先生の憂鬱

根 九里尾

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第2章 本当の研修

第2章第2話 研修の秘密

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「よ! 来たな、北野先生」

 夕方、勤務時間も過ぎようとしている時、僕は6年1組の教室を訪ねた。そこには、電気も付けずに薄暗い教室で、ノートに見入る片桐先生が居たんだ。

「すみません、遅くなりました」
「いや、構わんよ。反って勤務時間でない方が、この話はしやすいんだ……」

 何か意味ありげに微笑む片桐先生に、僕は少し緊張してしまった。



「片桐先生は、さっきの研修には、毎年参加されているんですよね」
「ああ、もう10年ぐらいになるかなあ……最初は、俺も先輩の先生にくっ付いて研修に行ったんだ」

 片桐先生は、少し窓の外を見ながら、昔のことでも思い出すように話し出したんだ。

「この研修会の正式名称は『生徒指導問題解決と心に浸みる生徒指導』なっている。俺は、この『心に浸みる』という表題に惹かれて、この研修会に興味を持ったんだ」

「実は、僕もなんです」
「そうか、……北野先生は、今、学級経営で困っていることはあるのかい?」

「え、まあ……授業がうまくいかないとか、なかなか校内のきまりを子供達が守ってくれないとか、……在り来たりな課題はたくさんありますが……」

「うーん、それ位だったら普通だから、大したことはないな。……当時の俺は、生徒指導で困り果てていたんだ。俺は、どういう訳か初任の頃から高学年の担任ばかりやらされた。当然、高学年だから子供達は大人びたことを言って来るんだ。でもな、そこは小学生だから、大人のような割り切った考え方はできない。当然、トラブルも多くなる。俺がいくら話しても聞きゃあしないんだぜ!」

 今はどんな生徒指導の問題もたちどころに解決してしまう片桐先生が、そんな時代もあったのかと、驚いた。

「そこで、俺が打開策として取り組んだのが、いろいろな生徒指導の研修会に参加することなんだ。北野先生も3年目ならわかると思うけど、学校って結構いろいろな研修会の案内が来るだろう? 当時の俺は、片っ端から参加してみたのさ」

 片桐先生は、少し自慢げにいくつかの研修会のタイトルと主催者を教えてくれた。

 そして、急に声を潜めて、最も為になった研修会として、先ほど僕が説明をお願いしたものを紹介してくた。
 その研修会は、密かに仲間うちでは別名で呼ばれていることも教えてくれたんだ。



 それは、『生徒指導の魔法研修会!』だった。



「魔法ですか?……冗談ですよね?」

 僕は、笑いながら聞き返したが、片桐先生はいたって真面目な顔だった。

「北野先生は、学生の頃、とても眠い授業をする先生っていなかったかい?」
「眠い授業ですか?……そう言えば高校の生物の先生の授業は、いつも眠気が襲って来るんです。クラスでも半数以上が最後に目を閉じていましたね」

「それから、不思議にその先生の指示だけには従うっていうクラスはなかったかい?」
「うううん……ああ、若い女性の先生がいまして、そのクラスだけはいつもきちんとしているんです。ただ、その先生がお休みすると、まったく様子が変わってしまうんですよ。代わりに授業をした先生は困っていましたね」

「じゃあ……子供の行動をすぐに言い当ててしまう先生はどうだった?」
「居ました、居ました。誰かが校内で起こったちょっとしたトラブルを報告すると、その先生は、誰が関係しているかを言い当てるんです。もちろん紛失物とかも、あっという間に見つけていました」

「他にもまだたくさんあるんだが、普通そう言うのは、先生の指導が上手だからとか、単に感が働くって、思われがちなんだけど……でもね、それこそが『魔法』なんだよ!」
「えええ!学校の先生って、魔法が使えるんですか?」


「みんなじゃないんだ。極一部の選ばれた人だけなんだけど、その登竜門が、この研修会なんだよ。この研修会で認められた人だけが、教職魔法の級を貰えるんだ」


 何だか、こんな冗談みたいな話だけど、片桐先生は真剣に話してくれた。これは、業界の公然の秘密なのかもしれない。

 いつの間にか完全に日が沈み、教室は非常口の蛍光灯のだけが灯る暗い空間に変わっていたんだ。


(つづく)
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