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第1話 天才放浪画家の山登り

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「ひ、人がいたんだな。ち、ちょっと聞いてみるんだな」

 天才放浪画家『山下清やましたきよし』は飲み物の自動販売機も野菜の無人販売所も無い田舎道を歩いていく。
 黄色い花が咲き、道路の側溝のような小さな横幅の川がチョロチョロ流れている。
 そんな田舎道で出会った農家のおじいさんに、絵に描きたくなるような素敵な場所を聞いてみた。

「うんだ、この辺で一番良い場所かぁ~? うんだら、山ん中さに小さな湖があったべぇ。たまに白鳥が水浴びしていることさあるべぇ」
「あ、ありがとうなんだな。い、行ってみるんだな」

 おじいさんが少し考えてから、少年時代に何度か見た事がある湖の事を思い出した。
 山の方を指差して教えると、清は丸刈りにした短い坊主頭を下げて、お礼を言って歩き出した。

「おーい! 山ん中に毒蛇はおらんが、猪には気をつけんさいよぉー!」
「き、気をつけるんだな。し、死んだふりなんだな」

 おじいさんが遠ざかる清の背中に向かって、大声で注意した。
 清の服装は涼しい三月の山でも、山歩きに向いているとは思えない。

 袖無しの白いランニングシャツに、薄茶色の半ズボン。
 黒く太い鼻緒はなおの白木の下駄をカランコロン鳴らして歩いている。
 背中には清の身体と同じように、丸々膨らんだ薄茶色のリュックサックを背負っている。
 富士山にサンダルで登る外国人観光客と同レベルで、完全に山を舐めている。
 蚊に剥き出しの手足を刺される覚悟が必要だ。
 
「い、田舎は空気が美味しんだな。で、でも、都会の方がおにぎりは美味しんだな。そ、それに空気じゃお腹は膨れないんだな。やっぱり都会の方が美味しんだな」

 清は赤い傘を杖代わりに山登りを始めた。
 最初は緩やかで、多少は整備されていたが、徐々に道は荒れ果てていった。
 5分も登ると獣道に変わった。

「ほ、細くなっているんだな。も、もう少しで湖なんだな」

 田んぼに流れ込む、左側を流れる小さな川を辿って行けば、おじいさんの言う湖に辿り着けるそうだ。
 清は「エッホ、エッホ」と柔らかい地面や滑りやすい岩を、下駄底の二本歯でしっかり掴んで登っていく。
 普段から長い距離を歩いているから、足腰には自信がある。
 数時間後……

「こ、困ったんだな。み、道が無くなったんだな」

 道は無くなっていない。最初から道は無かった。清は遭難した。
 もちろん生まれて初めての遭難ではない。26回目の遭難だ。
 鳥の鳴き声に誘われた所為と、小さな川が二手に分かれてしまった所為だ。
 もちろん、清の所為なのも間違いない事実だ。

「こ、こんな時は慌てたら、ダ、ダメなんだな。み、水を汲むんだな。水があれば一週間はだ、大丈夫なんだな」

 何度も遭難しているので、清は冷静に判断できる。
 リュクサックから、銀色のステンレス製の筒型の水筒を取り出した。
 道を少し戻って、チョロチョロ流れる冷たい川水を水筒に汲んだ。
 あとは川を下に辿って行けば、山から脱出できる。

「こ、これで探せるんだな」

 だが、清は湖を見つけるまで帰るつもりはないようだ。また山を登り始めた。
 川の水は途中で途切れただけで、また現れると思っているようだ。
 なんとなく水が流れたような跡(線)を辿っていく。
 数時間後……

「あ、雨なんだな。や、山の天気は変わりやすいだな」

 ポツポツと空から雨が降り出した。
 清は旅慣れているから、赤い傘を空に向かって広げた。これで問題ない。
 問題ないが、強く降り出した雨の所為で小さな川が複数出現してしまった。
 これでは山の中の湖を探すのは無理だ。ついでに山から脱出するのも無理になった。

「さ、寒いんだな。お、お腹も空いたんだな」

 身体をぶるぶると軽く震わせると、清は辺りを見回した。
 直径50センチ程のまばらに生えている木の下で休むのは寒そうだ。
 冷たい川水の飲み過ぎで、身体は川に浸けたスイカのようにキンキンに冷えている。
 リュックサックの中にサバの缶詰が転がっているかもと探してみたが、食べてしまっていた。

「イ、イノシシを見つけるんだな。か、可哀想だけど、食べないと、ぼ、僕が死んじゃうんだな。ぼ、僕が死ぬと母さんが悲しむんだな。か、母さんを泣かすのは、ダ、ダメなんだな」

 清は覚悟を決めると、猪狩りをする事を決めた。
 お腹は空いているが、体力と足腰には自信がある。ついでに目も良い方だ。
 木の葉が散らかった濃茶色の地面に、動物の足跡が残っていないか探し始めた。

「い、いないだな。と、鳥でもいいんだな」

 ドタドタと赤い傘を打ち鳴らす雨は、強さを増していく。
 早く足跡を見つけないと、雨が足跡を消し去るのは時間の問題だ。
 あっちにキョロキョロ、こっちにキョロキョロと歩きながら足跡を探していく。

「キ、キノコを見つけたんだな。こ、これで大丈夫なんだな」

 それは大丈夫じゃないキノコだ。
 清は色鮮やかな青色のとんがり傘のキノコ数本を、喜んでリュックサックに入れた。
 何本か集まったら枝に刺して、焼いて食うつもりだが、幻覚作用がある毒キノコだ。
 死にはしないが、正常な判断能力が無くなる危険なキノコだ。

「ひ、火を起こすんだな。な、生は危ないんだな。な、生でいいのは生卵だけなんだな」

 だが、正常な判断能力は寒さと空腹でとっくに消えていた。
 清は平たい岩を見つけると、リュックサックからスケッチブックとマッチを取り出した。
 少し濡れている岩をタオルで拭いて、スケッチブックの紙をビリビリ破いて乗せていく。
 あとはマッチを擦って、千切った紙を燃やせば焚き火の完成だ。

「ひ、火遊びはダメなんだな。で、でも、火は必要なんだな。し、死んだ人も良く焼かないと、ダ、ダメなんだな。よ、良く焼けば、わ、悪い人も良い人になるんだな」

 赤いマッチの先端をマッチ箱のザラザラ部分で擦ると、ボッと火がついた。
 清は赤傘の屋根で守られている地面の紙に、マッチの火を移した。

「ひ、火が弱いんだな。か、火力が足りないんだな」

 紙だけだと、パチパチと木の枝が勢いよく燃える音は聞こえない。
 清は中華料理は火力が命だと聞いた事がある。
 出来るだけ濡れてない小枝を急いで集めて、素早くタオルで拭いて、紙の焚き火に投入した。
 その結果、手の平を温めるぐらいの小さな焚き火に成長した。

 だが、全身を温めるには火力不足だ。
 ついでに傘屋根の天井に煙が溜まって、清は軽く燻製にされている気分になっている。
「ごほぉ、ごほぉ」と軽く咳き込んでいる。
 それにこの雨では焚き火は長くは持たない。清のお腹も長くは持たない。
 清はリュックサックから青キノコを取り出して、焚き火の中に全弾投入した。

「ぜ、贅沢は敵なんだな。た、食べられるだけで幸せなんだな」

 雨は止みそうにない。生キノコと生焼けキノコならば、生焼けを選ぶ。
 パチパチと勢いよくキノコが燃えているが、ちょうどいいと清は静観した。

「そ、そろそろ良いんだな」

 2分経過。清は表面が黒焦げになったキノコを、木の枝で突き刺して取り出してみた。
 両手で「アチアチ!」と熱々キノコをお手玉して冷やして、キノコの傘から齧り付いてみた。
 清はタイ焼きは頭から食べる派だ。お菓子のキノコの○もチョコから食べる派だ。

「ど、独特の味なんだな。で、でも、食べられるんだな」

 独特ではなく、毒毒な味だが、清は気にせずにどんどん食べていく。
 他にも見つけた茶色いキノコも焼いて食べていく。こっちは無毒なので食べても大丈夫だ。
 20本程の有毒、無毒なキノコを食べ終わると、清の腹は2割程膨れた。
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