち込む白痴がいる!
今日だけで2人連行させた。
疑ってかかると全員が怪しく見えてくる。
しかし、私達がしっかりしないと。
幸い、先生の死因が公表された為、鉄を遠ざけるのに苦労は無かった。
理解を示してくれた。
示さなかったものなどいない!
しかし代用不可能なものがある。
工業区では使用を許可して、居住区への持ち込みを禁止した。
習慣から代用が難しいものは、なるべく早く代用品を開発して、皆の生活を良くしたいものだ。
◆
ランス山から流れてくる、ルラン川の水質がかなり汚染されている事がわかった。
他国で行われている、金属の採掘と加工が原因らしい。
ファーデンでは土壌汚染にはかなり気を遣っている。
先生の教えにもあったためそうしているのだが、土壌調査をした研究員から見てもそれは正しいことの様だ。
結局その毒水が土壌を汚染している事がわかったので、正式な抗議を送ったが明るい回答は得られなかった。
暴力にすぐに訴える事はないが、こちらは戦争も辞さないと言うのに。
まずは土壌汚染の原因と結果を調べて纏め話し合いの場を作ろうと研究班が作られた。
川の水は汚染されて来ているので、飲用としては井戸水を使用する様にお触れも出された。
何故ランス山の開発を止めないのか。
私たちは知識で原因に辿り着いて、公布出来たけど他国もそうとは限らない。
民が大切ではないのか。
先生、先生ならどうしていたでしょうか。
血を流さず建国したのは、この国の誇りですが、このままでは大勢が死にます。
己の利益の為に大勢を殺すのです。
説いて分からぬ獣に、我らはどうするべきなのでしょうか。
◆
研究班から、毒水を摂取した場合の症状がわかったと連絡が来た。
ごく少数のみ集められたのは、その事実が衝撃的だったからだ。
流布したならば、直ぐにでも戦争になるだろう。
毒水を積極的に与えられたマウスは、窒素して死んだ。
解剖をすると、かなりの確率で喉の辺りから鉄片が出て来たらしい。
…先生と同じ症状だ。
恐らくランス山とルラン川に繋がる地下水脈の流れで、汚染されている所が違うのだろう。
先生の梨の木は腐り落ちていた。
つまり、道理も通らぬ獣に、先生は殺されたと言う事だ。
事故じゃなかった。
偶然じゃなかった。
先生は、殺された。
◆
獣を滅ぼすべきだ。
その為には国内を一つにしなくては。
仇を取る。
◆
ファーデンフロイデは完成した。
これで戦える。
恨みは癒えぬ。
◆
毒には毒だ。
鉄など使う必要はない。
せめて先生より苦しめ。
◆
ランス山の開発は頓挫したようだ。
まだ足りない。
この世から消し去っても先生は甦りはしない。
◆
先生、たくさん死人が出ます。
◆
果たして、私たちは先生と同じところへ逝けるのだろうか。
しかし、止まれない。
例年の様に私達も集まり加工の手伝いをしながら豊穣を喜び、規模も大きくなってきたので、まるでお祭りの様だ。
そんな中、先生が突然倒れた。
高齢な事もあり、皆心配した。
ただの体調不良なら良いのだけれど。
医師のみが付きっきりになり、邪魔になりそうな私たちは帰宅したが暗い顔のままだ。
バーンも悲しんでいた。
◆
数日後先生が逝去されたとの連絡があった。
足元が無くなった様な感覚がしたが、悲しんでばかりもいられない。
厳かにお送りしなくては。
先生の家にたどり着くのも一苦労な程の人が詰めかけていたが、教え子だと言うと皆通してくれた。
先生の遺体を見るまで実感が湧かなかったが、実際見てしまうと涙が止まらなかった。
あぁ、先生、見てください。
外には先生のために人が集まっていますよ。
先生にお礼を言いたいと、それだけのために初冬に入るこの時期に、山程の人が。
私たちに今できる事は、その山程の人が辛く感じない様に思いを伝える手助けをすることのみだ。
その方法は先生から学んでいるのだ。
力を合わせて、列を捌こう。
悲しむだけの弟子など、先生に顔向けできるものか。
2日ほどかかり参列が落ち着いたところで、先生からの遺言が2通出て来た。
1通は一番弟子に渡されており、それには割符が打たれて、もう1通が本当の内容だと証明するものだった。
家は必要であれば壊して教育機関を建てて欲しい。
幸い立地がいいのだから。
金銭はそんなに残していないが、君達は恐らく私の葬儀を執り仕切ってくれるだろうから、手弁当にならないように、配分して欲しい。
皆、ありがとう。
遺体は切り刻んで、研究の材料にして欲しい。
記録が終わったら妻の木の元に焼いて埋めてくれたら良い。
魂は君達と共にある。
糧となれたら嬉しい。
先生の身体を切り刻むなんて!
当然そんな意見も出たが、遺言は尊重するべきと言う結論に落ち着いた。
一番弟子が名乗りをあげ反対もなかったので、彼を補助する2人と3人で行う事となった。
医師の心得がないと理解はされないだろうとのことで、国民には敢えて伝えないことにした。
◆
また数日後、一番弟子に集まる様に言われたので、弟子達が集まった。
皆は記録が終わったので埋葬するのに、呼んだのだと思っていたが、違った。
あんなに憤っている一番弟子の彼を見たのは最初で最後だった様に思う。
先生を解剖したことで死因がわかった。
老衰では無かったのだ。
死因は窒息死。
集まった梨から無作為に選んだその梨の中に、古い金属片が紛れ込んでおり、それが喉に詰まり死因となった。
恐らく偶然、過去に放たれたものが実の中に入り込んでしまったと言う見解だった。
果実が形成される段階で入り込んだ物だろうと。
金属片は古く、錆び付いており性質的に最近のものでは無かったらしい。
土壌に良くないからと金属はキチンと避けられていた。
しかしファーデン建国よりも、先生がこの地に来るよりも前らしい物に先生は殺された。
やるせない。
もっとはっきり金属を拒絶するべきだったのだ。
優しい先生は、私達に優しく伝えただけで、本当はそんな甘いことではいけなかった。
私たちが愚かにも優しさに甘えていた事が原因で先生が死んだ。
私たちが殺した様なものだ。
悲劇はもう一つ起きた。
先生の遺体を焼いて埋めてから3ヶ月ほど経ったある日、先生とその奥さんの木が腐り落ちた。
理由は分からないが、残留した金属毒が気に回ったのだろうと思った。
何故か一つだけ残って実っていた梨の実は赤黒くリンゴのようになっており、まるで先生の無念が宿ったかの様だ。
再認識せねば。
先生の優しい言葉に安穏としている場合ではない。
真意を確実に呼び起こさねば。
ファーデンフロイデの中で先生を生き返らせるのだ。
先生の優しさの中にある苛烈ささえも汲み取るべきだ。
弟子達で集まって、自分たちの甘さを悔いねば。
馬鹿者どもめ!
先生が死ななければ分からなかったのか!
こんなに悔いた事など人生になかった。
先生があんなに導いてくれたのに、私たちの甘さが先生を殺すことになるとは。
◆
あんなに言ったのに!
まだ鉄を持ち込む白痴がいる!
今日だけで2人連行させた。
疑ってかかると全員が怪しく見えてくる。
しかし、私達がしっかりしないと。
幸い、先生の死因が公表された為、鉄を遠ざけるのに苦労は無かった。
理解を示してくれた。
示さなかったものなどいない!
しかし代用不可能なものがある。
工業区では使用を許可して、居住区への持ち込みを禁止した。
習慣から代用が難しいものは、なるべく早く代用品を開発して、皆の生活を良くしたいものだ。
◆
ランス山から流れてくる、ルラン川の水質がかなり汚染されている事がわかった。
他国で行われている、金属の採掘と加工が原因らしい。
ファーデンでは土壌汚染にはかなり気を遣っている。
先生の教えにもあったためそうしているのだが、土壌調査をした研究員から見てもそれは正しいことの様だ。
結局その毒水が土壌を汚染している事がわかったので、正式な抗議を送ったが明るい回答は得られなかった。
暴力にすぐに訴える事はないが、こちらは戦争も辞さないと言うのに。
まずは土壌汚染の原因と結果を調べて纏め話し合いの場を作ろうと研究班が作られた。
川の水は汚染されて来ているので、飲用としては井戸水を使用する様にお触れも出された。
何故ランス山の開発を止めないのか。
私たちは知識で原因に辿り着いて、公布出来たけど他国もそうとは限らない。
民が大切ではないのか。
先生、先生ならどうしていたでしょうか。
血を流さず建国したのは、この国の誇りですが、このままでは大勢が死にます。
己の利益の為に大勢を殺すのです。
説いて分からぬ獣に、我らはどうするべきなのでしょうか。
◆
研究班から、毒水を摂取した場合の症状がわかったと連絡が来た。
ごく少数のみ集められたのは、その事実が衝撃的だったからだ。
流布したならば、直ぐにでも戦争になるだろう。
毒水を積極的に与えられたマウスは、窒素して死んだ。
解剖をすると、かなりの確率で喉の辺りから鉄片が出て来たらしい。
…先生と同じ症状だ。
恐らくランス山とルラン川に繋がる地下水脈の流れで、汚染されている所が違うのだろう。
先生の梨の木は腐り落ちていた。
つまり、道理も通らぬ獣に、先生は殺されたと言う事だ。
事故じゃなかった。
偶然じゃなかった。
先生は、殺された。
◆
獣を滅ぼすべきだ。
その為には国内を一つにしなくては。
仇を取る。
◆
ファーデンフロイデは完成した。
これで戦える。
恨みは癒えぬ。
◆
毒には毒だ。
鉄など使う必要はない。
せめて先生より苦しめ。
◆
ランス山の開発は頓挫したようだ。
まだ足りない。
この世から消し去っても先生は甦りはしない。
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先生、たくさん死人が出ます。
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果たして、私たちは先生と同じところへ逝けるのだろうか。
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