代償魔法《デッド・オア・キル》〜260人の命を背負う不死身の冒険者〜

もう書かないって言ったよね?

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第3章・水と迷宮の守護者編

第33話・もう1人のルイン

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 頭部全体を水塊が覆っています。鼻と口を塞ぐ水塊はどうやっても取れそうにないです。このままでは溺死してしまいます。けれども、ルインの右腕にはパイシーズの腕輪が嵌められていました。

(力を貸せ! 《パイシーズ》!)

 ルインが心で念じると、さっきまでの苦しさが嘘のように消えました。魔法で操られている水でも、パイシーズの水中呼吸能力は効果を発揮しました。

(ハァハァ、フッ~、そっちも殺すつもりで助かるよ)

 マリーが言っていたようにパイシーズの能力は、ノア神父の持つアクエリアスとの相性は良いようです。これなら水で溺れ死ぬ事はなさそうです。

(ああっ! 何という事だ!)

 ノア神父はルインが平然と水の中で呼吸が出来ているのに驚いています。そして、いきなり走り出しました。教会の裏口から外に逃げるようです。

「ノア神父⁈ どうしたんですか!」

 教会で祈りを捧げていた住民が、何も言わずに外に走って出て行こうとするノア神父に声をかけますが、返事は返ってきません。突然の事態に住民達は訳が分かりません。そんな住民達を置き去りにして、神父は教会を飛び出していきました。

(こんな場所で戦えば、住民に被害が出てしまう。私が何とかしなければ!)

 神父はどうやら教会の中で戦いたくないようです。神父の狙い通りにルインが走って追って来ました。このまま誰もいない森の奥の方まで移動するのでしょう。

「ハァハァ、邪魔な水は消えたけど、一体何処に向かっているんだ? まさか、逃げるつもりなのか?」

 ルインの頭部を覆っていた水塊は消えていました。神父との距離が離れると消えるのか、神父が操るのをやめたのか。今、分かっている事は神父が水を操る魔法を使えるという事だけです。

 ピタッと突然、ノア神父が走るのをやめてしまいました。デルニの町から6~7分ぐらいは走り続けました。町からは2~3㎞ぐらいの離れた森の中です。どうやら、ここなら誰にも邪魔されず、誰も気にせずに戦えるという事でしょう。

「フゥッ~、フゥッ~、さすがに速いですね。ついて来れないように走ったつもりなんですけどね」

「走るのは好きなんだよ。エアリス・ノア。一応は聞いておくが、そのアクエリアスの腕輪を渡すつもりはないか? 出来れば殺したくはない」

「はっははは、それは難しい提案ですね。あなたは知らないようですが、この腕輪と一度契約すると、契約者を殺さないと、次の契約が出来ないのですよ。つまりは私を殺さずに腕輪を奪っても、何の意味もないという事です」

 ノア神父はルインよりもゾディアックストーンの力に詳しいようです。会話を続けながらも神父の身体に水塊が集まり続けています。逃げるつもりもなければ、逃すつもりもないようです。

「そういう事か。必ず殺してから腕輪を奪えとはそういう意味だったのか……。先に言っておくが、俺を溺死させる事は出来ない。抵抗しなければ、出来るだけ苦しませずに殺すと約束しよう」

「そうですか。あなたも、元は私と同じ側の人間のようですね。嬉しい申し出ですが、それは出来ません。この力は良い事に使われてこそのものです。返す事は出来ません」

 元々、アクエリアスの腕輪はノア神父の物ではありません。貸したものを返してもらうだけです。ただし、使用料は命です。ルインを撃退する事が出来れば、また、しばらくの間は神父がアクエリアスの腕輪を使い続ける事が出来ます。

「お互い守るべきものがあるか……」

(この神父にとっては、デルニの町が守るべき大切なもの何だろうな。俺にとってのセルカ島の人達や、母さんやルルカと一緒か)

 デルニの町の繁栄の為に、ノア神父は来る日も来る日もモンスターと戦い続けました。町の周囲に近づくモンスターはもうほとんどいません。彼が死んでも、しばらくの間は町の安全は大丈夫そうです。でも、殺されるつもりはないようです。

「君には悪いが、殺されるのをただ待っていた訳じゃない。大地を潤せ! 《アクエリアス》‼︎」

 黄緑色の宝石が強く輝くと、大地から水が噴き上がります。神父とルインを囲むように、いくつもの丸い水塊が宙に浮いていきます。

「レベル136……それが本当のレベルか?」

 ノア神父のレベルは一気に100上昇しました。ルインのレベルを僅かに超えています。

「さて、レベルでは私の方が少し勝っているようだ。私からも提案したい事がある。見逃してあげるから、町に二度と近づかないと約束してくれ。そうすれば危害を加えないと約束しよう」

「フッフフフ、ハッハハハ! 面白い冗談だ。やってみろ?出来るなら」

 折角のノア神父の提案でしたが、ルインは思わず笑ってしまいました。だってレベル136程度の強さです。海賊船のデレスよりも格下の相手です。笑うしかありません。

「提案は受け入れてくれないようだね。悪いが苦しませずに殺す事は出来ないかもしれない。悪く思わないでくれよ」

 神父の手の動きに合わせて、宙に浮いていた水塊の1つがルインに向かって飛んでいきました。

(速いけど、避けられない速さじゃない)

 真っ直ぐに飛んできた水塊を横に素早く回避します。パッシャンと避けた水塊が後ろの木に打つかって、大きな音を立てて弾けました。

「流石にモンスターのようには簡単に倒せませんか。だったら数で圧倒しないと駄目ですね。《アクア・バレット》!」

 水の銃弾といういうよりは、水の大砲です。直径30㎝を超えるいくつもの水塊が、ルインに向かって次々と襲い掛ります。

(右! 後ろ! 左! チッ、いくら避けても弾は無制限に作れる。魔力が切れるのは期待しない方がいい。だったら、本体を殺るしかないか!)

 360度、上からも水塊が襲ってきます。1発だけなら簡単に回避できますが、絶え間なく襲ってくる水塊をいつまでも避け続ける事は困難です。

(フゥフゥ、フゥフゥ、流石にレベル121ですね。ですが、巨大な水塊に閉じ込めても意味がありません。接近戦は無謀のようですし)

 ルインはいつもの短剣一体型のメリケンサック、ナックルダスターを装備しています。装備を見れば接近戦を得意としているのはすぐに分かります。

「もういいか。代償魔法《アンミリテッド・キル》発動!」

 残り238人……。

 ノア神父の攻撃を避け続けるだけでは倒せません。1回も死なないように無謀な長期戦を挑むよりも、1人殺して確実な短期戦を選ぶ方が賢い戦い方です。急激にレベルが221まで上昇すると、ノア神父に見えるルインのレベルが変化しました。

「ど、どういう事ですか? 何でレベルが39に下がっているですか?」

「あんたには今の俺のレベルはそう見えているのか? 今の俺のレベルは221だ。安心しろ。すぐに終わる……」

 向かって来る、1つ1つの水塊の動きがさっきよりも、ゆっくりと見えるようになります。さっきまでは避けるだけで精一杯だったのに、今は避けるだけでなく、神父に向かって近づく事が出来るようになりました。2人の距離が徐々に縮まっていきます。

(腕輪を2つ嵌めている? だとしたら、最初から勝ち目はないという事ですか)

 格段に回避スピードも移動スピードも上がっています。水塊を撃ち続けても当たる可能性はほとんどありません。でも、ノア神父は諦めるつもりはないようです。

(奥の手です。《グラップス》‼︎ 水の刃に散れ! 《アクア・カッター》‼︎)

 魔力の消費量は増えますが、威力と速度は確実に上がります。3つの薄い水の刃がルインを襲います。

(回避! 間に合わない!)

 近過ぎて回避は間に合いません。宙に少し飛び上がると、身体を丸めて手足に付けた籠手と脛当てでガードします。

 ヒュン、ヒュンと籠手と脛当てに水の刃が打つかりました。ルインの身体からは血がほとんど出ていません。防具を斬り裂き、服を斬り裂くと、軽く肉を切るだけで済みました。

(今のは危なかったよ!)

 大きく右拳を振り上げると、ガァンとノア神父の左顎を激しく打ち砕きました。体勢を立て直す隙も与えずに、左拳で右胸を強打します。殴り、斬り裂き、殴り、神父の肉と骨を出鱈目に破壊し尽くしました。

 ルインは流れる血で真っ赤に染まった神父の右腕からアクエリアスの腕輪を奪うと、ダリアの街に戻る事にしました。

 ❇︎

 

 



 





 

 




 


 

 
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