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続・魔界王立幼稚園ひまわり組
56:新しい夢
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今日も紫の空は晴れ渡っていいお天気。
「せんせー!」
ルウラの白くて長い背中の上から手を振る子ども達が見えてきた。
「おあよー!」
怒涛の魔王様の結婚式&運動会など忙しい事が色々重なって大変だったけど、無事に一段落ついて幼稚園に日常の保育風景が戻ってきた。
しゅっぽっぽの登園に、朝のご挨拶のお歌、体操……そんな平穏で、でも刺激的で楽しい幼稚園の日常。今日も病気で休む子もいなくて全員揃っててよかった。
今日は先日の運動会の絵を描いて、ひまわりさん、バラさん、スミレさんが交代で落書き生き物達のいる動物園の島に遊びに行く。
就業後、職員は次のイベントであるお芋掘りの打ち合わせもしなきゃいけないし、バザーでしょ、遠足に作品展に……色々あるね。
「せんせ、紙はやくー!」
「お絵かきっ、お絵かき」
今日は国務のほうが忙しのでスミレ組の担任ウリちゃんは不在。そんなわけでひまわり組だけでなく年長さんも一緒に創作活動を見守るのだけど、お絵かきの大好きな子ども達は早くもやる気満々。手際の良いバラ組さんは隣ですでにお絵かきを始めている。
補助職員と手分けして紙を配り、前に立って説明をする。
「みんな、運動会楽しかった?」
「あーい!」
「うん!」
「スミレ組さんは絵の具で、ひまわり組さんはクレヨンで運動会の絵を描いてみましょうね。紙いっぱいに元気よく描いてね」
はーいとお行儀よくスミレ組さんから返事が上がったが、なぜかひまわり組さんからはぶーっと不平の声が。
「あれ? どうしたの?」
「リノたちもえにょぐがいいぉ!」
立ち上がって訴えたのは我が娘だった。どうやら的確に皆の気持ちを代弁したらしく、ひまわり組一同がうんうん頷いている。
「でもお水を使うし、難しいよ?」
「いいにょ! えにょぐちたいの!」
ううーん、筆も絵の具もあるからいいんだけど三・四歳児のおチビさん達がやるといつもとんでもないことになるので、出来ればクレヨンでお願いしたいのだけど。
結局根負けしてひまわりさんも絵の具でのお絵かきになった。
「こうちてぇ、ぺたんするとおもちろいぉ」
もうね、最後は筆も持たずに手に直接絵の具をつけて描いてますよ、この子達。ああ、でも玉入れの玉を指でスタンプはいい発想だよね。やっぱり子供ってすごいって思う瞬間。
「あのぉ……それボクの髪の毛」
蔦のボウちゃんの髪というか触手に絵の具をつけて描いてる強者はおとなりのきぃちゃん。長細いのをスタンプしたいのはわかるんだけどねぇ。
そんでもって絵の具を使うのはいいのだが、汚れたらお手拭き用の布で拭ってる年長さんと違い、直接服で拭っちゃうあたりが年少さんなわけで。
うわぁ、ひまわりさんほぼ全員スモックが迷彩みたいにべったべたになってる……すみません、保護者の皆様。お洗濯が大変ですがお許し下さいね。私もリノちゃんのスモックを洗うのが怖いですよ……。
でもとってもカラフルでステキな絵が描けました。
お給食の後バラ組さんが動物園の島に遊びに行ってるので、今はひまわり組と午前中に島に行ったスミレ組は園庭で自由遊びの時間。
この時間、先生は地味に忙しい。こうしてお帳面に出席のはんこを押して、昨日は出来なかった事が出来るようになった報告や、あったことをお父さんお母さんに書き込むのも大事なお仕事。
きゃーきゃーと賑やかに園庭を駆けまわる子供達を見ながら、色んな事を思いながら作業している時だった。
「ココナ先生! 気をつけて!」
突然大きな声がかかったのと、ばちーんと側頭部に衝撃があったのは同時だった。
……遅いよぅ。気をつけるヒマ無かったよ。目の前に星が飛んだし! 衝撃で椅子からころげ落ちたし。
「あいたた……」
私を椅子から落とした物は、壁にぶつかってころころと足元に転げてきた。ああ、ボールか。最近園児の間でドッヂボールが流行ってるからなぁ。
「すみません、怪我は無かったですか?」
ボールを追いかけて来たのは、動きやすい軽装にエプロンで完全保育士武装したユーリ王子とスモックを絵の具で色とりどりに汚しちゃってるペルちゃん。
「大丈夫よ。ペルちゃんが投げたの? なかなかの勢いだったけど」
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
ペコペコ金色の頭を下げて謝る仕草が超可愛くて痛いのが飛んでった気がする。
「ペルたーん! はやくはやく!」
向こうでさんちゃんやボウちゃん、ジル君達が手招きしてるね。
「謝らなくていいよ。はい、お友達待ってるから遊んでらっしゃい。気をつけてね」
ボールを拾って渡してあげると、泣きそうな顔をしていたペルちゃんがまたにっこり笑って走っていった。
「いくよー」
「こーい!」
はじめは大人しい子だったけど、お友達も沢山出来てすごく活発になったね。
幼稚園のボールはまんまるを見ると変身しちゃう狼族対策にちょっといびつになってるので、まっすぐに飛ばないのとどこに跳ねるかわからないのが難点なのだ。
「みんな元気だね」
ちょっと疲れたみたいにユーリちゃんが私の横に座った。若いのに何ですか王子。
結婚式のために帰って来たままもうすぐ一週間だけど、今日は朝から幼稚園の方に来てくれてる。
「ユーリちゃん、まだ寮に戻らなくていいの?」
「明後日までお休みをとってきましたから。今日と明日はココナさんの手伝いをしてこいと父上にも言われたし、ここは楽しいから」
「ふふ、そうよね、ユーリちゃんは次期園長だもの、今からみっちり保育をおぼえておくのもいいよね」
「えー? 僕が? ココナさんじゃないんですか?」
「だって王立幼稚園だもの、魔王様の次はユーリちゃんでしょ? 私はずーっと現場の先生がいいんだもん」
「そうなんだ……引き継ぐのは魔王の立場だけじゃなくて幼稚園の園長もなんだ」
「まあ、まだまだ百年どころじゃない先の話だけどね。それにペルちゃんもいるし」
気が遠くなるような事もさらっと言えちゃう自分にちょっと呆れる。きっとまだ新婚ほやほやの魔王様は先代みたいに早くに次を譲ってって事はなさそうだし、今の治世は長く続くだろうけど。
「ペルちゃんだけで済めばいいけどね。父上がもっともっと僕に兄弟を作ってやるからなーって言ってましたよ」
「う……!」
魔王様、そこまで頑張られなくてもよろしいかと思いますよ。さっちゃんも大変だなこりゃ……。
「おーじ! あやくきちぇくらさいぉー!」
リノちゃん達がユーリちゃんを呼びに来た。そうそう、座ってなんかいられないんだよ、幼稚園の先生は。
「今行くよ」
「ちゅぎは、お砂であしょぶれすぉ」
「はいはい」
私の方を振り向いて小さく手を振ってユーリちゃんがリノちゃん達にひっぱられて行った。
園庭を駆けまわる園児達。ここはそもそもユーリちゃんのために作られた幼稚園だもの。そのユーリちゃんが今では私より大きくなって先生側にいるなんてね。
それでもね、私には目を閉じたらひまわり組さんと同じくらいだったユーリちゃんが、黒い髪をなびかせて園庭を駆けまわってる姿が今でもくっきり見えるの。はじめてお友達と遊んだ時のあの笑顔、絶対に忘れないんだから。ほんとうの意味で私の夢を叶えてくれたのは、ユーリちゃんだから。
さて、お帳面のはんこも押せたし、そろそろ自由遊びの時間も終わって次のことをはじめようかな。ああ、まだバラ組さんが島から戻ってないからもう少し遊ばせておく?
そうこうしてるうちに今度は肩にぽんと手が置かれた。振り返ると見慣れた銀色の髪の優しい顔が微笑んでいた。
「やっと書類仕事が片付きました。スミレ組まで見てくださってすみませんね」
「ご苦労様。流石は年長さん達、みんないい子にしてたわよ。ウリちゃんはあっちもこっちも大変なんだから別に今日はこの後休んでればよかったのに」
「いえ、ここで園児達を見てる方が落ち着きますからね」
よく子ども達といると元気をもらえるって言ってるよね。それはなんかわかるけど。
「リノちゃん達が派手な見た目になってますね」
「うん……絵の具で描かせたらああなったのよ」
「元気そうでいいですけどね。子どもは汚すものですし。ママは大変ですが」
目を細めて子ども達を見てる顔は穏やか。今でも時々毒のある事言うけど、すっかりいい先生になっちゃったね、ウリちゃん。
「みんな本当にいい子です。可愛いです」
「うん」
さり気なく手を繋いで二人で子ども達を見渡す。
みんな可愛いけど、一人として同じ子はいない。みんな違ってそれぞれ個性的で、色んな可能性を秘めた子ども達。人間でも幼稚園に通う年齢になったこの時期って、丁度大好きなお父さんお母さんの腕の中からほんのちょっと離れて、色んなものに触れ、何でも吸収して自分のものにしていく時期。自分で物事を考えて自分の言葉で気持ちを表現できるようになって、一人の存在として一歩を踏み出す。お友達というものが初めて出来る、人生の中の短いけど最初の大事な時期。
そんな大事な時間に立ち会える幼稚園の先生って、なんてステキな仕事なんだろう。
魔族の寿命は人間の何倍もあるけど、その長い長い一生のうちの僅かな時間だけれど、はじめの一歩であるのは同じ。先が長いぶん、覚えているかも怪しいほんの僅かなこの時期を共に過ごせるのは貴重なこと。写真もビデオも無いけど、それでも手形や足形を残したり、行事を絵に描いたりして記憶に残しておけるから。子ども達もきっと幾つになっても覚えていてくれると思うのよね。
これから百年、二百年……ううん、もっともっと先までずーっとこうして子ども達の成長に寄り添って行きたい。おばあちゃんになってもずっと。これが私の新しい夢。
横を見ると微笑みかえしてくれる大好きな顔。こうして同じ場所で一緒に同じ夢の中にいること、これも新しい夢。
この魔界に来てから十年以上経って、随分とこの世界にも馴染んで来たし、自分がもう人間でないという事も自然に受け入れられるようになった。愛する人がいて、子供も授かって自分も親になった。それでもふいに生まれた世界が恋しくなって涙が出そうになる時もある。お父さんお母さん、家族、友達……今でも会いたい。きっと初めて保育に参加した子ども達はもう大きくなって立派なお兄さんお姉さんになってるだろう。
でもせっかくこうして普通の人間よりも長い時間をもらったんだもの。どうせなら楽しまなきゃね!
今は人間の国の脅威も天界との関係も落ち着いたけど、またいつ前の状態に戻るかわからないって魔王様も仰ってた。人間の寿命は短い。今のいい関係が崩れる時、また魔王を倒しに新しい勇者が来るかもしれない。それでも子ども達の笑顔は守っていきたい。
新しい私の夢を叶えるために。
一生をかけた夢だけどね。
その間に何人の子ども達が私の傍を通り過ぎて行くのだろう。何百人、何千人……でもきっと私はみんなの名前も、その笑顔も泣き顔も覚えているよ。
保育士になって最初に驚いたのが、先輩先生や園長が、沢山の在園中の子ども達だけでなく、卒園していった子ども達の名前までほとんど覚えておられる事だった。でも今ならそれがわかる。誰もみんな大事な子ども達だから。
「おや、みんな派手に汚したな」
あら魔王様達もおいでになった。
「運動会のお絵描きをしたんですよ」
「まあステキ。後で見せてくださいね」
さっちゃん……いや王妃様、どうしてドレスじゃなくてそんな軽装でエプロンを?
「私も見習いで幼稚園のお手伝いをさせてほしいのですが。ご迷惑でしょうか」
おおぅ。これは!
「迷惑なんかじゃないよ。嬉しい!」
また幼稚園に一人新しい先生が生まれるね。いやぁ、ひょとしたらすぐに産休ってこともありえるんだけど……ねぇ。
「お先でした、ココナ先生」
あ、マーム先生と年中さん達が帰ってきた。
「みんなー! バラ組さんが帰って来たから次はひまわり組さんが島にいくよー!」
「スミレ組さんは絵本を読みますよ」
「ではバラ組さんは魔王様達と遊びましょう」
「あーい!」
「わーい!」
「はーい!」
走り寄ってくる子ども達の笑顔はクラス名そのまんまお花みたいね。
これからもいっぱいいっぱいの笑顔のお花を咲かせようね。
今日も幼稚園はにぎやかです。
きっと、これからもずっと。
「せんせー!」
ルウラの白くて長い背中の上から手を振る子ども達が見えてきた。
「おあよー!」
怒涛の魔王様の結婚式&運動会など忙しい事が色々重なって大変だったけど、無事に一段落ついて幼稚園に日常の保育風景が戻ってきた。
しゅっぽっぽの登園に、朝のご挨拶のお歌、体操……そんな平穏で、でも刺激的で楽しい幼稚園の日常。今日も病気で休む子もいなくて全員揃っててよかった。
今日は先日の運動会の絵を描いて、ひまわりさん、バラさん、スミレさんが交代で落書き生き物達のいる動物園の島に遊びに行く。
就業後、職員は次のイベントであるお芋掘りの打ち合わせもしなきゃいけないし、バザーでしょ、遠足に作品展に……色々あるね。
「せんせ、紙はやくー!」
「お絵かきっ、お絵かき」
今日は国務のほうが忙しのでスミレ組の担任ウリちゃんは不在。そんなわけでひまわり組だけでなく年長さんも一緒に創作活動を見守るのだけど、お絵かきの大好きな子ども達は早くもやる気満々。手際の良いバラ組さんは隣ですでにお絵かきを始めている。
補助職員と手分けして紙を配り、前に立って説明をする。
「みんな、運動会楽しかった?」
「あーい!」
「うん!」
「スミレ組さんは絵の具で、ひまわり組さんはクレヨンで運動会の絵を描いてみましょうね。紙いっぱいに元気よく描いてね」
はーいとお行儀よくスミレ組さんから返事が上がったが、なぜかひまわり組さんからはぶーっと不平の声が。
「あれ? どうしたの?」
「リノたちもえにょぐがいいぉ!」
立ち上がって訴えたのは我が娘だった。どうやら的確に皆の気持ちを代弁したらしく、ひまわり組一同がうんうん頷いている。
「でもお水を使うし、難しいよ?」
「いいにょ! えにょぐちたいの!」
ううーん、筆も絵の具もあるからいいんだけど三・四歳児のおチビさん達がやるといつもとんでもないことになるので、出来ればクレヨンでお願いしたいのだけど。
結局根負けしてひまわりさんも絵の具でのお絵かきになった。
「こうちてぇ、ぺたんするとおもちろいぉ」
もうね、最後は筆も持たずに手に直接絵の具をつけて描いてますよ、この子達。ああ、でも玉入れの玉を指でスタンプはいい発想だよね。やっぱり子供ってすごいって思う瞬間。
「あのぉ……それボクの髪の毛」
蔦のボウちゃんの髪というか触手に絵の具をつけて描いてる強者はおとなりのきぃちゃん。長細いのをスタンプしたいのはわかるんだけどねぇ。
そんでもって絵の具を使うのはいいのだが、汚れたらお手拭き用の布で拭ってる年長さんと違い、直接服で拭っちゃうあたりが年少さんなわけで。
うわぁ、ひまわりさんほぼ全員スモックが迷彩みたいにべったべたになってる……すみません、保護者の皆様。お洗濯が大変ですがお許し下さいね。私もリノちゃんのスモックを洗うのが怖いですよ……。
でもとってもカラフルでステキな絵が描けました。
お給食の後バラ組さんが動物園の島に遊びに行ってるので、今はひまわり組と午前中に島に行ったスミレ組は園庭で自由遊びの時間。
この時間、先生は地味に忙しい。こうしてお帳面に出席のはんこを押して、昨日は出来なかった事が出来るようになった報告や、あったことをお父さんお母さんに書き込むのも大事なお仕事。
きゃーきゃーと賑やかに園庭を駆けまわる子供達を見ながら、色んな事を思いながら作業している時だった。
「ココナ先生! 気をつけて!」
突然大きな声がかかったのと、ばちーんと側頭部に衝撃があったのは同時だった。
……遅いよぅ。気をつけるヒマ無かったよ。目の前に星が飛んだし! 衝撃で椅子からころげ落ちたし。
「あいたた……」
私を椅子から落とした物は、壁にぶつかってころころと足元に転げてきた。ああ、ボールか。最近園児の間でドッヂボールが流行ってるからなぁ。
「すみません、怪我は無かったですか?」
ボールを追いかけて来たのは、動きやすい軽装にエプロンで完全保育士武装したユーリ王子とスモックを絵の具で色とりどりに汚しちゃってるペルちゃん。
「大丈夫よ。ペルちゃんが投げたの? なかなかの勢いだったけど」
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
ペコペコ金色の頭を下げて謝る仕草が超可愛くて痛いのが飛んでった気がする。
「ペルたーん! はやくはやく!」
向こうでさんちゃんやボウちゃん、ジル君達が手招きしてるね。
「謝らなくていいよ。はい、お友達待ってるから遊んでらっしゃい。気をつけてね」
ボールを拾って渡してあげると、泣きそうな顔をしていたペルちゃんがまたにっこり笑って走っていった。
「いくよー」
「こーい!」
はじめは大人しい子だったけど、お友達も沢山出来てすごく活発になったね。
幼稚園のボールはまんまるを見ると変身しちゃう狼族対策にちょっといびつになってるので、まっすぐに飛ばないのとどこに跳ねるかわからないのが難点なのだ。
「みんな元気だね」
ちょっと疲れたみたいにユーリちゃんが私の横に座った。若いのに何ですか王子。
結婚式のために帰って来たままもうすぐ一週間だけど、今日は朝から幼稚園の方に来てくれてる。
「ユーリちゃん、まだ寮に戻らなくていいの?」
「明後日までお休みをとってきましたから。今日と明日はココナさんの手伝いをしてこいと父上にも言われたし、ここは楽しいから」
「ふふ、そうよね、ユーリちゃんは次期園長だもの、今からみっちり保育をおぼえておくのもいいよね」
「えー? 僕が? ココナさんじゃないんですか?」
「だって王立幼稚園だもの、魔王様の次はユーリちゃんでしょ? 私はずーっと現場の先生がいいんだもん」
「そうなんだ……引き継ぐのは魔王の立場だけじゃなくて幼稚園の園長もなんだ」
「まあ、まだまだ百年どころじゃない先の話だけどね。それにペルちゃんもいるし」
気が遠くなるような事もさらっと言えちゃう自分にちょっと呆れる。きっとまだ新婚ほやほやの魔王様は先代みたいに早くに次を譲ってって事はなさそうだし、今の治世は長く続くだろうけど。
「ペルちゃんだけで済めばいいけどね。父上がもっともっと僕に兄弟を作ってやるからなーって言ってましたよ」
「う……!」
魔王様、そこまで頑張られなくてもよろしいかと思いますよ。さっちゃんも大変だなこりゃ……。
「おーじ! あやくきちぇくらさいぉー!」
リノちゃん達がユーリちゃんを呼びに来た。そうそう、座ってなんかいられないんだよ、幼稚園の先生は。
「今行くよ」
「ちゅぎは、お砂であしょぶれすぉ」
「はいはい」
私の方を振り向いて小さく手を振ってユーリちゃんがリノちゃん達にひっぱられて行った。
園庭を駆けまわる園児達。ここはそもそもユーリちゃんのために作られた幼稚園だもの。そのユーリちゃんが今では私より大きくなって先生側にいるなんてね。
それでもね、私には目を閉じたらひまわり組さんと同じくらいだったユーリちゃんが、黒い髪をなびかせて園庭を駆けまわってる姿が今でもくっきり見えるの。はじめてお友達と遊んだ時のあの笑顔、絶対に忘れないんだから。ほんとうの意味で私の夢を叶えてくれたのは、ユーリちゃんだから。
さて、お帳面のはんこも押せたし、そろそろ自由遊びの時間も終わって次のことをはじめようかな。ああ、まだバラ組さんが島から戻ってないからもう少し遊ばせておく?
そうこうしてるうちに今度は肩にぽんと手が置かれた。振り返ると見慣れた銀色の髪の優しい顔が微笑んでいた。
「やっと書類仕事が片付きました。スミレ組まで見てくださってすみませんね」
「ご苦労様。流石は年長さん達、みんないい子にしてたわよ。ウリちゃんはあっちもこっちも大変なんだから別に今日はこの後休んでればよかったのに」
「いえ、ここで園児達を見てる方が落ち着きますからね」
よく子ども達といると元気をもらえるって言ってるよね。それはなんかわかるけど。
「リノちゃん達が派手な見た目になってますね」
「うん……絵の具で描かせたらああなったのよ」
「元気そうでいいですけどね。子どもは汚すものですし。ママは大変ですが」
目を細めて子ども達を見てる顔は穏やか。今でも時々毒のある事言うけど、すっかりいい先生になっちゃったね、ウリちゃん。
「みんな本当にいい子です。可愛いです」
「うん」
さり気なく手を繋いで二人で子ども達を見渡す。
みんな可愛いけど、一人として同じ子はいない。みんな違ってそれぞれ個性的で、色んな可能性を秘めた子ども達。人間でも幼稚園に通う年齢になったこの時期って、丁度大好きなお父さんお母さんの腕の中からほんのちょっと離れて、色んなものに触れ、何でも吸収して自分のものにしていく時期。自分で物事を考えて自分の言葉で気持ちを表現できるようになって、一人の存在として一歩を踏み出す。お友達というものが初めて出来る、人生の中の短いけど最初の大事な時期。
そんな大事な時間に立ち会える幼稚園の先生って、なんてステキな仕事なんだろう。
魔族の寿命は人間の何倍もあるけど、その長い長い一生のうちの僅かな時間だけれど、はじめの一歩であるのは同じ。先が長いぶん、覚えているかも怪しいほんの僅かなこの時期を共に過ごせるのは貴重なこと。写真もビデオも無いけど、それでも手形や足形を残したり、行事を絵に描いたりして記憶に残しておけるから。子ども達もきっと幾つになっても覚えていてくれると思うのよね。
これから百年、二百年……ううん、もっともっと先までずーっとこうして子ども達の成長に寄り添って行きたい。おばあちゃんになってもずっと。これが私の新しい夢。
横を見ると微笑みかえしてくれる大好きな顔。こうして同じ場所で一緒に同じ夢の中にいること、これも新しい夢。
この魔界に来てから十年以上経って、随分とこの世界にも馴染んで来たし、自分がもう人間でないという事も自然に受け入れられるようになった。愛する人がいて、子供も授かって自分も親になった。それでもふいに生まれた世界が恋しくなって涙が出そうになる時もある。お父さんお母さん、家族、友達……今でも会いたい。きっと初めて保育に参加した子ども達はもう大きくなって立派なお兄さんお姉さんになってるだろう。
でもせっかくこうして普通の人間よりも長い時間をもらったんだもの。どうせなら楽しまなきゃね!
今は人間の国の脅威も天界との関係も落ち着いたけど、またいつ前の状態に戻るかわからないって魔王様も仰ってた。人間の寿命は短い。今のいい関係が崩れる時、また魔王を倒しに新しい勇者が来るかもしれない。それでも子ども達の笑顔は守っていきたい。
新しい私の夢を叶えるために。
一生をかけた夢だけどね。
その間に何人の子ども達が私の傍を通り過ぎて行くのだろう。何百人、何千人……でもきっと私はみんなの名前も、その笑顔も泣き顔も覚えているよ。
保育士になって最初に驚いたのが、先輩先生や園長が、沢山の在園中の子ども達だけでなく、卒園していった子ども達の名前までほとんど覚えておられる事だった。でも今ならそれがわかる。誰もみんな大事な子ども達だから。
「おや、みんな派手に汚したな」
あら魔王様達もおいでになった。
「運動会のお絵描きをしたんですよ」
「まあステキ。後で見せてくださいね」
さっちゃん……いや王妃様、どうしてドレスじゃなくてそんな軽装でエプロンを?
「私も見習いで幼稚園のお手伝いをさせてほしいのですが。ご迷惑でしょうか」
おおぅ。これは!
「迷惑なんかじゃないよ。嬉しい!」
また幼稚園に一人新しい先生が生まれるね。いやぁ、ひょとしたらすぐに産休ってこともありえるんだけど……ねぇ。
「お先でした、ココナ先生」
あ、マーム先生と年中さん達が帰ってきた。
「みんなー! バラ組さんが帰って来たから次はひまわり組さんが島にいくよー!」
「スミレ組さんは絵本を読みますよ」
「ではバラ組さんは魔王様達と遊びましょう」
「あーい!」
「わーい!」
「はーい!」
走り寄ってくる子ども達の笑顔はクラス名そのまんまお花みたいね。
これからもいっぱいいっぱいの笑顔のお花を咲かせようね。
今日も幼稚園はにぎやかです。
きっと、これからもずっと。
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