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2:時には理不尽が正しい人生

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 次の休みに代理で寮の掃除に来たけど……驚いた。

「(あの人、ミニマリストだったのか?)」

 物が全然無い。ゴミもだけど、服も必要最低限で小さな冷蔵庫には卵とハム、マヨネーズとケチャップしかない。
 茶碗と皿とコップの三つだけだ。箸一膳、スプーンフォークワンセット。
 フライパンとフライ返し……一番多くて調味料だ。

「(塩、胡椒、醤油、ソース、一味、タバスコ……ん? コレなんだろ)」

 瓶詰め調味料の中に一際異彩を放つ赤いボトル。
 死のソースと書かれた文字と髑髏マークのラベル。

「(よくわからないけど、持って帰ろう)」

 特に大変な事もなく掃除を終えて鍵を返却ポストに投函して家へ帰った。
 久遠さんはテレビに映ってるインストラクターと共に筋トレをしている。

「ふっふっ、おかえり」
「ただいま帰りました。後でシャワー浴びます?」
「ああ、そうする」

 爽やかな汗をかいて、良い顔で頷いてるけど鎖に繋がれ監禁されている事実を忘れないで欲しい。

「久遠さんの荷物、箱二つで足りました」
「俺は転職マンだからな。身軽に越した事はないし、自分の面倒は手を抜いても誰も損しねえ」

 なんだか、監禁を許容する理由がちょっとわかった気がする。
 
「僕がいっぱいお世話します」
「そうしてくれ」

 インストラクターが頑張った視聴者に労いの言葉をかけて画面外へ捌ける。
 テレビを消してジャラジャラと鎖を鳴らして久遠さんはお風呂に消えていく。
 僕は箱の中身を整理して置く場所を決める。五分ぐらいで終わった。

「……コレ使っちゃお」

 身軽な久遠さん唯一の変わり種を使わせてもらう事にした。
 パスタを茹でて、それを味付けに具材を炒めていたら……なんだか、咳が出てきた。

「ゲホ……ケホッ、ズビ」

 鼻も出てくるし、涎も溢れてくる。
 そして唐突に目が開けられなくなった。
 物凄い何かが沁みる! 涙が止まらない! 玉葱の十倍苦しい! 

「ォエ、ゴホッゴホン! ウグッ、エップ!」
『ガチャ』
「ふぅ……良い汗をって、馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!!」

 さっぱりとした様子の久遠さんがリビングに帰ってくるなり、僕の元へ血相を変えて走り寄ってきた。

「火止めろ! ウェ、くそ……」

 目を押さえた久遠さんがコンロの火を止める。洗い場で僕の顔を洗って、濡らしたタオルで目を覆われた。

「俺のソース使ったな」
「はい……好きなのかと思って、パスタの具と炒めました」
「得体の知れない調味料を火にかけるな! アレは出来合いの料理にかけるものだ!」

 窓を開けて換気をして僕の背をバシバシと叩いてくる。

「タバスコよりずっと辛いソースだ。炒めたら催涙ガスみたいな煙出るんだよ」

 目と鼻と喉がピリピリする。蒸気に乗った辛いソースをダイレクトにくらったんだ。
 
「くおんさん、ずび……からいの、すきなんですね」
「好きだが、無理に使うなよ。ドクターストップかかるから」

 経験者の言葉につい笑ってしまう。どれだけ使ってたんだろう。すごい辛党なんだな。
 そして、僕はお昼の辛いパスタにまた悶絶した。ケロッとしてる久遠さんが別次元の人間に思えた。



『ジャラ』
「うーーん……快適。けど、ダメだろコレ」
「ええ……」

 洗濯を畳んで、二人で寛いでたら、またもやダメ出しを受ける。

「監禁するにあたって、逃げないように自分へ依存させるプロセスを踏め」
「めちゃくちゃ言うなぁ……久遠さんは、居てくれるだけでいいのに」
「馬鹿野郎。気が変わって俺が出てったらどうするんだ」
「……嫌です」

 嫌ならサボらず、ちゃんと監禁しろと言われてしまった。
 依存のプロセスって何?? 僕が居ないと生きられないって思わせないとダメなのか?
 無理じゃない? ミニマリストを依存させるって、それこそ僕自身が辛口にならないとダメだ。

「…………好きです。久遠さん、何処にも行かないでください」
「あーはいはい」

 同情でココにいるわけじゃないと言いた気に雑な態度を取られた。
 キスをしてみても、あまり反応が無い。僕に縺れ込む意志がないのを察してるからだ。
 少しアプローチを変えてみよう。

『ナデナデ』
「……なんだ?」
「撫でてます」
「……」

 猫や犬を撫でるように久遠さんの頭を撫で回す。
 しかし、テクニック皆無な僕ではただ髪を乱しただけだった。
 頭を抱える僕を呆れながら眺める久遠さんだけど、嫌がらずにそのまま大人しくしている。

「……撫で方硬過ぎ」
「すみません……考えすぎて、もう何が正解かわかんないです」
「うーーん……俺の方にも問題があるのか?」
「?」
「お前は全然必死になってない。何故なら俺が逃げようとしないから、引き留める為の強行手段を行わない」

 状況分析に自分の監禁態度を加味し始めた。
 初日からずっと貫かれている久遠さんの監禁許容により、僕の監禁意識が低くなってしまっているのでは? と、言われた。
 手の内に収まっているから、本気になれないのだと。

「強行手段って……でも、久遠さん何もしないじゃないですか」
「……はぁ……もういい。お前にはガッカリだ」
「!?」

 ジャラっと首輪の鎖を掴んで、ブンと波打たせれば、伝達されて大きく波打った鎖の端が始点から外れた。

『ジャリン!』
「チッ……引っ掛けるだけだから、こうやってすぐ外れる。意識が低い以前に舐めてるだろ。覚悟のわりに雑過ぎる……あーあ……中山くんはもっと出来る子だと思ってたのにな」

 鎖を引き摺りながら玄関へスタスタ向かう完全に冷めた表情の久遠さんに血の気が引いていく。
 警察に行かれたらバレるとか、そういう焦りではない。
 久遠さんが僕の側から居なくなる。ただその事実、一つが僕の心臓を握り潰しに来る。

「く、久遠さん! 行かないで」
「なんでだ? 監禁する気が無いなら、俺が居なくてももう困らないだろ」
「お願いします! ちゃんとします! ちゃんと監禁します! もう僕の事なんて嫌いでいいですから! 行かないでください!」

 スニーカーを履こうとする久遠さんの腕にしがみついて懇願する。出て行かせない為に思いつく限りの言葉を並べる。
 情けない僕を感情の乏しい表情で見下ろす久遠さんが苛ついて舌打ちをする。

「チッ……ここまでしてわかんねえなら、お前じゃ監禁なんて無理だ」
「嫌だ嫌だぁ行かないで、側に居てくださぃ、監禁されてくださぃ」

 恥も外聞もなくみっともなく泣きぐずりながら縋るも、乱暴に振り払われた。
 そして、ドアノブに手がかけられた瞬間……僕はとある手段を取った。

『ジャラララ!』
「っ、かは!」

 首輪に繋がれた鎖を力任せに引っ張って、強引に久遠さんを引き戻し、腕の中に閉じ込めた。

「ゲホッケホ、ゴホッ」

 咳き込む久遠さんに罪悪感を一瞬抱いたけど、すぐその思考は吹っ飛ぶ。

「わ、わかってくれました? こんなに必死なんです僕。お願いします……側に居て」
「いてて……離せって」
「離しません! もう絶対離さない!」

 ギュウっと抱きしめる力を強くすれば、久遠さんがじたばたと暴れるので、鎖を引っ張り自分へ体を引き寄せる。

「んん!」
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
「……出来たじゃん」
「!?」

 降参とでも言わんばかりに両手を軽く上げて僕に身を預けて脱力する久遠さん。
 そこで僕は気付いてしまった。何故、久遠さんが僕に監禁を許容するのか。ただ、面倒を見てもらえるからではない。

「ずっと……こうされたかったんだ」

 恍惚の表情で僕を見つめる久遠さんの濡れた吐息が、僕の本能を深く揺さぶってくる。
 僕は、久遠さんの鎖を掴んだ気でいたけど、鎖に繋がれたのは僕の方かもしれない。
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