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26:特濃遺伝子

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《じゅ、十体!?》
「……そんな回数はしてないのだが」
「はーっ、はーっ……ぅ、腰が……抜けて、立てません」
《ホープさんより小柄なヘルクラスさんが抱えられる個体数ではありませんよ!》

 最高記録を打ち出したヘルクラスは、出産の快感に意識が飛びかけていた。
 セリアスが両手いっぱいに抱える触手を診察するストールは、間を置いてビョンと飛び跳ねた。

《ぉわ! 解りました! これは凄いですよ! 分裂した跡があります! はぁ~~お目にかかったのは古代龍エルダードラゴンを孕ませて以来です!》
「分裂?」
《遺伝子が近い者同士で結合し、一つになる習性を擬態と言いますが、それとは逆の習性も存在します。分裂は体内にある遺伝子情報が膨大過ぎて、一つの体に納めては支障が出る場合、遺伝子情報を分割する為、分裂するのです。コレは非常に運が良い》
「えーっと……つまり? なんだ?」
《分裂を促す程の特濃遺伝子を持っていると言うことは、与える変化も大きいということ。計画へ踏み切るのに触手の必要数を大幅に削減可能となります》

 ヘルクラスの産んだ触手達をよく見てみれば、鱗の多い者と少ない者が居た。遺伝の偏りが出ているのがわかる。
 エルフは古代種でもある為、最も生命誕生の起源に近い遺伝子を持つ魔族であり、遺伝子の情報量が他と比べて膨大である。
 良く言えば、最高の物量遺伝子。悪く言えば最適化がなされていない初期状態の遺伝子と言える。

「(……人間が他の種と比べて影響を受けやすいのは、発生から短い世代交代で知能が飛躍的な進化を遂げ、整頓された極めて高性能な遺伝子だからか)」

 泥を排除し尽くした真水に墨を零せば目に見えて、波紋も影響も大きい。

「……まぁ、それはそれ。コレはコレだ」
『ちゅ』
「んっ……魔王様?」
「ヘル、よく頑張った」

 計画の進行を喜ぶのも良いが、まずはヘルクラスを労いながら新たな命の誕生を祝福する。

「グラスもびっくりするだろうな……でも、触手じゃ信じられないかも。擬態、しますかね?」
《双子のような擬態になるでしょう。魔王様寄りの姿とヘルクラスさん寄りの姿で》
「最高過ぎませんか……はは、ははは」

 またも信じられないと言った様子で笑い始めたヘルクラスにセリアスは頬をつねってやった。

『ムニ』
「いひゃぃれふ」
「夢じゃないぞ」
「ふふ……だって、こんなに幸せになっていいんでしょうか? 怖いですよ。今が夢なら……きっと死にたくなってしまう」
「大丈夫だ。もっともっと幸せになろう。ヘル、お前にはその権利がある。仲間達が守ってくれたおかげで自分は今こんなに幸せになれたと言えるように」
「……はい」

 特別で特殊な触手をあやしながら、ストールは計画の実行日が近付いているのを実感していた。

 その後、ヘルクラスは忙しい日々を送った。警備隊の訓練や見回り。触手の世話と娘との生活。
 
「すみません。手伝っていただいて」
「気にしないでください。ヘルクラスさんには、タクトやソフトの面倒をよく見てもらってましたから。これぐらいさせてくださいよ」
「ヘルさんの子達、不思議。変わった模様がある」
「ストール殿が言うには、分裂した際に出来る跡だとか」

 触手兼子ども部屋に集まる親達。
 マリーとタクトは忙しなくままごとに勤しんでいる。
 デジィの子も擬態を終え、お喋りな黒光龍人達のお世話のおかげてすぐに喋れるようになった。

「おとーしゃん、見てぇ」
「ルギィは器用だな」

 積み木を塔のように積み上げる作業を飽きずに繰り返す我が子──ルギィに、デジィは頭を撫でながら器用さを褒める。

「ぅ、あ……うー」
「トーリにはまだ早いな」
「んにゃぁぁ」
「あっと」

 ホープの二人目であるトーリが積み木に手を伸ばすのを抱っこしているセリアスが阻止すると泣いてしまった。
 慰めるように身体を揺らしながら、頬擦りをする。

「よしよし……良い子だ。泣かないでおくれ」
「「…………」」

 父親をしているセリアスの様子に全員が何か思う所があるようだ。

「ん? どうした?」
「……いや、別に」
「はは……」
「…………な、なんでもないです」
「僕も頭撫でて欲しいです」

 ホープだけが欲望を素直に発した。
 他三人がギョッとしていたが、ホープはヘルクラスの子を抱っこしたままセリアスの元へ歩み寄った。

「はは、よしよし」
「へへへ……魔王様、今夜は僕ですか?」
「あまり間隔が短いと身体を壊すぞ」
「ええ~」
「順番的に……次はデジィさんですね」
「へ!?」

 急に告げられた子作り順序にデジィは素っ頓狂な声を発した。

「そうだな。デジィが良ければ」
「わ、我か? セリアスがどう、どうしてもと言うなら……」
「……どうしても、だ」
「え! ぁ、わかった」

 ボシュっと煙が出そうな程に真っ赤になったデジィを見てルギィがきゃっきゃと面白がっていた。

「……一応順番があるのですね」
「出産の負担とか、生活の事もありますから。俺、ホープ、デジィさんって順番だったんですけど、日程上ホープの次にヘルクラスさんが入った感じです」
「……名乗り出るより、大体の順番がある方が気持ち的に楽ですね」
「はい。ホープみたいには……恥ずかしくてあまり言えませんから」

 タスクも積極的な方ではあるが、やはり夜の誘いはセリアスからが多い。
 
「…………んぅ」

 番の一員となって、ヘルクラスは嬉しい反面気恥ずかしくもあった。
 ここにいる全員、セリアスに抱かれているのだ。不躾な事だとわかっているが……想像してしまう。セリアスに抱かれる姿を。
 しっかり者で真面目なタスクが、小柄な身体でセリアスを受け止めているのか。
 無邪気で素直なホープが、どのように甘えてセリアスを強請るのか。
 凛々しく勇ましいデジィが、セリアスに蕩けるような幸せを与えられているのか。
 考えただけで身体が、心が疼く。
 自分と等しく愛される彼等の乱れる様を。セリアスが自分以外を愛する様を。

「(……俺……もしかして)」

 心の奥底にあった嗜好を自覚してしまったヘルクラスは俯きながら、腕の中の触手をぎゅっと抱き締める。
 
「(嫉妬してたのに、仲間入りしたからって現金な…………妻と子どもに顔向け出来なくなる……墓まで持っていこう)」

 半寝取られ癖は、ヘルクラスの胸の内に沈められた。

「ねぇ、デジィさん。飛行訓練順調?」
「はい。雨の再現も違和感なく行えています。ハーピー達も助力してくれる事となったので、より早く広く撒けます」
「……最近精霊達とホブゴブリン達が密会してるけど、あれはなんですか?」
「ああ、雨に含ませる触手の浸透率を上げる魔法薬の開発です。相当恨みが篭ってるようで……怪しい儀式みたいになってます」
「そろそろ計画も第二段階に入って良さそうだな」

 触手を増やす第一段階を終え、次に行うのは実験体の解放である。
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