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全てを一つに
搭の上の秘密の部屋
しおりを挟むとりあえず夢じゃない。
何が何だかさっぱりわからないけど、僕は今こうして生きてる。
フィランさんは優しくしてくれる。
この部屋は広くてトイレもあって、食事も持って来てくれるし、お湯も用意してくれて体も洗えて。服も恥ずかしいくらいピカピカですべすべのを用意してくれるから、困る事は無いのだけど。
それでもこの部屋でもう三日、ずっと外に出ずにいると退屈で寂しくなって来た。
お仕事もあるのか、フィランさんは時々いなくなる。
一人の時、退屈だったらどうぞと本も用意してくれた。何語なのかもわからないので文字は読めない。でも印刷じゃない手書きで皮の紐で綴じた本は、綺麗な模様や絵があって、それを眺めては楽しんでいた。それでもやっぱり退屈で。
危ないから窓には近づいちゃいけないって言われて、カーテンも開けないまま。薄い布越しに差し込んで来る光の加減で、昼なのか夜なのかがわかるだけ。せめて外がどんなのかだけでも見てみたい。
フィランさんは、僕の髪をナデナデするのが好きみたいで、今も一緒にソファに座って僕の髪をいじってる。傍にいるだけで幸せなんだって。僕もナデナデされるのは嫌いじゃない。でも何だかペットにでもなった気分。
「ねえ、どうして外に出てはいけないの?」
「この搭の外には怖い人がいて、君が見つかると大変なんだよ」
そうなのかぁ。それはちょっと怖いな。でも……。
「どうしたの? ここが嫌?」
「そうじゃないけど、一度外を見てみたいなと思った」
僕が思いきって言うと、端正な顔が悲しそうに翳った。
「……ごめんなさい」
「いいよ。そうだね、何もせずにいるのも退屈かもしれないね」
立ち上がって、僕に手を差し出すフィランさん。
「この窓は開けてあげられないけど、違う部屋に行ってみる?」
うんうん。行くっ。たとえほんの少しでも冒険みたいで楽しみ。
大きなドアを開けると、薄暗い狭い石の廊下だった。すぐに階段。
「一つだけ上がろう。静かにね」
他の人に見つかったら怖いんだったね。
そーっと忍び足で歩くと、横でくすくす笑ってる。僕の動きが面白かった?
狭い螺旋になった階段を上がると、いろんな色の光が差し込んで階段を染めていた。虹色? わあ、キレイ!
搭のてっぺんなのか、行き止まりになった階段の踊り場、そこの大きなはめ殺しの窓が見事なステンドグラスになってた。色のついた光ははその窓から差し込んできてる。
赤や青のとりどりの色が散りばめられた背景に、黒い長い髪の女性らしき人の横顔と白い鳥の絵柄。簡素な絵柄だけどとても美しい。
そして不思議と涙が出そうなほど懐かしく思えた。
「素敵なステンドグラスだね」
「すて……? 色絵窓の事? 君は時々難しい事を言うね」
「この女の人誰?」
「女の人じゃないよ。これは大聖者様。まあ、実際に見た人はほとんどいないらしいから、想像図なんだろうね」
大聖者様? 僕、この人知ってる――――。
それよりも差し出された手に小枝を渡そうとしてるみたいな白い鳥の事が気になった。
白い鳥。
大きくて、優しくて、強くて。そのふかふかの羽根の感触も嘴でかしかしされるのも大好き……。
『俺の幸せはお前と一緒にいること』
そう言ったのは……。
「おいで」
名前が出そうになった瞬間、フィランさんに手を引かれた。
簡素なドア。さっきまでいた部屋とは全然違う。
「ここはね、僕の秘密の隠れ家。今まで誰も入れた事が無いんだよ」
悪戯っ子の様に笑うフィランさんがちょっと可愛く見えた。
ドアが開くと、ふわっと風を感じた。
「入っていいの?」
「うん。アキラなら大歓迎だよ」
入った途端、わぁと声を上げてしまった。
正面に大きな開口があって、ガラス戸も何も無いバルコニー。お日様の光も差し込んで来る。
そんなに広く無い部屋の、石のままの壁や床は飾り気も何も無いけど、石の窪みみたいに棚があって瓶や何に使うのかもわからない道具、本などが詰まってる。部屋の隅には下の階とは比べ物にならないほど質素なベッドが一つ。ここで寝たりもするのかな? 秘密の部屋っていうのが何となくわかる。
「外見ていい?」
僕が訊くと頷いたフィランさんと一緒にバルコニーまで行く。後ろから抱え込むように抱きしめられてだけど、外が良く見えた。
足元に広がる町。緑の綺麗な所だった。遠くには低い山、森、小さな村らしきものも見える。遥か彼方に細く青い線が見えるのは海かな。
「もういいかい? 落ちると危ないからね」
「うん」
手摺もあるからそう簡単には落ちないと思うのだけど、とっても心配性だね。本当はもう少し外を見てたかったのに。確かに風が強くて煽られそうではある。とりあえずここは周りで一番高い建物の一番上なんだってわかった。
「ちょっとこっちに来てごらん」
少し強引に手を引かれて、バルコニーから引き離された。
部屋の真ん中くらいに来て、僕の顔をじっと見てフィランさんが黙る。
え、何? 何だかフィランさんの目が怖い。
表情は怒ってるようにも見えないけど、何だろう、ぞくぞくするような。
「あ、あの?」
何も言わずに、突然フィランさんの手が僕の服のボタンに掛かった。
「何を……!」
「脱いで。全部」
何ですと? 何でいきなり裸にならないといけないんですかっ?
「は……恥ずかしいよ」
「じゃあ僕が脱がせてあげる」
それも恥ずかしいから、後ずさったらついてくる。睨むような目がすごく怖くて、僕は仕方なく言われるままに自分で脱いだ。
「そう。それでいいよ」
そのあと、ベッドと反対側の壁際に連れて行かれた。
そこには全身映るくらい大きな鏡があった。
「見て、君の姿だよ。こんなに綺麗なもの、他にある?」
「あ……」
そこに映ってるのは、『僕』が思ってた『僕』じゃなかった。
この数日で、自分がとても色が白くて、髪も黒じゃなくて金色だっていうのはわかってた。でも……。
これは晶じゃない。
男なのか女なのかわからない不思議な生き物がそこにいた。
薄い金の髪に、目の色も限りなく白っぽい水色。唇だけが妙にピンク。頼りない手足に女の子みたいな細い腰、痩せてるのに筋ばったカンジじゃ無くてほわほわと柔らかそう。アバラは派手に出てないけど鎖骨がくっきり浮いてて、首も細くて。
ちょっとでも胸のふくらみがあって股に余計なものついてなかったら、女の子としてはそこそこいけてる気がするけど。ってか、ピンクの乳首とか妙にいやらしい気がする。
「やっぱりへにょへにょ……」
筋肉無さすぎ。貧相なモノはついてるけど男っぽさの欠片も無い。何と言うかその、人が作った羽根のない失敗作の天使のお人形みたい。
人間にしてはふわふわしすぎてて、天使にしたら生々しくていやらしすぎる。少なくとも僕にはちっとも魅力的に思えない。
「全然綺麗じゃないよ?」
「どうしてそう自信がないんだろうね、君は。完璧なのに」
「フィランさんの方がキレイでしょ」
鏡の天使モドキの後ろで覗き込んでる銀の髪の長身は、同じ様に薄い色の髪に肌なのにとても人間っぽい。
「赤子と呼ばれていたのがわかるよ」
すぅっと背中を撫でられて、鏡の中の『僕』はびくっと震えてる。
「もう駄目だよ……我慢してたけど限界……」
後ろから抱きしめられて、赤くなってる姿を見るのが嫌で鏡から目を逸らした。
「欲しいならあげると言っただろ?」
言ってないと思うんだけどっ!? 僕、言ったの、そんな事?
ひょいと抱き上げられて、部屋の隅のベッドに運ばれた。
ばふっと硬いベッドに降ろされると、いきなりフィランさんは覆いかぶさってきて、激しく唇を貪るように重ねてきた。
え、ええ? 舌っ、舌が!? 息できないっ、苦しいっ。
口を離さないまま、手が乱暴に僕の体をまさぐる。
抵抗しようと、強く押さえつけられて逃れる事が出来無い。
どうしよう、何されるんだろうこれから。手に触れられた所がくすぐったいだけじゃなくて、変な気持ちになってくるのは何故?
突然、僕を助けてくれるように、部屋に音が響いた。
リンリン。軽やかな鈴の音。
「ちっ、兄上が呼んでる」
慌てて僕から離れたフィランさんは、すごく怒ってるみたい。
ほっとしたような、でも少し寂しいような。
「行くの?」
「うん。でもすぐに帰って来るから。下の部屋よりこの部屋の方が退屈しないでしょう? 帰って来るまで鏡の中の君と仲良く待っておいで」
「え……」
「あ、そうだ」
部屋の隅をごそごそやって、布の紐を持ってきたフィランさんは僕の片足をベッドの足にくくりつけた。そこそこ長さはあるといっても……。
「あのっ、何で?」
「勝手にバルコニーに出ると危ないからね。特殊な結び方がしてあるから解けないよ」
がちゃっと部屋に鍵がかけられる音がした。
鍵をかけられたって事は閉じ込められたって事。僕が逃げると思ったのかな? だからって紐で縛らなくても。
すぐそこに外に通じてる窓があっても、鳥みたいに翼でもないとここからは出られないじゃない。
鳥……。
またさっきの白い鳥を思い出した。
「お兄ちゃん……ルイド……」
知らず知らずのうちに口から言葉がこぼれる。
少しづつ、無茶苦茶になってしまった記憶が集まりはじめたような気がする。ひっくり返ってバラバラになった本棚の本を、タイトルを確めながら並べ直すみたいに。パズルを組み立てるみたいに。
この晶でない体が辿って来た時間の記憶。それは確かにあるのに、バラバラになってしまったからわからないだけ。何か切欠があれば、きっと……。
日が傾いて、赤い夕日が差し込む時間になっても、フィランさんは帰って来なかった。
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