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4:噛み合わず歯痒い人生

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 久遠さんは僕の心に寄り添って、励ましてくれた。
 僕は単純だった。本当に。優しくされて、嬉しくなって。ただこの人が側に居てほしい。好きで、好きで好きで、好きが止まらなくて、監禁という凶行に及んでも、受け入れてくれた。
 好き。とにかく好きで好きで仕方がないんだ。
 僕が望んだ穏やかな監禁生活という矛盾は、久遠さんによって正しい監禁生活へと変貌させられているけれど、基本穏やかだ。

「箸使わず食えって言わないのか?」
「食事の時だけは、勘弁してください。普通に食べてください」
「はいはい」

 逃げ出さないように、僕に依存してもらえるよう久遠さんが望む高圧的な対応をしているけど、犬食いはさせられない。
 びっくりするぐらいマゾっ気が強くて度々怯んでしまう。
 
「美味しい……中山くんは料理上手いな」
「自炊した方が節約になるので」
「俺の貯金使っていいぞ。通帳とカードとパスワード渡しただろ」
「いやいやいやいや! 使えませんって! 犯罪ですよ!」
「あはっはっは! 監禁しといて何言ってんだか」

 大口開けて笑った顔がすごい可愛い。
 髭も髪も整えているおかげで、監禁されている人物には見えない。
 食器を片してお茶を飲む。

「パンツとソックスだけの生活にも慣れたけど、もうちょっと頑張ってくんねえか?」
「これ以上、どう頑張ればいいんですか」
「セックスだろ」
「なんでそんな積極的なんですか。僕の事、恋愛的に好きでもないのに」
「……恋愛に発展したらセックスしたいと? 監禁してきた相手に、そんな感情が芽生えると思うか? そんなの、なんとかホルム症候群でしかあり得ねぇつーの」

 自分の置かれている状況をしっかり理解しているのに、それでも性行為を求めてくるのは異常だ。
 
「……どうして、僕に抱かれたいんですか?」
「んーー? そんなの、俺の性が刺激されるからに決まってるだろ。尊厳を踏み躙ってくれよ、中山くん」

 ジャラジャラと鎖を指先で弄んで、流し目で僕を挑発する。
 久遠さんから伸びる鎖を一気に引き、半ば乱暴にその唇を奪う。
 挟んだ机に身を乗り上げて、足が浮いている。

「ん"んっ……んぅ、ふっ……ぁ」

 強引に舌を絡めて唇に吸い付き、より深くなった所で身体を支える机に付いた両手を撫で、指を割り開く。
 指と指を絡め合わせて、口内に唾液を流し込む。
 久遠さんも反射的にゴクゴクとそれを飲み込んだ。

「本当は、もっと……大事にしたいんです。説得力無いと思いますけど」
「……確かに説得力は無いけど、気持ちはわかってるさ」

 ペロリと俺の唇を舐める久遠さんが、ニヤっと笑う。

「でもな、俺は大事にされるより雑にされる方が嬉しい」

 何故、この人は他人に優しく出来るのに、自分へは異様に無頓着なんだろうか。

「特に、中山くんみたいな優しい人に手酷くされるのが、好きなんだ。この監禁だって嬉しかった。お綺麗な人生台無しにしてまで俺を求めた破滅的な衝動が、好きだ。惚れたよ。お前しかいないって思った」

 好きだ、惚れた……恋愛的な意味ではないのは、伝わる。理想的な家具に出会った時に言う様な口説き文句だ。
 好意的だけど、僕の事を恋愛的な意味で好きになる事はないと断言されてしまっている以上、僕の望む初夜は訪れないだろう。

「側に居てくれるなら、なんだっていいです」
「じゃあ、抱いてくれなきゃ出ていくぞって言ったら?」
「…………犯されるのは僕じゃなくてもいいですよね? 玩具でも十分でしょう」
「ぅ、お……いいな。もっとキツく言ってくれ。口汚く」
「んーー……えーーっと……」

 言葉に詰まると、苦笑いして身を引く久遠さん。

「まだまだだな。お綺麗な中山くんのお口には早かったかなぁ?」
「…………酷い事言いたくないんです」
「はいはいはい」

 めちゃくちゃ雑に流された。興が削がれたのかソファでテレビを見始める久遠さん。
 夢中にさせると言ったのに、この為体。
 尊厳を踏み躙って人格否定する勢いじゃないと、多分僕に依存はしてくれない。
 そして、その勢いを維持していかなければならない。
 優しい久遠さんを、僕はこの先ずっと抑え込んで縛り付けて責め続けなきゃいけないんだ。
 一方的な愛じゃないと、監禁も凌辱も成立しない。

「(……好きだな)」

 久遠さんが好きだ。
 マゾな久遠さんでも、全然構わないけれど僕なりに愛させて欲しい。興味ないだろうけど、エゴは嫌いじゃないって言ってたから偶には愛でさせてほしい。
 
「……服着てください」
「え? 急に? 脱がす為か?」
「違います。今日はちゃんと着てください」

 下着と靴下だけって言ったのは僕だけど、別にいいでしょう。
 シャツとズボンを着て、首を傾げている久遠さんを横向きに抱き締めて腕の中に収める。

「……何?」
「僕のエゴです」

 頬を寄せて髭で少しショリショリする久遠さんの肌を堪能する。
 体温が少し高くなった気がする。
 
「愛してます」
「……そうか」
「本当ですよ? 優しい貴方に優しくしたいんです。貴方は乱暴にされるのが好きだろうけど、僕はそれだけじゃ嫌です。偶には、いいでしょ?」
「ぁ……あぁ……偶になら」

 困惑してるけど、許してもらえた。
 
「…………あの、気になってる事があるんですけど」
「?」
「普段どうやって、その……息抜きされていたんですか? 一般的に難儀な性ですし……そういう風俗とかですか?」
「うーーん……SMクラブは仕事感あって当たり外れ大きいからな……時代遅れの上司に叱られて、それをオカズにしてた。人格否定上手いんだよ。離職率高い職場って」

 何にでも需要ってあるもんだな。いや、撲滅されるべき需要だけど。
 
「(なんで……いつから……とかは、聞かない方がいいのかも。きっと思い出しても良いものじゃないだろうし)」
「……お前は」
「?」
「お前はどうだったんだ? 息抜き」

 雑談を挟むのが意外で、少し驚いてしまう。

「……彼女が居たので。あとはAVです」
「ふっつぅーだな。それが今やおっさん抱えてコレか。人生わかんねえな」
「ええ、本当に」

 僕、本当はゲイだったのかなってレベルで、久遠さんに傾倒してのめり込んでいる。
 お付き合いしていた女性達にもそれなりにのめり込んでいたけど、比ではない。
 なんとなく、世論に流されて……自分の無い判断を下していたが、今は違う。
 自分自身で下した判断の結果だ。

「好きです。久遠さん、好き。好き」
「ふへ、擽ってぇよ」
「好き、ああ好きで好きで……おかしくなりそうです」
「ちょっ……怖い怖い。もういっぺん言っとくが、俺と恋愛的な発展は期待すんなよ?」
「はい。勝手に狂います」

 自分でも制御出来ない程の激情をどう鎮めていいか解らない。僕はただ、この人が笑って、せめて安寧な日常だけはちゃんと送れたら良いのにと切実に思って抱きしめているのに。久遠さんは違う。悲しい程、真逆だ。

「愛してます。久遠さん」
「はいはい」

 腕の力を強めて、触れ合う肌を増量する。
 しばらく無言でそれを堪能してから身体を離そうとしたら、僕の背中をギュッと掴みながら上目遣いで見つめてくる久遠さんの姿があった。

「……久遠さん?」
「中山くんは、優しいな。本当に」
「ふふ、そういう性なので」
「なら俺の要望にちゃんと応えてくれよ?」
「頑張ります。明日から」

 今日のところはいっぱい甘やかして、優しくさせてほしい。
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