大人の隠れんぼ=妻編=

明智 颯茄

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妻の愛を勝ち取れ/6

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 しばらく歩くと、ずいぶんドアの取っ手が低い位置にある扉が現れた。とにかく隠れるだ。

 少し開けづらそうにドアノブを回し、中に入ると、優しい色使いが広がった。

「子供部屋?」

 パンダ、うさぎ、カエルの形をした小さな椅子の群れ。小さな机の脇にかかっているランドセルと肩がけの黄色いバック。

 色の三大原色、赤、青、黄のデザインの箱。大人が余裕で隠れられる大きさのものを見つけた。

 低い位置にある窓のそばによって、箱の中をのぞいたが、満員御礼だった。

「おもちゃがいっぱいだ。この中には無理……」

 まさか勝手にいじるわけにもいかない。子供たちそれぞれの宝物なのだから。きちんと片付けてあるのを出すことも、颯茄にはできなかった。

 ドアへ振り返ろうとすると、白いクローゼットが目に飛び込んできた。

「あっ、見つけた!」

 ささっと近寄って、ピンクのレースカーディガンは、折れ戸をそうっと片方だけ開けた。窓から入り込む日差しが、中の薄闇を照らし出す。

 鎧兜よろいかぶとやドレス。カエルの被り物。浴衣や着物が所狭しと下がっていた。

「誰もいない?」

 可愛らしさが満ちあふれた空間。左側は開けないまま、颯茄は決心した。

「よし、この中に隠れて……!」

 折れ戸を閉めた途端、薄闇に慣れない目は物が見づらくなった。扉の隙間から様子をうかがおうと、百八十度振り返ろうとしたが、ベルベットブーツに異変を感じた。

「何か足に引っ掛けた……何だろう?」

 さっきから開けていない扉に、手のひらを当てているのだが、どうも平らではないようで。右に左に落ち着きなく手を動かし、うかがう。

 そんなことをしていると、薄闇の中から矛盾だらけのまだら模様の声が軽薄的でナンパするように響いた。

「お前、俺のどこ触っちゃってんの?」
「焉貴さん……」

 少しずつ慣れてきた視界に、白いファアが二本映った。ボブ髪の縁が扉の隙間からの光に浮かぶ。未だに手の感触は硬いものではなく、柔らかいものが広がっていた。

「どこですか?」
「聞いちゃいたい?」

 かがんできたようで、焉貴の声がすぐ近くで聞こえてきた。改めて確認してくるとは、妻は持ち前の直感で回避を取った。

「いいです。聞かないです」
「え~? 聞いちゃってよ~」

 両肩をつかまれて、揺すぶられる。子供がだだをこねるように。甘さダラッダラの声とともに。

「じゃあ、聞いちゃいます!」

 妻は焉貴のハイテンションを真似して、狭いクローゼットの中で、左手をパッと斜めに上げた。かかっていた服がハンガーごとカチャカチャと揺れ動いた。

 純真無垢なR17夫が聖句でも言うように、

「ペニ◯」

 妻は即行、この夫の口癖を真似する。できるだけ無機質に。

「嘘」

 今も右手は柔らかいものに触れたままで、彫刻像のような彫りの深い顔が、キスができる位置まで迫ってきた。

「嘘じゃないよ」

 四十一センチも背丈が違ければ、ちょうどのその位置になってしまうもので。

「あぁ、すみません。ご立派なものを触ってしまって……」

 隠れんぼをしているわけで、いくら夫婦でも失態なわけで。

 夜には火柱にもなる男性自身から手を慌てて離そうと思ったが、パッとつかまれられてしまった。

「何? お前、手引こうとしてんの?」

 いつの間にか、反対の腕は背中に回され、腰元は間合いゼロ。

「何をする気ですか?」

 素肌の上にかけられたペンダントのチェーンを間近で見ながら、颯茄は戸惑い気味に聞いた。

 だったが、妻の体は床からまっすぐ軽々と片腕で持ち上げられ、焉貴の宝石のように異様に輝く黄緑の瞳とクルミ色のどこかずれているそれは一直線に交わった。

「俺とお前ですることって言ったら、キスしかないでしょ?」

 こんな薄暗いところで。誰もいない二人きりの部屋で。捕まえられて。持ち上げられて。

 自分のモノをいつも自画自賛する夫。それなのに、キスをするとは。妻は違和感を覚えた。

「あれ? 今日は大人しいですね?」

 薄闇にまじりやすい、ワインレッドのスーツが遅れて顔を出し、焉貴はホストみたいに微笑む。

「何? お前、したいの?」
「こんな狭いところでですか!」

 子供が急に増えて、とにかくクローゼットの中は、それぞれの好きな服でいっぱい。

 和装で学校に行く子もいれば、コスプレしていく子もいるわけで。校則がないのだから。とにかく、ものがいっぱいだ。

 隠れんぼから脱線している妻と夫。螺旋階段を突き落としたグルグル感のある声が、四十八手しじゅうはっても顔負けの話を、純真無垢で言ってのける。

「そう。座位と立位とか、俺かお前が浮遊で、ありえない体勢でしちゃ~う!」

 大人なら誰でも飛べるのである、この世界は。妻は驚くかと思いきや、夫の腕の中で、あきれたため息をついた。

「またですか……」

 妻を抱きかかえている腕は衰えも疲れも見せず、焉貴のもう片方の手は、妻のあごにプラトニックでありながらエキセントリックに触れた。

「ねぇ? 俺と甘くいやらしいキスしちゃわない?」
「どうしてですか?」

 妻は知らない。夫たちが好きと言わせて、キスをするの条件のもとで動いているとは。

「お前のこと愛しちゃってるからでしょ?――」

 めちゃくちゃなようで、きちんと話は進んでいた。この夫の最大の特徴。無意識の策略。今までの会話のどこかで、策を張っていたのだ。だが、残念ながら、どこでどうやってかが、誰にもわからないという。

「あぁ……」

 すでに抱きかかえられている、クローゼットの中。二頭の馬で引っ張ってゆく戦車に引きずり回されたような、皇帝の威厳の前で、颯茄は戸惑った。

 焉貴の表情はアンドロイドみたいに無機質で、感情などそこに微塵もない。

「何?」

 色欲という感情を持っていないからこその、純真無垢なR17の夫を颯茄はじっと見つめる。
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