7 / 17
第2章 本当の研修
第2章第2話 研修の秘密
しおりを挟む
「よ! 来たな、北野先生」
夕方、勤務時間も過ぎようとしている時、僕は6年1組の教室を訪ねた。そこには、電気も付けずに薄暗い教室で、ノートに見入る片桐先生が居たんだ。
「すみません、遅くなりました」
「いや、構わんよ。反って勤務時間でない方が、この話はしやすいんだ……」
何か意味ありげに微笑む片桐先生に、僕は少し緊張してしまった。
「片桐先生は、さっきの研修には、毎年参加されているんですよね」
「ああ、もう10年ぐらいになるかなあ……最初は、俺も先輩の先生にくっ付いて研修に行ったんだ」
片桐先生は、少し窓の外を見ながら、昔のことでも思い出すように話し出したんだ。
「この研修会の正式名称は『生徒指導問題解決と心に浸みる生徒指導』なっている。俺は、この『心に浸みる』という表題に惹かれて、この研修会に興味を持ったんだ」
「実は、僕もなんです」
「そうか、……北野先生は、今、学級経営で困っていることはあるのかい?」
「え、まあ……授業がうまくいかないとか、なかなか校内のきまりを子供達が守ってくれないとか、……在り来たりな課題はたくさんありますが……」
「うーん、それ位だったら普通だから、大したことはないな。……当時の俺は、生徒指導で困り果てていたんだ。俺は、どういう訳か初任の頃から高学年の担任ばかりやらされた。当然、高学年だから子供達は大人びたことを言って来るんだ。でもな、そこは小学生だから、大人のような割り切った考え方はできない。当然、トラブルも多くなる。俺がいくら話しても聞きゃあしないんだぜ!」
今はどんな生徒指導の問題もたちどころに解決してしまう片桐先生が、そんな時代もあったのかと、驚いた。
「そこで、俺が打開策として取り組んだのが、いろいろな生徒指導の研修会に参加することなんだ。北野先生も3年目ならわかると思うけど、学校って結構いろいろな研修会の案内が来るだろう? 当時の俺は、片っ端から参加してみたのさ」
片桐先生は、少し自慢げにいくつかの研修会のタイトルと主催者を教えてくれた。
そして、急に声を潜めて、最も為になった研修会として、先ほど僕が説明をお願いしたものを紹介してくた。
その研修会は、密かに仲間うちでは別名で呼ばれていることも教えてくれたんだ。
それは、『生徒指導の魔法研修会!』だった。
「魔法ですか?……冗談ですよね?」
僕は、笑いながら聞き返したが、片桐先生はいたって真面目な顔だった。
「北野先生は、学生の頃、とても眠い授業をする先生っていなかったかい?」
「眠い授業ですか?……そう言えば高校の生物の先生の授業は、いつも眠気が襲って来るんです。クラスでも半数以上が最後に目を閉じていましたね」
「それから、不思議にその先生の指示だけには従うっていうクラスはなかったかい?」
「うううん……ああ、若い女性の先生がいまして、そのクラスだけはいつもきちんとしているんです。ただ、その先生がお休みすると、まったく様子が変わってしまうんですよ。代わりに授業をした先生は困っていましたね」
「じゃあ……子供の行動をすぐに言い当ててしまう先生はどうだった?」
「居ました、居ました。誰かが校内で起こったちょっとしたトラブルを報告すると、その先生は、誰が関係しているかを言い当てるんです。もちろん紛失物とかも、あっという間に見つけていました」
「他にもまだたくさんあるんだが、普通そう言うのは、先生の指導が上手だからとか、単に感が働くって、思われがちなんだけど……でもね、それこそが『魔法』なんだよ!」
「えええ!学校の先生って、魔法が使えるんですか?」
「みんなじゃないんだ。極一部の選ばれた人だけなんだけど、その登竜門が、この研修会なんだよ。この研修会で認められた人だけが、教職魔法の級を貰えるんだ」
何だか、こんな冗談みたいな話だけど、片桐先生は真剣に話してくれた。これは、業界の公然の秘密なのかもしれない。
いつの間にか完全に日が沈み、教室は非常口の蛍光灯のだけが灯る暗い空間に変わっていたんだ。
(つづく)
夕方、勤務時間も過ぎようとしている時、僕は6年1組の教室を訪ねた。そこには、電気も付けずに薄暗い教室で、ノートに見入る片桐先生が居たんだ。
「すみません、遅くなりました」
「いや、構わんよ。反って勤務時間でない方が、この話はしやすいんだ……」
何か意味ありげに微笑む片桐先生に、僕は少し緊張してしまった。
「片桐先生は、さっきの研修には、毎年参加されているんですよね」
「ああ、もう10年ぐらいになるかなあ……最初は、俺も先輩の先生にくっ付いて研修に行ったんだ」
片桐先生は、少し窓の外を見ながら、昔のことでも思い出すように話し出したんだ。
「この研修会の正式名称は『生徒指導問題解決と心に浸みる生徒指導』なっている。俺は、この『心に浸みる』という表題に惹かれて、この研修会に興味を持ったんだ」
「実は、僕もなんです」
「そうか、……北野先生は、今、学級経営で困っていることはあるのかい?」
「え、まあ……授業がうまくいかないとか、なかなか校内のきまりを子供達が守ってくれないとか、……在り来たりな課題はたくさんありますが……」
「うーん、それ位だったら普通だから、大したことはないな。……当時の俺は、生徒指導で困り果てていたんだ。俺は、どういう訳か初任の頃から高学年の担任ばかりやらされた。当然、高学年だから子供達は大人びたことを言って来るんだ。でもな、そこは小学生だから、大人のような割り切った考え方はできない。当然、トラブルも多くなる。俺がいくら話しても聞きゃあしないんだぜ!」
今はどんな生徒指導の問題もたちどころに解決してしまう片桐先生が、そんな時代もあったのかと、驚いた。
「そこで、俺が打開策として取り組んだのが、いろいろな生徒指導の研修会に参加することなんだ。北野先生も3年目ならわかると思うけど、学校って結構いろいろな研修会の案内が来るだろう? 当時の俺は、片っ端から参加してみたのさ」
片桐先生は、少し自慢げにいくつかの研修会のタイトルと主催者を教えてくれた。
そして、急に声を潜めて、最も為になった研修会として、先ほど僕が説明をお願いしたものを紹介してくた。
その研修会は、密かに仲間うちでは別名で呼ばれていることも教えてくれたんだ。
それは、『生徒指導の魔法研修会!』だった。
「魔法ですか?……冗談ですよね?」
僕は、笑いながら聞き返したが、片桐先生はいたって真面目な顔だった。
「北野先生は、学生の頃、とても眠い授業をする先生っていなかったかい?」
「眠い授業ですか?……そう言えば高校の生物の先生の授業は、いつも眠気が襲って来るんです。クラスでも半数以上が最後に目を閉じていましたね」
「それから、不思議にその先生の指示だけには従うっていうクラスはなかったかい?」
「うううん……ああ、若い女性の先生がいまして、そのクラスだけはいつもきちんとしているんです。ただ、その先生がお休みすると、まったく様子が変わってしまうんですよ。代わりに授業をした先生は困っていましたね」
「じゃあ……子供の行動をすぐに言い当ててしまう先生はどうだった?」
「居ました、居ました。誰かが校内で起こったちょっとしたトラブルを報告すると、その先生は、誰が関係しているかを言い当てるんです。もちろん紛失物とかも、あっという間に見つけていました」
「他にもまだたくさんあるんだが、普通そう言うのは、先生の指導が上手だからとか、単に感が働くって、思われがちなんだけど……でもね、それこそが『魔法』なんだよ!」
「えええ!学校の先生って、魔法が使えるんですか?」
「みんなじゃないんだ。極一部の選ばれた人だけなんだけど、その登竜門が、この研修会なんだよ。この研修会で認められた人だけが、教職魔法の級を貰えるんだ」
何だか、こんな冗談みたいな話だけど、片桐先生は真剣に話してくれた。これは、業界の公然の秘密なのかもしれない。
いつの間にか完全に日が沈み、教室は非常口の蛍光灯のだけが灯る暗い空間に変わっていたんだ。
(つづく)
10
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる