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第9話 社内で五本の指に入る土下座

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「文句があるなら、一人で倒せばいいでしょう。まったく三匹倒せるとか大嘘吐いて」

 ケイトがやって来ると、私の身体の上に乗っているヴェロキラプトルを足で退かしていく。
 父親が死にそうになったんだから、娘ならばもう少し心配するべきだし、もう少し早く助けるべきだ。

「二匹も倒したのなら大嘘じゃない。小嘘だ」

 私は立ち上がると、スーツに付いた汚れを叩き落としながら言った。

「そうそう、ギルっちの言う通りだよ。大嘘じゃないよ。小嘘だよ」
「そうだ! 小嘘ならほとんど嘘じゃない。気にする方がおかしい」

 ヴェロキラプトル三匹を引き摺りながら、ミアもやって来た。
 私の加勢をしてくれるようだ。

「いいえ、大嘘よ。こいつが言ってたのよ。契約書には絶対に不備は許されないって。注文した商品が三つじゃなくて、二つだったら大問題じゃない。料理で考えると、三人前注文したのに、二人前しか届かないのよ。一人食べられないじゃない」
「う~~~ん、それは確かに困るかも。飯抜きは辛いからね」

 私の加勢をしたいのなら、最後まで加勢してほしかったが、ミアは早くもケイトに買収された。
 確かに契約書に書かれた事項を破ったら、死んで詫びるべきだと教えてきた。
 でも、実際は二十~三十回ぐらい謝ればいいだけだ。
 本当に死んでしまったら、会社にも相手側にも迷惑がかかるし、私も死にたくはない。

「つまり、こいつは嘘を吐いた責任を取る必要があるの。車まで四匹運びなさい」
「何故そうなる? だいたい四匹は重過ぎる。二匹が限界だ」

 嘘を吐いた罰として、ケイトは私にヴェロキラプトル四匹をキャンピングカーに運ぶように言ってきた。
 身体に乗っている三匹を退かす事も出来なかったのに、持ち運べるはずがない。
 責任を取らせたいなら、まずは出来る事をやらせろ。
 まあ、何往復かすれば出来るけど、それは危ないだろう。

「ギルっち、実力詐称は立派な犯罪だよ。これ以上、罪を重ねたら駄目だよ。我儘言わずに運びなさい」

 ミアが私の左肩をポンポンと叩いて、優しく説得する。
 私は身に覚えのないでっちあげの罪で、言う事を聞くつもりはないぞ。

「ちょっと待て。経歴詐称は犯罪だが、実力詐称は犯罪じゃないぞ。そもそも実力詐称なんて罪は聞いた事がない。それは懲役何年、罰金はいくらなんだ?」
「あぁー、もぉー、面倒くさいジジイね。嫌なら運ばなくてもいいけど、ここに置いて行くわよ」

 ケイトは昔から都合が悪くなると、話をやめて逃げようとする悪い癖がある。
 営業の娘ならば、嫌な相手とも一時間ぐらいは楽しく、余裕で話せないと駄目だろう。
 だが、強引に自分の要求を実行させる姿勢は良いぞ。

「こんな所で暮らせるか。連れて来たんだから、責任持って街まで連れて行け」
「ミア、ジジイは捨てて行くわよぉ~。その剣とリングは退職金だから、ありがたく使うのよ」
「やれやれ使えない新人、いやいや、老人だったね」
「おいおい、ちょっと待て! 本気か⁉︎ 話はまだ終わってないぞ!」

 倒したヴェロキラプトル六匹を、ケイトが三匹、ミアが三匹引き摺りながら、帰ろうとしている。
 冗談なら少しも笑えないし、本気でここに放置するつもりなら、マジで笑えない。
 それにお前達二人でも運ぶには十分じゃないか。

『ギル、早く謝って四匹運んだ方がいいよ。また解雇されちゃうよ。謝るのは得意なんでしょう?』

 無線機からパトリの声が聞こえてきた。
 家族に一度も謝った事がないのが私の誇りだ。絶対に謝ったりしない。
 しないが……今日限りでケイトとは親でもなければ子でもなくなった。
 正式に赤の他人にする事に決めた。
 走って二人の前に立ち塞がると、営業で鍛え上げられた不屈の精神で無理矢理に頭を九十度下げた。

「この度は弱いのに強いと実力を詐称してしまい、多大なご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでした。二度とこのような事が起きないように、再発防止に努めて参ります。大変申し訳ありませんでした」

 何万回も使った謝罪の言葉だが、二十二年間の信頼と実績がある言葉だ。
 きっと私の望み通りの結果を——

「やっぱり雇うなら若くて素直な女の子ね」
「あっ! だったらうちの妹を雇っていいよ。若くて可愛いよぉ~」
「まだ九歳でしょう。見た目が大人でも中身が子供は駄目よ」
「歳の割にはしっかりしているって言われるよ。仮採用でいいから」
「ダメダメ。十五歳以上じゃないと入れません」
「えぇー、十歳で大人だよぉ~」
「…………」

 おい!
 二人は私を避けるように横を素通りすると、完全無視を貫いている。
 しかも、ミアの妹を雇おうと楽しそうに話している。
 この私を使い捨ての日雇い労働者のように扱うとは、なんて奴らだ。

『ギル、心の篭ってない言葉で謝っても意味ないよ。キチンと誠意を持って土下座しないと伝わらないよ』
「土下座! 私に土下座しろというのか⁉︎」

 また無線機からパトリの声が聞こえてきた。
 私に親切に助言しているつもりなのは分かっている。
 でも、無線機の声は全員が共有している。
 その結果、私を無視して歩き続けていたケイトとミアが足を止めて振り返った。
 二人は無言で私を見ているが、何が言いたいのか目を見れば分かる。
 さっさと土下座しろだ。

 土下座とは、謝罪する相手を絶対強者の神様だと思って、地面に頭を擦り付けて謝る行為だ。
 その意味は服従、降伏、降参、崇拝と幅広い意味を持つ。
 そして、一度でも土下座してしまった相手とは、奴隷契約を暗黙の了解で結ぶ事になる。
 それが土下座だ。

「ぐっ、ぐっぬぬぬぬ‼︎」

 土下座しろ! 土下座しろ! 土下座しろぉーーー‼︎
 私は二人の前、正確には遠くの方から見ているパトリも含めた三人の前で、土下座を開始した。
 膝を強引に曲げて、地面に正座しようと奮闘する。
 さっき一度謝った。一度謝れば、もう誇りなんてない。
 二度も三度も一緒だ。そう、心では分かっている。
 けれども、私の崇高な魂が、巨悪に屈しては駄目だと拒絶している。

「ハァ、ハァ、ハァ!」

 それでも、なんとか地面に膝を付ける事に成功した。
 身体が鉛のように重く、呼吸が苦しい。頭もクラクラする。
 あとは地面に向かって頭を下げるだけだ。
 単純な流れ作業のように頭を下げるだけで、相手のチンケな優越感を満足させられる。

「ぐっぐぐぐぐ!」

 私は最後の力を振り絞って、頭を下げようとする。
 地面と頭が磁石のように反発し合って、くっ付く事を拒絶している。
 偉大なる営業マンの一人【ジョー・ジラード】は、『地面を納得しろのN極、頭をすみませんでしたのS極にした時、土下座は完成する』と言っていたとか、言ってなかったとか。
 そして、『頭の中に納得できないN極の感情が多いと、絶対に土下座は完成しない』と言ってたとか、言ってなかったとか。

『ギル、ちょっと長過ぎるよ。簡単な土下座でいいから早くやって』

 男の土下座に簡単な土下座なんて存在しない。これは魂の土下座だ!
 それでも、今すぐにやらなければならない事は分かっている。
 心を空っぽにして、頭の中に無の境地を作り出す。
 これは目の前のケイトとミアに対して土下座している訳ではない。
 偉大なる営業の神様に向かって土下座しているのだ。

「大変申し訳ありませんでした」

 カラ~ン、コロ~ン、カ~ン。
 カラ~ン、コロ~ン、カ~ン。
 嗚呼、何という清々しい気分なんだろう。
 あれだけ私を苦しめていた土下座が、すんなりと出来てしまった。
 土下座している相手をケイトから神様に変えただけで、すんなりと出来てしまった。
 そうか、そういう事なんだ。やっぱりケイトが悪かったんだ。
 私が素直に土下座できない原因はケイトにあったんだ。

「ふぅ……」

 私は満ち足りた気持ちで頭を上げた。これで許してもらえるはずだ。
 許されたからといって、どうなるか分からないが、小娘達はこれで満足するのだろう。

「全然面白くなかったねぇ。大人って、あんなの見て何が楽しいんだろう?」
「さあ、分かんないけど、自分の支配力とか発言力でも強めたいんじゃないの」
「……」

 遠ざかって行く二人の気配に気付いて、私は急いで顔を上げてみた。
 目の前には二人の代わりに、ヴェロキラプトル四匹が置かれていた。
 運べという事らしい。

『例えるなら、普通の女の子でもカッコいい彼氏と付き合っていたら、何となく美人に見えてしまう、あの現象ですね』
『う~ん、値段が高いと美味しそうに見えたり、良さそうに見えたりする感じなんじゃないかな?』
『なるほど。でも、高くても美味しくない料理はありますよ』
『だったら、あいつの土下座が面白くなかったのは、あいつの土下座力が低かったのよ』

 私を放置して無線機からは三人娘の楽しそうな声が聞こえてくる。
 会話の内容は私の土下座への侮辱だった。
 きっと私が帰った後の取引先も、こんな下衆な会話で盛り上がっていたのだろう。
 グツグツと怒りが込み上げてくるが、今はヴェロキラプトル四匹を引き摺るのに集中しないといけない。
 頑張れば意外と動いてくれる。

『あぁ~、それなら凄くよく分かるよ。ギルっちが、ずっ~~~と平社員だったのは、土下座が大した事なかったからなんだね』
『うん。確かにもの凄く遅くて、モタモタしてた。あと顔も怒ってから見ていて怖かった。あれだと出世できないのも当然かも』

 勝手な事を言って、土下座の上手さで出世できる訳がない。
 こっちは土下座の回数なら、社内でも五本の指に入るトップクラスの営業だ。
 下手なはずがないだろう。

 ♢
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