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天才軍師の結婚

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 龍に乗って子供たちが大空へ飛び立ち、それぞの家に帰ってゆく。

 紫のロングブーツは校庭を名残惜しそうに、正門へまでやってきて、あと一歩で敷地から出ようとした時、門柱の陰から、天女が舞い降りたような薄手の白い着物がすっと現れた。

ひかり? 迎えに来たよ~」

 冷静な水色の瞳はついっと細められた――

 凛々りりしい眉に、聡明な瑠璃紺色の瞳。漆黒の髪は頭高くで結い上げられ、赤く細い縄のような髪飾りとともに、夕風に揺れていた。

 自身の小学校を訪れる日時は全てこの頭脳の中に入っている。今日は今までで一番早い時刻に、この正門を出ようとしていた。

 穏やかな春の陽射しみたいに微笑むのに、隙のない氷河期のようなクールさを持つ男。

 この男がここで、自分の前に現れる可能性は二十三.一五パーセントだった。それなのに、百パーセント、事実として確定させている。可能性の数値をひっくり返された。

 光命は思う。この男の思考回路は自身と同じ。感情も持っている。だが、理論で動き、勘や思いつきでは決して動かない。

 同じ策士として、通常ならば、手の内を隠すが、この男は敵ではない。自分の夫だ。しかし、遊線が螺旋を描く声は、瞬間凍結させるほど冷たかった。

「――私の言動を、あなたはどちらまで可能性に変えたのですか?」
「あれ~? ボク、そんなことしたかなぁ~?」

 甘くスパイシーな香水の前で、エキゾチックなこうがそよ風を起こした。孔明が小首を傾げたために。

 ――疑問形で返してきた。それに答えたら、負けなのである。情報漏洩するのだ。

 紺の後れ毛は、神経質な指先で耳にかけられ、紫のロングブーツはそのまま通り過ぎようとした。

「教えていただけないのでしたら、一人で帰りますよ」

 孔明は光命の元に来た。
 光命は孔明を置いてゆく。

 愛する夫だからこその、

 ――策の応酬。駆け引きだった。

 孔明は春風みたいに微笑んだ。

「ふふっ」

 だが、デジタルに表情は猛吹雪に変わった。

「策を成功させるためには、キミは感情も捨てるし、嘘でも何でもする……」
「えぇ、あなたもではありませんか?」

 光命は優雅にうなずき、そっくりそのまま返した。

「そう。ボクと光は同じ思考回路だからね」

 孔明はまた陽だまりみたいに微笑んだ。両手のひらは空を見つめる形で、神経質な顔の横に上げられ、光命は優雅に降参のポーズを取った。

「帝国一の頭脳と言われているあなたには、私は敵いませんよ」

 自身と同じはずなのに、この漆黒の髪を持つ大先生は、平和に日々を暮らしている。そこに、気を失わない理由があるかもしれないと思い、講座に申し込んだが、人気で一ヶ月待ちだった。

 その間に、策が仕掛けられ、結婚してしまったのである。生徒と講師になるはずだったのに、旦那になってしまったのだ。

 学校の正門前で、孔明と光命は見つめ合う。

「ボクの塾の生徒はどうしちゃったの~?」
「教えていただけるのですか?」

 立て続けの結婚。学べるという可能性は置き去りのまま。それはお互い様で、教えるという可能性も変わらないまま。今日となってしまった。孔明の手は瞬発力を発して、光命の細いあごに当てられ、

「ボクとキミだけの特別講座――」

 あごクイで、聡明な瑠璃紺色の瞳はすっと閉じられて……。

 中性的な唇に近づこうとすると、どこかずれているクルミ色の瞳を持つ、倫礼の匂いが、光命を通して、孔明の体のうちに入ってきた――

 ――ボクの番~?

 ボクがいいかなぁ~? 俺がいい? それとも、私にしましょうか?
 倫ちゃんに怒られちゃうかも~?
 じゃあ、ボクで話そう。

 ボクはね。倫と同じ世界で生きてたの、昔々ね。三国で争ってる一国の軍師だった。ここは最初と同じね。

 人の心が傷ついたり、人が死ぬ可能性がある時には、感情はいらない。いかに合理的に救えるかの可能性を導き出して、策を投じる。人を救うためなら、ボクは嘘でも何もでもする。性格も変えるよ。

 ――ボクは優しい人間じゃないからね。

 陛下が統治するようになって、世界はずいぶん変わった。倫のことは知らなかった。でもね、ボクのことは十五年前から知ってたって言ってた。

 ボクは頭のいい女性が好きなんだ。感覚や直感じゃなくて、きちんと理論立てて説明することができる女性。

 十五年前に倫と出会っても、ボクは彼女のことは好きにならなかったと思う。彼女は感覚だったからね。光の思考回路をきちんと理解するまでは。

 ボクの理論を理解できる女性と、十五年前から付き合い始めたよ。でも、塾の講師の仕事は忙しくて、結婚は考えてなかった。

 だけど、去年の十一月に、陛下に命令を下されたんだ。他の宇宙にも行って、ボクの考えを広めて欲しいって。仕事はもっと忙しくなる。彼女とも会えなくなる。だから、結婚しようって決めたんだ。

 その話を、親友の焉貴これたかに話した。そうしたら、彼がひどく落ち込んでね。

 それを知った彼女は、バイセクシャルの複数婚がしたいってボクに打ち明けたんだ。

 どんなことでも、命がけの戦場と一緒。だから、二人を救う手立てを考えた。ボクはもともと軍師だからね。

 まずは最終目的を決める。

 ――明智家にボクと彼女が婿養子と嫁に行けること。

 これが二人を救える方法。

 ただ、注意事項がある。
 恋愛や結婚に関しては、相手の気持ちが必ず絡む。
 だから、自分の気持ちがない時は、罠を仕掛けてはいけない。
 成功した時、相手が傷つくことになるからね。

 期限は、ボクの仕事が忙しくなる十二月の半ばまで。あと、残り二十七日。

 これを叶えるために、今までの事実の中から必要な情報をはじき出す。
 焉貴が婿に行った先は、今結婚することが禁止されてる。
 ボクは家長と話したことがある。
 彼は思慮深くて、慈悲深く、落ち着きのある人。
 筋の通っていないものは許さない人。

 まずここまでで導き出せること。
 筋が通っていれば、目標にたどり着ける可能性が非常に高い。

 ――だから、家長を説得できる人が必要。

 それは、焉貴と彼の配偶者。
 これが次の目標。

 さらに事実をはじき出す。

 ボクは焉貴以外に、明智の分家に知り合いがいない。
 婿養子の焉貴が家長に約束を取り付けることができる可能性は非常に低い。
 そうなると、他の人。
 他の婿養子と嫁は全員はずれる。
 そうなると、残り二人。蓮か倫。

 自分から動いてもらう。
 これは結婚だからね。
 相手の感情を抜きにして、無理やり動かすわけにはいかない。

 二人で可能性が高いのは、実の娘の倫。

 倫はファザコンだって、焉貴から聞いた。

 彼女は感情の人。
 情に訴えかける方法で、彼女は動く可能性が非常に高い。
 焉貴は落ち込んでる。
 彼女の前でも落ち込んでる可能性が高い。

 だから、ボクはただ待った――

 翌日、焉貴が倫がこう言ってたと言った。

「結婚はできないかもしれないけど、そんなに好きなら、その人と彼女に許可を得て、会いに行ったり、膝枕してもらったらどうかな?」

 焉貴は配偶者の許可は全員得たと言った。

 ボクと彼女はもちろん了承した。
 ボクと焉貴は毎日電話をした。

 残り二十二日。
 五日目にボクは焉貴の家に招待された。
 倫がボクが孔明だと気づいた。
 だけど、彼女はボクに何も言ってこなかった。
 彼女はボクに気がないという可能性が高い。
 彼女が家長を説得する可能性は非常に低い。

 ――ここで作戦変更。
 
 許嫁だった蓮に動いてもらう。
 倫の次に家長とは関係性が深い。
 蓮が家長に働きかければ、最終目標を達成する可能性は高くなる。
 ボクは蓮とはその時初めて会った。
 彼は光、焉貴、るなすにプロポーズしてる。
 彼はミュージシャンだ。
 焉貴が話してた。
 他の配偶者との恋愛感情を、蓮は説明できない。
 一目惚れの可能性が高い。

 そうなると、感性で動いてる可能性が高い。
 感性に働きかける一番成功する方法……。

 それは……。

 ――ボク、蓮にいきなりキスしちゃった。ふふっ。

 彼はボクにこう言った。

「なぜ、俺にキスをする?」

 でも、怒ってなかった。

 ってことは、作戦成功かも~?

 そうして、翌日、焉貴から連絡があったんだ。

 ――蓮がボクに恋したって。

 蓮はボクが仕掛けた通り、家長にボクとの結婚の許可を取りに行った。

 そうやって、ボクと彼女は明智家に入った。

 ――六日間で、ボクの勝ち!

 るなすには怒られちゃった。あきが先に、結婚するはずだったのにって。

 明はボクを知らないのに、先に結婚してたから、知らない人間と結婚することになっちゃって驚いたって。ふふっ。

 それで、ボクは結婚してすぐ、遠くの宇宙まで塾の講師の仕事で出かけることになった。長い時だと、一ヶ月もみんなと会えない。そんなことが続いた。

 誰とも距離を縮める時間はボクにはなくて、もちろんもう一人の倫ともだった。

 長年付き合ってきた彼女とボクだけの日々。ある一定以上、距離が離れてしまうと、ボクたちでも瞬間移動で行き来できない。とても遠いところは、宇宙船に乗っても、一日かかることもある。

 会いにきたくても、みんなに会うことはできなかった。だから、電話はよくしてたよ。倫の弟、帝河ひゅーがから聞いたんだ。彼女、こっちの世界の携帯電話持ってるって。

 恋愛もボクは理論。感情という曖昧なものはいらない。だから、最終目的を定める。この場合は、

 ――倫の心がボクに向くこと。

 さっきも言ったけど、まず大切なのはボクが彼女を好きかどうか。これがないと、結婚だからこの先の関係性を良好にすることはできないからね。

 彼女は綺麗だと思ったよ。義理の父上に似て、慈悲深い。頭もいい。だって、そうでしょ? 誰かが何かを言ったことに対して、ツッコミができるのは、頭の回転が早くないとできないんだから。

 まずは、彼女がボクに振り向く可能性があるかどうかを調べる。電話口で普通の会話に見せかけて情報を収集した。そこで得られた内容は次の通りだよ。

 ボクの名前と過去を知ってる。
 ボクの性格は少し知ってる。
 ボクの思考回路を理解してる。
 ボクに彼女は質問をしてくる。

 ここまでで、ボクに振り向く可能性がある、になる。
 なかったら、質問をボクにしてこない。
 ボクのことを理解するどころか、忘れてる。

 次は具体的に振り向かせる言動を取る。

 倫はボクと結婚するまでに、蓮、光、夕霧、焉貴、るなすと愛を育んでる。
 彼女は柔軟性があるという傾向が強い。
 ボクを受け入れる可能性が高い。

 彼女の異性のタイプを絞ることは難しいという可能性が高い。
 全員、性格が違うからね。
 彼らの一人称と二人称も違う。
 
 彼女は配偶者を愛そうと努力をする人。

 ここまでが、今まであった情報。
 これでは、作戦が立てられない。
 だから、ボクはさらに情報を引き出すことにした。

 一人称と二人称を変えて話した。

 ――私とあなた。

 この時、彼女は丁寧な人なんですね。でも、距離がある気がする。と言った。

 光はこの言い方なのに、ボクは違うみたいだった。

 だから、

 ――俺とお前。

 この時は、彼女は驚いてるように見えた。そんな話し方するんですね。と言った。

 だから、

 ――ボクとキミ。

 彼女は、あぁ~、やっぱり予想してた通り、穏やかな人なんですね。と言った。

 そうなると、ボクとキミ、が彼女との距離を縮められる可能性が高い。

 でも、恋愛は駆け引きが必要でしょ? それから、新鮮さも必要。だから、呼び方と話し方を、可能性から導き引き出して、その都度変えるんだよ。毎回、ボクが話し方を変えるから、倫は戸惑ってた。そうして、彼女はボクに注目するようになった。

 でもね。彼女も理論を学んでる。途中でボクの罠だって気づいたの。だけど、それでいいんだ。だって、そうでしょ? 最終目的は、彼女と気持ちを通じ合わせることなんだから、嘘はいらない。

 ボクと彼女は基本的に性質が似てる。違うものに人は惹かれる。そのほうがうまくいく。補うわけだからね。倫と光の関係も同じ。彼の冷静な頭脳が違うだけ。ボクと倫もそれと同じ。

 だから、ボクと彼女の恋愛は時間がかかった。でも、少しずつ可能性を使って距離を縮めたよ。そうして、ボクは二千年も独りきりだったけど、彼女との間に最初の子供ができたんだ。

 子供の可能性を導き出すのって、難しいね。

 ボク、張飛ちょうひが好きなんだ。結婚したかったんだけど、子供たちがついていけなくて、泣き出しちゃってね。彼らには申し訳ないことをしたと、ボクも反省してる。

 他の配偶者は、張飛のこと知らなかったんだ。倫は知ってたけど。

 彼女がね、みんなに言ってくれた。結婚はできなくても、仲良くしてもいいんじゃないかなって。ただ、張飛結婚してて、子供もいるから、彼の家族にも了承は得たよ。

 ――恋は事実と可能性。

 だからね、張飛、ボクにゾッコンなんだよ。ボクが罠をかけた通りに、どんどん好きになってる。腕組んで歩きたいとか言ってきてさ。でもね……、

 ――ボクも張飛のこと大好きなんだよ。ふふっ。

 ――――パチパチと拍手の音がした。キスをしようとしている男二人のまわりには、小学生が集まって、目をキラキラ輝かせている。

「仲良し、仲良し~!」

 子供が見ている前で、あと一ミリで、お互いの唇が触れるというところで、すぐそばに大人が急に立った。

「ひ~か~り~! こ~う~め~い~!」

 凛として澄んだ丸みがあり儚げだったが、骨の奥までえぐり取るような声だった。

「家に帰ってからにしてください~」

 月命るなすのみことの地獄にある血の池で溺死させそうな、ヴァイオレットの瞳の前で、二人はさっと離れて、孔明は悪戯坊主満載で、春風にみたいに微笑んで、

「ふふっ」

 光命の手の甲は、瞬発力抜群ですと言わんばかりに、パッと唇に当てられ、くすくす笑い出した。

「…………」

 全員、可能性で物事を図っているのだ。誰がここに来るのかぐらいわかっている。

「うふふふっ。こんな感じでしょうか~?」

 月命はニコニコの笑みにすぐに戻った。キスをするふりをして、遊びながら待っていた、夫二人を前にして。

るなすも迎えに来たよ~」
「待っていましたよ」

 孔明と光命の誘いの言葉を聞いて、月命は遠くの丘にある我が家を眺める。

「それでは、帰りましょうか~。倫が待っています~」

 それを最後に、夫三人は瞬間移動で、すうっといなくなった。校門のまわりに集まっていた子供たちの祝福の拍手がしばらく続いていた――――
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