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第8章 町の発展とみょんちゃん母さん〔大樹の視点〕
70 第8章第7話 秘密の作戦?
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9月某日、虹空町長選挙を明日に控え、今日は最後の公開討論会だ。
ここ、虹ヶ丘小学校講堂には、たくさんの町民が集まった。また、全町に配信されているラジオ放送局も中継にやって来ていたんだ。今、町民の娯楽を唯一担っているのが、ラジオ放送だ。実は、ぼくも毎日ラジオ番組に夢中になってる。
全国放送や一部虹空町内だけの放送など数局の選択ができるようになっているんだ。最近は歌だってラジオから流れているんだ。
公開討論会の司会は、ラジオ放送の担当者がやっているんだ。
「皆様お忙しい中、お集りいただきまして、誠にありがとうございます。本日は、虹空町長選挙の立候補者、黒岩素直様と桜山建造様による公開討論会を行いたいと思います。それでは、早速、桜山様からお願いいたします」
それぞれ、自己紹介やら、お互いの経歴などを話し、今回の立候補に至る説明にも触れた。そして、お父さんは、虹空町の未来について次のように話したんだ。
「…………僕は、ここ虹空町……いいえ、虹ヶ丘と言ってもいいかもしれませんが、100年先の未来について考えてみたいのです。僕達が最初に開拓に入ったのは、この虹ヶ丘地区なんです。当時は、まったく先が見えませんでした。それでも、当時の村長や仲間のお陰で、学校を作ったり、建築の勉強をしたりすることができました。たぶん当時、開拓に入った人達は、毎日の生活が苦しくても、先の事を考えていたに違いないのです」
お父さんは、ゆっくりと大きな声で話した。ラジオのマイクにもよく入っていた。
「当時の虹ヶ丘の資産は何か? 何の資源も資本もない虹ヶ丘でしたが、虹ヶ丘には豊かな自然と前向きな人材がたくさんいたんです。やっぱり町の資産は『人』だと、僕は思っています。当時の虹ヶ丘の人達は、絶対に諦めなかったんです。どんなに作物が穫れなくても、どんなに豊かな生活ができなくても」
ぼくは、ラジオでお父さんの話を聞いていたんだけど、会場にはたくさんの大人が、頷きながら話を聞いてたみたい。
「僕は、最近思うのです。家が増え、人が増え、自動車が増え、機械が増えてきています。でも、畑が減り、働くところが減り、危険が増えて、この先100年後の虹空町はどうなっているのだろうと不安になるんです。私だけが心配しているのでしょうか? ぜひ、みなさんにも、考えてほしいのです。ただの心配ではなく、考えてほしいのです」
ここで、司会の人が質問をした。
「では、桜山さん、あなたが町長になったら、どんなことをしたいのですか?」
「わかりません」
お父さんは、即座にそう答えたんだ。
「わからない? それでは、町長にはなれないのではないでしょうか?」
「そうかもしれません。町長になって、何ができるかは、わかりません」
一瞬、会場もシーンと静まってしまったんだ。でも、すぐにお父さんは、話しを続けた。
「でも、僕はこの虹空のために、山を守っています。ご存じの通り、僕の仕事は、家を設計したり建てたりすることです。僕は、家を建てるために木材を大切にしています。できるだけ釘なども使わず、木や竹で木材を繋ぎ合わせています。木材が鉄で錆びるのを防ぐためです。また、一度使った木材も、錆びて腐っていなければ、再利用しているんです」
ようやく会場がざわめき出した。中には、お父さんの話に共感して声をあげる人も居たみたい。
「それから、山の管理も行っています。山にはたくさんの木が生えていますが、大きくなったら、間を空けるために、間引きをしなければ、育ちません。間伐です。また、木を切った後には、植樹と言って、新しい苗木を植えなければ、木は増えません。早く育てることだけを目的にすれば、一種類の木しか生えない山になってしまいますが、その土地に合ったふさわしい木があるものです。だから、山の研究もしてふさわしい木を植樹しています。また、下草を刈ったり、木の枝を払ったり、細い木を切ったり、いろいろ手間をかけると、立派な建築材料になるいい木が育つのです。うちの会社は、そんな山も大切にしています」
そして、お父さんは、最後にこう締めたんだ。
「僕が、できることは、これっぽっちのことですが、100年後の虹空町には、絶対に必要なことだと思っています」
お父さんは、自信を持って答えていた。続けて、司会者は、黒岩さんにも質問していた。
「私は、桜山さんの話を聞いて、はじめて100年後の虹空町のことを考えました。私の仕事は、土木工事の会社です。これから、自動車も多くなるので、自動車が走りやすい道路をたくさん作らないといけないと考えていました。でも、内地のように道路をコンクリートや油のような化学製品で固めてしまっては、せっかくの虹空町の自然がダメになってしまうと思いました。それに、これから100年ももつだろうか? そんな疑問がありました」
あの細身で弱々しそうに見えた黒岩のおじさんが、力を込めて元気に話していたんだ。
「桜山さんは、『木材の家は何度でも再利用できる』と言っていました。これからは、再利用できるものではなくてはダメなのではないでしょうか。特に、資源のない虹空町は、そのことをよく考えるべきだと思ったのです。桜山さんは、山の仕事の中で、細い枝や枯れた枝がたくさんあって困ったと言っていました。私は、これらを活用する方法を考えました。この山をきれいにして出てきた今まであまり薪にしか利用しなかったものを、細かく砕き、道路に敷いて固めるのです」
会場から「おおー」っという声が上がった。
「これは、自然のものですから、年月が経つと又自然に戻ります。土になるでしょう。しかし、これで道路のデコボコが無くなりますし、自動車も走りやすくなります。ただし、コンクリートとは違うので、あんまりスピードは出せません。だから事故も起きにくいでしょう。基は木材ですから、雨が降っても、浸透するので、水が道路にたまったりはしません。私が町長になったら、桜山さんの会社にお願いして、協力してもらいながら、道路工事を木材チップで作り直します。それから、虹ヶ丘の基幹産業を第1次産業と認定し、農業をその基本にすることで町の発展を考える計画を立てるお約束をします」
会場の大人達は、大きな拍手をしていた。ラジオからもその音が聞こえたんだ。
なぜか、お父さんは、これを聞いても驚きもせず、とても嬉しそうにニコニコしていたらしい。それは、後で会場にいたお母さんから聞いたんだけど。
驚いていたのは、司会者だったみたい。びっくりしたような声を出して、黒岩さんに、確認していたんだって。
「じゃあ、黒岩さんは、さっきの桜山さんの考え方には、賛成なんですか?」
「そうですね、賛成というか、……虹空町のことを真剣に考えたということですかね……」
「まあ、確かに、真剣ですね……。でも、黒岩さんの方が、具体的に何をするか、言っていたので、わかりやすいところがありましたが……」
「たぶん、虹空町に住んでいるみなさんが、これから自分でいろいろ考えていけば、もっともっといい知恵がたくさん出ると思うんです。私は、そんな町にしたいんです」
「いいですね、とってもいいですよ……。それは……いいと思いますが……」
その時、ラジオを聞いていたぼくは、聞き覚えのある声に、『やっぱり、この辺で登場かな?』って思ったんだ。何となく、予感はしてたんだけどね。
「あのー、たぶん町長選挙の立候補者のお話は、だいたい分かったかなと思うので……。私もちょっと真剣に考えて、いい知恵が出たんですよ。せっかくたくさんの皆さんが集まっているので、聞いてもらいたいなあと思って出てきちゃったんですけど、いいですか?」
司会者の人は、昨日の盆踊りのラジオ中継もやっていて、最後のお母さんのギター演奏には妙に感心していた人だったんだ。だからお母さんの顔を見たとたん、これが選挙の討論会だということなどすっかり忘れてしまって、嬉しそうに満面の笑顔になっていたらしい。
「やあ、あなたは昨日の盆踊りのギターの人ですね。いいですよ、いいですよ。どんないい知恵が出たんですか?」
お母さんは、いつものオーバーオールズボンを履き、チェック柄のシャツを腕まくりにしていた。どこへ行くにもこの姿で、寒くなれば、セーターを羽織るくらいだ。今日は、まだ、暖かいので、大きな麦わら帽子を首の後ろに付けている。それに、今回は、使い込んだギターを抱えているんだ。
今朝、ぼくが家から見送った時の格好なんだ。
そして、お母さんはゆっくりとギターを弾き始めた。
昨日の盆踊りの最後に弾いた曲だ。毎年、演奏している盆踊りの終了を告げる音楽だ。ただ、今回は、はじめて歌詞がついていたんだ。
お母さんの歌声が響く。会場でも、ラジオからも……。
音楽に合わせて、優しい言葉、懐かしい言葉、そう誰もが虹空町で思い描く、畑や森や山の風景、そして大切にしてきた人と人の出会いだった。
開拓期にいた人でなくても、その当時を懐かしむことができ、それを後世まで伝いたいという気持ちにさせる歌だった。
その場にいる人も、ラジオで聞いていた人も、これが100年後の虹空町だと、思い描いたはずだ。歌い終わってから、お母さんは、静かに……
「この曲は、開拓に入った時からずうっとギターで弾いてきたの……。みんな……どこかで聞いたことあるわよね…………。虹空町になって、20年近く経ちます。町の歌があってもいいと思うの。虹ヶ丘町の歌……そう町歌よ!……開拓の時の音楽に、100年後の姿をのせてみたの。どうかしら?」
そうか、だから、この歌に詠まれているのは、ステキな景色なんだ。大切な想いが、この歌の中に流れているような気がした。
それは、この歌を聴いていた人達みんがそう思ったに違いない。
「今、決めなくてもいいわ。たぶん、ここにいるどちらかの人が新しい町長になると思うの。できれば、みんが100年後の虹空町を想える町歌を作ってくださいな。別に、私が歌ったこの歌でなくても構わないわ、お願いしますね…………」
それだけ言うと、お母さんは、そそくさと舞台から降りたんだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・
投票結果は、もちろん黒岩さんの当選で決まった。
「いやあー、本当に当選しなくてよかったよ」
「あれ? けんちゃん、本当は町長やりたかったんじゃないの?」
「何言ってんだ、ダイちゃん、町長なんかになったら、日曜日だって仕事だから、一緒に遊ぶ時間やうちでご飯食べる時間が無くなっちゃうんだぞ」
「え? それは、困るよー」
「そーよねー、そんなことになったら、私が、好きな事できなくなっちゃうもんねー」
「え? みよちゃん、町長選挙に出たらって、言ったの君だよね?」
「だって、あの歌に歌詞付けたの、発表したかったんだもン…………えへっ」
「え? そのために……?」
「そ! 町長選挙に出れば、討論会を開くでしょ、そしたら、ラジオ中継があるでしょ! ラジオ中継って、すごいでしょ! 虹空中に、聞こえるのよーーー」
「もー、みょんちゃんったらー、そのうち、レコードデビューでもしそうだね!」
「やーねーダイちゃんったらー、デビューは、100年後よ!」
(つづく)
ここ、虹ヶ丘小学校講堂には、たくさんの町民が集まった。また、全町に配信されているラジオ放送局も中継にやって来ていたんだ。今、町民の娯楽を唯一担っているのが、ラジオ放送だ。実は、ぼくも毎日ラジオ番組に夢中になってる。
全国放送や一部虹空町内だけの放送など数局の選択ができるようになっているんだ。最近は歌だってラジオから流れているんだ。
公開討論会の司会は、ラジオ放送の担当者がやっているんだ。
「皆様お忙しい中、お集りいただきまして、誠にありがとうございます。本日は、虹空町長選挙の立候補者、黒岩素直様と桜山建造様による公開討論会を行いたいと思います。それでは、早速、桜山様からお願いいたします」
それぞれ、自己紹介やら、お互いの経歴などを話し、今回の立候補に至る説明にも触れた。そして、お父さんは、虹空町の未来について次のように話したんだ。
「…………僕は、ここ虹空町……いいえ、虹ヶ丘と言ってもいいかもしれませんが、100年先の未来について考えてみたいのです。僕達が最初に開拓に入ったのは、この虹ヶ丘地区なんです。当時は、まったく先が見えませんでした。それでも、当時の村長や仲間のお陰で、学校を作ったり、建築の勉強をしたりすることができました。たぶん当時、開拓に入った人達は、毎日の生活が苦しくても、先の事を考えていたに違いないのです」
お父さんは、ゆっくりと大きな声で話した。ラジオのマイクにもよく入っていた。
「当時の虹ヶ丘の資産は何か? 何の資源も資本もない虹ヶ丘でしたが、虹ヶ丘には豊かな自然と前向きな人材がたくさんいたんです。やっぱり町の資産は『人』だと、僕は思っています。当時の虹ヶ丘の人達は、絶対に諦めなかったんです。どんなに作物が穫れなくても、どんなに豊かな生活ができなくても」
ぼくは、ラジオでお父さんの話を聞いていたんだけど、会場にはたくさんの大人が、頷きながら話を聞いてたみたい。
「僕は、最近思うのです。家が増え、人が増え、自動車が増え、機械が増えてきています。でも、畑が減り、働くところが減り、危険が増えて、この先100年後の虹空町はどうなっているのだろうと不安になるんです。私だけが心配しているのでしょうか? ぜひ、みなさんにも、考えてほしいのです。ただの心配ではなく、考えてほしいのです」
ここで、司会の人が質問をした。
「では、桜山さん、あなたが町長になったら、どんなことをしたいのですか?」
「わかりません」
お父さんは、即座にそう答えたんだ。
「わからない? それでは、町長にはなれないのではないでしょうか?」
「そうかもしれません。町長になって、何ができるかは、わかりません」
一瞬、会場もシーンと静まってしまったんだ。でも、すぐにお父さんは、話しを続けた。
「でも、僕はこの虹空のために、山を守っています。ご存じの通り、僕の仕事は、家を設計したり建てたりすることです。僕は、家を建てるために木材を大切にしています。できるだけ釘なども使わず、木や竹で木材を繋ぎ合わせています。木材が鉄で錆びるのを防ぐためです。また、一度使った木材も、錆びて腐っていなければ、再利用しているんです」
ようやく会場がざわめき出した。中には、お父さんの話に共感して声をあげる人も居たみたい。
「それから、山の管理も行っています。山にはたくさんの木が生えていますが、大きくなったら、間を空けるために、間引きをしなければ、育ちません。間伐です。また、木を切った後には、植樹と言って、新しい苗木を植えなければ、木は増えません。早く育てることだけを目的にすれば、一種類の木しか生えない山になってしまいますが、その土地に合ったふさわしい木があるものです。だから、山の研究もしてふさわしい木を植樹しています。また、下草を刈ったり、木の枝を払ったり、細い木を切ったり、いろいろ手間をかけると、立派な建築材料になるいい木が育つのです。うちの会社は、そんな山も大切にしています」
そして、お父さんは、最後にこう締めたんだ。
「僕が、できることは、これっぽっちのことですが、100年後の虹空町には、絶対に必要なことだと思っています」
お父さんは、自信を持って答えていた。続けて、司会者は、黒岩さんにも質問していた。
「私は、桜山さんの話を聞いて、はじめて100年後の虹空町のことを考えました。私の仕事は、土木工事の会社です。これから、自動車も多くなるので、自動車が走りやすい道路をたくさん作らないといけないと考えていました。でも、内地のように道路をコンクリートや油のような化学製品で固めてしまっては、せっかくの虹空町の自然がダメになってしまうと思いました。それに、これから100年ももつだろうか? そんな疑問がありました」
あの細身で弱々しそうに見えた黒岩のおじさんが、力を込めて元気に話していたんだ。
「桜山さんは、『木材の家は何度でも再利用できる』と言っていました。これからは、再利用できるものではなくてはダメなのではないでしょうか。特に、資源のない虹空町は、そのことをよく考えるべきだと思ったのです。桜山さんは、山の仕事の中で、細い枝や枯れた枝がたくさんあって困ったと言っていました。私は、これらを活用する方法を考えました。この山をきれいにして出てきた今まであまり薪にしか利用しなかったものを、細かく砕き、道路に敷いて固めるのです」
会場から「おおー」っという声が上がった。
「これは、自然のものですから、年月が経つと又自然に戻ります。土になるでしょう。しかし、これで道路のデコボコが無くなりますし、自動車も走りやすくなります。ただし、コンクリートとは違うので、あんまりスピードは出せません。だから事故も起きにくいでしょう。基は木材ですから、雨が降っても、浸透するので、水が道路にたまったりはしません。私が町長になったら、桜山さんの会社にお願いして、協力してもらいながら、道路工事を木材チップで作り直します。それから、虹ヶ丘の基幹産業を第1次産業と認定し、農業をその基本にすることで町の発展を考える計画を立てるお約束をします」
会場の大人達は、大きな拍手をしていた。ラジオからもその音が聞こえたんだ。
なぜか、お父さんは、これを聞いても驚きもせず、とても嬉しそうにニコニコしていたらしい。それは、後で会場にいたお母さんから聞いたんだけど。
驚いていたのは、司会者だったみたい。びっくりしたような声を出して、黒岩さんに、確認していたんだって。
「じゃあ、黒岩さんは、さっきの桜山さんの考え方には、賛成なんですか?」
「そうですね、賛成というか、……虹空町のことを真剣に考えたということですかね……」
「まあ、確かに、真剣ですね……。でも、黒岩さんの方が、具体的に何をするか、言っていたので、わかりやすいところがありましたが……」
「たぶん、虹空町に住んでいるみなさんが、これから自分でいろいろ考えていけば、もっともっといい知恵がたくさん出ると思うんです。私は、そんな町にしたいんです」
「いいですね、とってもいいですよ……。それは……いいと思いますが……」
その時、ラジオを聞いていたぼくは、聞き覚えのある声に、『やっぱり、この辺で登場かな?』って思ったんだ。何となく、予感はしてたんだけどね。
「あのー、たぶん町長選挙の立候補者のお話は、だいたい分かったかなと思うので……。私もちょっと真剣に考えて、いい知恵が出たんですよ。せっかくたくさんの皆さんが集まっているので、聞いてもらいたいなあと思って出てきちゃったんですけど、いいですか?」
司会者の人は、昨日の盆踊りのラジオ中継もやっていて、最後のお母さんのギター演奏には妙に感心していた人だったんだ。だからお母さんの顔を見たとたん、これが選挙の討論会だということなどすっかり忘れてしまって、嬉しそうに満面の笑顔になっていたらしい。
「やあ、あなたは昨日の盆踊りのギターの人ですね。いいですよ、いいですよ。どんないい知恵が出たんですか?」
お母さんは、いつものオーバーオールズボンを履き、チェック柄のシャツを腕まくりにしていた。どこへ行くにもこの姿で、寒くなれば、セーターを羽織るくらいだ。今日は、まだ、暖かいので、大きな麦わら帽子を首の後ろに付けている。それに、今回は、使い込んだギターを抱えているんだ。
今朝、ぼくが家から見送った時の格好なんだ。
そして、お母さんはゆっくりとギターを弾き始めた。
昨日の盆踊りの最後に弾いた曲だ。毎年、演奏している盆踊りの終了を告げる音楽だ。ただ、今回は、はじめて歌詞がついていたんだ。
お母さんの歌声が響く。会場でも、ラジオからも……。
音楽に合わせて、優しい言葉、懐かしい言葉、そう誰もが虹空町で思い描く、畑や森や山の風景、そして大切にしてきた人と人の出会いだった。
開拓期にいた人でなくても、その当時を懐かしむことができ、それを後世まで伝いたいという気持ちにさせる歌だった。
その場にいる人も、ラジオで聞いていた人も、これが100年後の虹空町だと、思い描いたはずだ。歌い終わってから、お母さんは、静かに……
「この曲は、開拓に入った時からずうっとギターで弾いてきたの……。みんな……どこかで聞いたことあるわよね…………。虹空町になって、20年近く経ちます。町の歌があってもいいと思うの。虹ヶ丘町の歌……そう町歌よ!……開拓の時の音楽に、100年後の姿をのせてみたの。どうかしら?」
そうか、だから、この歌に詠まれているのは、ステキな景色なんだ。大切な想いが、この歌の中に流れているような気がした。
それは、この歌を聴いていた人達みんがそう思ったに違いない。
「今、決めなくてもいいわ。たぶん、ここにいるどちらかの人が新しい町長になると思うの。できれば、みんが100年後の虹空町を想える町歌を作ってくださいな。別に、私が歌ったこの歌でなくても構わないわ、お願いしますね…………」
それだけ言うと、お母さんは、そそくさと舞台から降りたんだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・
投票結果は、もちろん黒岩さんの当選で決まった。
「いやあー、本当に当選しなくてよかったよ」
「あれ? けんちゃん、本当は町長やりたかったんじゃないの?」
「何言ってんだ、ダイちゃん、町長なんかになったら、日曜日だって仕事だから、一緒に遊ぶ時間やうちでご飯食べる時間が無くなっちゃうんだぞ」
「え? それは、困るよー」
「そーよねー、そんなことになったら、私が、好きな事できなくなっちゃうもんねー」
「え? みよちゃん、町長選挙に出たらって、言ったの君だよね?」
「だって、あの歌に歌詞付けたの、発表したかったんだもン…………えへっ」
「え? そのために……?」
「そ! 町長選挙に出れば、討論会を開くでしょ、そしたら、ラジオ中継があるでしょ! ラジオ中継って、すごいでしょ! 虹空中に、聞こえるのよーーー」
「もー、みょんちゃんったらー、そのうち、レコードデビューでもしそうだね!」
「やーねーダイちゃんったらー、デビューは、100年後よ!」
(つづく)
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