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第2章「冒険者で稼ごう!」
第18話「仔狼で稼ごう?」
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エルゲの街の冒険者ギルド支部長は頭を抱えていた。
ちょっと前までは、シンジの連れている仔狼たちの処分反対陳情書が山のように届き、続いて特別飼育署名が千名を越える規模で届き、支部長の仕事を圧迫していたのだ。
何とか「魔物飼育禁止令」を盾に、それをはね付けていたのだけれど、それもシンジが仔狼を放逐したことで収まった。
そもそも魔物がいくら飼い主に懐こうとも、魔物の特性として継続飼育は不可能であることが魔物の研究者たちにより示唆されている。
ヒトが魔素の濃い地域で長く生活していると精神に異常をきたすのと同様、魔物も魔素の薄い場所で長く居ると凶暴化が起きるのだと推測されていた。これは魔物暴走と呼ばれる、生息地域からの大量流出も説明できるので、近代では常識として広く伝わっている。
つまり、生物における栄養と同じで、魔物の生存には魔素が必要だということ。そして魔物の生息数が増え過ぎてその地域の魔素が不足し、魔素を求めての移動や魔素不足による凶暴化で周囲に被害を及ぼすのだという話だ。
シンジはその話も踏まえて仔狼たちを定期的に南の森に連れ出し、魔素補充と独立教育を兼ねているのだと言っていた。なので長くても半年で放逐する予定だとも。
ところが予定外の早さで放逐してしまった。
それが現在、支部長が頭を抱える別の問題になってしまっているのである。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「‥‥はぁ」
「ふぅ‥‥」
「‥‥グスッ」
昼間の冒険者ギルドはその門戸を開け放されている。
そして正面にギルドカウンターがあり、左手の壁に級数別の依頼の掲示板があり、右手の奥に酒場があるのだが。
それなりの喧騒はあるものの、普段よりははるかに静かで、あちこちからため息が聞こえている。中には涙ぐみ、時折鼻をすする者まで居たり。
そう、ギルドでは仔狼が居なくなった事により、ペットロスと呼ばれる喪失性の心因症が蔓延していたのだった。それはカウンターに控えている受付嬢だったり、心優しい冒険者であったりと様々だが、やはり女性が多いようで。一部に男性も居たりするが、さすがに少数だ。
ともあれ集中力の低下ややる気の減退、作業効率の低下などを引き起こしており、これが支部長や中間管理職の頭痛の種となっているのである。
なのでシンジがギルドに姿を現すと、「チビちゃんを返せ!」とか詰め寄る者が多発。
仕方なく、ギルドにはジミーとサニアが赴き、シンジとルイーザは東門や宿で合流するのが最近の流れだった。
だが、今日は日暮れのギルドに新情報が舞い込む。
「間違いないよ!」
「それ、本当か?」
「だって‥‥だよ?」
小声で交わされる噂話。
それに気付いた女性冒険者が食いつく。
「え? 本当に会えるの?」
「大丈夫、首に赤と青のハンカチを巻いてあるから!」
「でも夕方の中層だから、注意が必要‥‥」
「中層かぁ‥‥ちょっと難しいな」
そう、仔狼2匹に大森林で会えるという、少々怪しい噂が、静かに広まっていくのだった。
そしてシンジがギルドに寄り付かなかったため、その情報がシンジの耳に入るのが少し遅くなったのも、問題といえば問題なのである。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「チビちゃん、おいで~♪」
とあるチームの魔法師と斥候の女性が嬉々として、その場にしゃがみ込んで姿を見せた仔狼たちを呼ぶ。
仔狼たちも少しばかりの迷いを見せたあと、その匂いに覚えがあったらしく尻尾を振って飛び込んできた。そして女性たちと、盾師の男性にもみくちゃになるまでなでられ続ける。
しばらくのふれ合いが終わり、女性が用意していたらしい干し肉を与え、それを食べ終わるのを見届けて、手を振り去っていった。その間、剣士と槍士の男性は苦笑いで見ていただけ。
もう西の空が茜に染まり、周囲が暗くなり始めた頃である。
父魔狼は頭を抱えていた。
なぜこうもこの2匹はニンゲンに対して警戒心が無いのだろう?
たとえ縄張りである中層の奥に居ても、その匂いをかぎ付けて走って行ってしまうのである。それなりに走れるようになった仔狼、それも2匹。
さすがに大人の魔狼でもたった1匹では2匹を抑え切れない状況。
「お前たち、あれほどニンゲンに寄ってはいけないと言っただろう」
「え~? だってあのニンゲンはおやつくれるよ?」
「それでも、ダメだと言っている!」
2匹を押さえ付け牙を剥くのだが、当の2匹は父親に遊んでもらっている気分でキャッキャとはしゃいでいた。
実は体罰を行っていなかったシンジが、全て言葉と見本で教えていた弊害で、おしおきをされるという意識が仔狼たちに無かったのだ。
通常は父魔狼がかつて自分もされていたように、間違えば正すのが魔狼たちの教育なのだが、シンジが褒めて伸ばす教育をしていたため、その違いを仔狼たちがわかっていないという結果だろう。
また仔狼が自分たちに優しくしてくれたニンゲンの匂いを、個別にほとんど覚えていたことも問題だったと言うか、優秀だったと言うか。
父魔狼が気付かない部分で変にエリート教育を受けていたようなものなのだ。
ともあれ、父魔狼は頭を抱えていた。
そんなとある日の夕刻、大森林の中層でのこと。
干し肉の匂いにつられ、仔狼たちが父魔狼を振り切って駆けつけたのだが、そこには知らないニンゲンの匂いがあった。
「ほほぅ、本当にやって来やがったぜ」
「確かにこりゃ小さくて可愛いな」
「物好きなお大尽に高く売れそうだ」
ギルドで噂を耳にした、3人の悪人面をした男たちである。いや言動からして悪人そのものだろう。
仔狼たちがギルドに預けられていたいた頃は、ギルドの受付嬢やら可愛いもの好きな冒険者たちに囲まれており、こういった悪人風情は近寄れなかったのだ。なので仔狼たちは善良なニンゲンしか知らなかったのも不幸の一端か。
そしてこの男たちが魔物を飼育してはいけない理由を知らなかったのも一因。告知はされていたし、通達もギルドの掲示板に貼られていたのだが、「魔物を飼うとか物好きなこった」と興味を示さなかったので、知らなかったのも仕方がない。
まあ粗暴な冒険者にありがちな、無知の類だ。
ヒト族に魔狼の言葉が解らないのと同じく、魔狼にもヒト族の言葉はわからない。なので仔狼たちは知らない匂いに警戒しつつも、干し肉にじりじりと引き寄せられる。
そしてそれを遠目に窺っている父魔狼。
自身がニンゲンに警戒しているのもあり、また自身がニンゲンに警戒されるのを恐れて、仔狼たちがヒト族とふれ合う時も姿を隠しているのだったが、今回はそれが功を奏した形になる。
男たちが素早く仔狼を捕まえると、キャンキャン泣き叫ぶ2匹を無理矢理バスケットに押し込めた。
「どこに持ち込む?」
「へっへっへ、アタリはつけてあるさ。裏通りのあの店だよ」
「けどよぅ、魔物を街に持ち込むのは、門で止められるんじゃねぇか?」
「大丈夫、誰かが先に店に行って、門の外で取り引きすれば‥‥」
これで大金が手に入るだろうと、ホクホク顔で立ち去ろうとする男たちを、爪と牙が襲った。
そもそも魔狼は狼が魔物化した存在。狼が気配を絶ち、風下から獲物を狙うのは常套手段であって、それは魔狼にも同じことが言える。
すぐ近くの藪を飛び越え、父魔狼が男たちを襲ったのだった。
魔狼は体長が3メートル近くある狼の大型種といえる。つまりニンゲンの頭などひと口だ。
そして同時に、そのナイフのように鋭い爪はもう1人の男を切り裂いていた。赤森熊の毛皮すら切り裂く爪だ、ヒト族の首などひとたまりもない。
「ひっ‥‥ひぃ‥‥‥‥ギャッ」
最後の1人も抵抗する間もなく、父魔狼にくびり殺された。
そもそも仔狼が単独で居る訳がない。
それに気付かず、しかも周囲の警戒を怠っていた男たちに大森林の脅威は無慈悲だった。
この世界に「ステータス」と俗に言われる、ゲームのような一覧表など無い。ましてやスキルや能力レベルなどという、解りやすい神の恩恵と言うべき超能力などあるはずも無かった。全ては教育と経験から得る能力だけで成り立っており、自身で鍛錬し成長させていくことが身を守る「強さ」へとつながるのだ。
その点、この男たちは周囲の安全を確認する技術どころか、目的を達して油断するなど強さの片鱗もないと言わざるを得ない。
色々とズルい能力を得ているシンジでさえ、食った魔物の有していた視力、聴力、大地の震動などを駆使して周囲を探っているのだ。近付く魔物が4匹と言って、実は3匹の間違いだったとか責めてはいけないのである。
ともかく、大した実力のない3人は父魔狼により倒され、仔狼はバスケットより解放された。
「こ、怖かったよう‥‥」
「パパぁ‥‥」
父魔狼に寄り添い、尻尾を股に丸め込んだ仔狼たちは、ヒャンヒャンと鳴く。
それを舐めてやって父魔狼は子供たちに諭すのだった。
「いいか、優しいニンゲンも居れば悪いニンゲンも居る。それがわかるようになるまでは、ニンゲンと関わっちゃいけないんだよ」
奇しくも「間違えたら正す教育」で成果を上げた父魔狼である。
その後、魔物に食い荒らされた遺体と共に、赤と青のハンカチの入ったバスケットが発見され、仔狼騒ぎは収束していく。
それは仔狼たちを連れ去ろうとした冒険者が居たのだと推測され、曰く「仔狼たちは親に守られている」、曰く「仔狼たちを害するヒト族を魔狼は許さない」、曰く「もう可愛い仔狼たちは居ないのだ」と――――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「‥‥そんな事が? でも無事で良かった」
母魔狼の姿で、シンジは大森林の中層奥地まで訪れていた。
実に十日ぶりの面会である。そして先日のことを、仔狼たちから競うように説明されていた。
「怖かった。もうニンゲンには会わない」
「うん、父と約束‥‥」
仔狼たちもヒトの悪意に触れ、何かと悟ったようだった。魔狼にはありえない様々な経験からか、実に賢い。指導していたシンジも、現在指導している父魔狼もそれは実感していた。
しかしその賢さも、いく分斜め上。
「でもママには時々会いたい」
「毎日でも良い‥‥」
「ニンゲンの姿じゃなければ、会っても良いよね?」
「一緒にお昼寝したい‥‥」
「そして大人になったら、ママと番になるんだ!」
「違うよ、ママは本当はオスだから、私と番になるんだよ?」
何この可愛い生き物。
どうやら2匹はシンジが特殊な生物であることも、雌雄の違いであることも理解しているようだ。そして「僕のだ」「いいや私の」とケンカを始めてしまった。
シンジは嬉しくて、2匹を舐め回す。すると2匹はケンカしていたことも忘れ、舐められてはしゃぎ出すのだった。
「ものは相談なんだが‥‥」
父魔狼が胸を張って言ってくる。
「もし良かったら、俺の仔を産まないか? こいつらに弟妹を与えたくはないか?」
「いや、さすがにそれはお断りする」
立派に子供を育て上げれば、他のメスが放っておかないからと説得し、諦めさせた。
父魔狼は残念がりながらも折れたが、今度は仔狼たちから敵認定されて襲われている。
まぁじゃれつく範囲のことだったけれど。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
将来、成長した魔狼の兄妹は大森林の一角に多頭数の群れを築くのだが、それはまた別のお話。
第2章 「冒険者で稼ごう!」 -終-
※ある程度の話数をまとめた、不定期更新です。
ちょっと前までは、シンジの連れている仔狼たちの処分反対陳情書が山のように届き、続いて特別飼育署名が千名を越える規模で届き、支部長の仕事を圧迫していたのだ。
何とか「魔物飼育禁止令」を盾に、それをはね付けていたのだけれど、それもシンジが仔狼を放逐したことで収まった。
そもそも魔物がいくら飼い主に懐こうとも、魔物の特性として継続飼育は不可能であることが魔物の研究者たちにより示唆されている。
ヒトが魔素の濃い地域で長く生活していると精神に異常をきたすのと同様、魔物も魔素の薄い場所で長く居ると凶暴化が起きるのだと推測されていた。これは魔物暴走と呼ばれる、生息地域からの大量流出も説明できるので、近代では常識として広く伝わっている。
つまり、生物における栄養と同じで、魔物の生存には魔素が必要だということ。そして魔物の生息数が増え過ぎてその地域の魔素が不足し、魔素を求めての移動や魔素不足による凶暴化で周囲に被害を及ぼすのだという話だ。
シンジはその話も踏まえて仔狼たちを定期的に南の森に連れ出し、魔素補充と独立教育を兼ねているのだと言っていた。なので長くても半年で放逐する予定だとも。
ところが予定外の早さで放逐してしまった。
それが現在、支部長が頭を抱える別の問題になってしまっているのである。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「‥‥はぁ」
「ふぅ‥‥」
「‥‥グスッ」
昼間の冒険者ギルドはその門戸を開け放されている。
そして正面にギルドカウンターがあり、左手の壁に級数別の依頼の掲示板があり、右手の奥に酒場があるのだが。
それなりの喧騒はあるものの、普段よりははるかに静かで、あちこちからため息が聞こえている。中には涙ぐみ、時折鼻をすする者まで居たり。
そう、ギルドでは仔狼が居なくなった事により、ペットロスと呼ばれる喪失性の心因症が蔓延していたのだった。それはカウンターに控えている受付嬢だったり、心優しい冒険者であったりと様々だが、やはり女性が多いようで。一部に男性も居たりするが、さすがに少数だ。
ともあれ集中力の低下ややる気の減退、作業効率の低下などを引き起こしており、これが支部長や中間管理職の頭痛の種となっているのである。
なのでシンジがギルドに姿を現すと、「チビちゃんを返せ!」とか詰め寄る者が多発。
仕方なく、ギルドにはジミーとサニアが赴き、シンジとルイーザは東門や宿で合流するのが最近の流れだった。
だが、今日は日暮れのギルドに新情報が舞い込む。
「間違いないよ!」
「それ、本当か?」
「だって‥‥だよ?」
小声で交わされる噂話。
それに気付いた女性冒険者が食いつく。
「え? 本当に会えるの?」
「大丈夫、首に赤と青のハンカチを巻いてあるから!」
「でも夕方の中層だから、注意が必要‥‥」
「中層かぁ‥‥ちょっと難しいな」
そう、仔狼2匹に大森林で会えるという、少々怪しい噂が、静かに広まっていくのだった。
そしてシンジがギルドに寄り付かなかったため、その情報がシンジの耳に入るのが少し遅くなったのも、問題といえば問題なのである。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「チビちゃん、おいで~♪」
とあるチームの魔法師と斥候の女性が嬉々として、その場にしゃがみ込んで姿を見せた仔狼たちを呼ぶ。
仔狼たちも少しばかりの迷いを見せたあと、その匂いに覚えがあったらしく尻尾を振って飛び込んできた。そして女性たちと、盾師の男性にもみくちゃになるまでなでられ続ける。
しばらくのふれ合いが終わり、女性が用意していたらしい干し肉を与え、それを食べ終わるのを見届けて、手を振り去っていった。その間、剣士と槍士の男性は苦笑いで見ていただけ。
もう西の空が茜に染まり、周囲が暗くなり始めた頃である。
父魔狼は頭を抱えていた。
なぜこうもこの2匹はニンゲンに対して警戒心が無いのだろう?
たとえ縄張りである中層の奥に居ても、その匂いをかぎ付けて走って行ってしまうのである。それなりに走れるようになった仔狼、それも2匹。
さすがに大人の魔狼でもたった1匹では2匹を抑え切れない状況。
「お前たち、あれほどニンゲンに寄ってはいけないと言っただろう」
「え~? だってあのニンゲンはおやつくれるよ?」
「それでも、ダメだと言っている!」
2匹を押さえ付け牙を剥くのだが、当の2匹は父親に遊んでもらっている気分でキャッキャとはしゃいでいた。
実は体罰を行っていなかったシンジが、全て言葉と見本で教えていた弊害で、おしおきをされるという意識が仔狼たちに無かったのだ。
通常は父魔狼がかつて自分もされていたように、間違えば正すのが魔狼たちの教育なのだが、シンジが褒めて伸ばす教育をしていたため、その違いを仔狼たちがわかっていないという結果だろう。
また仔狼が自分たちに優しくしてくれたニンゲンの匂いを、個別にほとんど覚えていたことも問題だったと言うか、優秀だったと言うか。
父魔狼が気付かない部分で変にエリート教育を受けていたようなものなのだ。
ともあれ、父魔狼は頭を抱えていた。
そんなとある日の夕刻、大森林の中層でのこと。
干し肉の匂いにつられ、仔狼たちが父魔狼を振り切って駆けつけたのだが、そこには知らないニンゲンの匂いがあった。
「ほほぅ、本当にやって来やがったぜ」
「確かにこりゃ小さくて可愛いな」
「物好きなお大尽に高く売れそうだ」
ギルドで噂を耳にした、3人の悪人面をした男たちである。いや言動からして悪人そのものだろう。
仔狼たちがギルドに預けられていたいた頃は、ギルドの受付嬢やら可愛いもの好きな冒険者たちに囲まれており、こういった悪人風情は近寄れなかったのだ。なので仔狼たちは善良なニンゲンしか知らなかったのも不幸の一端か。
そしてこの男たちが魔物を飼育してはいけない理由を知らなかったのも一因。告知はされていたし、通達もギルドの掲示板に貼られていたのだが、「魔物を飼うとか物好きなこった」と興味を示さなかったので、知らなかったのも仕方がない。
まあ粗暴な冒険者にありがちな、無知の類だ。
ヒト族に魔狼の言葉が解らないのと同じく、魔狼にもヒト族の言葉はわからない。なので仔狼たちは知らない匂いに警戒しつつも、干し肉にじりじりと引き寄せられる。
そしてそれを遠目に窺っている父魔狼。
自身がニンゲンに警戒しているのもあり、また自身がニンゲンに警戒されるのを恐れて、仔狼たちがヒト族とふれ合う時も姿を隠しているのだったが、今回はそれが功を奏した形になる。
男たちが素早く仔狼を捕まえると、キャンキャン泣き叫ぶ2匹を無理矢理バスケットに押し込めた。
「どこに持ち込む?」
「へっへっへ、アタリはつけてあるさ。裏通りのあの店だよ」
「けどよぅ、魔物を街に持ち込むのは、門で止められるんじゃねぇか?」
「大丈夫、誰かが先に店に行って、門の外で取り引きすれば‥‥」
これで大金が手に入るだろうと、ホクホク顔で立ち去ろうとする男たちを、爪と牙が襲った。
そもそも魔狼は狼が魔物化した存在。狼が気配を絶ち、風下から獲物を狙うのは常套手段であって、それは魔狼にも同じことが言える。
すぐ近くの藪を飛び越え、父魔狼が男たちを襲ったのだった。
魔狼は体長が3メートル近くある狼の大型種といえる。つまりニンゲンの頭などひと口だ。
そして同時に、そのナイフのように鋭い爪はもう1人の男を切り裂いていた。赤森熊の毛皮すら切り裂く爪だ、ヒト族の首などひとたまりもない。
「ひっ‥‥ひぃ‥‥‥‥ギャッ」
最後の1人も抵抗する間もなく、父魔狼にくびり殺された。
そもそも仔狼が単独で居る訳がない。
それに気付かず、しかも周囲の警戒を怠っていた男たちに大森林の脅威は無慈悲だった。
この世界に「ステータス」と俗に言われる、ゲームのような一覧表など無い。ましてやスキルや能力レベルなどという、解りやすい神の恩恵と言うべき超能力などあるはずも無かった。全ては教育と経験から得る能力だけで成り立っており、自身で鍛錬し成長させていくことが身を守る「強さ」へとつながるのだ。
その点、この男たちは周囲の安全を確認する技術どころか、目的を達して油断するなど強さの片鱗もないと言わざるを得ない。
色々とズルい能力を得ているシンジでさえ、食った魔物の有していた視力、聴力、大地の震動などを駆使して周囲を探っているのだ。近付く魔物が4匹と言って、実は3匹の間違いだったとか責めてはいけないのである。
ともかく、大した実力のない3人は父魔狼により倒され、仔狼はバスケットより解放された。
「こ、怖かったよう‥‥」
「パパぁ‥‥」
父魔狼に寄り添い、尻尾を股に丸め込んだ仔狼たちは、ヒャンヒャンと鳴く。
それを舐めてやって父魔狼は子供たちに諭すのだった。
「いいか、優しいニンゲンも居れば悪いニンゲンも居る。それがわかるようになるまでは、ニンゲンと関わっちゃいけないんだよ」
奇しくも「間違えたら正す教育」で成果を上げた父魔狼である。
その後、魔物に食い荒らされた遺体と共に、赤と青のハンカチの入ったバスケットが発見され、仔狼騒ぎは収束していく。
それは仔狼たちを連れ去ろうとした冒険者が居たのだと推測され、曰く「仔狼たちは親に守られている」、曰く「仔狼たちを害するヒト族を魔狼は許さない」、曰く「もう可愛い仔狼たちは居ないのだ」と――――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「‥‥そんな事が? でも無事で良かった」
母魔狼の姿で、シンジは大森林の中層奥地まで訪れていた。
実に十日ぶりの面会である。そして先日のことを、仔狼たちから競うように説明されていた。
「怖かった。もうニンゲンには会わない」
「うん、父と約束‥‥」
仔狼たちもヒトの悪意に触れ、何かと悟ったようだった。魔狼にはありえない様々な経験からか、実に賢い。指導していたシンジも、現在指導している父魔狼もそれは実感していた。
しかしその賢さも、いく分斜め上。
「でもママには時々会いたい」
「毎日でも良い‥‥」
「ニンゲンの姿じゃなければ、会っても良いよね?」
「一緒にお昼寝したい‥‥」
「そして大人になったら、ママと番になるんだ!」
「違うよ、ママは本当はオスだから、私と番になるんだよ?」
何この可愛い生き物。
どうやら2匹はシンジが特殊な生物であることも、雌雄の違いであることも理解しているようだ。そして「僕のだ」「いいや私の」とケンカを始めてしまった。
シンジは嬉しくて、2匹を舐め回す。すると2匹はケンカしていたことも忘れ、舐められてはしゃぎ出すのだった。
「ものは相談なんだが‥‥」
父魔狼が胸を張って言ってくる。
「もし良かったら、俺の仔を産まないか? こいつらに弟妹を与えたくはないか?」
「いや、さすがにそれはお断りする」
立派に子供を育て上げれば、他のメスが放っておかないからと説得し、諦めさせた。
父魔狼は残念がりながらも折れたが、今度は仔狼たちから敵認定されて襲われている。
まぁじゃれつく範囲のことだったけれど。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
将来、成長した魔狼の兄妹は大森林の一角に多頭数の群れを築くのだが、それはまた別のお話。
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※ある程度の話数をまとめた、不定期更新です。
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