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1 母からの嫁入り道具
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私のお母様は春の妖精のような人であったらしい。
華奢な体に透き通るような肌、ストロベリーブロンドの髪にピンクの唇、朗らかで周囲を幸せにする笑顔が素敵な女性だったとお父様は言う。
うっすらと記憶にあるのはお菓子のような甘い匂いがした事と、「マーシェ大好きよ」と囁く優しい声、それにいつでも抱きしめてくれる腕だけだった。
お母様が亡くなって十五年。
私、マーシェ・ヘドマンは十八歳になりました。
お母様から受け継いだのはストロベリーブロンドの髪と白い肌。お父様からはキリッと釣り上がった目と少し高めの身長。
そして、無駄に大きくなった胸は誰からかしら? と、目の前の鏡台を見ながらうーんと悩む。
この鏡台は母が大事にしていたものだったと聞いている。お父様は嫁入り道具として持っていってもいいと言ってくれたのだが、その声色に、少し寂しそうなものが混じっていると気づいてしまった。
後妻もとらずに、母だけを愛し、私を育んでくださったお父様に、寂しい思いをさせる事は絶対にしたくなかった。
嫁入り先には新しい物を作り持っていく事にしたが、急遽職人を呼んで作らせたため、間に合うかギリギリになってしまった。
『お母様の鏡台はお父様に残していくわね』と格好をつけた手前、お父様に心配される事はしたくなかった。だが、本日、明日には嫁ぎ先であるルンディーン侯爵邸に届けられるという連絡がきた。
明日に迫った結婚式に、間に合って良かったと安心し、最後にもう一度、母の鏡台を見ておきたくなり、誰もいない部屋の中で鏡に映る自分を見つめながら母の面影を探していたところであった。
「お母様。お母様からいただいたものは大切に持っていくわ。どうか幸せな夫婦になれるように見守っていてくださいませ」
小さな鍵で鏡台の引き出しの錠を開ける。
カチャリと音がして解錠された引き出しには何も入っていない。
そこには祖母が使っていたらしい指輪やネックレスなどの装飾品と手鏡やクシなどの母の愛用品が収納されていた。
生前、お嫁にいく時に開けてねと私に鍵を残してくれていたらしい。それらは全て新しい鏡台に同じように鍵をかけてしまっておくつもりだった。
お母様の優しさを感じ、明日の結婚式が楽しみだわと笑いながら引き出しを閉めたがうまく入らなかった。
何度も引き出しの出し入れをしていたところ、何か薄い本のようなものがパサリと絨毯の上に落ちた。
引き出しの間に挟まっていたのかもしれない。
パラパラとめくってみると、そこには、明日結婚式を控えたマーシェにはとても大切な内容が書かれていた。
「お母様! こんな事まで心配していただいてっ……ありがとうございます……!」
偶然見つけた母の優しさに涙し、その本を大事に抱えて慣れ親しんだ生家を後にしたのだった。
◇◇◇
無事に結婚式を終えて、初夜を迎えた。
飾られたベッドの上には、侯爵家の優秀な侍女達に磨き上げられて、香油を塗り込まれたマーシェがいる。
「こんなに透けている布はみたことがないわね」
薄く透けて肌が見えるキャミソールも、紐のパンツもマーシェを美しく飾り付けている。
そして枕元には母から譲り受けた本。
「緊張するけど、これがあれば絶対に大丈夫」
緊張と期待で高鳴る心臓の音を聞きながら、本日夫になったアラン・ルンディーン侯爵が浴室から出てくるのを待っていた。
アランは侯爵家の人間ながら、貴族が通う高等学園の教師をしている。
長い前髪のせいで顔が隠れてしまっているが、奥に覗く顔は優しい目をしていて糸のように目を細めて笑う顔が大好きだった。
お母様より少し年下の、今年三十二歳になる彼に恋をしてから、マーシェは学園の友人にも止められるほど猛アピールを続けてきた。
マーシェよりも両親の方が年が近い事もあり、年齢を理由に断られ続けてきたが、マーシェが諦める事はなく、最終的になんとか結婚までこぎつけることができた。
女として意識してもらう為に学園内でキスを迫ったり、媚薬を自分で飲んでアランの研究室に乗り込んだりと、際どい手を使ったが、恋は盲目、若さゆえの過ちとして許してもらえた。
だが、それ以来、マーシェが学園を卒業するまで、手すら触れる事はできなかった。
暴走しすぎて、アランへの接触が禁止され憔悴したマーシェに、結婚したいなら学業を疎かにしない事と、卒業するまでは教師と生徒の距離を崩さない事が条件だとアランから言われた。
それでもいいから側にいさせて欲しい、結婚してくれるなら大人しくしますと言うとその場で誓約書を書かされた。
「君と結婚なんて、春の妖精に怒られそうだ」と、笑ったアランの顔が忘れられずにいる。
やっと卒業したのが半年前、人目を憚らずにアランに触れる事ができるとマーシェはとても嬉しかった。
外に出かける時には腕を組み、部屋にいる時には手を繋ぎ、隣に座れば頭をなでてくれる。
時折り、前髪越しにアランが私を見つめてくるのでニッコリと笑うと目を逸らしてしまう。
そんな優しくて大好きなアランと夫婦になれるこの日を楽しみにしていた。
パタンと扉が閉まる音がして、飛び上がるようにそちらを見ると、滴る髪を拭きながらいつもは見えない目元と優しげな顔からは想像つかない鍛えられた半身を晒し歩いてくるアランの姿があった。
「キャッ」
マーシェは驚いて隠すように両手で顔を覆った。
月明かりに照らされた金髪をかきあげながら近づいてくるアランは色気が溢れている。
「恥ずかしがってる顔を見せて下さい。マーシェ」
横に座り顔を覆っていたマーシェの片手を掴むと、指先にちゅっとキスをされた。
「っ!!」
顔に熱が集まるのが分かる。薄暗い部屋の中でもほてった顔は見えているのだろうか。
「あんなに好きだ好きだと追いかけて来てたのに奥さんになったら恥ずかしがるんですか?」
「いつも前髪があったので……直接お顔がよく見えて恥ずかしくて……あっ! もちろんどんなお顔でもアラン様が大好きなのは変わらないのです!」
片手で目を覆い、真っ赤になって顔を隠しているマーシェを見つめてアランが呟く。
「あー……可愛い……」
「えっ」
「……いいですよ。そのまま目は閉じといて下さい」
耳の側で声が聞こえ、目を煽った手ごと、アランの手に抑えられた。後頭部に置かれた手が顔を上に向けて固定され、すぐに唇に温かい感覚と柔らかい湿り気を感じる。
「んっ」
驚きに上げた声はアランの口に吸い込まれていった。ノックするように唇をちょんちょんっと舌が舐めていく。反射的にギュッと唇を引き結ぶと笑う声がした。
「口を開けて下さい。そのまま閉じたらだめですよ」
声に従い薄く開くと、すぐにぬるりと温かい物体が侵入してきて口の中で動き回り始めた。
「ふっ……んっ……」
鼻から抜ける吐息には、自然と甘い声が混じる。
舌を追いかけて絡ませ、ぐちゅっと溢れる唾液を飲み込み、必死に与えられるキスについていく。
だんだんと深くなる合わさりはマーシェの興奮を呼び、背中からゾクゾクと逆毛が立つ感覚を呼び起こす。
気持ちよさにトロリとした目を開けると、いつの間にか抑えられていた手は無くなっており、マーシェを見つめる熱を持った瞳と視線が絡んだ。
真剣なお顔も素敵だわといつものようにニッコリと微笑むと、よく見える甘い微笑みを至近距離で返される。また、心臓がドキンっと跳ねた。
思わず自分から抱きつくと温かな皮膚と硬い胸の筋肉に頬があたり、優しく抱きしめ返され安心感に包まれる。なんの障害もなくアランに触れられる事が幸せだった。
その時、ふと、枕元に置いてあった母から譲られた本が目に入る。
「そういえば、これがありましたわ!」
ガバリと体を離し本の元へ移動し、驚いた顔をしたアランに向かって薄い本をずいっと見せた。
「お母様から譲り受けた本があります! 私の閨教育にと生前に置いて行って下さったのだと思います! こちらを参考に今夜はお相手させていただきますっ!」
華奢な体に透き通るような肌、ストロベリーブロンドの髪にピンクの唇、朗らかで周囲を幸せにする笑顔が素敵な女性だったとお父様は言う。
うっすらと記憶にあるのはお菓子のような甘い匂いがした事と、「マーシェ大好きよ」と囁く優しい声、それにいつでも抱きしめてくれる腕だけだった。
お母様が亡くなって十五年。
私、マーシェ・ヘドマンは十八歳になりました。
お母様から受け継いだのはストロベリーブロンドの髪と白い肌。お父様からはキリッと釣り上がった目と少し高めの身長。
そして、無駄に大きくなった胸は誰からかしら? と、目の前の鏡台を見ながらうーんと悩む。
この鏡台は母が大事にしていたものだったと聞いている。お父様は嫁入り道具として持っていってもいいと言ってくれたのだが、その声色に、少し寂しそうなものが混じっていると気づいてしまった。
後妻もとらずに、母だけを愛し、私を育んでくださったお父様に、寂しい思いをさせる事は絶対にしたくなかった。
嫁入り先には新しい物を作り持っていく事にしたが、急遽職人を呼んで作らせたため、間に合うかギリギリになってしまった。
『お母様の鏡台はお父様に残していくわね』と格好をつけた手前、お父様に心配される事はしたくなかった。だが、本日、明日には嫁ぎ先であるルンディーン侯爵邸に届けられるという連絡がきた。
明日に迫った結婚式に、間に合って良かったと安心し、最後にもう一度、母の鏡台を見ておきたくなり、誰もいない部屋の中で鏡に映る自分を見つめながら母の面影を探していたところであった。
「お母様。お母様からいただいたものは大切に持っていくわ。どうか幸せな夫婦になれるように見守っていてくださいませ」
小さな鍵で鏡台の引き出しの錠を開ける。
カチャリと音がして解錠された引き出しには何も入っていない。
そこには祖母が使っていたらしい指輪やネックレスなどの装飾品と手鏡やクシなどの母の愛用品が収納されていた。
生前、お嫁にいく時に開けてねと私に鍵を残してくれていたらしい。それらは全て新しい鏡台に同じように鍵をかけてしまっておくつもりだった。
お母様の優しさを感じ、明日の結婚式が楽しみだわと笑いながら引き出しを閉めたがうまく入らなかった。
何度も引き出しの出し入れをしていたところ、何か薄い本のようなものがパサリと絨毯の上に落ちた。
引き出しの間に挟まっていたのかもしれない。
パラパラとめくってみると、そこには、明日結婚式を控えたマーシェにはとても大切な内容が書かれていた。
「お母様! こんな事まで心配していただいてっ……ありがとうございます……!」
偶然見つけた母の優しさに涙し、その本を大事に抱えて慣れ親しんだ生家を後にしたのだった。
◇◇◇
無事に結婚式を終えて、初夜を迎えた。
飾られたベッドの上には、侯爵家の優秀な侍女達に磨き上げられて、香油を塗り込まれたマーシェがいる。
「こんなに透けている布はみたことがないわね」
薄く透けて肌が見えるキャミソールも、紐のパンツもマーシェを美しく飾り付けている。
そして枕元には母から譲り受けた本。
「緊張するけど、これがあれば絶対に大丈夫」
緊張と期待で高鳴る心臓の音を聞きながら、本日夫になったアラン・ルンディーン侯爵が浴室から出てくるのを待っていた。
アランは侯爵家の人間ながら、貴族が通う高等学園の教師をしている。
長い前髪のせいで顔が隠れてしまっているが、奥に覗く顔は優しい目をしていて糸のように目を細めて笑う顔が大好きだった。
お母様より少し年下の、今年三十二歳になる彼に恋をしてから、マーシェは学園の友人にも止められるほど猛アピールを続けてきた。
マーシェよりも両親の方が年が近い事もあり、年齢を理由に断られ続けてきたが、マーシェが諦める事はなく、最終的になんとか結婚までこぎつけることができた。
女として意識してもらう為に学園内でキスを迫ったり、媚薬を自分で飲んでアランの研究室に乗り込んだりと、際どい手を使ったが、恋は盲目、若さゆえの過ちとして許してもらえた。
だが、それ以来、マーシェが学園を卒業するまで、手すら触れる事はできなかった。
暴走しすぎて、アランへの接触が禁止され憔悴したマーシェに、結婚したいなら学業を疎かにしない事と、卒業するまでは教師と生徒の距離を崩さない事が条件だとアランから言われた。
それでもいいから側にいさせて欲しい、結婚してくれるなら大人しくしますと言うとその場で誓約書を書かされた。
「君と結婚なんて、春の妖精に怒られそうだ」と、笑ったアランの顔が忘れられずにいる。
やっと卒業したのが半年前、人目を憚らずにアランに触れる事ができるとマーシェはとても嬉しかった。
外に出かける時には腕を組み、部屋にいる時には手を繋ぎ、隣に座れば頭をなでてくれる。
時折り、前髪越しにアランが私を見つめてくるのでニッコリと笑うと目を逸らしてしまう。
そんな優しくて大好きなアランと夫婦になれるこの日を楽しみにしていた。
パタンと扉が閉まる音がして、飛び上がるようにそちらを見ると、滴る髪を拭きながらいつもは見えない目元と優しげな顔からは想像つかない鍛えられた半身を晒し歩いてくるアランの姿があった。
「キャッ」
マーシェは驚いて隠すように両手で顔を覆った。
月明かりに照らされた金髪をかきあげながら近づいてくるアランは色気が溢れている。
「恥ずかしがってる顔を見せて下さい。マーシェ」
横に座り顔を覆っていたマーシェの片手を掴むと、指先にちゅっとキスをされた。
「っ!!」
顔に熱が集まるのが分かる。薄暗い部屋の中でもほてった顔は見えているのだろうか。
「あんなに好きだ好きだと追いかけて来てたのに奥さんになったら恥ずかしがるんですか?」
「いつも前髪があったので……直接お顔がよく見えて恥ずかしくて……あっ! もちろんどんなお顔でもアラン様が大好きなのは変わらないのです!」
片手で目を覆い、真っ赤になって顔を隠しているマーシェを見つめてアランが呟く。
「あー……可愛い……」
「えっ」
「……いいですよ。そのまま目は閉じといて下さい」
耳の側で声が聞こえ、目を煽った手ごと、アランの手に抑えられた。後頭部に置かれた手が顔を上に向けて固定され、すぐに唇に温かい感覚と柔らかい湿り気を感じる。
「んっ」
驚きに上げた声はアランの口に吸い込まれていった。ノックするように唇をちょんちょんっと舌が舐めていく。反射的にギュッと唇を引き結ぶと笑う声がした。
「口を開けて下さい。そのまま閉じたらだめですよ」
声に従い薄く開くと、すぐにぬるりと温かい物体が侵入してきて口の中で動き回り始めた。
「ふっ……んっ……」
鼻から抜ける吐息には、自然と甘い声が混じる。
舌を追いかけて絡ませ、ぐちゅっと溢れる唾液を飲み込み、必死に与えられるキスについていく。
だんだんと深くなる合わさりはマーシェの興奮を呼び、背中からゾクゾクと逆毛が立つ感覚を呼び起こす。
気持ちよさにトロリとした目を開けると、いつの間にか抑えられていた手は無くなっており、マーシェを見つめる熱を持った瞳と視線が絡んだ。
真剣なお顔も素敵だわといつものようにニッコリと微笑むと、よく見える甘い微笑みを至近距離で返される。また、心臓がドキンっと跳ねた。
思わず自分から抱きつくと温かな皮膚と硬い胸の筋肉に頬があたり、優しく抱きしめ返され安心感に包まれる。なんの障害もなくアランに触れられる事が幸せだった。
その時、ふと、枕元に置いてあった母から譲られた本が目に入る。
「そういえば、これがありましたわ!」
ガバリと体を離し本の元へ移動し、驚いた顔をしたアランに向かって薄い本をずいっと見せた。
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