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リレーするキスのパズルピース
武術と三百億年/6
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再び仰向けで倒れ、くるくると小鳥が頭のまわりに回る、いわゆるスタン状態に陥った熊。メインアリーナにいた観客たちは一斉に自分の目を疑った。
「えぇぇっっっ!?!?」
アナウンサーもあまりの出来事に一瞬言葉を失い、実況が出遅れた。
「おっと! ……長年、武道会の解説をやらせていただいていますが、この私も驚きです! 空中に浮いていた緑のくまさん、宙で前転しながら、試合場の床に背中から落ちました!」
だが、隣に座る小さなじいさんは、青空から射し込む陽光に頭をピカンと光らせながら落ち着き払っていた。
「あれも合気じゃ」
さっきからずっと立ったままのアナウンサーは、じいさんの白いひげを見下ろす。
「触れていないとかからないのが、合気でしたよね? 歳を重ねたら九十センチ背が縮んでしまった達人さん。どうやってかけたんですか?」
「触れていればかかるの応用じゃ、これも。空気が触れておるであろう、二人の間にはの。じゃから、その時は奪った操れる支点を、相手と自分のちょうど中間点で、体全体を使って回すんじゃ。そうすると、今みたいに、浮いている相手にも、合気はかかるんじゃ」
だが、合気は護身術。勝敗がつかないまま、緑のくまさんが立ち上がると、選手二人の手にふと重みが広がった。
「おっと、二人の手に武器が瞬間移動! 三分経過してしまいました~! 一回戦で、武器所持まで持ち込まれるのは大変珍しい!」
観客席の人々が大画面の前で、戦況が大きく変わったのをよく見ようと、首を右に左に動かす。その後ろで、乱れてしまった紺の後れ毛を、細い指先で耳にかける男は優雅に微笑んだ。
達人のじいさんは、口元の白いひげをモソモソと動かす、単なる疑問というように。
「二人とも何を持ってきたのかの?」
まさしく侍と思えるような、こげ茶の細長いものが、上が白で下が紺の袴のすぐ近くへ現れていた。背中を安心して預けられる戦友は、青空の乱反射を浴びて、頼もしい姿を見せていた。節々のはっきりとしているのにしなやかな手の中に、なじむという感触を持つ。
「夕霧命は……木刀のようですね?」
「あれは普通より長さも重さもあるやつじゃ」
対する茶色の熊の手には、かろうじて白いものが見えた。アナウンサーは目を凝らしていたが、他のスタッフに話しかけ、手元の小さなモニターに視線を移した。
「緑のくまさんの方がちょっと小さくてわかりません。カメラさん、寄っていただけますか? ……ん~? あれは、シャモジですね~。戦いにちょっと、いやかなり場違いなものを選んできた!」
大画面に映し出された物を観客たちが見ると、一斉にゲラゲラと笑い声が会場を包み込んだ。
「あははははっ!!!!」
さっきからスマートなイメージで会場の後ろに立っていた男も、手の甲を唇につけ、肩を上下に小刻みに揺らしながらクスクス笑い出した。
夕霧命の滅多に笑わない切れ長な瞳も、彼なりの笑み、少しだけ目が細められた。爆笑の渦に飲み込まれている会場で一人、達人のじいさんからお褒めの言葉がかかる。
「なかなかやるの、あの熊も。十分笑いを取っておる。何事にも笑いは必要じゃ」
しゃもじを振り上げ、熊の大きな体が決死の覚悟で、夕霧命に向かって走り込んでゆく。
「とりゃぁぁぁっっ!!」
「緑のくまさん、しゃもじで木刀を持つ夕霧命に果敢にも挑んでいった~!」
アナウンサーの声が少し割れ気味に響くと同時に、無住心剣流が再現される。夕霧命の節々がはっきりしていながらもしなやかな手で腕で。
(重力に逆らわず、武器を上げる)
脇に下ろしてあった木刀は、刀を鞘から抜いて構える動き。下から上に持ち上げる間に、向かってくる熊の体を真っぷたつに叩き斬るように素早く攻撃を与えた。木刀の先は雲が横切ってゆく青空に向かって真っ直ぐに伸びていた。衝撃で熊の体が縦半分にへこむ。
「ウェ~ン~~」
やられましたみたいな声を出しながら、試合場の上を千鳥足でヨロヨロと足元がおぼつかない。その言動を前にして、会場から一斉に大爆笑の渦が巻き起こった。
「あははははっ!!!!」
「またもや、緑のくまさん、笑いを取りにいった。アニメ並みに、体に縦の線が入って、深くへこんでいます!」
全然、真面目に進まない武術の試合。だが、じいさんはきちんと見抜いていた。今の技のすごさを。
「夕霧命もやるの。今の武器の動かし方はなかなか思いつかん」
「歳を重ねたら九十センチ背が縮んでしまった達人さん、そうなんですか?」
「普通、構えを取るじゃろ?」
「そうですね。木刀を一旦頭の上に上げて、敵を迎え撃つために待ちますね」
夕霧命はさっきから、合気をかける時も、木刀を使う時も、ただただ立ったままの姿勢で、攻撃する最低限の動きしかしていない。
「実はの、その構えが隙になるんじゃ。両脇が空くじゃろ? そこを突かれるんじゃ。じゃからの、今、夕霧命がしたように、武器は上げ様に、相手に向かわせた方が隙もなく、断然早く攻撃できるんじゃ」
「えぇぇっっっ!?!?」
アナウンサーもあまりの出来事に一瞬言葉を失い、実況が出遅れた。
「おっと! ……長年、武道会の解説をやらせていただいていますが、この私も驚きです! 空中に浮いていた緑のくまさん、宙で前転しながら、試合場の床に背中から落ちました!」
だが、隣に座る小さなじいさんは、青空から射し込む陽光に頭をピカンと光らせながら落ち着き払っていた。
「あれも合気じゃ」
さっきからずっと立ったままのアナウンサーは、じいさんの白いひげを見下ろす。
「触れていないとかからないのが、合気でしたよね? 歳を重ねたら九十センチ背が縮んでしまった達人さん。どうやってかけたんですか?」
「触れていればかかるの応用じゃ、これも。空気が触れておるであろう、二人の間にはの。じゃから、その時は奪った操れる支点を、相手と自分のちょうど中間点で、体全体を使って回すんじゃ。そうすると、今みたいに、浮いている相手にも、合気はかかるんじゃ」
だが、合気は護身術。勝敗がつかないまま、緑のくまさんが立ち上がると、選手二人の手にふと重みが広がった。
「おっと、二人の手に武器が瞬間移動! 三分経過してしまいました~! 一回戦で、武器所持まで持ち込まれるのは大変珍しい!」
観客席の人々が大画面の前で、戦況が大きく変わったのをよく見ようと、首を右に左に動かす。その後ろで、乱れてしまった紺の後れ毛を、細い指先で耳にかける男は優雅に微笑んだ。
達人のじいさんは、口元の白いひげをモソモソと動かす、単なる疑問というように。
「二人とも何を持ってきたのかの?」
まさしく侍と思えるような、こげ茶の細長いものが、上が白で下が紺の袴のすぐ近くへ現れていた。背中を安心して預けられる戦友は、青空の乱反射を浴びて、頼もしい姿を見せていた。節々のはっきりとしているのにしなやかな手の中に、なじむという感触を持つ。
「夕霧命は……木刀のようですね?」
「あれは普通より長さも重さもあるやつじゃ」
対する茶色の熊の手には、かろうじて白いものが見えた。アナウンサーは目を凝らしていたが、他のスタッフに話しかけ、手元の小さなモニターに視線を移した。
「緑のくまさんの方がちょっと小さくてわかりません。カメラさん、寄っていただけますか? ……ん~? あれは、シャモジですね~。戦いにちょっと、いやかなり場違いなものを選んできた!」
大画面に映し出された物を観客たちが見ると、一斉にゲラゲラと笑い声が会場を包み込んだ。
「あははははっ!!!!」
さっきからスマートなイメージで会場の後ろに立っていた男も、手の甲を唇につけ、肩を上下に小刻みに揺らしながらクスクス笑い出した。
夕霧命の滅多に笑わない切れ長な瞳も、彼なりの笑み、少しだけ目が細められた。爆笑の渦に飲み込まれている会場で一人、達人のじいさんからお褒めの言葉がかかる。
「なかなかやるの、あの熊も。十分笑いを取っておる。何事にも笑いは必要じゃ」
しゃもじを振り上げ、熊の大きな体が決死の覚悟で、夕霧命に向かって走り込んでゆく。
「とりゃぁぁぁっっ!!」
「緑のくまさん、しゃもじで木刀を持つ夕霧命に果敢にも挑んでいった~!」
アナウンサーの声が少し割れ気味に響くと同時に、無住心剣流が再現される。夕霧命の節々がはっきりしていながらもしなやかな手で腕で。
(重力に逆らわず、武器を上げる)
脇に下ろしてあった木刀は、刀を鞘から抜いて構える動き。下から上に持ち上げる間に、向かってくる熊の体を真っぷたつに叩き斬るように素早く攻撃を与えた。木刀の先は雲が横切ってゆく青空に向かって真っ直ぐに伸びていた。衝撃で熊の体が縦半分にへこむ。
「ウェ~ン~~」
やられましたみたいな声を出しながら、試合場の上を千鳥足でヨロヨロと足元がおぼつかない。その言動を前にして、会場から一斉に大爆笑の渦が巻き起こった。
「あははははっ!!!!」
「またもや、緑のくまさん、笑いを取りにいった。アニメ並みに、体に縦の線が入って、深くへこんでいます!」
全然、真面目に進まない武術の試合。だが、じいさんはきちんと見抜いていた。今の技のすごさを。
「夕霧命もやるの。今の武器の動かし方はなかなか思いつかん」
「歳を重ねたら九十センチ背が縮んでしまった達人さん、そうなんですか?」
「普通、構えを取るじゃろ?」
「そうですね。木刀を一旦頭の上に上げて、敵を迎え撃つために待ちますね」
夕霧命はさっきから、合気をかける時も、木刀を使う時も、ただただ立ったままの姿勢で、攻撃する最低限の動きしかしていない。
「実はの、その構えが隙になるんじゃ。両脇が空くじゃろ? そこを突かれるんじゃ。じゃからの、今、夕霧命がしたように、武器は上げ様に、相手に向かわせた方が隙もなく、断然早く攻撃できるんじゃ」
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