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最後の恋は神さまとでした
王子の思考回路が好きで/3
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その頃、地上のマンションの一室では、奇跡来が真面目な顔をして、コウの講義を聞いていた。空中を小さな足が歩くたび、ぴょんぴょんとコミカルな音を立てる。
「よし、よく聞け。光命は全ての物事を記憶してる」
「なるほどね」
今目の前にある物の名前を覚えているとか、ゲームのストーリーを何となく覚えているとか、その程度だと認識している奇跡来に、コウが核心へと迫る。
「お前、よくわかってないな? お前が思っているような覚え方じゃないぞ」
「どういうこと?」
赤と青のくりっとした瞳は幼いのに、大人の難しい考え方を答えてくる。
「いつどこで誰が何を言って、またはどうしたか、それに対して自分が何と言って答えたか、会話の全てを一字一句、生まれて記憶が定着してから全て記憶してる。読んだ本はページ数、行数、内容まで全部だ」
細かすぎた。まるでパソコンのメモリである。奇跡来は素っ頓狂な驚き声を上げ、魂だけがぴょんと飛び上がった。
「えぇっ!?!? じゃあ、辞書丸覚えってこと?」
「そんなの当たり前だ!」
コウは小さな人差し指を勢いよく、とぼけた顔をしている女に突きつけた。
辞書を読書して、その後はページを開かないなど。空前絶後の出来事で、奇跡来の魂だけはぴょんと一メートルほどまた飛び上がった。
「えぇっ!?!?」
単純明快な人間の女を前にして、コウはダメ出しをする。
「だから、お前には完全に再現することは無理だ。あれは、ノーベル賞を取る学者よりも上の頭脳だ」
「さすが神さまだ~! いや、素晴らしい人――じゃなくて、神さまだ」
ゲームのパッケージを見つめる。知的なイメージを作り出すメガネの向こうに潜む、カーキ色の冷静な瞳。紺の長い髪が中性的な雰囲気を醸し出す、青の王子という名がふさわしい男性神。
彼への尊敬は、奇跡来の中で大きく急成長した。目をキラキラ輝かせている近くで、コウは的確な指導をする。
「とりあえずできるだけ、覚えておくことだな。いつ誰と何を話して、自分がそれに何て答えたかぐらいはな。それが一歩近づく方法だ」
「よし、まずはそこからチャレンジだ!」
必要以上のやる気を出して、奇跡来は両腕を力強くかかげた。
*
今まで適当に聞き流してきた物事を、以前よりは集中して挑むようになった、奇跡来はほんの少しだけ覚えていることが多くなった。
それでも、彼女の三十年間使い続けた思考回路、いわば習慣はそうそう治るものでもなかったが、あきらめることなく――いやバカみたいなやる気で、衝突猛進の如く進んでいた。
そんなある日、光命のキャラクターを完全攻略とまでいかない奇跡来と、ゲーム画面の間に突如コウが湧いて出た。
「うんうん、はかどってるみたいじゃないか」
「少しはできるようになったよ」
宝物でももらったようにとびきりの笑顔を見せた先走り女に、コウは言葉をかける。
「よし、次は事実と可能性の話だ」
「え? 何それ?」
ゲーム世界という非現実に浸り切っていた奇跡来が、提示された言葉の意味を理解できないまま、スパルタ式に話は進んでゆく。
「何って、光命の考え方を学びたいんだろう?」
「そうだけど……」
水と油。天と地ほどの差。それはたったひとつのことをクリアしただけでは、交わることも届くこともできないと、奇跡来はわかっていなかった。
コウはいきなり瞬間移動で書斎机の上に立ち、四角い画面をパンパンと叩いた。
「ただ覚えてるだけじゃ、パソコンと一緒だ。人としての面白みがまったくないだろう?」
ぐるぐると霧が渦を巻くような頭で、奇跡来はとりあえずうなずいた。
「あぁ、そうだね。確かにそうだ」
「覚えてる出来事から、可能性を導き出すんだ」
「可能性?」
何となく――という感覚で生きてきてしまった彼女の中には、まったくなかった単語で、そのまま繰り返した。
「そうだ。問題をひとつ出してやる」
コウがそう言うと、鬼気迫るようなジャジャン! というクイズ番組で出題される時のようなBGMが不思議なことに鳴った。
「お願いします」
「覚えるを忘れるなよ。朝の天気予報の話だ」
「オッケー!」
ノリノリで答えた奇跡来に、コウは一番簡単な例題を出した。
「朝の天気予報で、雨の降水確率がゼロパーセント。夕方まで出かける用事がある。傘を持っていくか? 説明して答えろ」
「ん~? ゼロじゃ降らないから、持っていかない」
覚えろと言われたのに、習慣という思考回路で、奇跡来は問題の本来の意味をもう忘れてしまっていた。
「それは可能性じゃない! ただの決めつけだ」
コウがぴしゃんと頭を叩くが、相変わらず次元の違う彼女には痛みも衝撃もない。
「え……? どういうこと?」
「よし、よく聞け。光命は全ての物事を記憶してる」
「なるほどね」
今目の前にある物の名前を覚えているとか、ゲームのストーリーを何となく覚えているとか、その程度だと認識している奇跡来に、コウが核心へと迫る。
「お前、よくわかってないな? お前が思っているような覚え方じゃないぞ」
「どういうこと?」
赤と青のくりっとした瞳は幼いのに、大人の難しい考え方を答えてくる。
「いつどこで誰が何を言って、またはどうしたか、それに対して自分が何と言って答えたか、会話の全てを一字一句、生まれて記憶が定着してから全て記憶してる。読んだ本はページ数、行数、内容まで全部だ」
細かすぎた。まるでパソコンのメモリである。奇跡来は素っ頓狂な驚き声を上げ、魂だけがぴょんと飛び上がった。
「えぇっ!?!? じゃあ、辞書丸覚えってこと?」
「そんなの当たり前だ!」
コウは小さな人差し指を勢いよく、とぼけた顔をしている女に突きつけた。
辞書を読書して、その後はページを開かないなど。空前絶後の出来事で、奇跡来の魂だけはぴょんと一メートルほどまた飛び上がった。
「えぇっ!?!?」
単純明快な人間の女を前にして、コウはダメ出しをする。
「だから、お前には完全に再現することは無理だ。あれは、ノーベル賞を取る学者よりも上の頭脳だ」
「さすが神さまだ~! いや、素晴らしい人――じゃなくて、神さまだ」
ゲームのパッケージを見つめる。知的なイメージを作り出すメガネの向こうに潜む、カーキ色の冷静な瞳。紺の長い髪が中性的な雰囲気を醸し出す、青の王子という名がふさわしい男性神。
彼への尊敬は、奇跡来の中で大きく急成長した。目をキラキラ輝かせている近くで、コウは的確な指導をする。
「とりあえずできるだけ、覚えておくことだな。いつ誰と何を話して、自分がそれに何て答えたかぐらいはな。それが一歩近づく方法だ」
「よし、まずはそこからチャレンジだ!」
必要以上のやる気を出して、奇跡来は両腕を力強くかかげた。
*
今まで適当に聞き流してきた物事を、以前よりは集中して挑むようになった、奇跡来はほんの少しだけ覚えていることが多くなった。
それでも、彼女の三十年間使い続けた思考回路、いわば習慣はそうそう治るものでもなかったが、あきらめることなく――いやバカみたいなやる気で、衝突猛進の如く進んでいた。
そんなある日、光命のキャラクターを完全攻略とまでいかない奇跡来と、ゲーム画面の間に突如コウが湧いて出た。
「うんうん、はかどってるみたいじゃないか」
「少しはできるようになったよ」
宝物でももらったようにとびきりの笑顔を見せた先走り女に、コウは言葉をかける。
「よし、次は事実と可能性の話だ」
「え? 何それ?」
ゲーム世界という非現実に浸り切っていた奇跡来が、提示された言葉の意味を理解できないまま、スパルタ式に話は進んでゆく。
「何って、光命の考え方を学びたいんだろう?」
「そうだけど……」
水と油。天と地ほどの差。それはたったひとつのことをクリアしただけでは、交わることも届くこともできないと、奇跡来はわかっていなかった。
コウはいきなり瞬間移動で書斎机の上に立ち、四角い画面をパンパンと叩いた。
「ただ覚えてるだけじゃ、パソコンと一緒だ。人としての面白みがまったくないだろう?」
ぐるぐると霧が渦を巻くような頭で、奇跡来はとりあえずうなずいた。
「あぁ、そうだね。確かにそうだ」
「覚えてる出来事から、可能性を導き出すんだ」
「可能性?」
何となく――という感覚で生きてきてしまった彼女の中には、まったくなかった単語で、そのまま繰り返した。
「そうだ。問題をひとつ出してやる」
コウがそう言うと、鬼気迫るようなジャジャン! というクイズ番組で出題される時のようなBGMが不思議なことに鳴った。
「お願いします」
「覚えるを忘れるなよ。朝の天気予報の話だ」
「オッケー!」
ノリノリで答えた奇跡来に、コウは一番簡単な例題を出した。
「朝の天気予報で、雨の降水確率がゼロパーセント。夕方まで出かける用事がある。傘を持っていくか? 説明して答えろ」
「ん~? ゼロじゃ降らないから、持っていかない」
覚えろと言われたのに、習慣という思考回路で、奇跡来は問題の本来の意味をもう忘れてしまっていた。
「それは可能性じゃない! ただの決めつけだ」
コウがぴしゃんと頭を叩くが、相変わらず次元の違う彼女には痛みも衝撃もない。
「え……? どういうこと?」
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