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梨の王
決意とプライド
しおりを挟む「大分じいさん寄りの頭で読んでたから、俺もなんかハンナの気持ちが分かるわ。
いや、でもよ、こっからの弟子達が作った国が気に入らなくて俺は抜け出したわけだから、何だかな。
ホールドウィンは素直にカッコよかったと思うぜ。
短絡的な手段を取らなかったしなぁ…。
そしてリリアンがこの肩の梨の木が有利に働くって言った気持ちも分かるわ。
ファーデンでは大切な木なんだもんな。
ん?どうした。
難しい顔して。」
「いや、なんで普通に肩から木が生えているのかなって。
生えるわけないんですよ、人の身体に植物なんて。
土じゃないんだから、栄養価も全然違うし、発芽に必要な水分だけはあるかもしれませんが、血でしょう?
てんで意味がわからないなって。
ちょっとだけ破片もらって良いです?」
「いや、もちろん良いけども。
俺にもわからねぇんだよなぁ。
ほら、気がついたら刺さっていたからさ。」
それはそうだろうとリリアンは思った。
それにそもそも近年梨の生息地もかなりファーデン周りにしかない。
他地域にもあるが厳密には別種で、味が似ているために混同されているだけだ。
宗教的な理由でポツポツと庭に植えられていることもあるが、こんな砂漠に人は住んでいない。
それならば、アプリードが墜落した場所はかなりファーデン側だと推測されるが、そこから歩いてたどり着いたとはとても考えられない距離だ。
この図書館ではしばしば起きる事だが、遭難した場所と、ここに来たタイミングがどう考えても合わないことが多い。
そして、そんな不可思議な位置から帰って行った者たちも、何故か普通に帰ることが出来ている様で、ここに長年住んでいるリリアンからしても謎だった。
◆
「ちょっと来てみてください。
やっぱ生きているみたいですよ、その梨。」
リリアンに連れられて地下へ降りていく、長くもない階段を降りると湖に木が逆さまに生えている異様な光景が広がっている。
「なんだここ…。
いや、確かに水とかどうしてんのかと思っていたけども…。
こえーな、ここ。
なんか。」
そんなアプリードの呟きは無視されて、どんどん奥へ進んでいくリリアン。
案内された先では、梨が実っていた。
「ここは作物がよく実るんです。
通常より早くね。
貴方が来た頃、運ぶ時に分枝が折れてしまいましてね、植物図鑑を読むと梨は接木で増えるとの事だったので、前に接いでいたんですよ。
するとほら、実った!」
「おぉ。
じゃあやっぱ枯れてないんだな。
意味がわからないけど。」
リリアンは一つ梨をもぎるとアプリードに渡した。
アプリードは苦笑いしながら受け取ると、ズボンでゴシゴシと磨いてからかじると一言、
「これで友達だな。」
と言った。
◆
アプリードに必要な知識は山程あった。
食い込むためにファーデンとファーデンフロイデの歴史を学びはしたが、ここから政治に踏み込んでいくならば、足りないものが多すぎる。
社交のマナーや礼儀作法などを仕事柄ある程度は分かるとはいえ、階級によっては育つ過程で自然と身につけていくものも修めなくてはならなかったし、戦略を練るために古今東西の革命や戦争について学ぶ必要があった。
そもそもの話、親が政治に関わりでもしないとそっちの道に進めないことが多いし、信頼もしてもらえない。
昇進も容易ではないのだ。
あまりに不利と言わざるを得ないが、嘆いてばかりも居られない。
大切な資質も確認しなくてはならない。
「あのよ、リリアン。
その、すごく聞きにくいんだけどさ…。」
「なんですか?
モジモジして。
トイレの我慢は身体に悪いですよ?」
「いや、あーと、俺ってさ…。」
「うん?
うん。」
「イケメンか?」
「…は?」
リリアンの日記にはこのことを割と多い文量で書かれている。
いい年した男がそんなことを聞くなんて滑稽だったのだ。
文体は弾む様で、どこか楽しげだった。
「いや、イケメンだったらどっかのご令嬢に見初められて貴族入り出来るかも知んねーじゃねぇか!
…その目をやめろ!
自惚れてた訳じゃない!」
「そんな乙女の様な事がうまくいく訳ないでしょう。
例え貴方が絶世の美男子だとしても無理ですって。
ところで、なんで貴族入りしたいんです?」
過去の政変を成した政治家は割と上流だったりする。
その事を説明するとリリアンは鼻で笑い、やれやれと言った風体でまた本を一冊持って来た。
「あのね、アプリード。
ファーデンフロイデで学んだでしょう?
その時の政治によって内容などいくらでも変わるんですよ。
貧しい農村の生まれだとしても、後に残る文献にはそう書き記しはしません。
地方士族の生まれとか、誰も辿れはしない過去の王族皇族はたまた神様の子孫という事にするんです。
事実はどうあれ、優秀な王ならそんなものに足を引っ張られるよりも、そうした方が誰も損をしないし簡単でしょう。
だから貴方は、名家の子孫を名乗りなさいな。」
「そんなんでいいのかよ…。
それで、適任はいるのか?
我がご先祖様のよ。」
「えー…。
ホールドウィンの弟子はかなりの人数いますよね。
当然表に出ずっぱりなハンナなどの人の子孫を名乗るのは不可能でしょうが…。
弟子の中にはホールドウィン原理主義と言える弟子もいて、戦争になる事を反対した人たちもいます。
解釈を広げて戦争をする事を反対していた人達ですね。
何故そういう者がいたか。
思想は同じと言っても、やはり色々な人がいて、孤独を愛して森で一生を終えた人もいるわけですよ。
貴方も見ましたよね、その中の1人を。
妻を失い、子供が居らず、一生を終えた偉大なる革命家を。
ホールドウィン。
貴方はアプリード・ホールドウィンと名乗るといいでしょう。
王都に居た時に子供を隠していた事にしたらいいでしょう。
子孫がいるかなんて誰も知りませんから。
おそらくは。
300年以上前の話ですからね、当時の事を知っている人は生きていないでしょう、多分。」
「多分って…そりゃそうだろ。
わかったよ。
ホールドウィン家を名乗る。
…ぁあー、親父とお袋にはバレちゃうよなぁ。
どうしよ。」
「その肩の木と一緒に帰ればお告げがあったっていっても信じて貰えるんじゃないですか?
神秘的すぎますし。」
「…はぁ。
そこは適当なんだな。
でも、確かに信仰に篤い人達だった気がする。
俺の話は信じてくれると思うよ。」
「まぁ、息子が国を裏切ったよりは、お告げで誰にも言えずに試練を乗り越えた方がいいでしょう。
そうしたら自分達を疑わなくて済みますから。」
それは分かる。
ならば自分の道は決まった。
意外と言ってはなんだが、ホールドウィンの残した元の教えは気に入った。
ムカつくのは今の人命軽視の考え方だ。
そもそもホールドウィンの命を奪う事になったのだって、汚染事故から始まっている。
それなのに300年以上も淡々と争い続けているなんて馬鹿馬鹿しい。
もしその時ホールドウィンが生き残っていたら戦争になんかならなかっただろう。
対話と信頼で人をまとめたのだ。
ならば俺もそこを目指そう。
戦争を止める。
現在の宗教的におかしくなったところを正す。
そして副次的に川や土地の汚染の問題にも切り込める。
「うし、方針は決まったな。
ならそこに関係する知識をぶち込むだけだ。
アプリード・ホールドウィン、やるぜ!」
「あ、間違えてました。
ホールドウィン家は王族だったので、アプリードではダメでした。
アプリードリヒ・ホールドウィンにして下さい。」
アプリードは苦笑いした。
こんな簡単に自分を称する大切な名前が2回も変わるなら、政治を変えるのもそんなに難しくないのかもしれないと思った。
「そういえばよ、このホールドウィンの本を書いたのは誰なんだ?
ここに来たか、ここで話していったんだろ?
詳しすぎるもん。
又聞きを纏めたらこんな感じにはならないだろ。」
「あぁ、ハンナさんですよ。
彼女の日記もその時に。
怒り心頭でしたが、ほら、彼女はホールドウィン原理主義に決まっているじゃないですか。
戦闘に傾いていく国を出て、ここに迷い込んだんです。
息子のバーン君と共にね。
懐かしいなぁ…。
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この日記の後でしょうね、国を出たのは。
それが貴方に渡るだなんてロマンチックですねぇ。」
「なんだ、先輩かよ。
家出して訳のわからない胡散臭い図書館に来た先輩。
なら、道理だ。
ハンナ先輩とご先祖ホールドウィンの遺志は俺が受け継ぐ。」
胡散臭いと言われたリリアンは複雑な顔をしたままアプリードの肩をポンポン叩いたあと、やっぱり許せなくて脇腹をペンでグリっとした。
司書としてのプライドが、友の決意に勝ったのだ。
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