代償魔法《デッド・オア・キル》〜260人の命を背負う不死身の冒険者〜

もう書かないって言ったよね?

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第1章・廃棄ダンジョン編

第11話・選ばれる者

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「死ンダ?死ンダ?」

 ルインはベンの死体に覆い被さるように倒れています。まだ、呼吸はしています。死んではいません。

 さっさとトドメを刺せよ。馬鹿野郎…。

 意識は朦朧としています。代償魔法《アンミリテッド・キル》の効果は続いているようです。クローリカの話では5分経過するか、発動中に死ぬかすれば、効果は消えるそうです。

 それに、わざわざゴブリングールの4匹がルインにトドメを刺さなくても、すぐに死ぬような血の量が今も流れ続けています。それでも、完全に死ぬには数分はかかりそうです。出来れば最初に死んだように、ショック死が良かったかもしれません。

 ペタペタペタペタ。

 ルインの望み通りにゴブリングールの1匹が近づいて来ました。床にしゃがみ込むと口を開けて、ルインの首筋に黒く変色した鋭い歯を突き立てました。

 ガブッ‼︎ギリギリ‼︎

「うっぐ‼︎うっっうぐっ‼︎」

 口の中に新鮮な血が溢れていきます。暴れるルインを長い2本の腕で押さえ込みます。さらに2本、さらにもう2本と押さえる腕が増えて行きます。生きたまま、4つの口がルインの肉と血を貪り喰っていきます。

 もう…駄目だ…。

 地獄のような痛みが続きます。腕が折られ、耳が噛み千切られ、そうしてやっと、死が訪れてくれました。真っ暗な闇がルインの視界を覆い尽くします。

 代償魔法《リライト・デッド》発動‼︎

 残り254人…。

 ハァハァ…ハァハァ…生きてる⁈

 少し混乱しているようですが、代償魔法が発動したようです。残り時間はたったの30秒です。混乱している時間はありません。急いで木扉か岩壁を通り抜けて、このダンジョンから逃げなければなりません。

「ひいぃっ‼︎ルイン‼︎助けてくれ‼︎もう痛いのは嫌だ‼︎嫌だぁ‼︎」

 ルインが死んだ事で《アンミリテッド・キル》の効果が消えようです。錯乱している島の人が城の中に現れました。

 あっ⁈いや、どうせ助からない…それに、俺を食べるのに夢中のようだ。気付いていない。このままなら死ぬまで逃げ切れるだろう。

 数十秒後に確実に死ぬだろう見知らぬ小父さんを助けるよりも、知っているベン小父さんをルインは選びました。アイアンダガーや骨槍のように、死んで生き返れば、手元に持っていた物は一緒に幽体の移動先に移動しました。それは死体も同じはずです。

 でも、この理屈ならば、今、ルインの身体を喰っているゴブリングール4匹も付いて来る事になります。それはちょっとマズい事になりますが、それはそれで今後の戦いに大いに役立ちます。地面や壁の中まで連れて行く事が出来れば、強敵を閉じ込めて簡単に殺す事も可能かもしれません。殺せる手段は多い方がいいです。

 ゴブリン達が必死に押さえる大きな木扉を簡単にすり抜けると、真っ直ぐに庭の荒れた道を進んでダンジョン脱出を目指します。チラッと見た限りでは、城の外のゴブリンの数は60~70匹ぐらいです。予想よりはかなり多いです。窓から外に出られたとしても、1回ぐらいは死んでいたはずです。もっと簡単な廃棄ダンジョンに挑戦するべきでした。

 とりあえず街に戻れば、冒険者ギルドでレベルアップ出来る。レベル30~40のゴブリングールを最低10匹以上は倒したはずだ。レベル10は確実だろう。

 モンスターを倒しても、何もしなければレベルアップはしません。冒険者ギルドに行って創造神《テロス》に報告する事で経験値が与えられて、やっとレベルアップが完了します。

 そもそも冒険者ギルドは創造神《アチーヴ》が管理しているので、冒険者ギルドで創造神テロスに報告するのはおかしいな話ですが、ここ以外に創造神に報告出来そうな場所はありません。ついでにモンスターを倒して、創造神アチーヴに報告しても経験値は与えられます。要するにどちらの創造神にも報告すれば、経験値は貰えるという事です。

 たった30秒の移動時間です。古城の広大な庭からは出る事は不可能です。結界の張られているダンジョンの出入り口までは、まだ600mはあります。

 移動速度は実際の走る速さとほぼ同じぐらいか…それにそろそろ時間切れ…草むらの中に隠れて、出て来た住民に話を聞かないとな。

「今から草むらに隠れます。モンスターに見つかるので、大声を出したり驚かないで欲しい。聞こえましたね?」

 見えない誰かに向かって話しかけます。けれども幽体状態なので、その声が聞こえたかは不明です。ゆっくりと慌てずにルインは背の高い草むらの中に隠れました。

 城の木扉の前にほとんどのゴブリンが集まっているので、このまま草むらの中を音を立てずに進めば、結界のある出入り口まで行けるかもしれません。でも、そんな簡単に逃げられる訳がありません。

 おそらくは新しい獲物が来るのを見張っている奴が少しはいるだろうな。出入り口付近は全力で走るしかない。走る体力は出来るだけ温存しないといけないな。

 油断は禁物だとルインは知っています。もっと慎重に考えて行動、準備していれば犠牲になる人は、たったの1人で済んだはずです。今日だけで島の住民が4人も死にました。これ以上は見たくはありません。

「…ルイン」

 えっ⁉︎女性の声が…。

「…こっち」

 女性の声がルインの耳に聞こえます。小さな声です。最初は気の所為かと思ったぐらいです。草むらの中に現れた女性はどうやら今の状況をはっきりと理解しているようです。

「ロッタさん?何で、あなたが…」

「はっはは…仕方ないよね。誰かが死なないと駄目なんだから…」

 ロッタさん…本名は確か《ロッタ・カトレット》32歳。2人の子供がいて、まだ3歳と1歳の小さな男の子だ。家の近所に住んでいて母さんとも仲が良くて、子育ての相談によく家にも来ていた。それがどうして?何で…何で…この人が選ばれないといけないんだ‼︎

 ロッタは潮風で少し茶色くなった長い髪を指で弄っています。自分が数十秒後に死ぬと理解しているようです。まだ大丈夫だと思っていたのに、選ばれてしまったのです。残された時間で何が出来るのか、何が遺せるのか…。

「ルイン君。絶対に諦めないで。ルイン君が諦めたら皆んな死んで終わりなの。私の事はいいから、《ナッシュ》と《エミオ》は絶対に助けてね。《ペテロ》、子供達の事は頼んだわよ」

 しっかりとルインの目を見て、ロッタはその先にいるだろう家族に向かって話します。こんなのは別れの挨拶です。止めるべきかもしれません。でも、ルインはロッタを助ける事が出来ないと分かっています。ロッタの目からは最後まで涙が流れ続けていました。

「ごめん…ロッタさん。ここで眠っていて。俺だけの力じゃ、ここから2人で逃げられないんだ。ごめん、皆んな」

 ゆっくりと動かなくなったロッタを、地面に寝かせました。ここに置いておいても食べられるだけです。せめてゴブリンに食べられないように、ロッタの死体を持ち帰りたい。ルインはそう思ったものの、それは出来ない事です。

 死体を運びながら移動するのは体力を使います。さらにゴブリンの見張りがいた場合は戦闘も考えられます。身体の傷は完全に消えているので、《アンミリテッド・キル》を使えば、レベル10前後のゴブリン数匹は瞬殺できます。でも、死体を運ぶ為に、新たに1人を殺す事になります。もしもその1人がロッタの家族ならば最悪の結果です。

 重量制限…大きさ…いや、この場合は衣服に該当すれば一緒に移動するのかもしれない。試してみるしかないか。

 周囲を探してみたものの、ベンの死体は一緒に移動しなかったようです。今頃は消えたルインの死体の代わりに、ゴブリングール達に食べられています。

 草むらの中を慎重に進んで行きます。見張りのゴブリンのレベルが10前後ならば、ルインよりは視力は上のはずです。だとしたら、300~400m先からでも、出入り口は見えるはずです。この辺に潜んでいる可能性が高いです。

 最初にゴブリンに襲われたのはこの辺のはず…このまま草むらを進むよりは、一気に道を走り抜けた方がいいかもしれない。でも、出来れば姿を見せない方がいい…草むらの中を走れば、仲間の誰かと思うかもしれない。

 まだ出入り口までは400mぐらいはありそうです。全力で走り続ければ1分後には脱出出来る可能性はあります。問題はゴブリンの走る速さです。城の中に逃げた時は追いつかれませんでした。だとしたら、ルインの方が足は速いです。でも、骨槍の投擲技術は高いです。足に当たれば終わりです。

 草むらの中を走る方が気付かれる時間を少しは延ばせるはずだ。それに草が邪魔して上手く骨槍を当てる事が出来ないだろう。行くぞ。

 ガサガサ‼︎ガサガサ‼︎

 意外と邪魔だな。進みにくい。

 170㎝近くある硬い草を掻き分けて走り続けます。体力が予想以上に奪われていきます。進んでも進んでも草むらの中にゴブリンの姿は見えません。派手に草の音を立てているのに、気配も反応もありません。

 どういう事だ?もしかすると…。

 ルインの嫌な予感が当たりました。ダンジョンの出入り口には白い骨槍を持ったゴブリンが3匹立っていました。

 ああ、そうかよ‼︎そっちがその気ならやるしかない。

 《リライト》でも《アンミリテッド》でも使えば1人は死にます。だったら、死ぬ気で強行突破すればいいだけです。成功すれば1人が助かります。失敗しても、代償魔法を使った時と結果は同じです。ルインは草むらから出ると、骨槍を掲げているゴブリン達に向かって、走る速度を上げました。

 ❇︎
 
 

 
 

 
 

 

 


 

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