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第十四話 大きくなるから今日は巨乳記念日

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 アーチ型のトンネル街門を通り抜け、南側の外壁沿いに灰白煉瓦で舗装された道を進んでいく。
 目指す目的地はペトラの家だ。だけど病気のお母さんと二人暮らしの家が想像できない。
 あの少ない報酬から考えると、大豪邸に住んでいるとは思えない。
 これで路上生活だったら、宿屋にお母さんとペトラを強制連行しないといけない。

(あれ? こっち側にはお店が全然ないんだ)

 街の中心部は屋台や商店が沢山あったのに、外壁沿いには民家しか見当たらない。
 商店と住居が完全に区分けされているみたいだ。
 私の予想通りなら買い物が楽になる。
 中心部の道を真っ直ぐ進むだけで、欲しい物が全部手に入る。
 
「ここです。すみません、狭い家で……」
「気にしなくていいよ。良い家だね」

 到着したみたいだ。東門から結構歩いた場所だった。
 黒赤煉瓦の外壁の三階建ての建物の前で、ペトラは立ち止まった。
 長方形に伸びた壁に見える二階と三階のガラス窓の数は十、一階の木扉の数は五だ。
 単純計算で十五世帯が住んでいる集合住宅だと思う。
 多分、この広さのアパートだと家賃八万円ぐらいはするのかな?

「お邪魔しまーす」

 ペトラに続いて家の中に入ってみた。
 暗い部屋の広さは八畳ぐらいで、高さは三メートルはある。
 でも、天井に照明器具は見当たらない。
 電気が止められたわけじゃないなら、ロウソクが買えないほど貧乏なのだろうか?
 可哀想な家庭環境を思うと涙が出そうになる。

「お母さん、帰ったよぉ~」

 ペトラが部屋の奥に見える二つの扉の片方に元気に呼びかけながら、小さな四角い木製テーブルの上に置かれた何かから布を剥ぎ取った。すると、暗かった部屋がピカッと少し明るくなった。
 布の下にランプが隠されていた。そこまで貧乏じゃなかった。
 失礼なこと考えてごめんなさい。

 ランプの中にはダイヤモンドみたいにカットされた丸い電球石が入っている。
 ランプの周囲二メートルちょっとを明るく照らしている。
 充電式の電球なのか、電球が元々光るものなのか分からないけど、明るくなった部屋を見回して分かった事がある。
 ペトラの家はやっぱり貧乏だと思う。私の失礼な予想はやっぱり当たっていると思う。

 電気は蛍光石ランプ、水道は無し、ガスも無し、床にゴミさえ落ちてない。
 あっ、最後のは良い事だった。
 でも、有るのは腰の高さの木棚が一つ、蛇口のない石造りの洗い場、四角いテーブルが一つ……
 それだけだ。シンプルイズベストと言いたいけど、これはちょっと質素過ぎて心配になる。
 この家の家庭環境は最悪じゃないけど、最低と言っていいレベルだと思う。

「お母さん、入るよぉー。お客さんがいるんだけど……」

 ギシギシと鳴る床板を歩いて、ランプを持ったペトラが左側の部屋の扉を開けた。
 私も床を壊さないように優しく歩いて、ペトラが入った部屋の中を覗いてみた。
 その部屋に分厚い掛け布団をかぶって、ベッドにお母さんが寝ていた。

(これは酷い……)

 ベッド横の小さな木製テーブルにはガラス製の水差しと小さな陶器のコップ、蔓草で編み込まれた丸籠にリンゴみたいな果物が四個入っている。
 まともな生活どころか、まともな食生活も送れていない。
 病気なら薬も大事だけど、栄養のある食事も大事だと思う。
 あとで美味しいものを買いに行かないと。

「ごめんなさい。お母さん、今寝ているので挨拶はまた今度お願いします」
「うん、そうだね。水と火が使える場所ってある?」

 寝ている病人をわざわざ起こすのは悪い。
 ペトラが部屋から出てきて謝ってきたけど、私にとってはチャンスだ。
 今のうちに料理が作れる。

「水道なら外にあります。……でも、火は薪が無いのでありません。す、すみません……」
「大丈夫大丈夫♪ ちょうど良いから買い物に行ってくるね。ペトラはしっかり休んでるんだよ!」
「あっ、はい……」

 水は外にあって、薪を買うお金はないらしい。
 トイレの場所も聞きたいけど、多分右側の部屋じゃないと思う。
 この質素な部屋の一世帯ずつにトイレを置く優しさはない。
 おそらく十五世帯共用のトイレで間違いない。

「ふぅー、お肉でも買いに行こうかな?」

 ペトラ邸から出ると、緊張していた気持ちを吐き出した。
 森の熊倒していれば、熊肉無料でゲット出来たけど、それは幼稚園児の初めてのお使い並みに難しい試練だ。
 今の私に出来るのは、屋台のお店で調理済みの美味しい肉料理を見つけて買うだけだ。

 パタン——

「おや? あんた誰だい?」
「⁉︎」

 肉買いに行く前に隣の家の扉が開いた。
 フサフサのロングパーマの茶色い頭に、紋様が描かれた朱色の三角布を巻いた、四十代のふくよかおばさんが出てきた。私の事を怪しい人を見るような目付きで、ジッと見ている。
 私、男じゃなくて、女です。
 病気のお母さんの隙をついて、少女に悪戯する変態ロリコン冒険者じゃないです。

「はじめまして、ルカといいます。ペトラに雇われた冒険者です」
「冒険者? ふぅーん、弱っちそうだね。あの子に何かしたら承知しないよ!」
「な、何もしないです! あっ、それよりもトイレって何処にあります? 家の中にはないですよね?」

 キチンと挨拶したのに、おばさんの見る目が全然変わってない。
 仕方ないからトイレの場所だけ聞いて、さっさとお肉買いに行こう。

「トイレなら一番右端の扉だよ。絵描いてんだからそれぐらい分かるだろ。小便撒き散らして汚すんじゃないよ」
「あ、ありがとうございます……」

 トイレの場所は分かったけど、私が不審人物=腐心人物に見られている事も分かってしまった。
 ジッと睨み続けるおばさんにお礼を言って、髭の生えた巨乳女が描かれた下品な扉を開けて自慢のトイレに入ってみた。

「……もう汚れてるじゃん」

 黒く汚れた薄汚い床板。掃除は二週間に一回レベルだ。

「えっと……」

 このまま床に撒き散らしても問題無さそうだけど、二つある個室の右側の扉を選んだ。
 中に入ると椅子のように段差のある床板に楕円形の穴が空いていた。
 座るタイプなのか、昔の和式タイプなのか分かりづらいトイレだ。
 壁には紙の入った四角い箱が取り付けられていて、下の方の取り出し口が四角に空けられている。
 この紙で拭くみたいだ。

 ♢

「ほっ」

 トイレが終わったので、外扉をソッと開けてトイレから脱出した。
 外におばさんがいなくて助かった。これで堂々と買い物に行ける。

 外壁から遠ざかれる道を選んで進んでいくと、商店っぽい建物が増えてきた。
 私の予想通りだ。ガラス越しに店内を覗いてみると、見た事ない物や知っている物が並んでいた。
 知らない物には手は出したくないけど、蛍光石ランプと同じで、便利そうなアイテムがあるかもしれない。
 こんな事ならペトラを連れてくればよかった。必要な物は本人に聞いた方が早い。

「あれ? この状況って……」

 もしかして重大な事実に気付いてしまったかも⁉︎
 ここが天国じゃなくて、異世界なのはスマホ知らないエロ爺と日本円を知らない八百屋のおばちゃんで何となく分かってしまった。
 でも、重要なのはそこじゃない。この展開はアニメで見た事がある。
 不慮の事故で死んで異世界にやって来た日本人が凄い力で大活躍するパターンのやつだ。

「はわわわわッッ‼︎ わ、私にも特別な力が……‼︎」

 アニメ通りなら、ポーション(回復アイテム)と回復魔法で病人を簡単に救えてしまう。
 期待と喜びで震える両手を持ち上げて見つめてみた。
 妖精の薬草が無くても、ペトラのお母さんを助けられるかもしれない。
 それにもしかすると夢にまで見た、あれが叶えられるかもしれない。
 両手を胸に置くと、胸の奥に隠していた願望を唱えてみた。

「巨乳になぁ~れ、巨乳になぁ~れ……」

 EとかDとか贅沢は言わない。Aで良い。
 揉める部分は皮しかないけど、皮をモミモミ揉みながら唱え続ける。

「……なるほど。徐々に効果が出るパターンか!」

 一分程揉んだけど、まったく大きくならなかった。
 おそらく育毛剤と同じで、周囲の人にバレないように徐々にフサフサになる魔法だ。
 確かに急に胸が大きくなると『あっ、ついに豊胸手術したな!』と馬鹿にされてしまう。
 徐々に大きくなれば、自然に成長したと胸を張って言えるというもんだ。

「よぉ~し、お肉買いに行くぞ!」

 今日は巨乳記念日だ☆
 そうと決まったら美味しいもの沢山食べて、胸に栄養を与えないといけない。
 ついでにブラが売っているお店も探そう。今までは下の下着しか必要なかったけど、上も必要になる。
 もう水泳の授業中に『同じ水着なのに雪澤さんだけタンクトップに見えるぅ~。あっははは』と乳有り女子達に馬鹿にされない。

「すみません。コレ、これぐらい(四百グラム)ください」
「はいよ。『ホラット肉』、四百五十グラムだね? 銅貨七枚だよ」

 街を歩いてお肉屋を見つけると、手で大きさを頼んで、白鞄に謎の生肉を投入した。
 あとは薪を買って、鍋やフライパン、野菜や調味料も必要だ。
 お湯に入れるだけの出汁の素は無理でも、醤油か味噌、最低でも塩は欲しい。
 私の料理の腕は下の中レベル(古料理部の先生評価)だ。料理の出来はほぼ調味料で決まってしまう。
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