魔法少女黄昏兎

アマミヤコウタ

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第一話:サイコキネシスとあの日の約束

異常

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 家の玄関ドアを開けたら、外から薄ら聞こえていたヒメちゃんの泣き声に加えて、母さんの怒る声が聞こえた。

「タカ!!何でヒメちゃん泣かすの!!」

「知らないよ!ヒメが勝手に泣いてんだよ!何でオレばっか怒んの!?オレのせいじゃねえもん!!」

 また弟がヒメちゃんをいじめて泣かせた上、母さんに逆ギレしているようだ。まったく、ロクなことをしない。リビングの出入り口から様子を見ると、大泣きするヒメちゃんを抱き上げた母さんがタカを叱っている。

「何もしてないなら泣くわけないでしょうが!あんたが何かしたから泣くんでしょ!?お母さんいつも言ってるよね!?妹に優しくしなさい!お兄ちゃんでしょ!?」

 言われてタカの表情が大きく歪んだ。母さんと妹を睨み付け、今にも牙を剥き出しそうな。それは最近のタカがよくする表情だ。激しい癇癪の直前に見せる一瞬の前触れ。

「タカ!やめろ!!」

 気付いて止めに入ったけど、間に合わなかった。タカは濁声で威嚇するように叫んで、母さんを突き倒した。

「うっっせえんだよ死ねぇぇぇえええええ!!」

 母さんはヒメちゃんを庇って後ろ手をつけず、床に頭を打ちつけた。ヒメちゃんを抱いたまま、起き上がれずに小さく唸って痛がっている。ヒメちゃんは怯えて一層大きく泣いている。

 何でこんなことをするんだ。何でヒメを泣かせるんだ。何で母さんに暴力を振るうんだ。我慢の限界だった。
 タカの胸倉を掴んで、殴る勢いで突き飛ばした。一メートルほど吹っ飛んだ弟は、起き上がりつつ目のふちに涙を溜めてこちらを睨む。

「お前が悪い。謝れ」

 色々と言いたいことはある。でも、その一言しか言えなかった。怒りが頂点に達すると言葉なんか出てこない。

「兄ちゃんまで」

 それだけ言って、タカは逃げ出した。逃がすか。殴ってでも捕まえようと手を伸ばして、

「お兄ちゃん、ダメ!」

 背後から母さんに止められた。振り返ると母さんは起き上がれないまま、ヒメを宥めようとしているところだった。妹は母さんに抱きついて離れない。

「タカより今はヒメちゃん見て」

「……わかった」

 仰け反って嫌がるヒメを母さんから引き剥がして、アゴを殴られながら「母さん大丈夫?」と聞く。大丈夫なワケがないけど。

「うん、大丈夫。タカはちょっとほっとこう。そのうまち降りてくるでしょ」

 目を離しているうちにタカは2階の自分の部屋に駆け込んで行ったらしい。
 いたた……と頭をさすりながら起き上がる母さんを見て、思わず眉を寄せてしまった。

「大丈夫だってば。気にしないの」

 生返事をした。こんな衝突がここ数日、毎日起きている。一体、何をどうしたら解決するんだろうか。


***

 暗い部屋の中で、布団に包まり少年が一人泣いている。
 自分で制御できない怒りに任せて、母親を傷付けた罪悪感に泣いている。
 深く悲しみ、怒り、泣き疲れて、やがて少年は眠りに落ちた。
 その夢に、【悪夢】が取り憑いた。

***


 気がつくと、家の前の道路に立っていた。
 辺りは真っ暗で、見上げれば夜空が広がっていて、街灯の寂しげな明かりだけが等間隔に並んで夜道を照らしている。周りの家はみんな電気が消えていて、すっかり寝静まっているようだった。

「……あれ」

 俺は何でこんなとこに立ってるんだっけ。
 記憶を探ってみても、覚えているのは今日一日を終えて、ベッドの中で目をつぶって眠くなるのを待っていたことだけだ。さっきまで確かに部屋着で毛布に包まれていたはずなのに。

 わざわざ外出用の服に着替えてこんな夜更けにどこへ行こうとしていたのだろう。とりあえず、家の中に戻って落ち着いてみよう。
 振り返る。……と、そこに

「……え」

 表札と郵便受けのある門構えと、生垣だけがある。むしろ、これがあるからこそ気が付かなかった。隣近所と敷地はそのままに、家だけが。写真からウチだけを切り取ったかのように消失していた。

 地面には土台だったのだろうコンクリートの基礎だけが残っている。それだっていくつかの箇所はあるべきものが無いようで、地面の窪みがかつてそこにコンクリートの塊があったことを表すだけになっている。

「な……どうして」

 声が揺れる。隣の家の表札を見て、やっぱり三番瀬さんばんぜ家が無いのだということを再確認して、愕然とした。

 どうして家が無いのだろう。どうして無くなったのが俺の家なんだろう。どうして、俺だけ外に出ていたのだろう――……。

「………母さん」

 自分の口から漏れた一言で我に返った。そうだ、家族はどこへ?

「か、母さん!?父さん!?ヒメちゃん!?ひめ!!」

 反応がない。母さん父さんとヒメちゃんは一緒の部屋にいるはずだ。避難しているなら全員無事だし、避難出来なかったのなら、全員……。

 血塗れの家族を想像してゾッとした。息がつまって、手が震える。夜とはいえ春先だと言うのにひどく寒い。
 誰か、誰かいてくれ。みんな無事だと言ってくれ。あぶれているとすれば。

「………タカ!公孝きみたか!!」

 弟の名前の余韻が、夜空に消えたときだった。

「……オレは最後かよ」

 背後に気配がした。振り返ると、俯き気味にやはり外出用の服で弟が立っていた。安心して、一気に体温が戻ってくる。

「た、タカ……」

 よかった。とりあえず、公孝は無事だった。突っ立ったままの弟に歩み寄る。

「タカ、何があったんだ?」

「…………」

「お前も分からないのか?」

 公孝は押し黙ったまま、何も答えない。なんだよ、こんな時にまで反抗期すんなよ。

「母さんは?父さんは?」

「…………」

「せめて答えろよ!分からないとか知らないとかあるだろ!」

 遂には完全に俯いた。その肩を掴む。

「なあ!タカ!!ヒメちゃんは無事なのか!?」

 ピクッと肩が動いた。

「……ヒメ」

「ヒメ、ヒメ、ヒメ、ヒメ、ヒメ、ヒメ!!」

 顔を上げた公孝は鬼気迫る表情で。

「タ……」
「そんなにヒメの方がいいのかよ!みんなヒメちゃん、ヒメちゃんってさぁ!!母ちゃんはずっとヒメばっか構うし、父ちゃんも兄ちゃんもオレを怒るし!!ヒメはオレのこと嫌いみたいだし!!近寄るだけで泣くんだ!!それで泣かすなって、どうしろってんだよ!あんな泣き虫、オレは要らない!!」

 捲し立てた公孝は、途端に静かになった。一拍あけて、静かに、告白した。

「だから。……家ごと、吹っ飛ばして捨てた」

「……は?」

 公孝はもう、俺を見ていなかった。空を眺めてぼうっとした声で言う。

「捨てた。要らないから。オレを怒る父ちゃんも要らないから捨てた。オレを構ってくんない母ちゃんも捨てた。兄ちゃんは」

 がくん、と公孝の顔がこちらを向いた。濡れた黒い目に戸惑う俺の顔が映っている。

「兄ちゃんは、必ず殺したかったから、残した」

 弟の口の端が吊り上がっていく。
 今なんと言った?兄ちゃんは、必ず殺したかったから、残した?
 ぐわんぐわんと揺れる頭の中で、その一言だけが響く。必ず殺したかった。兄ちゃんは。残した。兄ちゃんは。必ず。残した。殺したかった。殺したかった。殺したかった。

「…………うそだろ」

 正気では無さそうな弟の発言に思わずよろける。背後から聞きなれない音がして、視線だけを送る。ボコボコにめくれた地面と、数個の小さな塊で落ちてくる土が見えた。
 振り返りざまに上を見上げると、月に照らされて、ご丁寧に根を捻って尖らせた生垣のシルエットが、宙に浮かんでいた。

「ウソつきはどっちだ……」

 空っぽな声とはこういう響きを言うのだろう。呟いた後に、意を決した強さを込めて、公孝は俺を睨んだ。

「お前なんか、大嫌いだ」

 生垣の槍が俺めがけて降ってくる。

「あ……うわ、わぁっ!」

 急いで避けた。さっきまでいたところの地面が抉れて、飛んだアスファルトの破片が頬をかすめた。切り傷から血が垂れている。かすかに痛い。痛みがあるってことは、夢じゃない!

「避けるなァ!!」

 公孝が怒鳴って腕を振り上げる。生垣はゴガガッと音を立てて、アスファルトと土塊つちくれを撒き散らしながら再び宙に舞い上がった。標準を俺に合わせて、生垣が振り下ろされる。ここにいたら殺される!生垣をまたどうにか避けて、走り出す。

 なんで、なんで!俺の弟は普通の人間だったはずだ!こんな力は、持ってないはずだ!
 それに、いくら最近はキレやすくなっていたといえど、家族を殺そうとする奴じゃない!!

「公孝ァ!」

 叫ぶ。何かに操られているか、おかしくなっているに違いない。

「公孝!やめろ!止まれ!」

「黙れ……!!オレに指図すんなァァァ!!」

 何かがバキバキと壊れている音がする。
 地響きがして、両腕を振り上げた弟の投げつけるような動きに合わせて――粗く砕けた民家が二つ、俺を狙って落ちてきた。

 その中でも特に大きな瓦礫が、叩きつけられるような速度で落ちてくる。逃げようにも、心臓が破裂しそうで、足が鉛のように重くて、吸っても吸っても息ができなくて。

 ついには足がもつれて、地面に転がった。頭上は一面、瓦礫の流星群。
 ああ、ダメだ。避けられない。逃げられない。
 死ぬ、と思った瞬間、周りの色々なものがよく分かった。

 例えば、中天の月に薄く雲がかかっているとか、そのくせ薄雲の合間から覗く星はいやに綺麗に瞬いているとか、宙を舞う瓦礫の中のテレビの画面がクモの巣状に割れてるとか、俺を殺したがっているはずの弟が今にも泣きそうな顔で俺に手を伸ばしているとか、オレンジがかった黄色の光が、ヴォンと音を立てて時計盤型に目の前に拡がったとか、

「【管理者マスター権限・凍結フリーズ】!」

 可愛らしい声が聞こえた、とか。
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