64 / 967
大人の隠れんぼ=旦那編=
旦那たちの愛を見届けろ/15
しおりを挟む
いきなりの問いかけ。独健としてはすぐに言葉が出てこず、珍しく口ごもった。
「あぁ、いや……」
「どうしたいですか?」
音の数は同じ。ただ一文字違うだけ。意味もまったく違う。
こうして、感覚の独健は故意に待たされて、焦りが出ているところへ、言葉のすり替えの罠を放たれてしまったのだ。
隠れんぼをしている。ルールがある。それを守ろうとしている。光命は自分の意思を問うてきていると、独健は勝手に判断した。
「そ、そうだな……?」
相手が混乱するタイミングと言葉で、瞬発力と冷静さを持っている光命が、疑問形を重ねた。
「どうされたいですか?」
三番目の質問。最初の二文字が一緒。しかも、判断が非常に難しい内容。独健はその通り、さらに混乱させられ、ただただ言葉を繰り返しただけだった。
「されたい? 受け身か? 敬語か?」
そして、罠の最後から二番目の言葉が、光命の中性的な唇から出てきた。
「私が決めてしまいますよ――」
質問だったのが、いきなり主導権を握ると言ってきた。いくら独健でもおかしいと気づく。いつもだったら。だが、一時間近くも話もせず、悪戯に時ばかりが過ぎてゆく、二人きりの部屋。正常な判断も、優雅な策士に奪われてしまい、独健はうんうんとうなずいた。
「あぁ、そうだな。俺じゃ、迷ってばかりで、先に進まない気がするからな」
光命から最終確認が入る。
「取り消しはできませんよ――」
「構わない」
独健はさわやかに微笑んで、承諾してしまった。
そして、光命は次の罠を仕掛ける。窓枠にもたれかかっていた足を大理石の床の上に落として、甘くスパイシーな香水を男二人の部屋ににじませた。
「それでは、椅子に座って、ピアノを弾いてください――」
楽器など弾けない独健。無理難題が突きつけられた。若草色の瞳は驚きで丸くなり、鼻声が思いっきり聞き返す。
「はぁ? ピアノを弾く?」
「えぇ」
副業として、ピアノの先生をしているピアニストは窓から離れ、白と黒の鍵盤のすぐ近くへと、非合理と言わんばかりに瞬間移動してきた。
独健は壁際に立ったまま、戸惑い気味に髪をかき上げる。
「いや、俺は音楽はできないんだが……」
そんな言葉は計算済み。光命はおどけた感じで、無効化する言葉を放った。
「――おや? 取り消しはできないと、先ほど約束しましたよ」
自由がすでにない独健。心優しき独健。
「わ、わかった」
今日初めて座るピアノの椅子に、独健は瞬間移動で腰掛けた。母は音楽をやっているが、誰がどう見ても自分は父親似だ。
鏡のように綺麗に磨き上げられた黒のボディーに、落ち着きのない独健のまぶたがパチパチしている姿を映る。
「どこを弾けば……?」
冷静な水色の瞳には、光命に無防備な背中を見せて座っている、独健の後ろ姿があった。立っているのではなく、座らせられてしまった独健。
「自身の肩幅と同じ位置に両手を置いてください」
どれが何の音かわからない。言われるがまま、独健の日に焼けた両手は、不釣り合いなピアノの鍵盤の上に乗せられた。
「こ、こうか……?」
「鍵盤を押してください」
バイセクシャルでスーパーエロのピアニストから指示がやってきた。
「ん……」
弾いた。思ったよりも重さがあり、弦を叩く打楽器のピアノ独特の、ピキーンとした音が部屋に響き渡った。たった一音だけ。
男二人きりの部屋。いや夫二人きりの部屋。通常のレッスンではしない、エロティックな教え方が始まる。
「ピアノは手だけで弾くものではありません」
光命は独健の真後ろから両腕を回し、鍵盤の上に無防備に乗せられていた、男らしい大きな手の上に、自分の神経質なそれをさっと重ねた。
急接近してきた、甘くスパイシーな香水。耳にかかる、光命のコシがあるのにしなやかな紺の髪の感触。
「なっ!」
独健の顔は驚愕に染まり、動こうとしたが、手はすでに押さえ込まれており、いくら中性的な雰囲気でも、力は男性なのだ。しかも、椅子は後ろにもう引けない。
ドキマギし始めた独健とは違って、冷静さを常に持っている光命は、夕霧命から聞いた正しい手の使い方を伝授し始めた。
あの修業バカ夫ときたら、武術のことになると全て忘れて、一点集中。思春期真っ只中の、バイセクシャルの自分の体を、指導することに気を取られて、今から独健にやるようにしてきたのだ。
「肩から腕、手のひら指先まで一本の線でつないでいかないと、上手に弾けませんよ」
耳元で響く、遊線が螺旋を描く優雅で芯のある男の声。それだけでも、背筋がゾクゾクと官能のしびれを起こす。
光命の手は独健の肩甲骨まわりをさすり、指先で肩から上腕の外側を通って、肘の内側をなぞり、前腕をつうっと愛撫するようにたどってゆき、手首にたどり着くと、五本の指先と自分の細いそれが完全に重なるように合わせて、今度は手の甲から背中へと戻り始めた。
独健を襲ったのはこれだけではなかった。光命の細く神経質なあごは、フード付きジャケットの肩に置かれた。夫の顔が肩に乗っている。
鼻声が裏返りそうになるのを必死で押さえながら、独健は猛抗議した。
「な、何してるんだっ! お前」
「肩の意識を持っていただくためです。お教えしているのです」
遊線が螺旋を描く、性的に酔わせるような響きが耳元で舞った。光命が話すと、独健の肩にあごのガクガクと動く振動が、嫌でも伝わってくる。
それでも、心優しき夫は何とか呼吸を整えて、お礼を言う。自由がどんどんなくなっていくとも知らず。
「あぁ……そうか。サンキュウな」
「それではもう一度弾いてください」
再び耳元で聞こえてきた。人ごみで全ての人を振り返らせる、綺麗な男の声。
チラチラと脳裏によぎる――独健の妄想世界。
この男と二人きりのベッドの上で、いつの間にか手足を縛られ、無理やり開けられた口から媚薬を飲まされて、抑えられない性衝動に身体中を蝕まれ、堕ちてゆくしかない運命――
「弾いてください」
「あぁ、いや……」
「どうしたいですか?」
音の数は同じ。ただ一文字違うだけ。意味もまったく違う。
こうして、感覚の独健は故意に待たされて、焦りが出ているところへ、言葉のすり替えの罠を放たれてしまったのだ。
隠れんぼをしている。ルールがある。それを守ろうとしている。光命は自分の意思を問うてきていると、独健は勝手に判断した。
「そ、そうだな……?」
相手が混乱するタイミングと言葉で、瞬発力と冷静さを持っている光命が、疑問形を重ねた。
「どうされたいですか?」
三番目の質問。最初の二文字が一緒。しかも、判断が非常に難しい内容。独健はその通り、さらに混乱させられ、ただただ言葉を繰り返しただけだった。
「されたい? 受け身か? 敬語か?」
そして、罠の最後から二番目の言葉が、光命の中性的な唇から出てきた。
「私が決めてしまいますよ――」
質問だったのが、いきなり主導権を握ると言ってきた。いくら独健でもおかしいと気づく。いつもだったら。だが、一時間近くも話もせず、悪戯に時ばかりが過ぎてゆく、二人きりの部屋。正常な判断も、優雅な策士に奪われてしまい、独健はうんうんとうなずいた。
「あぁ、そうだな。俺じゃ、迷ってばかりで、先に進まない気がするからな」
光命から最終確認が入る。
「取り消しはできませんよ――」
「構わない」
独健はさわやかに微笑んで、承諾してしまった。
そして、光命は次の罠を仕掛ける。窓枠にもたれかかっていた足を大理石の床の上に落として、甘くスパイシーな香水を男二人の部屋ににじませた。
「それでは、椅子に座って、ピアノを弾いてください――」
楽器など弾けない独健。無理難題が突きつけられた。若草色の瞳は驚きで丸くなり、鼻声が思いっきり聞き返す。
「はぁ? ピアノを弾く?」
「えぇ」
副業として、ピアノの先生をしているピアニストは窓から離れ、白と黒の鍵盤のすぐ近くへと、非合理と言わんばかりに瞬間移動してきた。
独健は壁際に立ったまま、戸惑い気味に髪をかき上げる。
「いや、俺は音楽はできないんだが……」
そんな言葉は計算済み。光命はおどけた感じで、無効化する言葉を放った。
「――おや? 取り消しはできないと、先ほど約束しましたよ」
自由がすでにない独健。心優しき独健。
「わ、わかった」
今日初めて座るピアノの椅子に、独健は瞬間移動で腰掛けた。母は音楽をやっているが、誰がどう見ても自分は父親似だ。
鏡のように綺麗に磨き上げられた黒のボディーに、落ち着きのない独健のまぶたがパチパチしている姿を映る。
「どこを弾けば……?」
冷静な水色の瞳には、光命に無防備な背中を見せて座っている、独健の後ろ姿があった。立っているのではなく、座らせられてしまった独健。
「自身の肩幅と同じ位置に両手を置いてください」
どれが何の音かわからない。言われるがまま、独健の日に焼けた両手は、不釣り合いなピアノの鍵盤の上に乗せられた。
「こ、こうか……?」
「鍵盤を押してください」
バイセクシャルでスーパーエロのピアニストから指示がやってきた。
「ん……」
弾いた。思ったよりも重さがあり、弦を叩く打楽器のピアノ独特の、ピキーンとした音が部屋に響き渡った。たった一音だけ。
男二人きりの部屋。いや夫二人きりの部屋。通常のレッスンではしない、エロティックな教え方が始まる。
「ピアノは手だけで弾くものではありません」
光命は独健の真後ろから両腕を回し、鍵盤の上に無防備に乗せられていた、男らしい大きな手の上に、自分の神経質なそれをさっと重ねた。
急接近してきた、甘くスパイシーな香水。耳にかかる、光命のコシがあるのにしなやかな紺の髪の感触。
「なっ!」
独健の顔は驚愕に染まり、動こうとしたが、手はすでに押さえ込まれており、いくら中性的な雰囲気でも、力は男性なのだ。しかも、椅子は後ろにもう引けない。
ドキマギし始めた独健とは違って、冷静さを常に持っている光命は、夕霧命から聞いた正しい手の使い方を伝授し始めた。
あの修業バカ夫ときたら、武術のことになると全て忘れて、一点集中。思春期真っ只中の、バイセクシャルの自分の体を、指導することに気を取られて、今から独健にやるようにしてきたのだ。
「肩から腕、手のひら指先まで一本の線でつないでいかないと、上手に弾けませんよ」
耳元で響く、遊線が螺旋を描く優雅で芯のある男の声。それだけでも、背筋がゾクゾクと官能のしびれを起こす。
光命の手は独健の肩甲骨まわりをさすり、指先で肩から上腕の外側を通って、肘の内側をなぞり、前腕をつうっと愛撫するようにたどってゆき、手首にたどり着くと、五本の指先と自分の細いそれが完全に重なるように合わせて、今度は手の甲から背中へと戻り始めた。
独健を襲ったのはこれだけではなかった。光命の細く神経質なあごは、フード付きジャケットの肩に置かれた。夫の顔が肩に乗っている。
鼻声が裏返りそうになるのを必死で押さえながら、独健は猛抗議した。
「な、何してるんだっ! お前」
「肩の意識を持っていただくためです。お教えしているのです」
遊線が螺旋を描く、性的に酔わせるような響きが耳元で舞った。光命が話すと、独健の肩にあごのガクガクと動く振動が、嫌でも伝わってくる。
それでも、心優しき夫は何とか呼吸を整えて、お礼を言う。自由がどんどんなくなっていくとも知らず。
「あぁ……そうか。サンキュウな」
「それではもう一度弾いてください」
再び耳元で聞こえてきた。人ごみで全ての人を振り返らせる、綺麗な男の声。
チラチラと脳裏によぎる――独健の妄想世界。
この男と二人きりのベッドの上で、いつの間にか手足を縛られ、無理やり開けられた口から媚薬を飲まされて、抑えられない性衝動に身体中を蝕まれ、堕ちてゆくしかない運命――
「弾いてください」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
【R18】仲のいいバイト仲間だと思ってたら、いきなり襲われちゃいました!
奏音 美都
恋愛
ファミレスのバイト仲間の豪。
ノリがよくて、いい友達だと思ってたんだけど……いきなり、襲われちゃった。
ダメだって思うのに、なんで拒否れないのー!!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる