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続・魔界王立幼稚園ひまわり組
閑話:天使の告白(さっちゃんside)
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美しい音色が奏でる甘い愛の曲。あれはきっと上のお姉様のハープ。
お兄様は空に絵を描くのに夢中。今日も沢山の鳥や蝶が生まれるのね。
「サリエ、サリエ! どこなの? ほら、可愛いドレスが届いたわよ」
下のお姉様が呼んでるけど知らない。あんな宝石のいっぱいついたピカピカのドレスを着ても、どうせ私になんか似合わないもの。
お兄様やお姉様は皆母親が違うけど、どの方も愛の天使や光輝く見目と芸術の才能豊かな方ばかりで、それに似た美しい兄姉はとても素晴らしい。なのに私はどうしてこんなに出来損ないなのだろう。
お兄様のように絵も上手じゃない。お姉様のように癒しの声で唄う事もできない。あんなに夢見るような旋律を奏でることもできない。
私のお母様は死を司る天使。何を思ってお父様はお母様との間に私をもうけられたのだろう。そして私が似たのは中途半端に恐ろしい死の天使のこの目だけ。石化や死を招く邪視の跳ね返りが怖くて鏡もまともに見られないけど、私はお姉様達のようにふくよかでもなく痩せっぽちで器量もきっと良くない。
それでも皆、私を大事にしてくれる。お父様も兄姉も優しくて、いつも綺麗なドレスや花で私を飾り、お菓子をくれて暇さえあれば髪を撫で、歌を唄ったり本を読んでくれる。流石に座るときに膝に乗せるのは減ったけど、まだ時々誰が抱っこするか取り合いしてるもの。もう大人なのに。
……多分、私は美しい彼等にとって、珍しい愛玩動物みたいなものなのね。美しくも無く、目を開ける事もなく、何も出来無い私を憐れんでいるの。可愛い可愛いと言うのは、人が猫や犬を可愛がるのと同じ。
甘い香りをたてる瑠璃色の薔薇の咲き誇る庭を抜け、白い東屋も行き過ぎて、金色の葉がさわさわと音をたてる林檎の木陰。庭の一番隅にある小さな小屋。ここが私の秘密の場所。
今日もこっそりあの人を見に来たの。
違う世界に繋がる窓がこの世界には沢山あるけど、ここの鏡も一つの世界に繋がっている。初めて見つけたのはまだ私の背がお父様の膝までしかなかった頃。
映るのは光りに溢れたこことは違う、薄暗い世界。
覗いたら一人の男の子がいた。
すらりと背の高い、とても素敵な人だったの。強いその眼差しに、小さいながらも私はとても惹かれた。
最初は同じ天使だと思った。その人の周りにはいつも私達と同じような天使がいて、とても仲良くしていたから。
でもあんな髪の色は天使にはいない。他の世界のとても弱い人間という生き物にはいるけれど、彼は人間では無い。同じ長い時を生きる私達に近い者だとはわかる。
こっそり抜け出しては飽きる事無く彼だけを見ていた。とても素敵なのに、結構やんちゃだったり、困った事もしちゃう人だけど、それすらも見ていて楽しかった。
その美しく光る長い髪に触れてみたい、その闇夜のような目で見て欲しい。どんな声で、どんな匂いなのだろう。その手は冷たいのかな、温かいのかな。
想像するだけで胸がドキドキした。
「なあに? サリエちゃんは恋をしてるみたいな顔ね」
お姉様が言った。
考えるだけでドキドキする、胸の奥がきゅーっとする、こういうのが恋なのだとしたら、そうなのかもしれない。
でもあの人は私の事なんか知らない。私の声は届かない。そもそも覗き見ているのがバレたら嫌われるかもしれない。考えたら悲しくもなるの。
一度思い切ってお父様に訊いてみた。
「あそこは何処なのですか? 人間の世界では無いですよね?」
「あれは魔界。この天界と相反する世界だよ。決して行く事もそこの住人と分かり合う事も出来無い。醜く、汚く、創造の主に忌み嫌われた者だけが落ちた悪しき世界。他の世界から追放された者達が行く世界。元々ここの天使だったものもいるが、あれは昔々に主に背いて堕ち、魔に染まった者達。覗くだけならよいが、絶対に近づいてはいけないよ」
お父様はそう言ったけど、私にはそうは見えなかった。変な生き物のいっぱいいる所、変な色の危なそうな所だし、確かにそこの住人達は奇妙な姿をしているけれど、優しそうで楽しそうに一生懸命生きてるの。他の窓から繋がるどの世界よりも魅力的に見えた。
それからもこっそり彼を見ていた。
ある日、彼は一人の女性と結婚した。とても綺麗な人で、幸せそうな彼の姿を見て、その日から窓を見るのをやめた。
でも寂しくて、恋しくて。諦められなくて。
しばらくして思い切って覗いたら、彼はその白い頬を涙で濡らして泣いていたの。震える腕に小さな赤ちゃんを抱いて。それでも微かに微笑んで。
ああ、あの大事な人が亡くなったのだ。彼の子供だけを残して。喜びと悲しみを一度に残して逝ってしまったのだ。
慰める事も、声を掛ける事も出来無い。手が届かない遠く。たとえ届いたとしても近寄れる雰囲気ではなかったけれど、私も一緒に泣いた。
それからはまたしばらく窓を覗かなかった。あの日までは。
「そろそろお前もよい相手をみつけなければいけないな」
私が二十三を過ぎた頃、お父様が言い出した。遅すぎるとも思えるけれど、お兄様もお姉様も好きな人は沢山いるけどまだ身を固めずに自由にしているし、相変わらずの過保護ぶりだったから衝撃的だった。
「それとも誰か好きなものでもおるのかな?」
いないといえば嘘だったが、あの人とは住む世界が違う。
「おりません……」
「邪視のせいでお前はほとんど屋敷の外に出た事もないだろう? お前の目を見ても大丈夫な強い良い相手を探してやろう」
お兄様もお姉様も私をお嫁にやるなんて嫌だと駄々をこねたけれど、いずれはそういう日が来るのだと、お父様に言い伏せられた。
だけど私はお父様がどんなに素敵な方を連れて来たとしても、その方を愛せる自信が無かった。
「でも好きでも無い方とは……」
「結婚は慣れだよ。時間を掛ければきっと情がわき、愛し合えるよ」
そうかもしれないけど……。
好きなのはあの人だけ。
遠い遠い違う世界にいる、あの人だけ。
そして鏡を覗いたの。そこには穏やかな顔で、小さな子供達を見守る優しげなあの人が見えた。笑顔の人々、楽しそうな風景。
魔界は醜く、汚く、悪しき世界だとお父様は言ったけれど、私にはこの天界よりも輝いて、気高く美しく見えた。
鏡を見なかった間に、また彼は新しい人と結婚したかもしれない。それでもいい。あの人と同じ空気を吸えれば、それだけで嬉しい。
たとえ手が届かなくとも、振り向いてくれなくてもいい。ただそれだけで。
気がつくと私は覗き窓に飛び込んでいた。
お父様、お兄様、お姉様……ゴメンなさい。でも好きでも無い人と結婚してその人をがっかりさせるよりいいと思うの。
でもやっぱり魔界は私が知っている世界とは全然違った。力の質自体が全く違うこの世界にとって、私の天界の力は毒であり、彼等の魔力も私にとっては毒だった。光と闇ほど違う、お父様が言ったとおり相反する世界。
だけど住んでる人達は優しくて、姿形は変わっていてもちっとも汚くも醜くも無く、悪しき世界ではない。大体天界が善であると誰が決めたのか。
行く宛ても無く飛び出してきてしまい、満ちた魔力に気分を悪くしていた私に、最初に声を掛けてくれたのは優しそうな男の人だった。
ぺルエさんは見た目だけで無くとても優しい人だった。私がこの世界の者でないと言っても逃げなかった。淫魔という天界の者からしたら忌むべき種族らしいが、とても美しく魅力的な男性だった。下級とはいえ貴族の一員で社会的な地位もある。二人っきりで住める小さな家を用意して私を匿ってくれた。
天使が魔界に順応できる方法をペルエさんと一緒に調べるうち、答えはわかったが……。
気がつけばこの世界に来た目的すらも忘れ、私はペルエさんにすっかり心を奪われていた。後から冷静に考えれば淫魔の魅了にかかっていたのかもしれないが、「結婚は慣れだよ。時間を掛ければきっと情がわき、愛し合える」そう言った父の言葉は間違いでは無かったのだと思えるほどに。
最初から届かぬ想い。同じ世界にいても所詮遠い遠い人。あの人と同じ空気を吸えればいいと、それだけで幸せなのなら、もう私の願いは叶ったのだから。
「もう帰れなくなるけどいいの?」
「はい」
そして私はペルエさんの妻になった。
ペルエさんの子を宿したせいか、私は随分と魔力に耐性が出来た。それでも完全に天界の力を失ってしまうほどでは無かった。下級とはいえ神の一族の父と上級天使の母を持つ私は、そう簡単には堕天使にはなれなかったのだ。
「君の目を開けた顔を見る事も出来無いなんて……」
それでも日々は幸せで、もうすぐ生まれる子と幸せに三人で生きて行こうと誓い合った直後だった。
いつもはペルエさんより早く起き、顔を布で覆って隠すのだけれど、その日はペルエさんは夜明け前に起きてずっと私の寝顔を見ていたらしい。揺り起こされて目を開けて、しまったと思ったときには遅かった。
「やっと見られた。本当に綺麗だよ」
そう言った彼は足元から少しづつ石に変わっていった。
「ペルエさん! 嫌、いやっ!!」
「泣かないで。君のせいでは無いから……僕の力が及ばなかっただけだから」
「でも! でも」
「幸せに……」
全身が冷たく動かない透き通った石に変ってしまったペルエさん。その前で何日も何日も泣き続けた。
石化の力を持つ魔族もいるので、これは事故だからと擁護してくれる人がほとんどだった。ペルエさんの家族も私を責めず、子供を無事産んでくれとしか言わなかった。でもやはり心が苦しくて、罪の意識から逃れることが出来なくて。
これは私の勝手で故郷を、優しい家族を捨てた罰。
決して叶わぬ想いを心の片隅に置き続けて、目の前の本当に愛してくれる人を裏切り続けてきた罰。
ペルエさん、本当にゴメンなさい。あなたの事は大好きでした。もうあの人の事を諦められるくらいに。あなたに似た大事な大事な子供は立派に育て上げます。やがて時が来て、あなたの元に召される日まで。
あの人と同じ世界で生きていく私を許してください。
そして届かぬと思っていた手が届く距離まで来た事を許してください。
お兄様は空に絵を描くのに夢中。今日も沢山の鳥や蝶が生まれるのね。
「サリエ、サリエ! どこなの? ほら、可愛いドレスが届いたわよ」
下のお姉様が呼んでるけど知らない。あんな宝石のいっぱいついたピカピカのドレスを着ても、どうせ私になんか似合わないもの。
お兄様やお姉様は皆母親が違うけど、どの方も愛の天使や光輝く見目と芸術の才能豊かな方ばかりで、それに似た美しい兄姉はとても素晴らしい。なのに私はどうしてこんなに出来損ないなのだろう。
お兄様のように絵も上手じゃない。お姉様のように癒しの声で唄う事もできない。あんなに夢見るような旋律を奏でることもできない。
私のお母様は死を司る天使。何を思ってお父様はお母様との間に私をもうけられたのだろう。そして私が似たのは中途半端に恐ろしい死の天使のこの目だけ。石化や死を招く邪視の跳ね返りが怖くて鏡もまともに見られないけど、私はお姉様達のようにふくよかでもなく痩せっぽちで器量もきっと良くない。
それでも皆、私を大事にしてくれる。お父様も兄姉も優しくて、いつも綺麗なドレスや花で私を飾り、お菓子をくれて暇さえあれば髪を撫で、歌を唄ったり本を読んでくれる。流石に座るときに膝に乗せるのは減ったけど、まだ時々誰が抱っこするか取り合いしてるもの。もう大人なのに。
……多分、私は美しい彼等にとって、珍しい愛玩動物みたいなものなのね。美しくも無く、目を開ける事もなく、何も出来無い私を憐れんでいるの。可愛い可愛いと言うのは、人が猫や犬を可愛がるのと同じ。
甘い香りをたてる瑠璃色の薔薇の咲き誇る庭を抜け、白い東屋も行き過ぎて、金色の葉がさわさわと音をたてる林檎の木陰。庭の一番隅にある小さな小屋。ここが私の秘密の場所。
今日もこっそりあの人を見に来たの。
違う世界に繋がる窓がこの世界には沢山あるけど、ここの鏡も一つの世界に繋がっている。初めて見つけたのはまだ私の背がお父様の膝までしかなかった頃。
映るのは光りに溢れたこことは違う、薄暗い世界。
覗いたら一人の男の子がいた。
すらりと背の高い、とても素敵な人だったの。強いその眼差しに、小さいながらも私はとても惹かれた。
最初は同じ天使だと思った。その人の周りにはいつも私達と同じような天使がいて、とても仲良くしていたから。
でもあんな髪の色は天使にはいない。他の世界のとても弱い人間という生き物にはいるけれど、彼は人間では無い。同じ長い時を生きる私達に近い者だとはわかる。
こっそり抜け出しては飽きる事無く彼だけを見ていた。とても素敵なのに、結構やんちゃだったり、困った事もしちゃう人だけど、それすらも見ていて楽しかった。
その美しく光る長い髪に触れてみたい、その闇夜のような目で見て欲しい。どんな声で、どんな匂いなのだろう。その手は冷たいのかな、温かいのかな。
想像するだけで胸がドキドキした。
「なあに? サリエちゃんは恋をしてるみたいな顔ね」
お姉様が言った。
考えるだけでドキドキする、胸の奥がきゅーっとする、こういうのが恋なのだとしたら、そうなのかもしれない。
でもあの人は私の事なんか知らない。私の声は届かない。そもそも覗き見ているのがバレたら嫌われるかもしれない。考えたら悲しくもなるの。
一度思い切ってお父様に訊いてみた。
「あそこは何処なのですか? 人間の世界では無いですよね?」
「あれは魔界。この天界と相反する世界だよ。決して行く事もそこの住人と分かり合う事も出来無い。醜く、汚く、創造の主に忌み嫌われた者だけが落ちた悪しき世界。他の世界から追放された者達が行く世界。元々ここの天使だったものもいるが、あれは昔々に主に背いて堕ち、魔に染まった者達。覗くだけならよいが、絶対に近づいてはいけないよ」
お父様はそう言ったけど、私にはそうは見えなかった。変な生き物のいっぱいいる所、変な色の危なそうな所だし、確かにそこの住人達は奇妙な姿をしているけれど、優しそうで楽しそうに一生懸命生きてるの。他の窓から繋がるどの世界よりも魅力的に見えた。
それからもこっそり彼を見ていた。
ある日、彼は一人の女性と結婚した。とても綺麗な人で、幸せそうな彼の姿を見て、その日から窓を見るのをやめた。
でも寂しくて、恋しくて。諦められなくて。
しばらくして思い切って覗いたら、彼はその白い頬を涙で濡らして泣いていたの。震える腕に小さな赤ちゃんを抱いて。それでも微かに微笑んで。
ああ、あの大事な人が亡くなったのだ。彼の子供だけを残して。喜びと悲しみを一度に残して逝ってしまったのだ。
慰める事も、声を掛ける事も出来無い。手が届かない遠く。たとえ届いたとしても近寄れる雰囲気ではなかったけれど、私も一緒に泣いた。
それからはまたしばらく窓を覗かなかった。あの日までは。
「そろそろお前もよい相手をみつけなければいけないな」
私が二十三を過ぎた頃、お父様が言い出した。遅すぎるとも思えるけれど、お兄様もお姉様も好きな人は沢山いるけどまだ身を固めずに自由にしているし、相変わらずの過保護ぶりだったから衝撃的だった。
「それとも誰か好きなものでもおるのかな?」
いないといえば嘘だったが、あの人とは住む世界が違う。
「おりません……」
「邪視のせいでお前はほとんど屋敷の外に出た事もないだろう? お前の目を見ても大丈夫な強い良い相手を探してやろう」
お兄様もお姉様も私をお嫁にやるなんて嫌だと駄々をこねたけれど、いずれはそういう日が来るのだと、お父様に言い伏せられた。
だけど私はお父様がどんなに素敵な方を連れて来たとしても、その方を愛せる自信が無かった。
「でも好きでも無い方とは……」
「結婚は慣れだよ。時間を掛ければきっと情がわき、愛し合えるよ」
そうかもしれないけど……。
好きなのはあの人だけ。
遠い遠い違う世界にいる、あの人だけ。
そして鏡を覗いたの。そこには穏やかな顔で、小さな子供達を見守る優しげなあの人が見えた。笑顔の人々、楽しそうな風景。
魔界は醜く、汚く、悪しき世界だとお父様は言ったけれど、私にはこの天界よりも輝いて、気高く美しく見えた。
鏡を見なかった間に、また彼は新しい人と結婚したかもしれない。それでもいい。あの人と同じ空気を吸えれば、それだけで嬉しい。
たとえ手が届かなくとも、振り向いてくれなくてもいい。ただそれだけで。
気がつくと私は覗き窓に飛び込んでいた。
お父様、お兄様、お姉様……ゴメンなさい。でも好きでも無い人と結婚してその人をがっかりさせるよりいいと思うの。
でもやっぱり魔界は私が知っている世界とは全然違った。力の質自体が全く違うこの世界にとって、私の天界の力は毒であり、彼等の魔力も私にとっては毒だった。光と闇ほど違う、お父様が言ったとおり相反する世界。
だけど住んでる人達は優しくて、姿形は変わっていてもちっとも汚くも醜くも無く、悪しき世界ではない。大体天界が善であると誰が決めたのか。
行く宛ても無く飛び出してきてしまい、満ちた魔力に気分を悪くしていた私に、最初に声を掛けてくれたのは優しそうな男の人だった。
ぺルエさんは見た目だけで無くとても優しい人だった。私がこの世界の者でないと言っても逃げなかった。淫魔という天界の者からしたら忌むべき種族らしいが、とても美しく魅力的な男性だった。下級とはいえ貴族の一員で社会的な地位もある。二人っきりで住める小さな家を用意して私を匿ってくれた。
天使が魔界に順応できる方法をペルエさんと一緒に調べるうち、答えはわかったが……。
気がつけばこの世界に来た目的すらも忘れ、私はペルエさんにすっかり心を奪われていた。後から冷静に考えれば淫魔の魅了にかかっていたのかもしれないが、「結婚は慣れだよ。時間を掛ければきっと情がわき、愛し合える」そう言った父の言葉は間違いでは無かったのだと思えるほどに。
最初から届かぬ想い。同じ世界にいても所詮遠い遠い人。あの人と同じ空気を吸えればいいと、それだけで幸せなのなら、もう私の願いは叶ったのだから。
「もう帰れなくなるけどいいの?」
「はい」
そして私はペルエさんの妻になった。
ペルエさんの子を宿したせいか、私は随分と魔力に耐性が出来た。それでも完全に天界の力を失ってしまうほどでは無かった。下級とはいえ神の一族の父と上級天使の母を持つ私は、そう簡単には堕天使にはなれなかったのだ。
「君の目を開けた顔を見る事も出来無いなんて……」
それでも日々は幸せで、もうすぐ生まれる子と幸せに三人で生きて行こうと誓い合った直後だった。
いつもはペルエさんより早く起き、顔を布で覆って隠すのだけれど、その日はペルエさんは夜明け前に起きてずっと私の寝顔を見ていたらしい。揺り起こされて目を開けて、しまったと思ったときには遅かった。
「やっと見られた。本当に綺麗だよ」
そう言った彼は足元から少しづつ石に変わっていった。
「ペルエさん! 嫌、いやっ!!」
「泣かないで。君のせいでは無いから……僕の力が及ばなかっただけだから」
「でも! でも」
「幸せに……」
全身が冷たく動かない透き通った石に変ってしまったペルエさん。その前で何日も何日も泣き続けた。
石化の力を持つ魔族もいるので、これは事故だからと擁護してくれる人がほとんどだった。ペルエさんの家族も私を責めず、子供を無事産んでくれとしか言わなかった。でもやはり心が苦しくて、罪の意識から逃れることが出来なくて。
これは私の勝手で故郷を、優しい家族を捨てた罰。
決して叶わぬ想いを心の片隅に置き続けて、目の前の本当に愛してくれる人を裏切り続けてきた罰。
ペルエさん、本当にゴメンなさい。あなたの事は大好きでした。もうあの人の事を諦められるくらいに。あなたに似た大事な大事な子供は立派に育て上げます。やがて時が来て、あなたの元に召される日まで。
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