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第37話 空飛ぶヒゲモジャ男

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 一分後、予定通りにパトリがやって来た。
 暗い夜空に白い羽根の天使が見える。
 既に救出される準備は万端だ。

 髭モジャの横っ腹から取り返した剣で、髭モジャはバラバラに解体した。
 両腕に武器を抱えて、左腕に三つのアビリティリングを嵌めた。
 左腰の剣の柄にランプをぶら下げている。
 これで暗過ぎて分からなかったとは言わせない。

「お待たせ。あれがメタルスライムなの?」

 地上に降りたパトリが、バラバラになっている髭モジャを興味津々で見ている。

「そんな事はいいから、早く逃げるぞ。復活してしまう」
「そうだね。運ぶから暴れないでね。落ちても平気だと思うけど、何度も拾いなおすのは面倒だから」
「ぬぉっ!」

 そう言って、パトリは私の両脇に両手をズボッと乱暴に突っ込んだ。
 脇汗ビショビショで気持ち悪いから運ぶのやぁ~めた、とか言わないでね。
 私の心配を無視して、パトリは翼を羽ばたかせながら、「高い高い」と言って上昇していく。
 うん、そういうので喜ぶ年齢じゃないから、やらなくていいよ。

「へぇー、本当に不死身なんだね。バラバラ死体がくっ付いて、元通りになってる」
「だから、言っただろう。不死身の怪物なんだ。あんなの絶対に倒せない」

 上空二十メートルから二人で地面に立っている髭モジャを見ている。
 髭モジャもこっちを見ているけど、もう手も足も出せない。

「ねぇ、ギル? あれって、変身するんだよね?」
「んっ? 人間に化けると言っていたから変身なんだろうな。それがどうしたんだ?」
「ほら、変身しているよ」
「んっ?」

 パトリに言われて、よく髭モジャ男を見てみた。
 ちょっと暗過ぎて分からないが、確かにウゴウゴと身体の形が変化している。
 ぽっちゃりした身体がスマートになっていき、背中に大きな翼を生えていく。
 おい、おい、まさか……。

「飛べるみたいだね」
「っぅ!」

 私の代わりにパトリが言ってくれた。
 翼を生やした髭モジャが翼を羽ばたかせて飛ぼうとしている。
 もう両足は地面には付いていない。
 地上五十センチ程の高さに浮遊している。

「早く逃げるぞ!」
「それは無理だと思う。ギルを持ったままだとスピードは出せないし、攻撃も出来ない」
「他に手はないんだ! ケイト達と合流して、四人で何とか逃げればいいじゃないか!」

 こんな時に作戦なんて話し合う時間はない。
 どうせ良い作戦なんて浮かばない。
 さっさと全速力で逃げるしかない。

「私が囮になるよ。あの灯りが多分、ケイト達だから、ギルは合流して」

 パトリが身体の向きを変えて、三百メートル先の住宅街の灯りを見せた。
 
「おい、何を言って——」
「落とすね」
「はい?」

 パトリがさっきから何を言っているのか理解出来なかった。
 でも、次の瞬間、パトリが両脇に突っ込んでいた腕を引っこ抜いた。
 ああ、そういう事ですか。高い高いの次は低い低いですか。
 分かりました。

「うおおおおおお! ぐごお!」

 ヒューーーウと効果音付きで私の身体が地上に向かって落ちていく。
 そして、うつ伏せで激突した。リングを付けてなかったら死んでたぞ。

『ギル、生きてたら、ケイト達と合流して北東を目指して』
「わ、分かった」

 何とか立ち上がって返事をすると、武器を抱えて歩き出した。
 上空では髭モジャをパトリが銃で撃ち落とそうとしている。
 あとは任せるしかない。

 灯りが見えた方向に草の茂みを踏み分けて走っていく。
 すぐに高い位置で揺れている薄いオレンジ色の光が見えてきた。
 
『こっちよ。灯りが見えているでしょう?』
「ああ、見えている。すぐに行く」

 無線機から聞こえてきたケイトの声に返事する。
 灯りの元に向かうと、家の屋根に乗ってランプを揺らしているミアがいた。
 私の姿が見えると、ミアは屋根から飛び降りて着地した。
 
「よっと!」
「まったく何やってんのよ。これだからジジイは困るのよ。私の完璧な計画が台無しじゃない」
「私の所為なのか? そもそも完璧じゃないから、こうなったんじゃないのか?」

 私の無事を喜ぶ前にケイトが文句を言ってきた。
 言わせてもらえば、この住宅街には私達とWB以外にも、メタルスライム達がいた。
 最初から分かっていた事だ。遭遇すれば、三つ巴の戦いになってしまう。
 どう考えても最初から穴だらけのクソ計画じゃないか。

「自分のミスを私の所為にするつもり? はぁぁ……まあいいわ。責任の擦り合いはするのは時間の無駄だし、別の計画を考えましょう」

 随分と無理のある大人の対応だな。
 それで誤魔化せるのは自分の心だけだぞ。
 素直に失敗を認めたらどうなんだ。

「うん、それがいいかも。とりあえず北東に逃げればいいんだよね? さっさと行こうよ」
「そうね。武器から魔石を外しながら移動するわよ。ほら、貸しなさい」

 やっぱり認めるつもりはないようだ。
 私が抱えている武器を二つ奪い取ると、魔石を外しながら移動を開始した。
 魔石が外された武器が捨てられていく。

「それでどうだったの?」
「何がだ?」

 北東に向かって軽く走っていると、左隣を走るケイトが聞いてきた。
 何の事かすぐには分からなかった。

「メタルスライムに決まっているでしょう。強かったの? 弱かったの?」
「ああ、あれか……弱いと思うぞ。動きは遅かったし、強さは黒魔石を嵌めた人間ぐらいだと思う。あれで遭遇死亡率百パーセントは有り得ないだろう」
 
 不死身、飛行能力、人間への擬態能力は確かに脅威だとは思う。
 でも、トリケラトプスやティラノサウルスに比べると、圧倒的なヤバさは感じなかった。
 むしろ、隣近所に住んでいる隣人のような親しみやすい雰囲気だった。

「ふぅーん、なるほどね。これが弱体化なんじゃないの? 分身が多ければ、本体が弱体化するんでしょう? だったら、分身も弱体化すると考えていいはずよ」
「なるほどな。確かにその可能性は高いと思う。問題はそれをどう活かすかだ」

 ケイトの推測はおそらく当たっていると思う。
 だが、それが分かったからといって、今すぐにどうにかなるという訳じゃない。

「ミアは何か良い作戦はないの?」
「う~~~ん? 狙いは白黒ボスなんだよね?」
「そうねぇ~? アイツを倒せれば、作戦成功と言ってもいいと思うわよ」
「だったら、白黒がメタルスライムを倒した後に襲った方がいいの? それとも、倒す前に襲った方がいいの?」
「うーん? 倒した後だと疲労しているからチャンスだとは思うけど、白黒の仲間が増援に来るのよね。でも、戦闘前は厄介そうだし……」

 ほら、見ろ。やっぱり適当に作戦考えているから、答えられないんだ。
 無計画に家を飛び出した女の作戦が上手くいく訳がない。
 人生舐めるなよ。代われ! 私が知恵を貸してやる。

「ごほん! いいか、バイアスの仲間を襲撃していけば、分身が本体の所に行けるから本体は強くなるんだ。わざわざ私達がバイアスを倒しに行かなくても、メタルスライムが倒してくれる。そっちの方が安全なはずだ」
「嫌よ。直接打ちのめさないとスッキリしないでしょう。それにメタルスライムの魔石も欲しいし」
「おいおい、欲張ると何も手に入らないどころか、大事なものを失う事になるんだぞ」

 あれもこれも欲しいと言うのは簡単だし、気持ちは分かる。
 それでも、時には我慢は必要だ。私を見れば分かるはずだ。
 失敗して失った後に取り戻そうとしても、もう遅いんだ。
 失ったものは二度と返って来ないんだからな。

「あんたと違って、私は失敗しないから大丈夫なのよ」
「失敗する奴は皆んな、そう言うんだ」
「はいはい、分かりました——」

 絶対に分かってないな。
 ケイトは煩わしそうに目を逸らしながら、そう言って、更に話しを続けていく。

「さてと、このまま雑魚を襲撃したいけど、そうすると分身も強くなるのよね。それは困るのよねぇー」
「じゃあ、私達も本体を狙ってみた方がいいじゃないのかな? 両方倒せて、一石二鳥だよ」

 何が一石二鳥だ! 両方から同時に攻撃されたら、どうするつもりなんだ!

「ちょっと待て! 流石にそれは危険過ぎる。バイアス以外にも二十人近くいるんだぞ」
「じゃあ、ジジイが囮になって、二十人連れて行けばいいだけね。はい、問題解決」
「なっ⁉︎」

 それだけはやめてください。
 駄目だ。絶望的だ。馬鹿娘と馬鹿猫娘に任せていたら殺される。
 とくに私が。

「あとは私達の戦力強化だけど、手に入れた白魔石は四個、ジジイが持っているのが二個、合計六個。ミアに四個、私とパトリに一個ずつ使えば、これ以上の戦力強化は出来ない。恐ろしい程にバッチリね」
「本当だ! これなら倒せるかも」

 おい、私一人だけがバッチリ恐ろしい程に戦力ダウンしているぞ。
 いい加減にしてくれ。何で、私が犠牲になる方向で話を進めるんだ。
 
「さあ、新しい作戦が決まったわよ。良かったわね。あんたのお陰で勝てるわよ。さっさと装備を渡しなさい」
「うぅぅぅ、ギルっちの犠牲は忘れないからね」

 ミアが明らかな嘘泣きをしている。
 私の事を心配する人間はここにはいないようだ。
 私の武器は二人の手によって、強制的に灰色魔石に交換されてしまった。

 ♢
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