魔界王立幼稚園ひまわり組

まりの

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2巻

2-2

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「じゃあ、収穫ー!」
「わーい!」

 声をかけると、子ども達が嬉しそうにきゅうりに向かって駆けだした。
 以前収穫したときは、逃げられまくって苦戦した。だけど、お願い作戦を覚えたし、実が大きくなりすぎて走れないきゅうりが続出しているので、今回は楽勝だよ。

「くらさい」
「ちょーだい!」

 子ども達に手を出されると、自ら実を差し出す走りきゅうり達。

「いっぱーい!」

 きゅうりをぎゅっと抱きしめたユーリちゃんは、ニコニコ笑顔で超ご機嫌だ。自分の手で収穫するのって嬉しいよね。
 伸縮しんしゅく自在じざいつたの髪を持つかー君は、根や触手しょくしゅに似た下半身のつるに一本ずつきゅうりを巻きつけてる。植物魔族のはずが、なんだか千手観音せんじゅかんのんみたい。ちなみに、蜘蛛くもの体に手がいっぱいあるマコちゃんも同様。

「きゃー! 楽しいわぁ!」

 メルヒノア様も、子ども達と一緒に泥んこになって収穫しておいでだ。両腕を高く上げて跳び上がり、全身で楽しさを表現してるね。
 そんなこんなで、ほぼ収穫終了。まだ小さい実は後日ということで置いておこう。
 帰る前に、他の作物やお花の様子も観察する。おイモも順調に育っているみたいで、紫のつるが元気よく畑に広がっているね。雨が降る前に比べると、丸い葉っぱも大きくなって数も増えた。

「イモも太りはじめましたよ。食べ頃まであと一月ひとつきほどですかね」

 蔓の様子を見ながら、エイジ君が教えてくれた。さすがは元農業高校生だ。

「じゃあおイモ掘りは来月だね。お花のほうはどうなったかな?」

 みんなのまいた種は、立派に育って白や水色のかわいいお花を咲かせはじめた。薄い青色の葉っぱが少しき通ってて、ガラス細工みたい。
 人間に畑を荒らされたせいで一度駄目になりそうだったのに、命ってすごいなぁ。

「きれー!」

 子ども達も大喜び。嬉しいよね、自分達がまいた種からお花が咲くのって素敵だね。ちなみにこのお花は、イチゴのように甘くて食べられる実をつけるのだという。一ヵ月くらいで実るらしいから、おイモと一緒に収穫かな。
 そのあとたくさん収穫したきゅうりを、畑のお世話をしてくれているグレムリンさん達に渡す。そうして少し落ち着いたところで、畑の様子がいつもと違うことにやっと気がついた。
 なんだか……静か?
 幼稚園の畑には番人として、ひまわりに似た笑いジラソレと、バラの花みたいな歓喜ヴェレットという植物魔人がそれぞれ二体ずついる。その名の通り、わはは、おほほとうるさいくらい声を上げている彼らが、今日は静かなのだ。
 ヴェレットは時折、ほほほほと女性っぽい声で笑っている。でも、お腹に響くようなジラソレの能天気な笑い声が聞こえない。

「そういえば、今日はジラソレ達が静かだね」

 ジラソレは、くりくりお目めとにぱーっと大口を開けた笑い顔のまま、静かに立っている。わははははっという笑い声は、一度も聞いていない。気持ち、葉っぱがしおーっとして元気がない気もする。

「今日は二体とも朝からこんな感じなんです。おかしいですよね?」

 エイジ君は心配そう。だよね、いつもにぎやかなだけに、私もちょっと心配になってきた。
 つん、と指先でジラソレをつついてみても、反応がない。

「わははははーって笑わないの?」

 しーん。
 あれ、だんまり? いつもは静かにしろと思うくらい、うるさいのに。


「わはは、びょうき?」
「おにゃかいちゃい?」

 子ども達もちょっと心配してる。
 いや、ジラソレのお腹ってどこ?
 みんなで首を傾げていると、ひかえめな笑い声が響いた。

「ほほほ、魔人ですし、そろそろ寿命なんじゃないですか? 他人ひとごとじゃありませんが」

 えっ? 歓喜ヴェレットちゃん、今、なんと?

「寿命って、生えてからまだ二ヵ月経ってないよ?」

 確かに魔族とも魔物とも違う魔人という存在は、他に比べてとても短命だとは聞いていた。
 ええと、おさらいしてみよう。
 寿命が数百年と長くて魔力が高く、知的で高度な言語や文化を持つ種族の総称が魔族。魔王様をはじめ、幼稚園の子ども達もみんなそう。この世界の人間以外の『人』だ。
 それから、文化や言語は持たないものの、やや高い魔力を持った繁殖力の強い動植物の総称が魔物。お城のコウモリさんや、通園バス代わりの竜ルウラなんかがそうだね。
 それともうひとつ、魔物と魔族の中間的存在がいる。魔物と違い言語能力があり、知的だけど魔力が弱く、寿命が短くて繁殖力のないものが魔人。ジラソレやヴェレットはこの魔人にあたる。
 でもジラソレって、植物魔人の中で最強なんじゃなかったの? どのへんが強いのかはわからないとしても。いくら短命とはいえ、二ヵ月って短すぎない?

「ココナさん、ヴェレットが言ったのは本当です」

 涼やかな声が聞こえて振り返ると、久しぶりに見るウリちゃんが立っていた。
 銀の長い髪に緑の瞳のうるわしい堕天使だてんし様は、もうすっかり元気そう。調子が悪いと隠せないと言っていた背中の羽根も、見えなくなっている。

「本当って……死んじゃうってこと?」

 思わず言って、はっとした。
 ここには、メルヒノア様がおいでだった。
 悲しい過去を持つ彼女には、あまりお聞かせしたくない言葉だ。しかし、ちらっと横目で確認すると、メルヒノア様は知らん顔で他のお花に夢中になっておられる。よかった。

「ちんじゃうにょ?」
「うしょー!」

 メルヒノア様は反応しなかったけど、子ども達が泣きだした。
 なんか……私も悲しくなってきたじゃない。

「大丈夫ですよ。死にはしません。見ていてください」

 そう言うと、ウリちゃんは一体の笑いジラソレのかぱーっと開いた口に、手を突っこんだ。
 うう、なんだかすっごい眺めだ。
 肘どころか二の腕くらいまで入っちゃってるんですが?

「ありました。もう大きくなってますね」

 ぽんっとシャンパンの栓を抜いたみたいな軽い音とともに、ウリちゃんが手を抜いたとき――ジラソレに劇的な変化が起きた。

「ひっ!」

 くてっとジラソレが倒れたのだ。
 葉もくきもみるみる茶色くなっていき、まんまるの顔を囲んでいた黄色い花びらが、はらりと落ちた。

「いやあああぁ!」
「わははがっ、わははがぁ~!」

 子ども達が悲鳴を上げて、私やマーム先生、エイジ君に一斉にすがりついてきた。
 みんなそろって号泣だ。
 狼族おおかみぞくのみぃちゃんは私の足にがしがしみつきながら泣いてるし、ユーリちゃん、風竜ふうりゅうのあきちゃん、鳥獣人とりじゅうじんのきらちゃんは宙に浮いて右往左往。よっ君はベンちゃんやかー君を抱き寄せて丸くなってる。
 あのゆきちゃん……背中にのぼるのはやめて。ゆきちゃんは猫獣人ねこじゅうじん。だから微妙に猫の爪が刺さって、痛いよぉ。
 しかし、確かにこれは衝撃しょうげき的なシーンだ。
 ウリちゃんは大丈夫だって言ったのに……。かなり残酷なことになってますよ?

「いいですか、みなさん。遅かれ早かれ、命はいつか尽きるのです」

 ウリちゃん先生は静かな微笑を浮かべて、子ども達に語りかけます。

「でも、ごらんなさい。これがジラソレの種です」

 ウリちゃんの手のひらの上に、きらきら輝く涙形の大きなかたまりがある。この畑に最初にまいたのと同じ、き通ったオレンジ色の宝石みたいな種だ。

「こうして新しい命を残して、ずっとずっと続いていくのです。あなた達のお父さんお母さんも、おじいちゃんおばあちゃんも、そのまた前からずっと続いてきたのです。わかりますね?」
「はぁ……」

 あのぉ、いつからそんな高尚こうしょうなお勉強の時間になったのでしょうか?
 マーム先生やメイア先生も、なんか涙ぐみながらうんうんとうなずいて聞いておられますけど……ここの小さな子ども達には、まだ難しいんじゃないでしょうか?

素晴すばらしいです! ウリエノイル様っ。命の尊さを子ども達に教えるため、畑の番人に寿命の短いジラソレをお選びになったのですね!」

 エイジ君も猛烈もうれつに感動しておりますね。
 確かに、命の尊さを子どもに教えるのは絶対に必要なことだ。
 でも、なんでかな? 私、本当にイマイチ感動が薄いんだよね。
 ウリちゃんはもっともらしいことを言っているが、若干ズレてるんじゃないかな。だって、ジラソレは結婚も繁殖活動もしてない。お父さんお母さんを引き合いに出すのは、どうかと思います。

「ではココナさん、これをまいてみましょうか」
「うん……」

 心の中にモヤモヤを抱えつつ、私はきらきらの種を受け取る。それを、畑のすみに埋めてみた。

「誰かお水をあげてくださいな」

 ウリちゃんに言われて、子ども達が一斉に手を上げる。

「あー、ユーリがあげう!」
「ボクも」

 結局、ユーリちゃんやあきちゃんといったお空を飛べる子達が、じょうろにお水を入れて運んできてくれた。
 ユーリちゃんが、種を埋めたところに小さなじょうろでお水をじゃー。
 ジラソレが枯れてしゅんとしていた子ども達も、泣きやんでじっと見守る。
 しばらくすると、土がもこもこっと盛り上がる。そして芽が出てきた。
 ――ああ、やっぱりね。こうなる予感があったから私は感動しなかったのか。

「わ~! こんにちはら~!」

 先ほどまでの沈んだ空気が一変して、子ども達は大喜びだ。
 土から覗いた双葉が、ぱかんと開く。くきがにょきにょきにょき伸びて……

「わぁっはっはははははははは! ふっか~つ!」
「……へぇ」

 聞き慣れた笑い声があたりに響く。
 感動的な命の尊さを教える授業のオチに、私は脱力したのだった。


 その日のお給食は、お城で働くみなさんも呼んで、サラダやサンドイッチできゅうりづくし。正直、肉食の種族にはきびしいメニューになったかも。でも、いつもはきゅうりが嫌いだって食べたがらない子も、嬉しそうにぱくぱく食べている。
 自分達の手で収穫したものは、特別で、なぜかとってもおいしいんだよね。
 魔王様もメルヒノア様もご機嫌で召し上がられてます。そんな中、食の進まない男が一人。
 ウリちゃんは目の前に置かれたお皿にちっとも手を伸ばさない。畑では元気そうだったけど、病み上がりでまだ本調子じゃないんだろうか?

「あれ、ウリちゃんは食べないの? 食欲ない?」
「正直に言うと、きゅうりは苦手なんですよね」

 ほぉ、ウリちゃんが『うりが苦手』って、洒落しゃれにもならないわ。さっき子ども達に命の尊さを朗々ろうろうと説いたのだから、収穫したものはちゃんといただきませんとね。

「子どもが好き嫌い言わずに食べてるんだよ。大人もちゃんと食べましょうね」
「……はぁ」

 気のない返事をするウリちゃん。
 そこへ、お助けマンが登場した。

「大きくなりすぎたやつで、こんなのを作ってみました」

 エイジ君がおわんによそった新しい料理を持ってきてくれたのだ。ご丁寧におはしもそえられていて、見ただけで和風だとわかりましたよ。
 ふんわりとお出汁だしのいいにおいがする。あ、これは!

「きゅうりを出汁でいて、くずとじにしたものです。おふくろがよく作ってくれて」

 私もこれ、おばあちゃんに作ってもらった。冬瓜とうがんなんかでよくやるけど、種を取って皮をけば、大きくなりすぎたきゅうりでもできるのよね。生姜しょうがをきかせたとろっとしたおつゆが、たまらないの。

「では、いただきます」

 一口食べて、じーんとする。

「うわー、おいしい! なつかしい味。よく出汁が出てるね」
「何を使って出汁だしを取ったか、とろみをつけたかは聞かないほうがいいですよ。ココナ様」

 エイジ君は苦笑いで言った。
 ハイ、聞きません。カツオぶしでも煮干にぼしでもないことだけは、想像がつくから。とろみだって、片栗粉かたくりこでもくずでもないよね。

「きゅうり嫌いな人でも、これなら食べられると思うよ。はい、あーん。体にいいよ」

 あーんって言いながら、おはしできゅうりをウリちゃんの口元に持っていく。すると、ウリちゃんは嫌そうに口を開けたが、一口食べて、ぱっと目を輝かせた。

「おいしいです」

 そう言ったウリちゃんの顔は、なんだか嬉しそう。

「よかった、よかった。はーい、みんな! 今ここに嫌いだったものを食べられたおりこうさんがいるので、拍手ぅ!」

 ぱちぱちぱち。子ども達が嬉しそうに拍手しております。
 お給食のときにこれをやって気分を盛り上げると、次からもちゃんと食べられる子が多いもんね。

「えらいお~!」
「エイジ君ありがとう!」

 お礼を言いながら見ると、彼はぽかんと呆れたような顔をしていた。
 ん? 何か?

「あ、あのっ、ココナ様? 今、すっごく自然にあーんって食べさせてましたね……」

 はっ! そういえば。相手は子どもではないのだった。

「わたくしは気にしませんが?」

 ウリちゃんはニッコリ笑ってるけど、なんだか突き刺さるような視線を感じた。
 メルヒノア様と魔王様のほうからだよね……。ああ、また誤解を招くことをしてしまったかも。

「ま、魔王様から黒い気が……」

 エイジ君がおびえている。
 わはははは。これはもう、ジラソレみたいに笑ってごまかすしかないですね。


    ◆ ◇ ◆


 おゆうかい、きゅうりの収穫も終わり、幼稚園の行事はちょっと一段落。
 平穏な毎日がやって来るかなーと思ったら、そうでもなかった。

「メルヒノア様、そろそろお帰りになりませんと、ツツル王が心配なさいます」

 そうそう。ウリちゃんの言う通りだと思うのですよ。お教室で子ども達と遊ぶメルヒノア様に、ウリちゃんが隙を見てはこんこんと話しかける。どうやら、魔王様に言われて説得にきたらしい。
 隣国ツツルの王妃であり魔王様の実姉であるメルヒノア様は、お遊戯会以来、まだ帰国なさいません。明日はまた休園日だから、もうまるっと一週間滞在しておいでだ。
 一応、滞在は幼稚園の研修という名目。それに、ツツルはこのドドイル王国の属国だから、長期滞在は不自然なことではない。
 しかし、メルヒノア様は仮にも一国の正妃でいらっしゃるわけで。ご公務もあるだろうし、あまり長期間国を不在にするのは問題だと思うのだ。魔王様やウリちゃんもそのあたりが心配みたい。
 メルヒノア様はそんな周囲の心配など、まるで気にしていない。今日も幼稚園で子ども達と楽しく遊んでいる。お片付けの手伝いもすっかり慣れて、まるで正規採用した先生の一人のよう。

「ダーリンがゆっくりしてこいって言ってくれたもの」

 ニッコリ笑顔を返したメルヒノア様に、ウリちゃんも呆れ顔だ。

「それにしても長すぎるでしょう」

 そんなウリちゃんの声など聞こえてないのか、子ども達に一緒に遊ぼうと呼ばれて、メルヒノア様は園庭に駆けていってしまわれた。

「ココナさんからも、メルヒノア様にそろそろ帰るよう言ってくださいよ。このままずっとおいでだったらどうします?」

 ずっとって……ウリちゃん、怖いこと言わないでよ。
 今も毎日メルヒノア様に『早く妹になって』――つまり魔王様の嫁になれ、と言われ続けてるんですよ? つらいです。
 だけどムリムリッ。そんなおそれ多いこと、私に言えるわけないじゃない。

「私には無理だよ。ほら、あんなに子ども達と楽しそうになさってるのに」

 そうとしか返せなかった。

「まあ、国にお帰りになるのも危険ではあるので、わたくしも強くは言えないのですが」
「あ、そうか……」

 考えてみれば、確かに。
 メルヒノア様のお国ツツルは、この国よりも人間の国に近い場所に位置する。それは、先日ツツルの辺境の村でウリちゃんが勇者の率いる軍と出くわし、瀕死ひんしの重傷をった一件でもわかることだ。
 魔界には、魔王様の直轄地ちょっかつちドドイル王国をまんなかとして、周りを囲むように七つの魔族の国がある。メルヒノア様のご主人である竜王りゅうおうが治められるツツル、百獣王ひゃくじゅうおうのイシュル、夜王やおうのホボル、冷女王れいじょおうのコゴル、火王かおうのキダル、花女王はなじょおうのカボル、金剛石王こんごうせきおうのメケルの七国だ。
 とはいえ人間界の国とは違い、この世界ではきっちりした国境線を引いているわけではないらしい。地図を作るとしたら、海に浮かぶ島みたいに、大陸にそれぞれの国が点在していると言っていいだろう。
 国を島にたとえたときの海に当たる部分は、野生の魔物と動植物だけしか住まない空白の部分。人間より丈夫な魔族も、危険だからと住まない土地だ。そんな空白地帯に人間が住みついて作った国――それが、マファル。
 マファル国はせた土地を開拓し、着々と領土を広げている。マファルの人間達は、ドドイルを含め魔族の国々をおびやかしつつある。
 彼らの最終目的は、魔王を倒すこと。
 土地がせてて作物が育たないのも、病気が流行はやるのも、魔物が人をおそうのも……人間達の言い分では全部魔王のせいだそうだ。そんなの、元々そういう土地なのだから仕方ないし、衛生環境、自然の摂理によるものだろう。まったく、誤解もはなはだしいし、魔族にとっては迷惑な話である。
 特にツツルは、一番マファルに近いから危ないのよねぇ……。魔王様にお借りして読んだ本の内容を思い出しつつ、私は連絡帳に判子を押す。
 ウリちゃんは高い所のものを取ってもらいたいとメイア先生に呼ばれ、お手伝いに向かった。
 そのとき、お教室の外でちょっとした騒ぎが――

「うわあああーん!」

 この大きな泣き声は、くーちゃん?
 火竜かりゅう族のくーちゃんことクスコ君は、ユーリちゃん以上に何かとやんちゃさん。でもこの頃は少し落ち着いてきたのに。
 慌てて園庭に出ると、くーちゃんがお砂場の近くでぺたんとお尻を地面につけて座りこみ、大泣きしていた。
 脚を投げ出している格好から察するに、尻餅をついたみたい。
 くーちゃんの横には、心配そうなユーリちゃんとスケルトンのまー君が立ってる。
 状況が知りたくてあたりを見渡すと、砂場の中には、バラ組さんのランちゃんを抱きしめて座りこんだメルヒノア様がいる。ランちゃんことランデム君は、全身水色のうろこの肌でヒレも素敵な、大人しい半魚人さんだ。

「どうしたの?」

 尋ねると、ユーリちゃんは困った顔で説明してくれた。

「メルおばたんが、くーたんをどんってちたにょ!」

 え? メルヒノア様が?

「メルヒノア様、一体何が……」

 ご本人にこうとして、ドキッとした。
 くーちゃんも泣いているが、メルヒノア様も泣いてる。がたがた震えて、まるで何かにおびえるように。

「僕……大丈夫だから。せんせ!」

 よほど強く抱きしめられているのか、少し苦しそうにランちゃんがこっちに手を伸ばしてくる。

「メルヒノア様、ランちゃんが苦しいって……」

 声をかけてみても、メルヒノア様はランちゃんを抱きしめる手の力をゆるめない。多分、私の声が聞こえてないのだろう。

「すみません、わたくしが目を離したばっかりに……どうなさいました?」

 メイア先生の手伝いをしていたウリちゃんが、騒ぎを聞きつけて駆け寄ってきた。子どもの頃から見慣れたウリちゃんの顔を確認したからか、メルヒノア様が声を上げる。

「火、火はダメなの! 危ないの!」
「落ち着いてください。大丈夫です。まずはその子をこちらに」

 小さな子どもをなだめるように、ウリちゃんは優しくメルヒノア様の肩に手を回す。メルヒノア様はやっと、強く抱えていたランちゃんを離した。
 おびえた顔で私に向かって走ってくるランちゃん。
 ウリちゃんにアイコンタクトすると、彼はうなずいて、メルヒノア様に立つようにうながしてくれた。
 少しは落ちついたのだろうか。

「メルヒノア様、さあ、魔王様のところに参りましょう」

 うん、そのほうがいい。何があったのかは子ども達にこう。
 そう思ったそのとき――

「おばたん! くーたんにごめんちゃいはっ!」

 幼稚園を出ていきかけたウリちゃんとメルヒノア様の前に、ユーリちゃんが手を広げて立ちはだかった。ごもっともだが、今はそれどころじゃないと思う。

「ユーリちゃん、いい子だね。あとでちゃんとごめんねするから、今は行かせてあげて?」
「あい……」

 頷くユーリちゃんの頭をでながら、ドアのほうに消えていく二人の後ろ姿を見送る。そして今度はくーちゃんを抱き起こした。

「くーちゃん、どこか痛い? けがはない?」
「うん……びっくり、ちたらけ」

 まだひっくひっく言ってるけど、りむいてもいないし大丈夫みたいだね。

「どうして、メルヒノア様がくーちゃんにドンしたかわかる?」

 まずは当事者の一人、ランちゃんに尋ねてみる。

「遊んでるときに、くーちゃん、火を噴くまねっこしたの。そしたら、急にどんってして、僕をぎゅーってしたの」

 ランちゃんはもう五歳だから、言葉もしっかりしているし説明も上手だ。なるほど、大体の状況はわかった。

「みんなは何して遊んでたの?」

 その質問に、ランちゃんから予想外の返事が返ってきた。

「焼き魚ごっこ。僕、お魚」
「……焼き……魚?」

 それは楽しいのだろうか?
 じゃあ、砂場に描かれた丸はお皿? ついている砂のあとの形からして、ランちゃんはそこに寝転んでいたようだ。どうでもいいが、半魚人が焼き魚役をするのは、洒落しゃれにならないんじゃないだろうか。
 子ども達の説明は続く。

「ユーリ、おやちゃい」
「まー君、パン」
「オレ、コックたん」
「……そ、そうなの?」

 付け合わせやメインもあるの? 焼き魚ごっこは、男の子達にとってのおままごとなのか!
 い、いやぁ、いくらままごとでも自分が食材になるっていう発想は、大人にはないよね。
 それでコックさんのくーちゃんが、お魚ランちゃんを焼くふりをしてたわけね。っていうか、普通は上から火を当てて焼かないよね、魚って。魔界での焼き方は上からなんだろうか。
 火は危ない――メルヒノア様はそうおっしゃった。
 うん、状況はわかった。
 だけどこれはちょっと問題だよ? 特にくーちゃん。

「で? くーちゃんは幼稚園で火を噴きませんってお約束したよね」
「まねっこらけらぉ? れも……ほんのちょびっとらけ、出ちゃったかも……」

 くーちゃんはもじもじしながら、親指と人差し指で小さく隙間を作ってちょびっとを見せる。

「あちち、あぶにゃいこと、にゃかったぉ?」
「うん、僕も見てたけど、ろうそくより小さかったよ?」

 ユーリちゃんとランちゃんが、くーちゃんの弁護に入った。
 まあ、その点は信じよう。
 でも火が小さかったかどうかは、根本的な問題ではない。

「くーちゃんは、今度からお約束守ろうね。ユーリちゃん、まー君、ランちゃん。とりあえず、しばらくは焼き魚ごっこはやめて、他の遊びにしようか」
「はーい」
「あい」

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