リリアン

まつり

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梨の王

歴史に残らぬ空白期間 その3 ③

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食事の後にお暇しようと思っていたが、意外にもシェリルに引き留められた。

どうやら本日の稽古で習った曲で納得のいっていないところがあるそうだ。

そうなると弾くしかない気持ちはよく分かる。

一通り弾いて貰うと、知らない曲だった。
タイトルはシンプルに「雨」

割と近年の曲らしく、ピアノでいう左手、低い伴奏がテクニカルな割に主旋律は穏やかで、感情的に弾いては台無しになりそうな曲だ。

「私もアプリードリヒ様に習って頭の中で風景を想像してみるようになりました。
それが必ずしも正解ではないとは分かってはいるのですけど、自分に合うというか、没頭出来るんです。

そうすると弾くのが楽しくなって。

ですが、この曲の場合…なんというか、普遍的なテーマであまり没頭するとダメそうで、お父様の言葉を借りるなら『ノレない』のですよ。」

ふむ。
確かに、そういう曲は確かに俺にもある。

例えば海の壮大さを謳った曲なんかは、実際に見た事がなくて分からないのでノレない曲だ。

リリアンにも話した事がある。

「リリアンは好きじゃない本とかあるのか?
それともこの形をしていたらなんでも好きなのか?」

嫌味ではなく、彼がこれは面白くないと言ったことがない事に対する疑問だった。

「そうですね。
…例えば、貴方はヴァイオリンを弾きますよね、それでふわっと通りがかりに、ワンフレーズだけ素晴らしい曲を聴いて、魅了されたとしましょう。」

「うん。
実際そういうことはあるな。」

「私も一文を読んだだけでワクワクする本がありますとも。

ね?
で、です。

そうなると先を想像しますよね。
こういう進行だったから、こうなると良いなぁ、と。
私でいうと、こういう入りだから、こういう話になっていくのではないかと想像をする訳です。」

「あぁ、それもあるな。

実際聴いてみると全然違って、ガッカリすることもある。」

「それです。
それを言いたかったのですよ。

貴方の想像したものは、貴方にとって最良のストーリーです。
貴方にとっては、貴方が最高の作者なはずです。

あらすじや一部分から、自分がなんとなく思い描いた続きが最高、要は好みなんですね。

しかしねぇ、実際の作品は作者の好みなんですよ。

しかし、完成された作品にも余白はあるわけで、そこを自分の宝物で埋めるのが読書だったり、演奏をすることになるわけです。

隙間に詰め込んだ物を含めての作品。

そうなると、隙間ごと面白くないなんて事はないですね。
だって、自分の好みを捩じ込んだのですから。」

「でもダメな曲も本もあるだろ?」

「ありますねぇ。
しかも対外的に評価されたりしていると、困っちゃいますね。

そういう場合は…。」

そうだ。
そんなこと言っていたな。
ふふ。

「お嬢様、余白は自分の好きに埋めてしまえば良いそうですよ。
例えば、描写はされていませんが、雨の降る場所が、屋敷の窓から見える景色だったり、楽しみなお出かけを邪魔する雨だったり。

それは弾き手の自由に任せられています。

貴女のお好きなように、ってね。

例えば、ヴァイオリンですが、前者を弾くと…、こんな感じで演奏しよかな、と思いますが、後者だと…こう。

頭に浮かべた景色の差で、同じ曲で楽譜通りから大きく外れてはないですが、結構違うでしょ?」

シェリルは真剣に聞いてくれており、目をパチパチさせている。

「この曲は、左手は完全に考えさせる余地を与えていませんが、右手は逆に投げっぱなしになっていて、どういう曲であるかを弾き手に任せっきりですね。

雨は降っている。
貴女が思い浮かべる雨はどんな物ですか。
そういう楽譜です。」

「ええ。
んー。
えー?」

「あはは。
そうなる曲もあります。

言ってる事は分かるけど…ってね。

そういう場合は…。」

「そういう場合は…?」

「あきらめましょ。
いつか自分が何かの経験をした時とか、成長した時にバチっとハマることもあります。」

「えぇ!
良いんですか?」

「え?
何故駄目なんです?
仕方ないじゃないですか、合わないんだから。

今は、ね。
まぁ一生ハマらない可能性もありますがね。

でも良いんですよ。
全部の曲を完璧な解釈で弾きこなせる人は変です。
お好きな曲をお好きな様に弾いたのを聴いた人が、次にまた好きに弾く。
それで良いではないですか。

いつか名演と呼ばれるものもその中から生まれるし、怪演と呼ばれるものも生まれますよ。

ま、でも弾きこなしてからの話ですから、練習はしないといけませんがね。」

「あら。
せっかくお父様を煙に巻いて、サボれると思いましたのに。」

なるほど、ご令嬢はジョークも嗜みと言うのは本当らしい。
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