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タイムジャンクション2
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――――頬をよぎる風が生ぬるく、湿り気のある重たいものに、不意に変わった。 真っ暗闇。触覚、視覚の次に、聴覚が戻ってきた。
キュッという空を突き刺すような悲鳴。それは、自転車のブレーキの油切れがもたらす音。バタバタという下の方で入り乱れている、小さな地鳴りのような音。それは靴音。いつも聞き慣れているそれらは、視界が効かない今でも、瑞希には特定するのは簡単だった。
「ん?」
都会の深夜。人通りは絶えない。車の走行音や人々の話し声が、津波のように四方八方から、瑞希を飲み込みそうに押し寄せていた。
だがしかし、あの2人きりの幻想的な月明かりが照らし出す、薄闇とヴァイオリンの音が風が吹くように流れてくる美しき繊細な静寂はもうどこにもない。
いつの間にか閉じていた瑞希のまぶたは、魔法が解けてしまったかのようにそっと開かれた。
「え……?」
さっきのことはまるで夢。もしくは嘘だったのかと思うほど、景色は様変わりしていた。喧騒が雑音が、BGMのように遠くに聞こえる。突きつけられた現実を前にして。
瑞希は今、あの大きな駅のロータリーにいた。何事もなかったみたいに、まわりは正常。1日を終えて、夜と化した香水の香り。足の疲れ。汗ばんだ素肌。全てが元のままだった。
ミニスカートから少しはみ出した足に、寄りかかっている歩道の柵の冷たさが広がる。それは、さっき感じたより、やけにひんやりして、少し寂しげに思えた。
「あれ? 戻ってきてる?」
あんなにだだをこねられ、おねだりされた、手をつなぐ。しっかりと握られていて、家に帰ることも叶わなかった。瑞希は左手を自分の顔の前へ持ってくる。それは今は独りきり。
磁石のように引き寄せられた運命を受け入れ、その温もりを感じながら見上げた、あのクレーターが見えるほど大きな月。あの光を作っている太陽の面影。
夢として片付けるには、妙にリアルで。いや、まだ手の温もりが残っている。瑞希はなぜいないのか問いかけたくて、柵から立ち上がった。
360度見渡して、あの黄緑色の瞳と山吹色のボブ髪を探す。異様に背の高い少年。見つけようと思えば、すぐに見つかるはず。だがしかし、御銫は消しゴムでも使ったかのようにどこにもいなかった。
「夢だった……?」
虚しく瑞希の声が、騒音にかき消された。いい1日だった。色々あったが、そう思える日だった。続いてゆくのが当たり前だった。明日の朝、楽しかったと言って、別れるつもりだった。
それなのに、突然やってきた離愁。あの感動までが無になったみたいで、彼女の視界は涙でにじんだ。瑞希は柵に両手をかけ、サンダルの白を力なく前後させるを繰り返す。
歩道の石畳にあの景気が男の姿が、ほのかな明かりに照らし出される影絵が動く、走馬灯のように浮かんでは消えてゆく。迷子になった子供みたいな孤独感を巻き込みながら。
全面ガラス張りから降り注ぐ月影が、大理石の床にベールをかける。そこで話した言葉の数々を縁取るような、あのまだら模様の声。内容までまだらでハイテンション。
経緯は未踏でも、クレーターが見えるほどの月が見える場所へと連れてきて、それをプレゼントしてくれた、あの宝石のように異様に輝く、強烈な印象の黄緑の瞳。
くだもの畑が広がる冷蔵庫の背後で、シーツの海に沈み気味な甘さダラダラのだだこねと、手足をジタバタさせる態度。
手をつなぐと言って聞かない子供じみた、少年と大人がごちゃ混ぜな男。髪の乱れも直す余裕がないほど、ギリギリまで起きている子供の言動そのもの。眠ったら無防備に、何の穢れも知らない無邪気な寝顔を晒す御銫。
「嘘だった? 全部が……」
もう探せない。探したくても探せない。居場所は知らない。連絡先も聞かなかった。知っているのは名前と、あの矛盾だらけの純真無垢なR18。
ミラクル風ばかり吹かせていても、言っていることは至極まとも。時々、小さな子供かと思えば、人よりもはるかに長い時を生きているように激変する。そのギャップが、あの男の魅力。
それを瑞希の感性、音楽でたとえたら変拍子だろう。わざと、4分の5拍子。などの通常のリズムではない拍数を刻む不規則なビート。覚えてしまえば、中毒になるようなズレ感。そんな心地よさの中に、彼女はすでに落ちていた。
目の縁にたまっていた涙が頬を伝っていこうとしたが、しんみりした気持ちになっている暇は、いろいろと事情があり、瑞希にはなく。
ジャンッ!
という音が再びやってきた。そうして、顔を上げると、9択だった選択肢が1つ減った8個で真正面に表示されていた。
1.CDショップに寄って行こう
2.高級ホテルのラウンジに行こう
3.楽器店に寄って行こう
5.友達からの電話に出る
6.高層ビル群に行く
7.人気のない高架下をくぐろう
8.ここにしばらくいよう
9.本屋に寄って行こう
まわりの景色もいつの間にか、黄色とピンクを背景にした乙女チック仕様。七色の乱反射を見せるシャボン玉がふわふわと舞い飛ぶ。瑞希はそれらを眺めながら、このおかしな分岐点の法則を1つ見つけた。すると、涙はあっという間に引っ込み、この結論にたどり着いた。
「夢じゃなかった……? どうなってるのかわからないけど、藍琉さんに会ったのは確かだ。さっき話したことも、現実……」
斜めがけになっているアウトレットのバッグのポケットに手を入れて、携帯電話を取り出した。時刻を確認するため、落ち着きのない瑞希は、2重がけしているペンダンの前で、上下にブンブン振って、荒波に飲まれたように点灯する機会を逃し続けられていたバックライトが、青白い光を放った。
――――17時58分。
「あれ? 時間が戻った? それとも、次の日に行った?」
瑞希の頭脳はボケでできていると言っても過言ではない。時刻の近くに日付も表示されている、携帯の待ち受け画面には。それなのに、彼女はホームボタンを押して、インターネットのブラウザを立ち上げた。
「山ノ足線……遅延出てるかな?」
タッチして、出てきた画面の文字。それを、1人切り取られたしまった空間で、まるで体験したはずがないのに知っている光景を見る、デジャヴのようにつぶやく。
「車両故障による遅延……さっきと同じだ」
詳細は謎のままだが、瑞希はタイムループしていた。7月18日、木曜日、17時58分へ。だがしかし、まるっきり同じではない。選択肢の数が1つ減って違っている。
「消化したってこと? あれで、あってたってこと? それとも、バッドエンディングだったってこと? 間違って、もう選べなくなったってこと? それとも……」
疑問符ばかりがグルグルと、シャボン玉の間を駆けめぐる。瑞希は返事を待っていたが、いつまで経っても、天から声は降ってこない。彼女は顔を上げて、戸惑い気味に聞いた。
「す、すみません? バグじゃないですよね?」
選択肢は出てきているのに、選ぶ箇所まで進まず静止画みたいな別空間。それでも、天の声はやってこなかった。
「どうしようかな? どうすれば、これ、動く――あっ! わかった!」
ピンと直感を受けた瑞希は、自分が逆に壊れてみるを選択。音楽再生メディアを立ち上げ、オルタナティブ ロックをプレイにして、激しく頭を縦にシェイクしようとした。
両手を顔の両脇にかかげ、肩でもリズムを取りながら、それでも足りない時は、身振り手振りで熱唱する計画だった。
だがしかし、ハイテンション、砕けた口調、陽気でひょうひょうとした子供の声が、天から降ってきた。
「踊んのは最後にしとけって。ネタなくなっちまうぞ」
「ご親切にありがとうございます」
お笑いの前振りまで心配してくれる。ちびッ子。瑞希は礼儀正しく頭を下げた。さっきまで進まなかったのが嘘みたいに、サクサクと指示がやってくる。
「よ~し、瑞希、次だ。選べ」
どうして、タイムワープになっているのかとか、なぜ、藍琉 御銫が出てきたのかとか、疑問点がありまくり。
「ん~~?」
それなのに、マゼンダ色の文字をじっと見つめて、真剣に選ぶという行為で完全なまでに、素晴らしくスルー。瑞希は両手を太ももの間に入れて、サンダルを上下にパタパタさせる。
「じゃあ、2番!」
元気よく手を上げて、選び取った選択肢。だがしかし、天から困ったような声が落ちてきた。
「あ~っと、それはあとだな」
ストップ。阻止。禁止。規制……あらゆる、先に進めない単語を総動員したくなるような話運び。自由がない。絶対的な権利、フリーダムがない。瑞希もびっくりして、シャボン玉クッションから思わず立ち上がった。
「えぇっ!? な、何でですか?」
瑞希の乙女心は高級ラウンジをご所望なのだ。ハイスペックなイケメンがいるであろう香りが思いっきりする豪華なバー。しかし、そんなことはどこ吹く風というように、チビッ子の声は先を促した。
「いろいろ都合があっかんな。他の選べって」
選べと言っておいて、待ったがかかる。しかも、他に誘導される。アンフェアすぎる立場を肌で感じて、瑞希はサンダルの上に不平不満を降り積もらせた。
「何だか、選択肢じゃない気がする……。好きなの選べないなんて……」
「早くしろって、マキ入ってんだって~~っっ!!」
有無を言わせない感じで、また語尾に、カラオケのエコーが強くかかっていた。もう2度目のこと。瑞希は驚くこともなく、おとなしく、もう一度選択肢を眺める。
1.CDショップに寄って行こう
2.高級ホテルのラウンジに行こう
3.楽器店に寄って行こう
5.友達からの電話に出る
6.高層ビル群に行く
7.人気のない高架下をくぐろう
8.ここにしばらくいよう
9.本屋に寄って行こう
瑞希なりにこのおかしなタイムループから脱出する対策を取ってみた。
「どこか寄ったら、エンディングが変わるとかかな?」
2番以外の場所を選択しないといけない。またお叱りが、チビッ子から雷のように落ちてくるからだ。
だがしかし、理不尽すぎである。バイドで疲れた体に鞭打って、馬車馬のごとく働かされている感が否めない。どこかへ寄り道するとは。瑞希なりにさらに対策を立てた。
「そうだなぁ~? じゃあ、一番近いところにしよう!」
労力は最小限。瑞希は今は見えなくなってしまっている真正面にあるであろう、デパートの入り口の方を見つめる。
「じゃあ、CDショップに寄って行こう!」
なぜか、瑞希は両手を万歳して、ぴょんと飛び上がった。
ピポーンッ!
と音が鳴り響き、以下の文字が数回点滅。
――――1番を選択。
意気揚々とした天の声が、ハッパをかけてきた。
「おし! 行ってこい、瑞希!」
「行くぜ、行くぜ!」
ライブでもしてるのかと思うほどの勢いて、瑞希は左腕を上げて、大きくグルグルと回した。だが、次に景色が変わり、人ごみの中へ戻ることを予知して、デジタルに気持ちを入れ替えた。
「――っと、ノリはここまでにして」
いいスタートを切るために構えを取ろうとしたところで、天から追加の話がやってきた。
「気をつけぇねぇと、大変な目に遭うかもしんねぇぞ」
爆弾みたいなことを言う。
「な、何をですか?」
瑞希はびっくりして、空を見上げた。そこには黄色とピンクの背景。シャボン玉が浮かぶだけで他には何もない。鼻でバカにしたように笑う声がまず聞こえてきた。
「へっ! ノーコメント……」
別におかしいところではないはずだが、次は思いっきり変だった。
「――っつうか、ノーリアクションにわざと言い直してやんぞ」
「ど、どういうこと?」
反応なし。瑞希は不思議そうな顔を、空があるであろう場所に向けた。しばらくうかがっていたが、それ以上何も返ってこない。瑞希は今までの情報というか、衝撃の発言の数々を頭の中で、こう整理してみた。
おかしなの+きついの=ノーリアクション。
らしい。どう考えてもイコールにならない感じが漂う。この方程式が間違っていることを、瑞希は神に密かに祈った。
景色は現実へ戻ったが、彼女はしばらく、柵から立ち上がることはやめてじっとしていた。予告された言葉の数々を考えると、どうしても、足が重くなる。進みたくない。ふたを開けたくなかった。
「でも、行かないとね。選んだんだから……」
人生は自分で選び、自分で責任を取る。当たり前のことを実行するため、瑞希は立ち上がり、人の流れをまた直角にすり抜けてゆく。無事横断を終えたブラウンの髪は、デパートの扉から中へ入っていった――――
キュッという空を突き刺すような悲鳴。それは、自転車のブレーキの油切れがもたらす音。バタバタという下の方で入り乱れている、小さな地鳴りのような音。それは靴音。いつも聞き慣れているそれらは、視界が効かない今でも、瑞希には特定するのは簡単だった。
「ん?」
都会の深夜。人通りは絶えない。車の走行音や人々の話し声が、津波のように四方八方から、瑞希を飲み込みそうに押し寄せていた。
だがしかし、あの2人きりの幻想的な月明かりが照らし出す、薄闇とヴァイオリンの音が風が吹くように流れてくる美しき繊細な静寂はもうどこにもない。
いつの間にか閉じていた瑞希のまぶたは、魔法が解けてしまったかのようにそっと開かれた。
「え……?」
さっきのことはまるで夢。もしくは嘘だったのかと思うほど、景色は様変わりしていた。喧騒が雑音が、BGMのように遠くに聞こえる。突きつけられた現実を前にして。
瑞希は今、あの大きな駅のロータリーにいた。何事もなかったみたいに、まわりは正常。1日を終えて、夜と化した香水の香り。足の疲れ。汗ばんだ素肌。全てが元のままだった。
ミニスカートから少しはみ出した足に、寄りかかっている歩道の柵の冷たさが広がる。それは、さっき感じたより、やけにひんやりして、少し寂しげに思えた。
「あれ? 戻ってきてる?」
あんなにだだをこねられ、おねだりされた、手をつなぐ。しっかりと握られていて、家に帰ることも叶わなかった。瑞希は左手を自分の顔の前へ持ってくる。それは今は独りきり。
磁石のように引き寄せられた運命を受け入れ、その温もりを感じながら見上げた、あのクレーターが見えるほど大きな月。あの光を作っている太陽の面影。
夢として片付けるには、妙にリアルで。いや、まだ手の温もりが残っている。瑞希はなぜいないのか問いかけたくて、柵から立ち上がった。
360度見渡して、あの黄緑色の瞳と山吹色のボブ髪を探す。異様に背の高い少年。見つけようと思えば、すぐに見つかるはず。だがしかし、御銫は消しゴムでも使ったかのようにどこにもいなかった。
「夢だった……?」
虚しく瑞希の声が、騒音にかき消された。いい1日だった。色々あったが、そう思える日だった。続いてゆくのが当たり前だった。明日の朝、楽しかったと言って、別れるつもりだった。
それなのに、突然やってきた離愁。あの感動までが無になったみたいで、彼女の視界は涙でにじんだ。瑞希は柵に両手をかけ、サンダルの白を力なく前後させるを繰り返す。
歩道の石畳にあの景気が男の姿が、ほのかな明かりに照らし出される影絵が動く、走馬灯のように浮かんでは消えてゆく。迷子になった子供みたいな孤独感を巻き込みながら。
全面ガラス張りから降り注ぐ月影が、大理石の床にベールをかける。そこで話した言葉の数々を縁取るような、あのまだら模様の声。内容までまだらでハイテンション。
経緯は未踏でも、クレーターが見えるほどの月が見える場所へと連れてきて、それをプレゼントしてくれた、あの宝石のように異様に輝く、強烈な印象の黄緑の瞳。
くだもの畑が広がる冷蔵庫の背後で、シーツの海に沈み気味な甘さダラダラのだだこねと、手足をジタバタさせる態度。
手をつなぐと言って聞かない子供じみた、少年と大人がごちゃ混ぜな男。髪の乱れも直す余裕がないほど、ギリギリまで起きている子供の言動そのもの。眠ったら無防備に、何の穢れも知らない無邪気な寝顔を晒す御銫。
「嘘だった? 全部が……」
もう探せない。探したくても探せない。居場所は知らない。連絡先も聞かなかった。知っているのは名前と、あの矛盾だらけの純真無垢なR18。
ミラクル風ばかり吹かせていても、言っていることは至極まとも。時々、小さな子供かと思えば、人よりもはるかに長い時を生きているように激変する。そのギャップが、あの男の魅力。
それを瑞希の感性、音楽でたとえたら変拍子だろう。わざと、4分の5拍子。などの通常のリズムではない拍数を刻む不規則なビート。覚えてしまえば、中毒になるようなズレ感。そんな心地よさの中に、彼女はすでに落ちていた。
目の縁にたまっていた涙が頬を伝っていこうとしたが、しんみりした気持ちになっている暇は、いろいろと事情があり、瑞希にはなく。
ジャンッ!
という音が再びやってきた。そうして、顔を上げると、9択だった選択肢が1つ減った8個で真正面に表示されていた。
1.CDショップに寄って行こう
2.高級ホテルのラウンジに行こう
3.楽器店に寄って行こう
5.友達からの電話に出る
6.高層ビル群に行く
7.人気のない高架下をくぐろう
8.ここにしばらくいよう
9.本屋に寄って行こう
まわりの景色もいつの間にか、黄色とピンクを背景にした乙女チック仕様。七色の乱反射を見せるシャボン玉がふわふわと舞い飛ぶ。瑞希はそれらを眺めながら、このおかしな分岐点の法則を1つ見つけた。すると、涙はあっという間に引っ込み、この結論にたどり着いた。
「夢じゃなかった……? どうなってるのかわからないけど、藍琉さんに会ったのは確かだ。さっき話したことも、現実……」
斜めがけになっているアウトレットのバッグのポケットに手を入れて、携帯電話を取り出した。時刻を確認するため、落ち着きのない瑞希は、2重がけしているペンダンの前で、上下にブンブン振って、荒波に飲まれたように点灯する機会を逃し続けられていたバックライトが、青白い光を放った。
――――17時58分。
「あれ? 時間が戻った? それとも、次の日に行った?」
瑞希の頭脳はボケでできていると言っても過言ではない。時刻の近くに日付も表示されている、携帯の待ち受け画面には。それなのに、彼女はホームボタンを押して、インターネットのブラウザを立ち上げた。
「山ノ足線……遅延出てるかな?」
タッチして、出てきた画面の文字。それを、1人切り取られたしまった空間で、まるで体験したはずがないのに知っている光景を見る、デジャヴのようにつぶやく。
「車両故障による遅延……さっきと同じだ」
詳細は謎のままだが、瑞希はタイムループしていた。7月18日、木曜日、17時58分へ。だがしかし、まるっきり同じではない。選択肢の数が1つ減って違っている。
「消化したってこと? あれで、あってたってこと? それとも、バッドエンディングだったってこと? 間違って、もう選べなくなったってこと? それとも……」
疑問符ばかりがグルグルと、シャボン玉の間を駆けめぐる。瑞希は返事を待っていたが、いつまで経っても、天から声は降ってこない。彼女は顔を上げて、戸惑い気味に聞いた。
「す、すみません? バグじゃないですよね?」
選択肢は出てきているのに、選ぶ箇所まで進まず静止画みたいな別空間。それでも、天の声はやってこなかった。
「どうしようかな? どうすれば、これ、動く――あっ! わかった!」
ピンと直感を受けた瑞希は、自分が逆に壊れてみるを選択。音楽再生メディアを立ち上げ、オルタナティブ ロックをプレイにして、激しく頭を縦にシェイクしようとした。
両手を顔の両脇にかかげ、肩でもリズムを取りながら、それでも足りない時は、身振り手振りで熱唱する計画だった。
だがしかし、ハイテンション、砕けた口調、陽気でひょうひょうとした子供の声が、天から降ってきた。
「踊んのは最後にしとけって。ネタなくなっちまうぞ」
「ご親切にありがとうございます」
お笑いの前振りまで心配してくれる。ちびッ子。瑞希は礼儀正しく頭を下げた。さっきまで進まなかったのが嘘みたいに、サクサクと指示がやってくる。
「よ~し、瑞希、次だ。選べ」
どうして、タイムワープになっているのかとか、なぜ、藍琉 御銫が出てきたのかとか、疑問点がありまくり。
「ん~~?」
それなのに、マゼンダ色の文字をじっと見つめて、真剣に選ぶという行為で完全なまでに、素晴らしくスルー。瑞希は両手を太ももの間に入れて、サンダルを上下にパタパタさせる。
「じゃあ、2番!」
元気よく手を上げて、選び取った選択肢。だがしかし、天から困ったような声が落ちてきた。
「あ~っと、それはあとだな」
ストップ。阻止。禁止。規制……あらゆる、先に進めない単語を総動員したくなるような話運び。自由がない。絶対的な権利、フリーダムがない。瑞希もびっくりして、シャボン玉クッションから思わず立ち上がった。
「えぇっ!? な、何でですか?」
瑞希の乙女心は高級ラウンジをご所望なのだ。ハイスペックなイケメンがいるであろう香りが思いっきりする豪華なバー。しかし、そんなことはどこ吹く風というように、チビッ子の声は先を促した。
「いろいろ都合があっかんな。他の選べって」
選べと言っておいて、待ったがかかる。しかも、他に誘導される。アンフェアすぎる立場を肌で感じて、瑞希はサンダルの上に不平不満を降り積もらせた。
「何だか、選択肢じゃない気がする……。好きなの選べないなんて……」
「早くしろって、マキ入ってんだって~~っっ!!」
有無を言わせない感じで、また語尾に、カラオケのエコーが強くかかっていた。もう2度目のこと。瑞希は驚くこともなく、おとなしく、もう一度選択肢を眺める。
1.CDショップに寄って行こう
2.高級ホテルのラウンジに行こう
3.楽器店に寄って行こう
5.友達からの電話に出る
6.高層ビル群に行く
7.人気のない高架下をくぐろう
8.ここにしばらくいよう
9.本屋に寄って行こう
瑞希なりにこのおかしなタイムループから脱出する対策を取ってみた。
「どこか寄ったら、エンディングが変わるとかかな?」
2番以外の場所を選択しないといけない。またお叱りが、チビッ子から雷のように落ちてくるからだ。
だがしかし、理不尽すぎである。バイドで疲れた体に鞭打って、馬車馬のごとく働かされている感が否めない。どこかへ寄り道するとは。瑞希なりにさらに対策を立てた。
「そうだなぁ~? じゃあ、一番近いところにしよう!」
労力は最小限。瑞希は今は見えなくなってしまっている真正面にあるであろう、デパートの入り口の方を見つめる。
「じゃあ、CDショップに寄って行こう!」
なぜか、瑞希は両手を万歳して、ぴょんと飛び上がった。
ピポーンッ!
と音が鳴り響き、以下の文字が数回点滅。
――――1番を選択。
意気揚々とした天の声が、ハッパをかけてきた。
「おし! 行ってこい、瑞希!」
「行くぜ、行くぜ!」
ライブでもしてるのかと思うほどの勢いて、瑞希は左腕を上げて、大きくグルグルと回した。だが、次に景色が変わり、人ごみの中へ戻ることを予知して、デジタルに気持ちを入れ替えた。
「――っと、ノリはここまでにして」
いいスタートを切るために構えを取ろうとしたところで、天から追加の話がやってきた。
「気をつけぇねぇと、大変な目に遭うかもしんねぇぞ」
爆弾みたいなことを言う。
「な、何をですか?」
瑞希はびっくりして、空を見上げた。そこには黄色とピンクの背景。シャボン玉が浮かぶだけで他には何もない。鼻でバカにしたように笑う声がまず聞こえてきた。
「へっ! ノーコメント……」
別におかしいところではないはずだが、次は思いっきり変だった。
「――っつうか、ノーリアクションにわざと言い直してやんぞ」
「ど、どういうこと?」
反応なし。瑞希は不思議そうな顔を、空があるであろう場所に向けた。しばらくうかがっていたが、それ以上何も返ってこない。瑞希は今までの情報というか、衝撃の発言の数々を頭の中で、こう整理してみた。
おかしなの+きついの=ノーリアクション。
らしい。どう考えてもイコールにならない感じが漂う。この方程式が間違っていることを、瑞希は神に密かに祈った。
景色は現実へ戻ったが、彼女はしばらく、柵から立ち上がることはやめてじっとしていた。予告された言葉の数々を考えると、どうしても、足が重くなる。進みたくない。ふたを開けたくなかった。
「でも、行かないとね。選んだんだから……」
人生は自分で選び、自分で責任を取る。当たり前のことを実行するため、瑞希は立ち上がり、人の流れをまた直角にすり抜けてゆく。無事横断を終えたブラウンの髪は、デパートの扉から中へ入っていった――――
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