今日オススメするVRゲームは【娘っち】です。母親になって、娘を産んで育てて、立派なS級冒険者にするゲームです。

もう書かないって言ったよね?

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第13話・最終話

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 サクラちゃんはゆっくりと慎重に獄闇竜に向かって歩いていきます。反応はありません。獄闇竜の首はおかしな方向に折れ曲がっています。人間ならば死んでいるこの状態でも、ドラゴンならば死なないのでしょうか。

(お母さんに言われた通りに、念の為にもう一度攻撃しないと…)

『獄闇竜は死んだフリをして、油断して近づいて来た相手を襲う』と、お母さんはサクラちゃんに言い聞かせていました。杖に魔力を込めて、上空に巨大な岩杭を作ると勢いよく落下させました。

 ドォスン‼︎ 獄闇竜の首の根元に岩杭が突き刺さりました。

『………』

 けれども、獄闇竜は全く反応しません。元々痛みを感じないのか、それとも死んでいるから何も感じないのか。

「んんっ~~? 念の為にもう一度攻撃した方がいいのかな?」

 サクラちゃんは獄闇竜がもう死んでいると思っているので、これ以上の攻撃は無駄だと考えています。それでも念には念を入れて、今度は獄闇竜の首を斬り落とす事にしました。

「火と土の精霊よ、力を合わせて万物を斬り裂く刃となれ。やあぁ~~! 《斬岩剣・紅蓮》‼︎」

 灼熱の大剣を抱えて、獄闇竜の首目掛けて突っ走ります。勢いよく振り下ろされた紅蓮の大剣の一撃は、獄闇竜の首を軽々と両断しました。

「………やっぱり死んでるよね。だとしたら、お母さんの家に帰っていいんだよね! わぁーい♬」

 しばらく胴体から離れた首を見ていましたが、動く気配は微塵もありません。それどころか身体からは血の一滴も流れません。サクラちゃんは家に帰れる事を喜んでいます。

 でも、有名な言葉の1つに『血の流れない生き物は殺せない』というものがあります。その証拠に消えていた黒い瘴気がサクラちゃんを囲むように集まっていきます。

「ええっ‼︎ どうして! 何で瘴気が!」

 もしかすると、獄闇竜とはゾンビやスケルトンのようなアンデッド系のモンスターなのかもしれません。だとしたら、最初から死んでいるような状態だったと考えた方が自然です。この黒い瘴気は死んでいったドラゴン達の生きたいという執念のようなものかもしれません。

「きぁあ‼︎ いやぁ‼︎ 離してぇ‼︎」

 黒い瘴気はサクラちゃんの身体に纏わりついて離れません。このままでは身体と精神を蝕まれて、闇の生物へと変化していきます。そうなれば、変異した動物達のように暴れるだけの存在になってしまいます。

「お母さん‼︎ 助けてぇ‼︎ お母さん‼︎」

 サクラちゃんの悲痛な声が死竜の墓場に響きます。飛行船の乗組員達は迂闊には近づけません。無策で飛び出しても無駄に被害者を増やすだけです。

(いつもの私なら、ただ夢の中で娘が殺されるのを見ている事しか出来ない無力な母親。でも、今日の私は違う。絶対に大丈夫。サクラちゃん、お母さんがすぐに助けてあげるからね)

 ☆

 娘が何とかクエスト7の《獄闇竜》討伐を成功させても、実はクエスト8《娘の救出》という連続クエストが発生してしまいます。

 このクエスト8は母親専用クエストと呼ばれていて、闇に取り込まれた娘を夢の中で戦って倒す事でクリアする事が出来ます。2つの意味でこのゲーム最大の難関クエストです。

 まず、1つ目は愛する娘を攻撃しないといけません。多くの母親プレイヤーが、『私には出来ない‼︎』と闇落ちした娘にボコボコに倒されてしまいます。結局、親娘で仲良くバッドエンドコースです。

 次に、2つ目は娘がとにかく強いという事です。本来の戦闘技術に加えて、闇落ちした事でステータスという身体能力も大幅に上昇しています。

 最速攻略者の大ちゃんも、『とにかく娘との訓練は実戦形式だけにして、クエスト8の予行練習をしておけ』と言っているぐらいです。

『ギャアア~~‼︎ ギャアア~~‼︎』

 サクラちゃんは杖に、出鱈目に魔力を込めては周囲を闇魔法で破壊していきます。もう自我というものはないようです。

「ごめんなさいね、サクラちゃん。お母さん、1つだけ嘘を吐いたの。本当はこうなる事は分かっていたけど、言ってしまったら、優しいサクラちゃんは、ワザと獄闇竜に倒されてしまいそうで怖かったのかもしれないわね。でも、あの言葉は嘘じゃないわ。絶対に大丈夫。あとの事はお母さんに任せなさい」

 お母さんは左腰にはエステルの木刀を差し、両手にはルナマリアのベレッタM92を装備しています。戦う覚悟も勝つ準備も十分に整っています。あとは全力を出すだけです。

「いざ、参る」

 ガチャ、ガチャ、二丁のベレッタM92の銃口をダークサクラちゃんに向けます。引き金を引くと、パァンと最後の戦いの火蓋が切られました。

『ギャシャァ‼︎』

(こっちが使えるのは《E級剣術》と《C級弓術》だけ。《S級魔術》が使えるサクラちゃんには攻撃力では絶対に勝てない。私が勝つ方法はただ1つだけ。純粋な戦闘技術でサクラちゃんを上回ればいいのよ!)

 パァン、パァン、パァン! ビューン、ビューン!

 遠距離から親娘は銃弾と魔法を撃ち合い続けます。けれども、理性を失くした娘の魔法は擦りもしません。

『ギャぅ! フギャ!』

(1発、2発銃弾が当たったぐらいじゃ倒せない。トドメを刺したいのなら、強力な一撃を直接叩き込まないと駄目ね。ならば、このエステルの剣で決着を付ける!)

 お母さんは両脇の銃ホルスターに2丁のベレッタM92をしまうと、左腰に差しているエステルの木剣を引き抜きました。

『お母さん、痛い、痛いよう。もうやめて、やめて…』

「ええっ⁉︎ サクラちゃん!」

『ギャハァ‼︎』

「はっ! しまった‼︎」

 ビューン、ビューン! と闇の魔力弾が飛んできました。騙されてはいけません。娘が正気に戻ったという姑息な罠です。迂闊に近づいたら倒されてしまいます。

(ハァハァ、危ない危ない! 知っていたのに騙されそうになったわ。何てムカつくゲーム会社なの!)

 ダークサクラちゃんの攻撃を間一髪避けられたものの、危うく倒されそうになりました。もう二度と騙されません。体勢を素早く立て直すと、力一杯木剣を握り締めて、愛娘の身体に振り下ろしました。

 ガァツン‼︎

『ギャアア‼︎ 痛い、痛い、お母さん! お母さん! やめて!』

「もう騙されるか‼︎ 《斬岩剣・凶終隙末》‼︎ オラオラオラオラオラオラオラオラ~~~‼︎」

 まったく反撃させる隙を与えずに、剣撃の嵐でダークサクラちゃんを攻撃し続けます。エステルの木剣にはダークサクラちゃんを一撃で倒せる攻撃力はありません。今だけは優しいお母さんではなく鬼母になって、愛娘の身体に取り憑いた悪霊を叩き出します。

『ギャア‼︎ やめて! ギャシァ‼︎ やめて‼︎』

(ヤァ‼︎ ハァッ‼︎ 杖を奪えれば魔法は使えない。今よ!)

 ブン、ガァギン‼︎ 一瞬の隙も見逃しません。強烈な木剣の一振りが星の杖に直撃すると、クルクルクルと遠くまで、杖を弾き飛ばしました。

『ギシャ⁉︎』
 
「もう後悔しても遅いわよ。汝のあるべき姿に戻れ‼︎ やぁぁぁぁぁ!!!」

 ドォゴン‼︎

『グガァ~~~‼︎』

 天地を斬り裂く母の一撃が、娘を大地に沈めました。しばらくすると、ダークサクラちゃんの身体から黒い瘴気が抜け出していきます。紫色に変色した髪や肌も、元通りの茶色の髪と白い肌に戻っていきます。どうやら決着は付いたようです。

「んんっっ⁇ お母さん? ここは何処なの?」

(やっとゲームクリアね。サクラちゃんには本当の事は言わない方がいいわね)

「気がついたのね。ここは夢の中よ。さあ、早く起きなさい。飛行船の人達が心配しているわよ」

「はい、お母さん。あれ? 私、獄闇竜を倒したんだよね? あれあれ⁇」

 取り憑かれた後の記憶は曖昧なようです。夢の中とはいえ、お母さんに銃で撃たれ、木剣でボコボコに殴られたのを覚えていたら、今後の親娘関係に亀裂が出来てしまいます。でも、もうゲームクリアです。そんな心配は無意味なのかしれません。

『トゥトゥトゥトゥ~~~♬』

 親娘の感動の再会でも、空気を読まずにゲーム開発会社のエンドロールが始まりました。

(ああ、早送り出来ないよ。さっさとタイトル画面に移動しないかなぁ~)

「わぁ~~♬ お母さん、これ小さい頃の私だよね」

「ええ、そうよ。ここは夢の中だからサクラちゃんが小さい頃の思い出のシーンが流れるのよ。本当に大きくなったわね」

 今流れている映像は6歳ぐらいです。産まれた娘はすぐに10歳に成長します。一緒にお花畑で花冠を作った事は一度もありません。ゲーム会社が作った適当な思い出シーンを見せられています。

「これ覚えている。お父さんと一緒に海水浴に行った日だよね」

(えっ! えっ! この男は軍服の男⁉︎ あいつとはそういう関係だったの……私の男の趣味最悪じゃない!)

 筋肉質の髭男が父親なんて最悪です。もっと王子様風の美男子にすれば、娘の遺品を持って来ても、撃ち殺す事はなかったでしょうに。

「お母さん、私、何だか眠たくなって……」

 ウトウトと、サクラちゃんは眠たそうです。エンドロールも終わりに近づいているのでしょう。

「お休みなさい。すぐにまた会えるわよ」

「うん、お母さん、お休みなさい………」

 ☆

 突然、真っ白な空間に移動したと思ったら、妙にハイテンションな子供の声が聞こえてきました。

『はぁ~い、ゲームクリアおめでとうございますぅ~。ご褒美にシークレットモード《母親冒険者モード》が解禁されますぅ~。わぁ~~い。わぁーい。クエスト1~7の激闘を母親冒険者として楽しむ事が出来ますぅ~。凄いですぅ~。はぁ~~い』

(日曜日の夕方に聞いた事がある子供の声ね。《母親冒険者モード》⁇ どうでもいいわ‼︎)

『ララララ、ラッラッララ♬ ララララ、ラッラッララ♬ ララララ、タッタラッララ~~♬』

 ▷⚫︎新しくゲームスタート

  ⚫︎母親冒険者モード

  ⚫︎記録されているデータはありません

  ⚫︎ゲームを終了する

 最後の最後までプレイヤー達が期待するような展開は起こりませんでした。一部の戦闘マニアには《母親冒険者モード》は好評でしたが、どうせなら親娘で一緒に冒険者するモードの方が良かったです。

「よし、次は知世でクリアしましょう♬」

 そんな評判最低のゲームでも、可愛い娘と30日間も過ごせるのならばと、多くの男性プレイヤーがその虜になっていくのでした。

【終わり】



 



 











 

 

 

 



 

 

 


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