明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄

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リレーするキスのパズルピース

先生と逢い引き/7

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 かと思いきや、月命が怒っているのは、さっきのことではなかった。教室の窓が遠近法をいう線を描き、立ち並ぶ渡り廊下で一教師が口にするには少々問題のある発言だった。

「僕の担当生徒の父親、明引呼は僕が口説いたんです~。ですが、君が先にきたんです~」

 教師と保護者のいけない関係が堂々と語られた。

 白い着物の後ろで手が悪戯っぽく組まれ、さっき女子高生に囲まれていた男性教師がいたあたりへ視線を孔明は飛ばす。

「ふふっ。が落ち込んでるから、早く救ってあげようと思って、別の彼・・・に罠を仕掛けたから、先になったかも~?」

 さらに複雑化してしまった人間関係。遠くを眺めている瑠璃紺色の瞳を一気に殺すのではなく、下から火あぶりにするような、極悪非道極まりないヴァイオレットの瞳が鋭くつかまえた。

「かもではなく。確定、確信犯です~」
「ふふっ。ボクの作戦勝ちだったかなあ~?」

 白い着物の裾が月命にくるっと向きを変えたことによって、天女が舞い降りたようにふわっと広がった。対する月命が着ているパステルブルーの裾も同じように桜の花びらを巻き上げながら、ふわっと持ち上がり、永遠を連想させる渡り廊下で、二人は真正面で向き合った。

「僕はそちらの現場を実際に見てますからね、言い逃れはできませんよ」
「あれ~、ボク何かしちゃったかなぁ~?」

 さっきの兄貴の耳元でささやかれたことが公になる。凛とした澄んだ女性的な儚げさがあるのに、誰が聞いても男の声で。

「君は彼にいきなりキスをしたんです。そうして、彼のお父上に約束をとりつけた。自分自身からではなく、彼を通して、いいえ、思惑通り動かしてです」

 大先生派手にやらかしていた。滅多に笑わない兄貴が笑っていたのも納得であった。作を成功させるために、同性にキスをする。天才軍師と言われた人はどうなっているのだろうか、まったく。

 ふと会話が途切れ、二人は見つめ合った。

 体育の授業をしている小学生。教室の窓から注がれているかもしれない、教師と生徒のたくさんの視線。いつ他の教師が通るかわからない渡り廊下。妻子持ちの男たち。

 孔明は結婚指輪をする指先で、自分の唇を誘惑という名で、そうっとゆっくり横になぞる。

「それはもう終わったことでしょ? だから今は、奧さんには内緒で……明の温もりが残るボクの唇とキスしない?」

 大先生が小学校の先生に問いかけた内容は、ひどく狂気でありながら、プラトニックだった。孔明の後ろ手にはいつの間にか、ピンクの布に包まれた弁当箱が瞬間移動してきていた。

「逢い引きですか~? 君もいけない人ですね」

 聞き返した月命の背中にあった手にも、女が長い髪を結い上げたような色気が漂う結び目のついた水色の包みが飛んできた。こっちは中身がまだ入っている。妻の愛が見ている前で、孔明はかがみ込んで月命の顔に引き寄せられるように近づく。

「ふふっ。そういうキミは~?」

 職場というパーソナルティースペースはもう完全に崩壊を迎えていて、あと数ミリで唇が触れてしまう位置で、なぜかピンクのリップスティックを塗っている、月命の口が密かに動いた。

「僕もいけない人……」まで言って、頭の良さ全開で語尾がささやかれた。「……かもしれない」

 二人の結婚指輪をした左手はお互いの頬に寄せられ、瞳はすっと閉じらた。唇が重なり合ったと同時に、春風が下から桜の花びらを舞い上げるように吹き抜け、二人の長い髪は強く煽られ、相手の腕や体を愛撫あいぶするように絡まってゆく。

(風と空とキミがひとつになって、森羅万象しんらばんしょうをボクに連れてくる)

 透き通るシャボン玉みたいな儚く綺麗なキス――。

 ふたつの契約という名の指輪の間で、真っ暗な視界の中で、春の香りと相手の男の匂いが混じり合い、まるで皆既月食かいきげっしょくのように侵食してゆく、何もかもが。

(僕の、僕の、僕の唇に君と彼の温もりが広がる……。誰にも内緒の秘密のキス――)

 キスをしている間、近くにいた生徒たちからは、小さな手で力強く拍手が巻き起こり、通り過ぎてゆく他の教師は微笑ましげにするだけで、変な顔をするわけでもなく、止めるわけでもなく、完全スルーどころか、結婚式のライスシャワー並みに祝福が降り注いでいた。


 パステルブルーの服から、白い薄手の着物がすっと離れると、孔明が悪戯少年のようにこんな言葉を口にした。

「な~んちゃって、こんなプレイもたまにはいいでしょ?」
「君の趣味が垣間見えたかもしれませんね、今ので」

 二人とも後ろ手に持っていた弁当を前に出して、それを両手で大切そうに抱えた。長く立ち止まっていた、渡り廊下を再び歩き出す。すると、カツンカツンという大理石の上を細いものが動くような音も響き始めた。

「ふふっ、ドキドキした?」

 まるで恋人みたいに進んでゆく二人の背中では、漆黒とマゼンダ色の髪が寄り添うように、同じ春風に吹かれている。だが、せっかくのいいムードが、月命の即行却下みたいなトーンの低い声で強制終了した。

「僕はしませんよ、そういう感情は持っていません」

 嘘でも強がりでもなく、月命は本当のことを言っていた。乙女――ならず夫の貞節を守ろうとしている先生に、大先生は魅惑のハニートラップを仕掛けた。

「ボクはドキドキしてるんだけど……もう一回しない?」
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