ある日、僕は全知全能になった。

暁月ライト

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全知全能と責任と道

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 背筋を伸ばしたまま堂々と中庭を渡り切った僕は、家の扉の前で待っていた女の人にぺこりと頭を下げた。

「あ、こんにちは……」

 顔を上げながら、僕はそれとなく観察する。長く艶のある黒髪を後ろで一つに束ね、割と動きやすそうなスーツ風の黒というか紺っぽい服を着ており、顔立ちは端正だけど、目尻が細く切れ込んだ目はどこか冷たさを感じさせる。なんというか、冷たい美人さんって感じだ。

「こんにちは、宇根治様。イカダチ様。靴のままで結構ですので、どうぞお上がり下さい」

「はい、失礼します……!」

「ん、前ん時にゃ居なかったよな」

 僕らが女の人について行くと、ユモンがそう呟いた。すると、女の人は途中で足を止めてこちらに振り返った。

「ご挨拶が遅れました。夜咲家使用人の朝熊あさまと申します。本日はお越しいただき、誠にありがとうございます」

「あ、どうも。宇尾根治です」

「勿論、存じ上げております。紫苑お嬢様は、応接室にてお待ちでございます。どうぞこちらへ」

 冷たく流された僕は、朝熊さんに誘導されるままに一つの部屋の前に辿り着いた。木製の扉は、暖かみと重厚感が同時に伝わってくるようだ。

「朝熊でございます。宇尾根様、イカダチ様がいらっしゃいました」

 扉の前で言った朝熊さんに、中から紫苑ちゃんっぽい声が返って来た。

「こちらが応接室でございます。どうぞお入りくださいませ」

「し、失礼します」

 覚悟を決める間もなく朝熊さんによって静かに開かれた扉に僕はビビりつつも、出来るだけ毅然と応接室の中に踏み込んだ。


「――――良く来たわね」


 応接室の奥の椅子に座り、にやりと笑みを浮かべながらこちらを見ている紫苑ちゃんに、僕はちょっと緊張しているのを自覚した。

「そこ、座りなさい」

「う、うん。ありがとう」

 黒紫色のドレスを身に纏った少女は、座っていてもなお凄まじい存在感を放っている。小柄で華奢な体に、端正な顔立ちに美しい黒の髪。そして、吸い込まれるような黒紫色の目。気が強そうにも見えるけど、意外とそうでも無いということを僕はあのファミレスで知った。

「治、イカダチ……貴方達にはとっても感謝しているわ。今日ここに来たってことは、その恩を返して貰いに来たんでしょう?」

「ッ、そんな……」

 つもりじゃないのに、続けようとした僕の言葉を、紫苑ちゃんは遮った。

「良いわ。覚悟はしてたもの。私に出来る、大抵のことなら……叶えてあげる」

「ッ、紫苑お嬢様……! 承諾するのは、責めて内容を聞いてからにした方がよろしいのでは」

「駄目よ。私が何も言わなくても治は助けてくれたじゃない。なら、私も聞く前から助けるつもりで居ないと、公平じゃないと思わない?」

 僕、まだ頼み事をするなんて一言も言ってないのに……いや、ここまでアポも無しに押しかけて、紫苑ちゃんに会いたいなんて、簡単に察せられるか。

「……こう言ったって、卑怯かも知れないけど」

 僕は紫苑ちゃんの黒紫色の目をじっと見て言った。

「僕は恩返しをして欲しい訳じゃない。指輪の恩はあのファミレスと、ついでにイカダチにハンバーグを食べさせて貰ったので返して貰ったから」

「……でも、何か頼みたいことがあるんでしょう?」

「うん。お願いしたいことがあるんだ。だけど、指輪の恩返しで無理に聞いてもらいたいとは思わない。だから、無理だとか嫌だとか思ったら断って欲しい」

「分かったわ。じゃあ、そのお願いとやらを聞かせなさい」

 とても十三歳とは思えないような貫禄で、紫苑ちゃんはそう返した。

「……僕の、知り合いの魔術士の話なんだけどさ」

 そこまで話して、まるで自分のことを隠して話す時の言い訳の様になっていることに気付いた。

「あ、僕のことじゃないからね。本当に知り合いの話だよ」

「良いから話しなさいよ」

 目を細めた紫苑ちゃんに、僕は直ぐに続けた。

「その、彼らが命を狙われてるらしいんだ」

「彼ら? 一人じゃないのね」

「あ、うん。何人かの魔術士の集まりなんだ。何でも、イギリスから送られて来てる刺客に狙われてるみたいな」

「……なるほどね、私に支配者としての役割を期待してるって訳でしょう?」

 確かに、茜さんと話した時にそんな話はした。けど、明確にそういう役割があるって訳でも無い筈だ。

「支配者としての責任だとか、そんなのを押し付けたい訳じゃない。でも、他に、頼るべき場所が僕には思い至らなかった」

「押し付けるも何も、最初から私にはあるのよ。支配者としての責任が」

「紫苑お嬢様、貴方はまだ責任や役割などを果たすような時期ではございません。貴方も、ここでは無く管理局などを頼っては如何ですか?」

「……管理局も既に買収されてて、動く気が無いらしいんだ」

 だけど、そう言いながらも僕は考え直していた。そうか、紫苑ちゃんは……まだ、十三歳の子供なんだ。圧が強かったり、その立ち振る舞いで忘れていたけど、僕よりも年下の子供なんだ。

「……やっぱり、自分でどうにかすることにするよ。子供に頼るなんて、情けないことしたよ。ごめんね」

 良く事情も理解してないのに、ただ焦りだけで行動して、それで今度は別の子供を危険に晒すなんて馬鹿だった。クソ、全知全能になったせいで頭が悪くなったか。ちゃんと地に足付けて考えておけば、こんな短絡的に動いたりなんてしなかった筈なのに。

「舐めないで」

 席を立とうとした僕を、そこに縛り付けるように紫苑ちゃんは睨み付けていた。

「私は、支配者よ。もう、沢山殺しちゃったのよ。みんな私が殺したせいで、今は私が支配者になっちゃったの。今更、逃げられなんてしないし、逃げる気も無いわ。逃げる理由も、つい最近無くなったもの」

「ッ」

「紫苑お嬢様、それは貴方のせいでは……」

「関係無いのよ。確かに、私が暴走したのも、それで屋敷ごと吹き飛んで皆死んじゃったのも、あの人達の自業自得と言えば、そうだと思うわ」

 だったら、と追い縋る朝熊さんに紫苑ちゃんは首を振った。

「それでも、殺したのは私だから。残った玉座からも逃げたら、私は意気地なしよ。そんな生き方、嫌じゃない」

「……責めて、安堂に相談してからにしては如何でしょうか」

「嫌よ。どうせ、断らされるか、自分一人で何とかしようとするかの二択でしょう? やっと立てるようになって、外も歩き回れて、自由になれたの。だから、向き合わせてよ」

 紫苑ちゃんは立ち上がり、その指に嵌められた銀色の指輪を見せた。紫色の結晶が、美しく輝きを放っている。

「私の道は、私が選ぶわ」

 毅然と僕を見た紫苑ちゃんに、僕は何も言えなかった。
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