ある日、僕は全知全能になった。

暁月ライト

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全知全能と茨熊

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 速い。先ず僕の頭に浮かんだのはそれだった。突如豹変したように猛進してきた熊は、あっという間に木々の合間を抜けて来た。

「ッ、僕の後ろにッ!」

「グォオオオオオッッ!!」

 迷うことなく前に出たアシラ。その身に赤いオーラが纏わりつき、熊を押し返そうと剣が振るわれる。しかし、立ち上がった熊の爪がそれに合わせるように振るわれて、アシラの剣は弾かれる。

「……何で」

 そして今。何故、どうしてと疑問が浮かぶ。あの熊は途中まで僕らに興味を抱いていなかった筈。明らかにこちらに気付いたにも関わらず、森の奥へと去ろうとしたからだ。

『あー、もしかしたら……オレ様かもな』

「ユモン?」

 僕は思わず声を出した。でも、それどころじゃない。既に戦闘は開始されている。あの熊の目線は明らかに、目の前のアシラよりも僕に向いていた。滲み出す殺意と共に。

「オラッ、こっち見やがれッ!」

 脇から石が剛速球で飛び、熊の腕に当たって砕け散る。熊の体を覆っている暗い赤色の甲殻のような物は、相当に硬いようだった。

「グォオオオオオッ!」

「くッ、待てッ!!」

 振り払うようにアシラの剣を弾いた瞬間、アシラの胸元辺りで魔力が爆発し、咄嗟にそれを防御したアシラの横を熊は駆け抜けていく。目標は明らかに僕だ。

「『大地は溶けて、流砂の螺旋。乾きの衣を剥ぎ取って、黒き沼と化せ』」

「フッ!」

 向かって来る熊を冷たい目で睨みながら詠唱するナーシャの横を、何かが空気を切り裂きながら通り抜けて行った。

「グォッ!?」

「っしゃッ、当たったぜッ!!」

 それは、吹き矢だった。針のように鋭く長いそれは、正確に熊の目に命中し、そこから血で濁った眼球の液が流れ出した。

「『呑み干す黒泥の沼メリグマ・メラーナ』」

 僕の眼前の地面が流動するように動き出し、螺旋を描いて蟻地獄のようなものを作り出す。そこに踏み込んでいた熊は足を取られて倒れ、それと同時に地面はどす黒い泥に一瞬で変じた。

「グ、ォッ!」

 地面の流れに足を取られて倒れ込んでいたせいで、熊は完全に泥沼に身を絡め取られている。起き上がる前に、何とかしなければ。と、僕は指先を熊へと伸ばした。

「グォオオオオオオオオォォォッ!!」

 瞬間、泥沼の中から顔を上げた熊の背から無数の棘の茨が伸びて僕へと襲い掛かった。既に距離を詰められていた僕は、それを回避するのも難しく、咄嗟に魔術の障壁を作りだした。

「ッ!!」

 ギィィィィン、と凄まじい音を立てて伸びた茨と魔術の障壁がぶつかり合う。ピシリと罅が入るのを見て、僕は障壁の維持に意識を向けた。

「グォオオオオオッ!!」

 だが、その考えは甘く、凄まじい魔力の爆発が障壁をたったの一撃で破壊した。マズい、茨が来る。次の魔術を速く……


「――――ハァアアアアアアッッ!!!」


 既に泥沼の中で立ち上がっていた熊の背後から、飛び掛かったアシラがその剣を熊の首筋に突き立てた。青白い輝きを放つそれは、間違いなく熊の喉まで貫通していた。

「グ、ォォ……ッ!!」

 だが、それでも熊は死んでいない。息絶えてはいなかった。熊はその手を伸ばし、自身の首に突き刺した剣を支えに取り付いているアシラを掴もうとする。

「ハッ!」

 だが、アシラは曲芸の如き動きで熊の前方へと回りながら飛び、同時に剣も引き抜いていた。剣が抜けた穴からは血が噴き出しており、熊は泥沼を飛び越えて行ったアシラを睨み付ける。

「グォオオオオオッ!!」

 茨が伸びる……いや、今度は茨の棘が飛んだ。それらを剣によって空中で全て撃ち落としたアシラだったが、地面に落ちたその場所から茨が伸びてアシラへと迫る。命の危険に晒されたからか、標的はアシラへと移っているように見えた。

「『風切雷刃ヴィンドゥル・オスルヌブラフ』」

 だが、僕への意識を逸らしたのが運の尽きだ。風と雷で形成された刃が凄まじい速度で空を駆け、轟音を響かせながら熊の首を通り抜けた。

「グ、ォ……」

 宙を舞う首は泥の中に落ち、呻き声がそこから響くと共に、頭の無い熊が僕の方へと手を伸ばす。しかし、届く筈もなく熊はその場に倒れた。

「……勝った」

 熊が倒れるのを見た僕もまた、腰が抜けてその場にへたり込んでしまった。どうにも、体に力が入らない。
 妹を守った時や白蛇様を倒した時と違って、何と言うか現実味のある命の危機だったからだ。それは多分、僕が今は冒険者という立場として確かにここに立っていたからだろう。だからきっと、僕は迫り来る死を感じることが出来たんだ。

「おい、やったぞッ! ハハッ、あっさり勝っちまったぞッ!?」

「ははっ、僕は少し疲れたけどね」

「……あの熊、明らかに治を狙ってた」

 大笑いするウィーに、小さく笑みを浮かべるアシラ。そして、僕をじとっと見ているナーシャ。

「うん、そうみたいだね」

 正確には、僕の指輪……ユモンを狙っていたんじゃないかと、ユモンは自分で言っていたけど。

『説明して貰えるかな?』

『んー、アイツらは普通の生き物じゃねぇからな。遥か昔にあった悪魔と人間の争いを覚えてるんだろうよ。アイツらを操ってたドルイドも悪魔と戦ってたから、その時のことを記憶か記録かしてるんだろうな』

 なるほど、悪魔と争った記憶……記録から、指輪に宿るユモンを見つけて排除しようとした訳だ。

『君のせいじゃん』

『知らねぇよ。オレ様以外の悪魔に言えよ』

 ぶっきらぼうに言い返された僕は、泥沼に沈もうとしている熊の死体に気付いて慌てて回収しに行った。
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