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第十三話 森で会いたくない動物一位

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「これは?」
「薬草です」
「これは?」
「薬草です」

 ……臭い草は百パーセント薬草みたいだ。
 見つけた臭い草を引き抜いて、手当たり次第にペトラに確認してもらう。
 丸まっていないキャベツみたいな草は『緑葉っぱデカデカ草』。
 鈴みたいな桃色の小さな花のツボミを沢山付けた細長い草は『雨鈴細々草あめすずほそほそそう』。
 ここまで来ると、生えている草が全部薬草に見えてしまう。

 だけど、探してるのは暗闇で蒼白く光る妖精の薬草だ。
 一応両手で覆い隠して調べているけど、光る草は見つからない。
 エロ爺の雑貨屋で渡されたこの革手袋がなければ、この両手はもうくさっている。
 これだけはエロ爺に感謝感謝だ。臭い革の両手を合わせて感謝した。

 ♢

(夜に探した方が良いかも……)

 薬草詰め込んだ白鞄がパンパンだ。体感で二時間以上は経過したと思う。
 疲れてきたし、ほたると同じで夜に探した方が見つけやすいと思う。
 それに私も鞄ももう限界だ。午後七時の帰宅中に殺されたから、私の体内時計は真夜中だ。
 子供も大人も寝る時間だ。この世界では昼かもしれないけど街に帰って休みたい。
 ついでに街に帰ったら新しい鞄を買って、薬草臭い制服を洗濯したい。

「ペトラ、そろそろ帰ろっか?」

 少し離れた場所で茂みを掻き分けているペトラに聞いてみた。

「も、もうちょっとだけ……」

 こっちを振り向きもせずに捜索続行の返事がかえってきた。

「うん。じゃあ、もうちょっとだけね」
「は、はい……」

 別にサボりたいわけじゃないけど、一生懸命探せば見つかるものじゃない。
 服が汚れるのも気にせずに、ペトラは休まず探し続けている。
 このままだと働き過ぎで倒れたお母さんと同じように倒れてしまう。
 残酷な真実を教えてやめさせる方法もあるけど、きっと止まらない。
 誰かに言われて止まるような軽い思いなら、こんな所まで来ない。

「きゃあ!」
「んっ?」

 ちょっとの時間が分からないまま薬草探しを続けていると、可愛い悲鳴が聞こえた。
 葉っぱに毛虫でも付いていたのだろうか? 声の方を振り向くと……

「えっ? エエッ⁉︎」

 ペトラが地面に倒れていた。
 何が起こったのか分からないけど、急いで駆け寄り助け起こした。

「ど、どうしたの、ペトラ⁉︎ 大丈夫⁉︎」

 お母さんよりも先に、ペトラが死ぬような事は絶対に起きたら駄目だ‼︎
 顔、胸、手、足と大出血みたいな派手な外傷は見当たらない。
 毒虫に刺されたとか、精神的な過労で倒れたのかもしれない。
 だけど心配していると、ペトラの目がパチッと開いた。

「ま、魔物です! 早く死んだフリしてください!」
「……へぇっ?」
 
 超小声だ。超小声で死んだフリしていたペトラが伝えてきた。
 倒れたわけじゃないのは良かったけど……魔物って何?
 死んだフリせずに周囲を探してみた。

「はうっ‼︎」

 三十メートル先の樹木の間にヤバイの見つけて、私もすぐに地面にバタンと寝転んだ。

「ガフッガフッ?」

 狐とか兎とか可愛い魔物なら、腰の短剣をチラつかせて脅して追い払える。
 でも、ノシノシと四つん這いになって歩く、大きな茶色の筋塊(きんかい)は絶対無理‼︎
 体長百八十~二百三十センチ。森で遭遇したくない動物ナンバーワン『熊さん』だ。

(はっ‼︎)

 この草の茂み低過ぎて、全然身体が隠れてない‼︎
 ペトラと並んだ死んだフリは完璧だけど、物凄い大問題に気付いてしまった。
 私達が隠れている草の茂みの高さは膝下以下。しかも隙間だらけ。
 ハッキリ言って、熊から丸見え状態だ。
『あっ、新鮮な死体見っけ♪ パクリンチョ!』と普通に食われてしまう。

(どうしよう⁉︎ どうしよう⁉︎)

 そもそも熊に死んだフリは有効じゃない。
 やった事ないから分からないけど『死体怖い! ぎゃああああ‼︎』と熊が逃げ出す姿は想像できない。
 想像出来るのは太い前足で踏ん付けられる私達の姿だ。

(くっ、これしかない!)

 他に良い手が思いつかない。
 白鞄に右手を突っ込んで、臭い薬草をペトラと私の身体の上にバラ撒いた。
 臭いを嫌って熊が近づかない事を祈るしかない。

(ドキドキ……ドキドキ……)

 薄っすら目を開けて、茂みの隙間から熊がこっちに来ないか確認だ。
 万が一にもやって来たら私が盾になって、何とかペトラだけでも逃すしかない。
 短剣の柄を右手でギュッと握り締めて、祈るように熊の動きを目で追っていく。

(ドキドキ……ドキドキ……)

 ほっ♪ 良かったぁ~。こっちを見向きもせずにノソノソと歩き去っていった。
 私の短剣の出番はまだまだ先のようだ。まあ、永遠に来なくていいけどね。

「ペトラ、行ったよ。危ないから今日は街に帰ろう」
「は、はい……」

 軽く身体を揺すってペトラを生き返らせると、素直に言う事を聞いてくれた。
 流石に怖い熊さんと一緒に薬草探しはしたくないみたいだ。
 童話みたいに『可愛いお嬢さん。妖精の薬草落としましたよ』と親切な熊は追って来ない。
 そうなってくれると非常に助かるけど、あの凶悪そうな面構えは肉食ベアに決まっている。

 ♢

 草原の砂利道を暗い気持ちで歩いて、何とか無事に街に帰還した。
 収穫は多種多様な薬草と悪くないけど、全部ノーマル薬草だ。
 奇跡が起こせるウルトラレアの妖精の薬草は見つからなかった。

 でも、『三人寄れば文殊の知恵』『一本の矢は容易に折れるが、三本まとめてでは折れ難いだ』。
 ノーマル薬草も沢山集まれば、ウルトラレアな効果を発揮してくれると信じている。

「家まで送るよ。お母さんに挨拶したいし、この薬草で薬草料理も作りたいから」

 このまま別れて、宿屋に行くのは人間のする事じゃない。
 料理経験は高校の一年しかないけど、謎の爆発を起こすド素人じゃない。
 薬草洗って、短剣で細かく切って、塩コショウで、『薬草サラダ』ぐらいは作れる。
 薬草洗って、短剣で細かく切って、お湯入れて、『薬草茶』ぐらいは作れる。

「そんな悪いです⁉︎ そこまでやってもらうなんて出来ないです⁉︎」
「ううん、やらせて! やらせてください‼︎」

 ペトラが凄く遠慮しているけど、こっちはもうやる気になっている。
 この神の右手(自称)が『料理を作らせてくれるまで帰らない』と訴えている。

「わ、分かりました。……でも、無理しなくてもいいですよ。もう充分です。本当にありがとうございます」
「フフッ。お礼言うのはまだ早いよ。さあ、早く行こう!」

 小さいのに凄くしっかりしている。
 ペトラが姿勢を正して、ペコリと頭を下げてお礼を言ってきた。
 今日まで何度も頭を下げてきたのか、凄く綺麗なお辞儀だ。
 謝罪と感謝、どっちが多いのか分からないけど、こんな悲しいお辞儀は何度も見たくない。
 早くお母さんに元気になってもらって、心から喜べるようになってほしいな。
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