リドの甘い復讐

NONAME

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オルトは女装したリドに惚れ込み、婚約破棄をして、名も知らぬ女を選んだ。
その事実にリドの幼い記憶が蘇る。

それはリドの初恋。初めての挫折だった。



初めてオルトに出会ったのは、リドが六歳の時だ。

リドは両親に愛され、使用人に愛され、その外見から数多の人を虜にし、世界の中心は自分であると誤解する程に自信に満ち溢れていた。そうしてパーティーで出会ったオルトにリドは真っ先に心を奪われた。今と違ってくりくりの目をした愛らしい少年のオルト。可愛いぬいぐるみも、面白い玩具も何だって乞えば買ってもらえたリドは、例に違わずその男の子を欲した。
大好きな人間とずっと一緒にいるには結婚するのだと聞いていたリドは、真っ先に彼に愛らしく求婚したのだ。
しかし、その男の子は困った顔をしてリドにこう言った。
「僕はもう、婚約者がいるからダメだよ」
「僕とは結婚してくれないの?」
「当然だろ? 婚約者は僕のお嫁さんになるんだから」
リドはその場で泣いた。
泣きに泣いた。
生まれて初めてリドが思い通りにならないことが起きたのだ。涙が止まらなくてわんわんと酷く泣き喚くものだから、両親はリドを慰めてパーティーを途中で抜けて屋敷に帰った。
それからリドはオルトよりその兄に構うようになった。


次に、父の勧めではじめた剣術。
慣れないながらも身体を動かす楽しさに心躍らせていたリドを、こっぴどく打ち負かしたのもオルトだった。
別に剣術大会に出たわけではない。ただ嗜みとして貴族の男の子で集まって先生の指導を受ける機会があり、そこで一足先に後継者教育を受けていたオルトもいただけだ。嫌いなオルト相手にリドの機嫌は著しく下がった。しかもオルトはリドの求婚を振ったことなど覚えていない様子だった。それが更にリドを惨めにさせる。
2歳の差は大きく、当時オルトはリドよりも大きな身体をしていただけでなく、誰よりも剣術の才能に恵まれていた。
ここで年下のリド相手に手加減してくれればいいものの、真面目なオルトは真剣に練習に取り組み、リドを何度も何度も負かした。
「僕じゃ力不足だから」
そう言ってオルトの練習相手を辞めようとすれば「上手くなる気もないのか?」とわざと煽るような言葉を向けてくる。
それで売り言葉に買い言葉。負けるのを分かっていながら何度もオルトに挑み、その結果リドのプライドはズタボロにされ、今に至るまで剣は握っていない。

思春期に入り貴族学校に通い始めたころには、己の凡才も分かってきていた。
生まれつき持っているのは、この美しい顔と、公爵家というお家柄。あとは何にもない空っぽな人間。それがリドだった。
それでも両親や使用人は自分を可愛がってくれて、それが心苦しくて逃げるように遊んだ。──そして、自分と異なり煌びやかな人生を歩くオルトへの嫉妬心とも似つかぬ憎悪を積もらせていった。

女装したのは、自覚していないほど僅かに残っていた恋心がみせた抵抗なのかもしれない。
二歳の年の差は大きい。学校で見かけてもリドが声をかける理由もない。これがせめて同級生であればと思うものの、そうであっても己の性格を鑑みれば声をかけることなく終わっていたような気もする。オルトと俺は顔見知り程度の関係だった。
それでも、何をやっているんだと彼に言われたかった。本当は、誰が見ても違和感のないレディになった俺の姿に気付いて欲しかった。それで呆れられても良かった。彼に、彼だけに気付いてもらえるならそれでよかった。
己の心を隠して積み上げてきた想いは、気付かぬうちに彼への歪んだ執着へと姿を変えていた。
誘いだって、のらないでほしかった。こんな名も知らぬ女の簡単な誘いに乗るような、安い男であってほしくなくて、彼と逢瀬を重ねる度に自分の中の幻覚が崩れていく気がした。
俺が切望していたのは、こんなつまらない男だったの。名も知らぬ女に惚れこんで、世間体も捨てて、一方的な恋に溺れる哀れな男であったのか。
(そんなの、俺と一緒じゃないか)
オルトを受け入れながら、リドはこの男にどうしようもなく失望してしまった。


ゆらゆらと揺れる天井。
彼の切なそうな吐息に、揺れているのは己だと気づく。彼にドレスをたくし上げられて、それでも局部は見られないように注意しないといけなかったせいで、最後まで彼に全てを預けることはできなかった。
「ああ、泣かないで……」
オルトが切なく乞う声に、リドは笑いながら答える。
「あなたが泣きそうな声で言われても」
腹を埋めるアルトの熱はどくどくと滾っていて、オルトの熱がリドを蕩けさせていく。酸欠になって頭が馬鹿になっていく感覚は、気持ちがいい。

それでもリドはこれがまやかしであると気づいていた。
リドはもう、この姿で彼に会うことはないのだから。
これは最後の夜──、オルトに結婚破棄を迫った夜の記憶だ。俺は彼の喜びに包まれながら、悲しくて悔しくてやりきれない気持ちでいっぱいになっていた。
だから、想いの通じ合ったばかりの男女とは思えぬほど半ば白けながらリドはつぶやいた。
「私の名前も知らないくせに」
「教えてくれないのは貴方でしょう」
オルトは悪戯に微笑んだ。
リドはそれを見て、笑う。ほろりと涙がこぼれた。
「教えてあげますよ、次会うときに」



嗚呼、どうして叶わない約束をしてしまうのか。リドは微睡から目覚め、夢の中で反芻した過去に苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
醒めてしまうのならば、あんな夢は見たくはなかった。

いったいどれだけ怠惰に寝ていたのか、どうにも喉が痛くて水を飲もうと身じろぎをすると
「リド、」
己のベッドのすぐそばから聞こえた声に跳ね上がった。

「──……っ」
目を見開くリドを気にせず、微笑むのは夢の中で身体を繋げていた男だ。
美しい男だ。黒い髪は記憶に違わず美しく艶めき、あの無表情は俺を見て崩れている。何度も抱きしめられた彼の腕はとても太いことも、彼の胸がとても鍛えられていることも、リドは知っている。
「リド。酷いな、ああ月の女神。お前の言うとおりにしたのに、俺の前から姿を消してしまうなんて」
「…………オルト」
しかし、それは可笑しなことであった。
オルトと身体を繋げたのは、名も知らぬ女でなければならぬのだから。ただの遊び人の公爵令息が、彼の体温など知っているはずもないのに。蕩けそうになる表情を引き締めて、リドは恐る恐る口を開いた。
「なんで」
微笑むオルトは答えた。
「俺が気付かないと思ったの?」
笑っているはずなのにオルトの目は酷く冷たく濁っていた。

リドの脳内が混乱していく。リドは勿論オルトに正体を教えていない。今後、思いを断ち切ったらパーティーで顔を合わせたとしても知らないふりを通すつもりだったのに。何故、彼は自分の目の前に現れたのか。
呆然とするリドを余所に、オルトは畏怖すら感じさせる笑みを浮かべたままベッドに腰掛ける。
「はは、寝ぼけているのかい? 思い出させてあげよう、俺たちが幾度となく交わした夜のことを」

その言葉は、己の浅はかな計画が成功したと信じていたリドを絶望の底に突き落とすには十分であった。
「悪い子だ」
オルトはリドの頬を撫でる。

どうして彼がここにいるのか、どうして正体がバレたのか、彼が何を考えているのか、何一つとしてわからないが、この状況でリドにできることなど何もなかった。もうリドは彼に全てを許してしまったから。

リドは恐ろしさに身を震わせながら、愛する男の温もりに目を閉じた。





~~~~~~~~~~
次はオルト目線に移ります!
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