リリアン

まつり

文字の大きさ
40 / 57
梨の王

歴史に残らぬ空白期間 その2

しおりを挟む
それからより輪をかけて訓練に励んだアプリードは、普段の仕草もどんどん洗練されていった。
リリアンもわかる範囲は注意して直したし、アプリードも自身の確認に余念がなかった。

茶を飲むとき、自然とカップとソーサーから音が出なくなった頃、アプリードは旅立っていった。

長旅の準備をして過酷な砂漠越えを覚悟していたが、拍子抜けする程あっさりとファーデンへと辿り着いたアプリードは、少し迷っていた。

考えていたシナリオ通りなら、両親や幼馴染と会うのは不味い。

しかし露見した時に変な騒ぎになるのも困ってしまうので、会うのか会わないのか、どちらにするのが正解か迷っていた。

とりあえず隣国の渡航に制限のない友好国で宿を取り、ファーデンの情報を集める事に決めた。

飲み屋を転々としながら旅人に話を聞いたり、急いで頭に入れた観光の知識を活かして観光案内のバイトをしながら、逆にファーデンからの旅行者の話を聞いたりしていた。

離れて何年か経つが大きくは変わっていないようで、相変わらず戦時中らしかった。
ファーデンフロイデもどんどん改悪され、より攻撃的な文言に変わっていっているようだ。

やるせねぇなぁ。
そんな気持ちで街に出て話を集め、夜になると河岸でヴァイオリンを弾く。

そんな毎日を過ごしていた。

ある日、タチの悪い飲み屋に引っかかった。
客層を散らばせるために、あえて知らない店にばかり行っていたのが仇となって、所謂ボッタクリの店で呑んでしまったのだ。

「おい、よー、兄ちゃん。
払ってもらえなきゃ困るんだよなぁ。

アンタが呑んだ酒代、30万ルーベ。
わかるだろ?
金は無くなっても、身体は無事で帰った方が利口だと思うけどねぇ。」

30万ルーベ。
庶民の月収程度の金額だ。
元々持っていた金粒と、リリアンが持たせてくれた宝石を金に換えて資金としていたので、余裕はあるが、目的の為にこんな事に費やしてる場合ではない。

アプリードは元々軍人なので、対人戦の心得はもちろんある。
膝でも逆関節に蹴れば走って逃げられるだろうと思って軽く蹴ると、相手がなにか不健康な薬でもやってる結果なのか、リリアンのところで励んだ筋トレや謎の格闘技の本、チン師範の秘伝術の結果なのか簡単にへし折れてしまい、足元でもがいているチンピラのことが逆に心配になってしまった。

店員にモップを持って来させて、柄の所を降り膝に沿わせ布で巻いて、病院に連れってやれと言うと、店員はチンピラを連れて出ていってしまった。

「…あ、やべ。
普通の飲み代くらい払うつもりだったのに。」

アプリードはまぁそのうち戻って来るだろうと、勝手に棚から酒を取り出し呑みながら待つ事にした。

何杯か空にした辺りで、気がつくと2席離れた所に男が座っておりアプリードに話しかけて来た。

「ヴェン団のアプリードさんに手を出すなんて、ウチのやつが失礼致しました。
これ、詫びなので、お納めください。」

そう言い、布に包まれた金を差し出す。

ヴェン団…?
知らない団体だ。

「いや、待て、確かに俺はアプリードリヒと言うが、ヴェン団は知らない。
この街には割と最近来たばかりで、こんなボッタクリの店も知らずに来た始末だ。

恐らく人違いだと思うが…。」

男は驚いた顔をし、じっとこっちを見る。

「…いや、俺は顔も見た事あるし、間違い無いはずですが…。
いえ、失礼しました。
事情があるなら詮索しません。

とりあえず、どなたか存じませんが、馬鹿のお詫びと言う事で、そちらはどうぞ。」

「いや、受け取れねぇ。
マジで人違いだ。
…ヴァン団ってのはなんだ。

アンタと同じマフィアか?」

「おっと。

…あぁ、マフィアだ。
本人等は団って言っているが、中身は俺等とおんなじさ。

マジに人違いかよ。
に過ぎてるぜ、アンタ。」

「信じてもらえるか分からないが、記憶が曖昧な時期があってね。

身分証からアプリードってのが分かって、その後に出自が辿れて、昔のお偉いさんの血筋ってのが分かったんで、アプリードリヒって名乗ってるわけだ。

もしかしたら自分はアプリードじゃないんじゃないかって疑念はあった。

アンタ、口は軽い方かい?」

「そんなマフィアはいねぇ。
金にならない秘密は喋らねぇ。」

アプリードは鼻で笑うと2枚のカードを投げ渡す。
当時の身分証で、アプリードとピアードの物だ。

「おいおい、マジかよ。
じゃあアンタはピアードかもしんねーな。
…いや、まだわかんねーか。

双子なのか?
まぁ、いいや。
納得したよ。

その金はやる。
情報料に名目は変えておくがな。
ははは。

おもしれーってだけで何かになる訳じゃねぇがな。

ありがとよ。」

「情報は金になるのか?
なら、この金で情報を買わせてくれよ。

ヴァン団のヤサはどこだ?」

男は包みを持つと出際に
「15分経ったら店から出て来な、案内を寄越すからよ。
あと、ヴェン団な。」
と言って笑いながら去っていった。

15分ほど経って外へ出ると、さっきまでバーテンをやっていた男が着替えて立っていた。

目が合うと歩き始めたので後ろをついていく。

「…アイツの治療、ありがとな。
いつか俺等が痛い目に遭うってんのは分かっていたんだが…。
いや、なんでもない。

それより、ヴェン団の所まで行ったら俺はポケットに手を入れる。
そこの2階が奴らのヤサだ。

んで、俺等はそっから関与出来ねぇ。
わかるだろ?
治療のお礼に案内するだけだ。」

「あぁ。」

一定の距離を持ったまま街外れまでついていくと、キャバレーのような場所で男がポケットに手を入れた。

ふぅ、と一つため息をついてアプリードは、キャバレーの裏へ回り階段を上がっていく。
2階部分のドアを開けようとするが鍵が閉まっており開かないので、ノックをするが反応がない。

そのまま踊り場でタバコを吸いながら人が来るのを待っていると、カンカンと人が上がって来る音が聞こえる。

「兄貴、こんなとこで何やってんすか。
今日立て込むって言ってたのに。
あ、鍵忘れたんでしょ。

もー。
俺が偶然通りがかったからいいものの…。
兄貴?

兄貴か?
お前。」

「いや、人違い…というか、恐らくその兄貴と会いに来たんだ。
兄弟だ。
あんたらの言う兄弟じゃなくて、本当の。
生き別れになっていてな。」

「まーじで?
あぁ、そう言えば兄貴も言ってたわ。
双子だって。

分かった。
ちょっと待っててよ。

連絡来たら繋ぐから。
ま、入って入って。
兄貴の兄弟なら客だ。

あそこのソファにでも座っててよ。
ところでさ、なんでそんな肩がもっこりしてんの?」

「木が生えているんだ。」

「はぁ?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

なほ
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模るな子。新入社員として入った会社でるなを待ち受ける運命とは....。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...