明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄

文字の大きさ
148 / 967
リレーするキスのパズルピース

同僚と恋人/4

しおりを挟む
 白いレースのカーテンに、ゆるいハの字を描く青紫の厚手のカーテンが、どこかの城と勘違いするようにタッセルに身を斜めに預けていた。

 鏡のように映り込むほどよく磨かれた黒のグランドピアノ。そこから少し離れた位置で、紫の膝上までの細身のロングブーツは、春先にえるような黄緑、萌黄もえぎ色の絨毯の上で立ち止まっていた。

「先生、ありがとうございました」

 白くフサフサの毛に全身を覆われた猫で、五歳児の男の子が頭を下げる。小さな三角の耳ふたつが可愛らしさをふりまいた。その母親が弓なりの目をこっちに向けて、にっこりと上品に微笑む。

「それでは、失礼いたします」
「えぇ、それでは、また来週いらしてください」

 遊線が螺旋を描く優雅な声が言うと、冷静な水色の瞳の前で、母親と手を仲良くつないで、猫の男の子は瞬間移動で、ピアノレッスンから帰っていった。

 今日の全ての仕事は消化した。光命は背後にあるピアノへ振り返ると、衝動で紺の長い髪が頬に乱れついた。

「他の種族の方は、人間とは全く違った感性を持っている。先ほどのような発想があるとは知りませんでした」

 女性的な曲線美を持つ屋根の下。豊かな長い髪のような弦の美しさ。それをそっと眠りにいざなうように、突上棒の支えを落とそうとした。だが、ふとズボンの後ろポケットに入っていた携帯電話が振動を起こした。瞬間移動で目の前につれてくる。

「ユガーリュの新曲……」

 お気に入り登録していたチャンネルからのメール。ピアノはそのままで椅子に近づき、優雅に腰掛ける。

 意識化でつながる携帯電話。画面など触れなくても、行きたいサイトへ勝手に飛ぶ。そして、ピアニストは同業者――いや自身の創造意欲をかき立ててくれるアーティストのひとり――その人の楽曲を再生する。

 叩きつける雨のような連打。微分音符という通常の音階ではない旋律。あまりの心地よさに、冷静な水色の瞳はまぶたの裏にすぐに隠された。

 細く神経質なピアニストの指先は、衝動を抑えられないというように、膝上の濃い紫のロングブーツの端を、引っ掛けるように何度も何度も、触れては離すをリフレイン。

 ダンパーペダルに乗せた足先は、踏み込むことはなくても、上下に動いてリズムを取る。時には白のカットソーが、まるで嵐の中を進む船のように激しく揺れに揺れて、首元の十字のチョーカーが窓から入り込む夕日をかき乱す。

 音が、音符が、記号が体に脳に染み込んでゆく。雷鳴のように不規則的に入り込む、主旋律。そして、滑り落ちるように、高い音から低い音へ曲全体は向かってゆき、スカーンと天へ抜けるように、フィナーレを迎えた。

 すっと開けられたまぶたと同時に、携帯電話はズボンのポケットという揺りかごに戻された。内手首につけられた甘くスパイシーな香水は夕刻を迎え、朝とは違った香りを放っていた。

 結婚指輪とサファイアブルーの宝石がついた指輪は、規則正しく並ぶ黒と白の上に乗せられる。自分の心の内を奏でてくれる楽器。細く神経質な指先は鍵盤の冷たさを雪の結晶の美しさを見るように味わう。

 右足はダンパーペダルに乗せられ、大きく息を吐き、息を吸い込む。そして、吐き出すと同時に、鍵盤が力強く押し込まれた。叩きつける雨のような連打。微分音符をきちんと再現できる楽器。三十二分音符の十二連符。猛スピードで高音から低音へ向かうパッセージが続く。

 ダンパーペダルは一拍ごとに踏まれ、メロディーに滑らかさを与えるのに、次拍の頭音を際立たせるためにすっと離される。右手は雷鳴のような不規則さを強烈に残す、前小節から入り込む三十二分音符のフォルティッシモ。

 光命の今弾いている曲は、さっき携帯電話で聞いた曲と全く同じだった。新曲。一回しか聞いていない。それなのに再現できる。

 全てを記憶する頭脳。自分の得意分野。一度聞けば、自身の脳裏という五線譜に音符は綴られてゆくのだ。あとは、それを弾きこなせる技量があれが、こういうことは簡単に起きる。

 滑り落ちるように、高音の鍵盤から光命の細く神経質な指先は、低音の左へと三十二分音符の十二連符で流れてゆく。そして、フィナーレを迎えた。スカーンと天へ抜けるようなフォルティッシモで鍵盤を叩きつけると、両手が飛び跳ねたようにすうっと上がった。

 くるくると部屋を回っていたピアノの余韻が姿を消し、紫のロングブーツはダンパーペダルから降ろされた。ピアノの上に飾ってある写真立てに、水色の瞳は冷たさではなく、暖かさを持って向けられる。

 優雅に微笑む自分。その紺の長い髪に寄り添うように、頭を近づけている銀の長い前髪を持つ男。いつも鋭利なスミレ色の瞳は、時々見せる無邪気な天使のような笑みを浮かべている。初めて一緒に行った遊園地での写真。

「私を赦されぬ愛という牢獄から解放してくれた彼に、会いにいきましょうか?」

 遊線が螺旋を描く芯のある声がピアノの弦に響き渡ると、トントンとドアがノックされた。それは、ずいぶん下の方から聞こえてきた。冷静な頭脳の持ち主――ピアニストはドアの向こうに立っている人を予測する。

(彼であるという可能性が97.98%)
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

【R18】仲のいいバイト仲間だと思ってたら、いきなり襲われちゃいました!

奏音 美都
恋愛
ファミレスのバイト仲間の豪。 ノリがよくて、いい友達だと思ってたんだけど……いきなり、襲われちゃった。 ダメだって思うのに、なんで拒否れないのー!!

私の推し(兄)が私のパンツを盗んでました!?

ミクリ21
恋愛
お兄ちゃん! それ私のパンツだから!?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...