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第5章「チビスライムの大活躍!」【短編集】
第42話「悪徳医師・後編」
しおりを挟むオルロー医院。
エルゲの街の富裕層を主な対象とした医者である。
その分、治療費も高く、その代わりに腕も良いと噂に上っていた。
だが実際は酷いもので、富裕層には懇切丁寧だが貧困層は鼻にもかけない対応をする。
まずは「金はあるのか?」から始まり、最後は「払えないならさっさと帰れ!」となるのが当たり前。それでも‥‥
「ガイネス先生のところより腕が良い」
「ガイネス先生のところで治らなかった病気が、オルロー先生のところで治った」
「ちゃんと治したいならオルロー医院」
そういった噂話もあって、治療費が高額でも患者が引きも切らない状態であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ある日、診察の患者でひしめくオルロー医院で騒ぎが起きた。
一人の青年が乗り込んで来て、ガイネス医師のところの患者は治ったのに、オルロー医師にかかったら母親が死んでしまったと、難癖をつけたのだ。
患者ごとに症状も違えば病状も違う。そうオルロー医師は突っ撥ねたが、その青年は納得しない。果てはオルロー医師に「人殺し!」とまで掴みかかろうとし、用心棒らしき屈強な男につまみ出されていた。
「ふん、はた迷惑な患者だ」
「あの男、どうします?」
「放っておけ。どうせ証拠も何もない」
「わかりました」
「‥‥いや待て」
少し考えて、オルロー医師は黒い笑みを浮かべる。
「また来られても迷惑だ。始末するか。証拠は残すなよ?」
「もちろんでさぁ」
さて、シンジの一族は1万を越えた。当然ながらあの青年にも付いていたし、怪しそうなこの医院にも潜んでいた。
壁にシロアリ、障子に羽アリ――――違った。
壁に耳あり、障子に目あり、である。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
シンジの一族は1万を超えている。そこで実は問題が起きていた。
「チビさんたちの報告が受けきれない」
そう、シンジはまだまだ余裕っぽいのだが、カオリの処理能力に限界がきていたのだ。
どうするか相談するが、これは進化の弊害ではないかと推測された。シンジは9回か10回進化している。例の脳内に響く「ピコーン!」というやつだ。あれを経て、ただのスライムからオオスライムへ、さらにヌシスライムという風に進化していくらしい。これはカオリの進化に合わせて、冒険者ギルドの鑑定水晶で確認したものだ。
レベルアップかと当初は思ったが、この世界にはレベルという概念がそもそも無く、種族の名称が変わることから「進化だろう」という推測に落ち着いた。
そもそも魔物自体が、魔力だまりから発生するとか、野獣が魔力汚染されて発生するとかいう研究報告がある。その魔物、ゴブリンやオークからオオカミやクマなどの魔物も、変異種として名前の変わる個体が居て、これを魔物の進化と呼び、長く生きた個体が進化するのだろうと言われていた。
ちなみに名前が変わるというのは、ギルドの鑑定水晶にそう出るからだ。
冒険者や傭兵が持ち込む魔物素材や討伐証明部位、それらを鑑定水晶に当てると名称がわかる訳で。
シンジがスライムだとバレる訳だ。
それにしてもこの鑑定水晶、高等魔法学の結晶だそうだが全くの謎技術である。
それで元から進化を進めようと、カオリに優先して討伐した魔物や魔獣を食わせていたが、さすがに進化しにくくなっていたのと、あれから2回進化したものの、1万という一族の統率には至らなかった。
そんな折。
チビスライムの何匹かが、カオリに申し入れてきた。
とはいえスライムに言語体系は無い。大森林に散らばる斥候スライムの何匹かが、ゴブリン言語やオーク言語を取得し語りかけてきたのである。
ヒト族やコミュニケーション能力の高いオオカミ系魔獣であれば、それなりの意思疎通が出来るのだが、拙い言語に加えて元から「意思」というものの無いスライムからの申し出は、理解に困難を極めた。
チビスライムが「食べて」と言っているのだ。当然、カオリだけでなくシンジも困惑する。
曰く。
(カオリ、スライム、食べてない)
(スライム、食べて)
(食べる、スライム、頭、良くなる)
申し入れてきたのは、チビスライムの中でも何度か進化した個体たち。
そのほとんどは、元は発生して間もない個体たちだったが、中には発見が遅れて共食い個体群から生き延びた個体たちも居た。
さらに各個体には斥候や連絡のために体内庫が与えられており、進化は少ないものの変身や擬態などの能力を得ているので、拙いながらもシンジやカオリと同様の能力を得ている訳で。
その中で体内庫通信を取りまとめる役を担う者が現れ、これが出来る個体と出来ない個体の差があるらしいのだ。
当初は「頭が良くなるって何だ?」「知性とは違うのか?」 などと混乱していたが、じっくりと時間をかけて聞き取ってみるに、この「通信取りまとめ」の可・不可であると理解できた。
「つまりアレか? 初期化して与えられる体内庫や擬態はソフトウェアであって、スライムの核がハードウェア?」
「ハードウェア? 何のこと~?」
「つまり、スライムの核を捕食すれば、パソコンのCPUがアップグレードされる?」
「高いパソコンを使えば、処理能力が高くなるってこと~?」
ちょっと違うのだが、まあそんな感じ、とシンジは苦笑する。
だが‥‥。
「あなたたちを食べるなんて、そんなの出来ないよぉ!」
「そうだよ、お前らも食べれるのは嫌だろう?」
シンジ自身もそうだが、カオリもシンジ一族のスライムのことを「家族・親族」だと思っている。
普段から情報収集を任せているが、出来るだけ危険なことはしないよう言い含めていた。何しろスライムは普通の動物にもやられてしまう程に弱いのだ。いくら傷付けられても死ににくいとはいえ、不死ではないのだから。
ところが、チビスライムたちはそうでもないようで。
カオリに食われることを栄誉だとか、自慢だとか、嬉しそうに言うのだ。もちろん難しい言葉は使えないので、そういう感じの意思を感じるのみなのだけど。
というか、宿屋こまどり亭の近隣に居たチビスライムたちが集って整列し、カオリの前に列を作るのだった。これにはカオリも号泣し、個々を抱きしめて任に戻すを繰り返す。
実はこっそりと列に並び直し、シンジに怒られる奴らも居たが。
おかしい、とシンジも首をひねる。最初に「初期化」されたスライムたちだ。このような自由意志や知能など持ち得るはずが無いのに。
実は大森林や各地の森、街道周辺などでゴブリンやオーク、オオカミなどをチビスライムなりに狩っていたようで、そこからわずかばかりの知能や言語知識を得ているのだったけれど。
シンジも話しかけてくる時点で察しろ、とは思うが案外抜けているものである。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その後、大森林で出会ったばかりのスライムを食い、スライム核の進化を果たしたカオリは、シンジ同様に一族の統率管理が出来るようになった。
なったのだが‥‥チビスライムたちも同様に野良スライムを捕食して、体内庫通信を管理できるチビスライムが増えていった。というかしばらく後にはほとんどの一族が出来るようになっていた。
最後まで出来ない個体は大きな町や都市部に潜む個体たちだったが、野良スライムが居ないので仕方がないだろう。その代わりというか、そういった個体は真っ先にヒト族の言葉を覚えていた。どうやらチンピラや暴力団、マフィア、盗賊団等の駆逐を率先していたようで、少々言葉のガラが悪いのが悩みどころか。
(どうもねぇ、領主様のところのお家騒動が怪しい動きなの。もうちょっと詳しく調べて見るわね)
スライムに性別はないというのに、おネエ言葉を話す固体も登場。
何がどうしてそうなった?!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
日も落ちた頃、オルロー医院に怒鳴り込んだ青年を闇討ちすべく行動していた一団が、シンジの判断でチビスライムたちに殺られて食われた。
確かにスライムは弱い魔物だ。しかし体内庫からナイフを取り出し、視界の外から音もなく刺突されては避けようもない。もちろんシンジの知識による、人体の急所をサクッと一撃だ。
「戻ったのか?」
医院で結果を待っていたオルロー医師は、その気配に顔を上げる。
しかし医院長室に居たのは、彼の従える用心棒たちではなくシンジだった。
「なんだ貴様は! どこから入った!」
もう遅い時間。医院の鍵は閉められ、鍵を持っている職員や用心棒でなければ立ち入れるはずもない。
冒険者らしい、まだ少年と見えるシンジに対しオルロー医師は凄むが、シンジはそれに鼻もかけない。それどころか不適な笑みを浮かべ、オルロー医師に近付く。
本当はこのように姿を見せることなく始末できるのだが、シンジは医師に対して怒りの感情に燃えていた。
それは人命の軽いこの世界において、さらに人命を軽く見るオルロー医師に対してである。それも医師という立場に居る者がだ。だからこれは制裁という名の、シンジの八つ当たり。
「何人もの病人を見殺しにしているようだな?」
「何だと? そんな根も葉もないことを‥‥」
「あぁ、そういう言い訳とか建前とか良いから」
シンジは先程、薬務室から持ち出した薬包をかざして見せた。
「病人に薬と偽って、この小麦粉を渡していたな? それも高い値で」
「何だと? よくそんなデマを‥‥」
「だからそれ以上、喋るな。聞いていても虫唾が走るだけだ」
シンジは一気にオルロー医師に詰め寄り、普段使いの短剣をその首筋に突き付ける。医師は「ヒッ」と小さく叫び、身体を強張らせた。
それから用心棒を食って得た記憶から、いくつもの罪状を数える。
貧しい家庭の病人を、ろくな治療も行わず見殺しにしたとか。
邪魔な者を用心棒に殺害させ、死体を解剖して残骸は大森林に捨てたり。
依頼されて、病人に薬だと偽って毒物を処方したなど。
用心棒たちもよく知っていたものだが、それよりも驚きなのはチビスライムたちだ。
これまで食った相手の強い感情や明確な記憶が得られるのは、シンジ特有のものだと思っていた。それはカオリにもあって、ある程度進化したスライム特有のものかと推測していたのだが、実は普通のスライムにもあるらしい。これまで明確な意思を示さなかったのでわからなかったのだが、言語を介して意思疎通できるようになると、そういった現象が次々と報告されるのだ。
便利なような、面倒くさいような、まあ使い方次第かも。
さて、どこで調べたのかと心底から震え上がるオルロー医師。しかしその怯えを見せる訳にもいかず、虚勢を張る。
「なんだ‥‥衛兵にでも突き出すつもりか‥‥!? 無駄だぞ、証拠なんて何ひとつあるまい」
「証拠が必要か?」
「何‥‥だと‥‥?」
秘密を知られたからと怯える必要はない、とオルロー医師は無理矢理に心を落ち着かせようとした。用心棒たちがあの青年を片付けて戻ってくれば、こんな少年の口を封じるなど造作もない事だと。
今はただ、時間を稼げば良いだけだ。
「そもそも権威のあるワシと、冒険者の小童と、どちらの言い分が信用されるか考えるまでもなかろう?」
「ああ、あの用心棒たちの帰りを待っても無駄だぞ? もう始末し終わっているからな」
「――――なッ!?」
何を言っているのだ、この少年は。あの屈強な男たちを始末した?
どうすれば良い? どうすれば切り抜けられる?
考えようとするも、頭は真っ白になり考える端から思考は霧散していく。
オルロー医師が戸惑う様子に、もう良いかとシンジは短剣を構え直した。
「まっ、待てッ! ワシを殺せば、今度はお前が殺人で捕らえられるぞ!!」
「なに、死体が無ければ証拠も何もなくなるさ」
「~~~~~!!」
それは医師自身が用心棒たちに語った言葉。死体を解剖、解体し、悦楽に浸っていたオルロー医師の、思い上がった言葉だった。
これまでに立場の弱い子供や身寄りのない少年少女、美しい女性や邪魔になった人々を、何十人も殺しては解剖していったオルロー医師である。今度は自分が殺される番だと悟って、今にもひざが崩れ落ちそうだ。
とっさに卓上のナイフを掴み、目の前の少年に投げ付ける。
この距離だ、かわすのは困難だろう。その隙に背後の窓から外へ――――。
シンジはそのナイフを避けることもなく体内庫へ収納し、窓のある背後へと振り返ったオルロー医師の後頭部をひと突き。そのまま出血を待たず体内庫へ。
これでオルロー医師と用心棒の行方不明が完成だ。
どんなに探しても謎は解けないだろう。
オルロー医師がそうしてきたように。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その日の夕刻、日の暮れる頃。
王都をひっそりと発った馬車の一団が、チビスライムに食われた。
馬も放たれ、馬車も消失している。
シンジ暗殺を依頼された暗殺ギルドの本部も襲われ、死体と各種書類、金銀財宝も奪われて、もはやその場所が何であったのかわからなくなるほどに、何も無くなってしまった。
本部のあった地下室だけでなく、その上物である高級酒場の経営者も従業員も、すっかりと行方がわからなくなって。
雇われの料理人やウェイター、ウェイトレスたちが出勤して来て、困惑するだけである。
シンジにはチビスライムから一報だけが届いた。
そして依頼主に関しては、今は放置で良いと伝えられている。
いつでも、どうにでも出来るのだから、と。
こうして、ここトール王国の第3王子は見逃されたのであった。
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