ガーディアン白書 〜イケメンたちが次々に口説いてくるので困っています!〜

明智 颯茄

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タイムジャンクション6

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 自分を包み込んでいた空気が変わった。乾いたものではなく、湿ったもの。

 もう何度聞いたのだろう。
 自転車のブレーキ音と同じリズムでずっと刻まれている靴音たち。

 あの瑠璃紺色の聡明でいてクールな瞳は、最後は見れなかった。まぶたの向こうに隠れていて。きっとそこには、こんなふうに真っ暗闇が広がっていたのだろう。

 瑞希は目を閉じて、同じ闇を共有して、菫にもう一度会いに行く。
 物理的にではなく、心――いや、あの新しい世界である、理論の思考回路に。

 菫の頭の重さが作り出した、膝の痺れは今でも残っている。

 白い天女みたいな服のそばでいつも揺れていた、漆黒の長い髪。赤く細い縄のような髪飾りの奥に眠る、冷静で精密な頭脳。

 その構成の基礎は、

 ――事実と可能性。

 ただそれだけ。

 それを使ったら、あの陽だまりみたいな穏やかでいた男のそばに行ける気がして、菫 ストゥイットをもう一度、理論的に振り返る。

 驚いたとか、寂しいとか、カッコいいとか。
 そんな感情ではなく、事実と可能性で。

 それでも追えない。菫と瑞希は違う次元で生きている。その原因はわかる。感覚の1つ、勘が邪魔しているのだと。電光石火のごとく、行動を取れる利点はある。だが、大きな弱点がある。それは、勘ははずれることがある、だ。

 しかしそれを使って、瑞希は人生の局面を生き抜いてきた。直感をいきなり取っ払って、新しいものに変えるのは難しいだろう。

 だが、菫に一歩近づきたくて、手を伸ばしてみた、理論に。

「事実と可能性……?」

 導き出そうとする。

 何が起きて、何をそこから導き出すのか。

 思考回路は習慣だ。23年間続けてきたものはすぐには変えられない。それができるのなら、天才と言うのだろう。仕方なしに、瑞希はこの方程式を使った。

 菫 ストゥイット=理論×直感。

 やはり、勘に頼るしかない。

 エキゾチックな香が爪痕を残したミニスカートから、臭覚が記憶を巻き戻してくれる。

 ――全てがつながっている事実と可能性。

 そうして、気づいたのだ。当たり前だと思って――いや決めつけて、逃していた菫の言動の奥深さに。

 初心者ながら、1つずつゆっくりと紐解いてゆく。

 ――事実と可能性が理論。

 そうなると、菫のしてきた言動には、全て理論的な意味がある、になる。

 手を伸ばしてきたのも。
 先に歩いて行ったのも。
 振り返ったのも。
 話すタイミングも。
 話す内容も。
 全部、計算の上でやってきた。

 だが、情報が多すぎて、頭が混乱する……。

 もっと狭い範囲にして、もう一度考える。

 ――事実は感情を交えずに確定する……!

 瑞希の脳裏で、ピカンと電球がついた気がした。閃き、勘だ。間延びした菫の声が鮮やかに蘇る。

「言った気がするなぁ~?」

 この言葉がおかしかったと思うのだ。どうしてだかわからないが、引っかかるのだ。さらに細分化。瑞希のブラウンの髪が肩からサラッと落ちて、かすかな違和感が輪郭を持つ。

 ――気がするなぁ~?

 この部分だけだと。だが残念ながら、理論的に説明ができない。

 だから、次へいく。

 ――事実を順番に覚えて……!

 また違和感だ。ピンときた。

 テーマパークの楽しげな音楽の中で、手をつなぐと言っていたわりには、先にどんどん歩いてゆく、漆黒の長い髪と白いモード系のファッション。ペットボトルを手に持って、鼻歌を歌いながら去ってゆく。

 自分が呼び止めると、ふわっと髪と服が半円を描いて、夏の陽射しの中なのに、春風が吹く陽だまりのような笑みが現れて、こう言うのだ。

「菫って、呼んでほしいなぁ~」

 親しげな感じ。だが、そこではなく、もっと前だと、瑞希の感覚は警報を発する。キュルキュルと逆再生し、ここからなぜかスタートした。

「ストゥイットさん?」
「菫って、呼んでほしいなぁ~」

 瑞希が一番最初にたどり着く彼の思惑は、苗字を名前で呼ぶようにという要求だ。だが、違和感は首をまたもたげるのだ。

 それならば、苗字で呼んだ部分には、直感は引っかからない。悲しいかな、閃きで追えるのはここまでだった。だから、覚え立ての理論を使って導き出す。

 もっと前から、彼の中に思惑があったのだと。そういうことになる。

 その前――

 巻き戻し過ぎてしまった瑞希は、あの大事件にたどり着いたのだった。

「あぁ! モノマネ。あれはどういうこと?」

 ジャンッ!

 という音が不意に響き、瑞希は気づくと、黄色とピンクのメルヘン世界へ連れてこられていた。

 だが、それに反応している場合ではなく。

 彼女は永遠と菫の策略ワールドで、感覚というコーヒーカップのアトラクションをグルグル回して、頭がクラクラとしようが、考え続けていた。

 一生懸命階段を登ろうとしている瑞希。天にいるチビッ子も優しかった。ハードルを乗り越えるチャンスをもたらした。

「瑞希やってみろよ。ステファのモノマネをよ。そしたら、わかっかもしんねぇぞ」

 どこかずれているクルミ色の瞳には、残り4つのマゼンダ色の文字が映った。

 2.高級ホテルのラウンジに行こう
 3.楽器店に寄って行こう
 8.ここにしばらくいよう
 9.本屋に寄って行こう

 事実を覚えるということは――が、できていない瑞希は、ここでつまずいてしまった。

「ステファ? あれ、誰だったっけ?」

 もうわからないのである。5人も次から次へと出てきて、名前が2つもあって。一番最初のことなど忘れたのだ。しかも、イケメン攻撃でやられっぱなしで。

 チビッ子からも鉄槌。

「覚えとけって、御銫みせねだろ」

 秀麗しゅうれいが口を滑らせて教えてくれた。2回目のターンの出来事。瑞希は納得しかけたが、

「あぁ、そうでした」

 重要なことに今さらながら気づいた。

「あれ? 菫さんは誰?」
おせぇって。もっと早くに気づいとけって」

 ターンはもう終了しており、あのクールな悪戯坊主はそばにはいないのだった。瑞希は頭を抱えて、切り取られた空間で絶叫。

「いや~、また逃した~!」

 天からニヤニヤしているような、少し枯れ気味のお子さまボイスが先を促す。

「いいから、ステファやってみろって」
「え……?」

 事実から可能性を導き出す。再び突きつけられた問題。

 ぐちゃぐちゃになっている記憶力の引き出しをあちこち引っかき回して、御銫のデータを何とか持ってきた。

 宝石のように異様に輝く黄緑色の瞳。
 純真無垢のR18で、戦車でも使ったように引きずり回す少年。
 再現が非常に難しい、矛盾だらけのまだら模様の声。

 しかも、相手は男である。瑞希はとりあえず、ここから手をつけた。

「こう、威圧感があって、何だかわからなくなるような感じがして……」

 即行、ダメ出し。

ちげぇな。ポイントそこじゃねぇんだよ」
「え? 雰囲気じゃないの?」

 確かに、菫は甘々のダラダラ声で、純真無垢な瞳で真似してきた。それは彼の技術の素晴らしさだろう。それを感心する――つまりは感情で計ってしまってはいけないのである。なぜなら、そこに気をそらせるための罠なのだから。

 おバカな生徒はチビッ子に託され、あきれたようなため息が、頭上から降り注ぐ。

「しょうがねぇな。ヒント! ステファは俺にもできんぞ」

 チビッ子にもできてしまう。

「行くぞ。んんんっ!」

 子供が18歳の少年を真似するにはちょっと難しいらしく、何度か咳払いをして、できるだけがんばって声を低くしてみた。枯れ気味の、いや年相応の幼いそれが甘ったるく落ちてくる。

「お前に甘えたいの、ダメ~?」

 あのクレーターが見える大きな月と、彫刻のような彫りの深い顔で、大人だと思ったら子供な御銫の面影がふとよぎって、

「似てますね。うまいなぁ、みんな」

 瑞希は思わずうなった。姿は見えないが、チビッ子が寒さに凍えるように両肩をスリスリとさすった気がした。

「ちっと、俺は寒気がすっけどな。甘えたりとかしねぇかんな」

 チビッ子と御銫は、どうやっても性格が違うだろう。そうして、この言葉が天から落ちてくるのだった。

「で、次から難しくなんだよ」

 この言い方があっている。

「ん~? ランジェさん?」

 マゼンダ色の長い女性的な髪を持つ、負けるの大好きな男。ニコニコのまぶたに隠された邪悪なヴァイオレットの瞳。それは再現が難しいだろう。時々しか姿は現さないし、純粋なチビッ子が邪悪を担当するのだから。

 だが、それは見た目の話だ。チビッ子の姿は瑞希から今は見えない。問題はそこではない。この結論にはすぐにたどり着くだろう。

 モノマネの順番を覚えていた瑞希に、チビッ子は意気揚々と、「おう」とうなずいて、

「確かよ?」

 少し考える間があり、おどけた感じで最初は言っていたが、途中でつっかえた。

「おや? そうきましたか。それでは、僕が池の? あ、違ぇな。池に、か。池に入って溺死です~」

 なぜ言い直したのかが大切なのだが、3度も自虐的なランジェさんの魔法――いや彼の策略にやられてしまい、大爆笑の渦に落ちる寸前で、何とか踏ん張り、

「ふふふっ。あぁ、そうでした」

 瑞希は納得しただけだった。菫とランジェという2大策士の前に、乙女軍の兵士、瑞希は大敗北。

「次からはよ、俺にはちっとやれねぇな」
「兄貴でしたよね?」

 瑞希のレベルではやはりここ止まりだった。モノマネしてきた順番に覚える。それも大切だ。だが、チビッ子が言わんとしていることは、そこではないのである。

 兄貴は、チビッ子の得意なモノマネだろう。言い回しが一番近いのだから、あのウェスタンスタイルの男とは。しゃがれた声も、少し枯れ気味のそれでカバーできる。

 だが、菫先生のやったモノマネはできないのだ。チビッ子には。

 ましてや、あの超不機嫌俺さまひねくれノーリアクション男など、もっとできないのである。火山噴火させればいいだけなのだが。

 ちょっとイラッとした感じで、チビッ子から雷がズドーンと落ちた。

「――っつうか、これがヒントなんだって! リ――おっと!」

 危うく、大先生のもう1つの名前を言いそうになって、チビッ子は慌てて言葉にブレーキをかけ、一応仕切っている身としては、平等を理由に言葉は控えられた。

「情報漏洩ろうえいしちまうかんな。菫の頭ん中はこうなってんだって」

 どうして、兄貴以降、チビッ子が真似できないのかの可能性が導き出せない瑞希は、またこう言ってしまった。

「わからないなぁ」

 即行、チビッ子から教育的鉄槌!

「だから、可能性なんだって~~っっ!!!!」

 カラオケエコーつきの声がこだました。それを聞いても、瑞希も頭が痛いばかりで、このハードルも超えられないのである。自然とため息は深く長くなる。

「はぁ~~~、レベル高すぎる。誰か仲介してくれる人いないかな?」

 菫ははるかかなた、いやもう、何世代も前を歩いているのである。

 ――途方にくれる。

 思考回路という大海原で、瑞希と菫は違う海流に乗せられ、流され、離され、お互い手を伸ばしても、もう指先さえも触れることはできない。菫と同じ場所にいられる道はもうなくなったのかもしれない……。

 紙がカサカサとかすれる音が少しだけして、かすれ気味のチビッ子の声が響いた。

「説明するやつ、いっかもしんねぇぞ」

 朗報だ。瑞希に天から救いのスポットライトが差した気がした。

「どの人ですか?」

 今までの人かと思い、瑞希は、

 ステファ/藍琉らりゅう 御銫。
 イリア/海羅 秀麗。
 ……兄貴。
 ……ランジェ。

 の名前を、わかっている範囲で脳裏に整理しつつ並べたが、チビッ子からはこう返ってきた。鼻でバカにしたように笑い、

「へっ! そいつらじゃねぇって。楽しみに待っとけって」

 まだ事実と可能性の人――いや策略家はいるようだ。どうやら。というか、瑞希、無謀に罠にハマりに行くしかない運命なのだった。

「わかりました」
「だから、可能性――っつうか、マキ入ってっかんな」

 同じ鉄槌が下されそうになったが、とにかく待っている人たちがいる。チビッ子は慣れた感じで仕切り直した。

「よし、選べ」
「え~っと……?」

 教わりたい。その気持ちが判断を鈍らせる。

 2.高級ホテルのラウンジに行こう
 3.楽器店に寄って行こう
 8.ここにしばらくいよう
 9.本屋に寄って行こう

 どの選択肢が、菫の思考回路を説明できる人のルートなのか。瑞希は唇に指を当てて、真剣に吟味しようとしたが、

「どれにし――」

 チビッ子の声が割って入ってきた。

「おっ? 戻ってきたからよ。3番な――」

 ピポーンッ!

 と音が勝手に鳴り響き、以下の文字が数回点滅。

 ――――3番を選択。

 瑞希はびっくりして、シャボン玉クッションから思わず立ち上がった。

「えぇっっ!?!? もう選択肢じゃないわっっっ!!!!」

 珍しく鋭く天を見上げたが、取り合わないというように、軽いノリのチビッ子から人生がまた語られた。

「細けぇこと言うなって、人生、時には身をまかせることも大事だぞ」
「……楽器店に寄って行こう」 

 他の選択肢は消え去り、残された3番を見つめ、がっくりとシャボン玉クッションに座り、視線がしょんぼりと下へ落ちた。ランジェにもらったドレスが入った紙袋を眺めながら、

「はぁ~……ピアノの弾き語りで、ライブハウスのピアノ借りて弾いてるから、楽器関係ないんだよなぁ~。楽譜に残すのはPC上だし……」

 確かに音楽つながりなのだが、興味のない場所なのだ。しかも、自分で選んだわけでもなく。理論を聞きたいのであって――

「いいから行けって!」

 催促イコール絶対服従。ということで、気持ちを入れ替えて、瑞希は右手を勢いよく上げ、ピョンと立ち上がった。

「よっしゃ、行くぜ~!」

 だがしかし、こんな忠告が降ってくるのである。

「倒されんなよ」

 ――またやっつけられるみたいなことを言う。

 菫にちょいと――いやかなり! やられた瑞希は思いっきり聞き返した。空があるであろう頭上を見上げて。

「はぁ? 恋のノックアウトってこと!?」

 いつまで経っても返事は返ってこず、光の粒子がはじけ飛ぶと、

「あぁ、スルーだ。勝手に空間戻された」

 もう5回目の18時前がスタートした。瑞希は紙袋を肩にかけて、流れてゆく人ごみを右に左に見ながら、咳払いをなぜかする。

「んんっ! 菫さんの真似!」

 再現が難しいが、陽だまりみたいで好青年な声を極力出して、自分の爪を見て、

「あれ~? ボクどこにまだ行ってなかったかなぁ~?」

 可愛く小首を傾げ、

「あぁ~、南口の方にある、楽器店だったかも~? ふふっ」 

 子供が楽しくて仕方がないと言うように微笑んで、すっと人ごみに白いサンダルは乗り、左へ向かって信号を渡ると、何度も行った東口を目指して歩いていった。
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