75 / 189
全知全能と茨熊
しおりを挟む
速い。先ず僕の頭に浮かんだのはそれだった。突如豹変したように猛進してきた熊は、あっという間に木々の合間を抜けて来た。
「ッ、僕の後ろにッ!」
「グォオオオオオッッ!!」
迷うことなく前に出たアシラ。その身に赤いオーラが纏わりつき、熊を押し返そうと剣が振るわれる。しかし、立ち上がった熊の爪がそれに合わせるように振るわれて、アシラの剣は弾かれる。
「……何で」
そして今。何故、どうしてと疑問が浮かぶ。あの熊は途中まで僕らに興味を抱いていなかった筈。明らかにこちらに気付いたにも関わらず、森の奥へと去ろうとしたからだ。
『あー、もしかしたら……オレ様かもな』
「ユモン?」
僕は思わず声を出した。でも、それどころじゃない。既に戦闘は開始されている。あの熊の目線は明らかに、目の前のアシラよりも僕に向いていた。滲み出す殺意と共に。
「オラッ、こっち見やがれッ!」
脇から石が剛速球で飛び、熊の腕に当たって砕け散る。熊の体を覆っている暗い赤色の甲殻のような物は、相当に硬いようだった。
「グォオオオオオッ!」
「くッ、待てッ!!」
振り払うようにアシラの剣を弾いた瞬間、アシラの胸元辺りで魔力が爆発し、咄嗟にそれを防御したアシラの横を熊は駆け抜けていく。目標は明らかに僕だ。
「『大地は溶けて、流砂の螺旋。乾きの衣を剥ぎ取って、黒き沼と化せ』」
「フッ!」
向かって来る熊を冷たい目で睨みながら詠唱するナーシャの横を、何かが空気を切り裂きながら通り抜けて行った。
「グォッ!?」
「っしゃッ、当たったぜッ!!」
それは、吹き矢だった。針のように鋭く長いそれは、正確に熊の目に命中し、そこから血で濁った眼球の液が流れ出した。
「『呑み干す黒泥の沼』」
僕の眼前の地面が流動するように動き出し、螺旋を描いて蟻地獄のようなものを作り出す。そこに踏み込んでいた熊は足を取られて倒れ、それと同時に地面はどす黒い泥に一瞬で変じた。
「グ、ォッ!」
地面の流れに足を取られて倒れ込んでいたせいで、熊は完全に泥沼に身を絡め取られている。起き上がる前に、何とかしなければ。と、僕は指先を熊へと伸ばした。
「グォオオオオオオオオォォォッ!!」
瞬間、泥沼の中から顔を上げた熊の背から無数の棘の茨が伸びて僕へと襲い掛かった。既に距離を詰められていた僕は、それを回避するのも難しく、咄嗟に魔術の障壁を作りだした。
「ッ!!」
ギィィィィン、と凄まじい音を立てて伸びた茨と魔術の障壁がぶつかり合う。ピシリと罅が入るのを見て、僕は障壁の維持に意識を向けた。
「グォオオオオオッ!!」
だが、その考えは甘く、凄まじい魔力の爆発が障壁をたったの一撃で破壊した。マズい、茨が来る。次の魔術を速く……
「――――ハァアアアアアアッッ!!!」
既に泥沼の中で立ち上がっていた熊の背後から、飛び掛かったアシラがその剣を熊の首筋に突き立てた。青白い輝きを放つそれは、間違いなく熊の喉まで貫通していた。
「グ、ォォ……ッ!!」
だが、それでも熊は死んでいない。息絶えてはいなかった。熊はその手を伸ばし、自身の首に突き刺した剣を支えに取り付いているアシラを掴もうとする。
「ハッ!」
だが、アシラは曲芸の如き動きで熊の前方へと回りながら飛び、同時に剣も引き抜いていた。剣が抜けた穴からは血が噴き出しており、熊は泥沼を飛び越えて行ったアシラを睨み付ける。
「グォオオオオオッ!!」
茨が伸びる……いや、今度は茨の棘が飛んだ。それらを剣によって空中で全て撃ち落としたアシラだったが、地面に落ちたその場所から茨が伸びてアシラへと迫る。命の危険に晒されたからか、標的はアシラへと移っているように見えた。
「『風切雷刃』」
だが、僕への意識を逸らしたのが運の尽きだ。風と雷で形成された刃が凄まじい速度で空を駆け、轟音を響かせながら熊の首を通り抜けた。
「グ、ォ……」
宙を舞う首は泥の中に落ち、呻き声がそこから響くと共に、頭の無い熊が僕の方へと手を伸ばす。しかし、届く筈もなく熊はその場に倒れた。
「……勝った」
熊が倒れるのを見た僕もまた、腰が抜けてその場にへたり込んでしまった。どうにも、体に力が入らない。
妹を守った時や白蛇様を倒した時と違って、何と言うか現実味のある命の危機だったからだ。それは多分、僕が今は冒険者という立場として確かにここに立っていたからだろう。だからきっと、僕は迫り来る死を感じることが出来たんだ。
「おい、やったぞッ! ハハッ、あっさり勝っちまったぞッ!?」
「ははっ、僕は少し疲れたけどね」
「……あの熊、明らかに治を狙ってた」
大笑いするウィーに、小さく笑みを浮かべるアシラ。そして、僕をじとっと見ているナーシャ。
「うん、そうみたいだね」
正確には、僕の指輪……ユモンを狙っていたんじゃないかと、ユモンは自分で言っていたけど。
『説明して貰えるかな?』
『んー、アイツらは普通の生き物じゃねぇからな。遥か昔にあった悪魔と人間の争いを覚えてるんだろうよ。アイツらを操ってたドルイドも悪魔と戦ってたから、その時のことを記憶か記録かしてるんだろうな』
なるほど、悪魔と争った記憶……記録から、指輪に宿るユモンを見つけて排除しようとした訳だ。
『君のせいじゃん』
『知らねぇよ。オレ様以外の悪魔に言えよ』
ぶっきらぼうに言い返された僕は、泥沼に沈もうとしている熊の死体に気付いて慌てて回収しに行った。
「ッ、僕の後ろにッ!」
「グォオオオオオッッ!!」
迷うことなく前に出たアシラ。その身に赤いオーラが纏わりつき、熊を押し返そうと剣が振るわれる。しかし、立ち上がった熊の爪がそれに合わせるように振るわれて、アシラの剣は弾かれる。
「……何で」
そして今。何故、どうしてと疑問が浮かぶ。あの熊は途中まで僕らに興味を抱いていなかった筈。明らかにこちらに気付いたにも関わらず、森の奥へと去ろうとしたからだ。
『あー、もしかしたら……オレ様かもな』
「ユモン?」
僕は思わず声を出した。でも、それどころじゃない。既に戦闘は開始されている。あの熊の目線は明らかに、目の前のアシラよりも僕に向いていた。滲み出す殺意と共に。
「オラッ、こっち見やがれッ!」
脇から石が剛速球で飛び、熊の腕に当たって砕け散る。熊の体を覆っている暗い赤色の甲殻のような物は、相当に硬いようだった。
「グォオオオオオッ!」
「くッ、待てッ!!」
振り払うようにアシラの剣を弾いた瞬間、アシラの胸元辺りで魔力が爆発し、咄嗟にそれを防御したアシラの横を熊は駆け抜けていく。目標は明らかに僕だ。
「『大地は溶けて、流砂の螺旋。乾きの衣を剥ぎ取って、黒き沼と化せ』」
「フッ!」
向かって来る熊を冷たい目で睨みながら詠唱するナーシャの横を、何かが空気を切り裂きながら通り抜けて行った。
「グォッ!?」
「っしゃッ、当たったぜッ!!」
それは、吹き矢だった。針のように鋭く長いそれは、正確に熊の目に命中し、そこから血で濁った眼球の液が流れ出した。
「『呑み干す黒泥の沼』」
僕の眼前の地面が流動するように動き出し、螺旋を描いて蟻地獄のようなものを作り出す。そこに踏み込んでいた熊は足を取られて倒れ、それと同時に地面はどす黒い泥に一瞬で変じた。
「グ、ォッ!」
地面の流れに足を取られて倒れ込んでいたせいで、熊は完全に泥沼に身を絡め取られている。起き上がる前に、何とかしなければ。と、僕は指先を熊へと伸ばした。
「グォオオオオオオオオォォォッ!!」
瞬間、泥沼の中から顔を上げた熊の背から無数の棘の茨が伸びて僕へと襲い掛かった。既に距離を詰められていた僕は、それを回避するのも難しく、咄嗟に魔術の障壁を作りだした。
「ッ!!」
ギィィィィン、と凄まじい音を立てて伸びた茨と魔術の障壁がぶつかり合う。ピシリと罅が入るのを見て、僕は障壁の維持に意識を向けた。
「グォオオオオオッ!!」
だが、その考えは甘く、凄まじい魔力の爆発が障壁をたったの一撃で破壊した。マズい、茨が来る。次の魔術を速く……
「――――ハァアアアアアアッッ!!!」
既に泥沼の中で立ち上がっていた熊の背後から、飛び掛かったアシラがその剣を熊の首筋に突き立てた。青白い輝きを放つそれは、間違いなく熊の喉まで貫通していた。
「グ、ォォ……ッ!!」
だが、それでも熊は死んでいない。息絶えてはいなかった。熊はその手を伸ばし、自身の首に突き刺した剣を支えに取り付いているアシラを掴もうとする。
「ハッ!」
だが、アシラは曲芸の如き動きで熊の前方へと回りながら飛び、同時に剣も引き抜いていた。剣が抜けた穴からは血が噴き出しており、熊は泥沼を飛び越えて行ったアシラを睨み付ける。
「グォオオオオオッ!!」
茨が伸びる……いや、今度は茨の棘が飛んだ。それらを剣によって空中で全て撃ち落としたアシラだったが、地面に落ちたその場所から茨が伸びてアシラへと迫る。命の危険に晒されたからか、標的はアシラへと移っているように見えた。
「『風切雷刃』」
だが、僕への意識を逸らしたのが運の尽きだ。風と雷で形成された刃が凄まじい速度で空を駆け、轟音を響かせながら熊の首を通り抜けた。
「グ、ォ……」
宙を舞う首は泥の中に落ち、呻き声がそこから響くと共に、頭の無い熊が僕の方へと手を伸ばす。しかし、届く筈もなく熊はその場に倒れた。
「……勝った」
熊が倒れるのを見た僕もまた、腰が抜けてその場にへたり込んでしまった。どうにも、体に力が入らない。
妹を守った時や白蛇様を倒した時と違って、何と言うか現実味のある命の危機だったからだ。それは多分、僕が今は冒険者という立場として確かにここに立っていたからだろう。だからきっと、僕は迫り来る死を感じることが出来たんだ。
「おい、やったぞッ! ハハッ、あっさり勝っちまったぞッ!?」
「ははっ、僕は少し疲れたけどね」
「……あの熊、明らかに治を狙ってた」
大笑いするウィーに、小さく笑みを浮かべるアシラ。そして、僕をじとっと見ているナーシャ。
「うん、そうみたいだね」
正確には、僕の指輪……ユモンを狙っていたんじゃないかと、ユモンは自分で言っていたけど。
『説明して貰えるかな?』
『んー、アイツらは普通の生き物じゃねぇからな。遥か昔にあった悪魔と人間の争いを覚えてるんだろうよ。アイツらを操ってたドルイドも悪魔と戦ってたから、その時のことを記憶か記録かしてるんだろうな』
なるほど、悪魔と争った記憶……記録から、指輪に宿るユモンを見つけて排除しようとした訳だ。
『君のせいじゃん』
『知らねぇよ。オレ様以外の悪魔に言えよ』
ぶっきらぼうに言い返された僕は、泥沼に沈もうとしている熊の死体に気付いて慌てて回収しに行った。
0
あなたにおすすめの小説
ダンジョン菌にまみれた、様々なクエストが提示されるこの現実世界で、【クエスト簡略化】スキルを手にした俺は最強のスレイヤーを目指す
名無し
ファンタジー
ダンジョン菌が人間や物をダンジョン化させてしまう世界。ワクチンを打てば誰もがスレイヤーになる権利を与えられ、強化用のクエストを受けられるようになる。
しかし、ワクチン接種で稀に発生する、最初から能力の高いエリート種でなければクエストの攻略は難しく、一般人の佐嶋康介はスレイヤーになることを諦めていたが、仕事の帰りにコンビニエンスストアに立ち寄ったことで運命が変わることになる。
現実世界にダンジョンが出現したのでフライングして最強に!
おとうふ
ファンタジー
2026年、突如として世界中にダンジョンが出現した。
ダンジョン内は無尽蔵にモンスターが湧き出し、それを倒すことでレベルが上がり、ステータスが上昇するという不思議空間だった。
過去の些細な事件のトラウマを克服できないまま、不登校の引きこもりになっていた中学2年生の橘冬夜は、好奇心から自宅近くに出現したダンジョンに真っ先に足を踏み入れた。
ダンジョンとは何なのか。なぜ出現したのか。その先に何があるのか。
世界が大混乱に陥る中、何もわからないままに、冬夜はこっそりとダンジョン探索にのめり込んでいく。
やがて来る厄災の日、そんな冬夜の好奇心が多くの人の命を救うことになるのだが、それはまだ誰も知らぬことだった。
至らぬところも多いと思いますが、よろしくお願いします!
ダンジョンをある日見つけた結果→世界最強になってしまった
仮実谷 望
ファンタジー
いつも遊び場にしていた山である日ダンジョンを見つけた。とりあえず入ってみるがそこは未知の場所で……モンスターや宝箱などお宝やワクワクが溢れている場所だった。
そんなところで過ごしているといつの間にかステータスが伸びて伸びていつの間にか世界最強になっていた!?
追放されたお荷物記録係、地味スキル《記録》を極めて最強へ――気づけば勇者より強くなってました
KABU.
ファンタジー
「記録係なんてお荷物はいらない」
勇者パーティを支えてきた青年・ライトは、ダンジョンの最深部に置き去りにされる。
彼のスキル《記録》は、一度通った道を覚えるだけの地味スキル。
戦闘では役立たず、勇者たちからは“足手まとい”扱いだった。
だが死の淵で、スキルは進化する。
《超記録》――受けた魔法や技を記録し、自分も使える力。
そして努力の果てに得たスキル《成長》《進化》が、
《記録》を究極の力《アカシックレコード》へと昇華させる。
仲間を守り、街を救い、ドラゴンと共に飛翔する。
努力の記録が奇跡を生み、やがて――
勇者も、魔王も凌駕する“最強”へ。
天城の夢幻ダンジョン攻略と無限の神空間で超絶レベリング ~ガチャスキルに目覚めた俺は無職だけどダンジョンを攻略してトップの探索士を目指す~
仮実谷 望
ファンタジー
無職になってしまった摩廻天重郎はある日ガチャを引くスキルを得る。ガチャで得た鍛錬の神鍵で無限の神空間にたどり着く。そこで色々な異世界の住人との出会いもある。神空間で色んなユニットを配置できるようになり自分自身だけレベリングが可能になりどんどんレベルが上がっていく。可愛いヒロイン多数登場予定です。ガチャから出てくるユニットも可愛くて強いキャラが出てくる中、300年の時を生きる謎の少女が暗躍していた。ダンジョンが一般に知られるようになり動き出す政府の動向を観察しつつ我先へとダンジョンに入りたいと願う一般人たちを跳ね除けて天重郎はトップの探索士を目指して生きていく。次々と美少女の探索士が天重郎のところに集まってくる。天重郎は最強の探索士を目指していく。他の雑草のような奴らを跳ね除けて天重郎は最強への道を歩み続ける。
距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる
歩く魚
恋愛
かつて、命を懸けて誰かを助けた日があった。
だがその記憶は、頭を打った衝撃とともに、綺麗さっぱり失われていた。
それは気にしてない。俺は深入りする気はない。
人間は好きだ。けれど、近づきすぎると嫌いになる。
だがそんな俺に、思いもよらぬ刺客が現れる。
――あの日、俺が助けたのは、できれば関わりたくなかった――距離を置きたい女子たちだったらしい。
どうしてこうなった道中記-サブスキルで面倒ごとだらけ-
すずめさん
ファンタジー
ある日、友達に誘われ始めたMMORPG…[アルバスクロニクルオンライン]
何の変哲も無くゲームを始めたつもりがしかし!?…
たった一つのスキルのせい?…で起きる波乱万丈な冒険物語。
※本作品はPCで編集・改行がされて居る為、スマホ・タブレットにおける
縦読みでの読書は読み難い点が出て来ると思います…それでも良いと言う方は……
ゆっくりしていってね!!!
※ 現在書き直し慣行中!!!
素材ガチャで【合成マスター】スキルを獲得したので、世界最強の探索者を目指します。
名無し
ファンタジー
学園『ホライズン』でいじめられっ子の生徒、G級探索者の白石優也。いつものように不良たちに虐げられていたが、勇気を出してやり返すことに成功する。その勢いで、近隣に出没したモンスター討伐に立候補した優也。その選択が彼の運命を大きく変えていくことになるのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる