291 / 967
最後の恋は神さまとでした
宇宙船がやってきただす/3
しおりを挟む
宝石のように異様に輝く黄緑色の瞳はどこまでも純真で、不浄という言葉がないこの世界では、彼の描いている絵は芸術作品でしかなかった。
浮遊を取り入れた体位を絵で表現したい。それが男の望みであるのだが、女の綺麗な曲線と一緒に描こうとすると、どうにもうまくいかなかった。それでも、実現できる構図を考えようとしたが、
「空間を歪め――」
「お兄ちゃん!」
幼い声が真下の地面から響いた。
「何?」
聞き返す声色は何の感情もなく、無機質という言葉が一番合っていた。
「焉貴お兄ちゃん、いつものやって!」
今度は違う弟が声を張り上げた。今書いていた絵をスケッチブックから破いて、地面へ放り投げる。大人の絵を――。
「やんない。絵描いてるから」
小さな兄弟たちが紙を拾いに行こうとするが、焉貴は止めるどころか、気にした様子もない。
「何描いたの?」
「何に見えんの?」
兄は十歳にもならない弟たちに聞いてみた。しかし、彼の心は至って清く正しい大人のものだった。弟や妹たちは感嘆の吐息をもらす。
「ウサギさんがお餅ついてる~!」
「可愛い!」
「おいしそう!」
反応がおかしかったが、それはいつものことで、焉貴はただ短くうなづいた。
「そう」
神様はランダムなのかと、彼は思った。法則性がないのだ。まぶしい青空を見上げ、問いかける。
「今日はウサギに見せて、明日何にすんの?」
大人の話は子供にはどうやっても漏洩しない。今みたいに別のものに変えられてしまう。話をしていても、別の話になる。行為を目の前でしたとしても、なかったことになっているのだ。
これがこの世界の常識。大人も子供もそれほど気を使わず、生きてゆけるのだ。芸術作品も規制を受けることなく、自由に表現できる。
今日はウサギの餅つきだったというデータにして、焉貴は山吹色をしたボブ髪の中にある頭脳にしまった。
ブラウザのタブを切り替えるようにデジタルに、兄は次へと進もうとしたが、抗議の声が下からたくさん上がった。
「お兄ちゃ~ん!」
「自分で飛んでください」
時々丁寧語になる兄とは長い付き合いで、子供たちは地面の上でぴょんぴょん飛び跳ね出した。
「えぇ~~!」
「登れないから、お願いしてるんでしょ!」
「そうそう。僕たちじゃ小さいから、そこまで高く飛べないの!」
浮遊の能力は案外、小さいうちに手に入れられるものだが、神さまにも霊層がある。心が澄んでいるほど、経験を多く積んでいるほど、高い場所へと登れる。長く生きている兄には弟たちは叶わないのだ。
「お前たち、手離しちゃうじゃん?」
高い場所へ連れていってもらって、手を離す弟たち。重力が十五分の一。しかも、ケガをしない死なない世界。
だが、多少の痛みはある。兄の意見はもっともだった。
「…………」
兄一人に言い負かされてしまった弟たちだったが、人数がいれば知恵は出てくるもので、一人が大きい声で言い返した。
「離してないけど、離れちゃうんだもん!」
「そうだ、そうだ!」
鉛筆でデッサンをしていた両手を止め、焉貴は動じることなく、いつも通り問題を出した。
「その力何て言うの?」
弟たちは顔を見合わせて、嬉しそうに微笑み、
「せ~の!」
一人の掛け声に合わせて、綺麗な青空に子供たちの大きな声が飛び出した。
「遠心力!」
「はい、正解です! 願いを叶えて差し上げます!」
焉貴は右手をサッと斜めに上げて、そのまま降りてくるのではなく、パレットやバケツと一緒に地面へ瞬間移動した。
白のはだけたシャツとピンクの細身のズボン。一年中裸足というラフな格好の、兄に子供たちが走り寄る。
「やった~!」
その数ざっと五十人ほど。縁側でコンドルと話している父とお茶菓子を持って出てきた母を、焉貴は眺める。
(ほんと、うちの両親仲良いよね)
弟と妹たちが次から次へと生まれてきて、夫婦円満だと大きな息子にはよくわかっていた。穏やかな農家で、焉貴の長い腕は伸ばされる。
「ほら、つかまって」
小さな手が、白いシャツをしっかりと握る。
「は~い!」
「次、僕!」
「私!」
次々に数珠つながりになってゆく弟と妹たち。焉貴は黙ってしばらく見ていたが、
「ちょちょちょちょっ!」
浮遊を取り入れた体位を絵で表現したい。それが男の望みであるのだが、女の綺麗な曲線と一緒に描こうとすると、どうにもうまくいかなかった。それでも、実現できる構図を考えようとしたが、
「空間を歪め――」
「お兄ちゃん!」
幼い声が真下の地面から響いた。
「何?」
聞き返す声色は何の感情もなく、無機質という言葉が一番合っていた。
「焉貴お兄ちゃん、いつものやって!」
今度は違う弟が声を張り上げた。今書いていた絵をスケッチブックから破いて、地面へ放り投げる。大人の絵を――。
「やんない。絵描いてるから」
小さな兄弟たちが紙を拾いに行こうとするが、焉貴は止めるどころか、気にした様子もない。
「何描いたの?」
「何に見えんの?」
兄は十歳にもならない弟たちに聞いてみた。しかし、彼の心は至って清く正しい大人のものだった。弟や妹たちは感嘆の吐息をもらす。
「ウサギさんがお餅ついてる~!」
「可愛い!」
「おいしそう!」
反応がおかしかったが、それはいつものことで、焉貴はただ短くうなづいた。
「そう」
神様はランダムなのかと、彼は思った。法則性がないのだ。まぶしい青空を見上げ、問いかける。
「今日はウサギに見せて、明日何にすんの?」
大人の話は子供にはどうやっても漏洩しない。今みたいに別のものに変えられてしまう。話をしていても、別の話になる。行為を目の前でしたとしても、なかったことになっているのだ。
これがこの世界の常識。大人も子供もそれほど気を使わず、生きてゆけるのだ。芸術作品も規制を受けることなく、自由に表現できる。
今日はウサギの餅つきだったというデータにして、焉貴は山吹色をしたボブ髪の中にある頭脳にしまった。
ブラウザのタブを切り替えるようにデジタルに、兄は次へと進もうとしたが、抗議の声が下からたくさん上がった。
「お兄ちゃ~ん!」
「自分で飛んでください」
時々丁寧語になる兄とは長い付き合いで、子供たちは地面の上でぴょんぴょん飛び跳ね出した。
「えぇ~~!」
「登れないから、お願いしてるんでしょ!」
「そうそう。僕たちじゃ小さいから、そこまで高く飛べないの!」
浮遊の能力は案外、小さいうちに手に入れられるものだが、神さまにも霊層がある。心が澄んでいるほど、経験を多く積んでいるほど、高い場所へと登れる。長く生きている兄には弟たちは叶わないのだ。
「お前たち、手離しちゃうじゃん?」
高い場所へ連れていってもらって、手を離す弟たち。重力が十五分の一。しかも、ケガをしない死なない世界。
だが、多少の痛みはある。兄の意見はもっともだった。
「…………」
兄一人に言い負かされてしまった弟たちだったが、人数がいれば知恵は出てくるもので、一人が大きい声で言い返した。
「離してないけど、離れちゃうんだもん!」
「そうだ、そうだ!」
鉛筆でデッサンをしていた両手を止め、焉貴は動じることなく、いつも通り問題を出した。
「その力何て言うの?」
弟たちは顔を見合わせて、嬉しそうに微笑み、
「せ~の!」
一人の掛け声に合わせて、綺麗な青空に子供たちの大きな声が飛び出した。
「遠心力!」
「はい、正解です! 願いを叶えて差し上げます!」
焉貴は右手をサッと斜めに上げて、そのまま降りてくるのではなく、パレットやバケツと一緒に地面へ瞬間移動した。
白のはだけたシャツとピンクの細身のズボン。一年中裸足というラフな格好の、兄に子供たちが走り寄る。
「やった~!」
その数ざっと五十人ほど。縁側でコンドルと話している父とお茶菓子を持って出てきた母を、焉貴は眺める。
(ほんと、うちの両親仲良いよね)
弟と妹たちが次から次へと生まれてきて、夫婦円満だと大きな息子にはよくわかっていた。穏やかな農家で、焉貴の長い腕は伸ばされる。
「ほら、つかまって」
小さな手が、白いシャツをしっかりと握る。
「は~い!」
「次、僕!」
「私!」
次々に数珠つながりになってゆく弟と妹たち。焉貴は黙ってしばらく見ていたが、
「ちょちょちょちょっ!」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
【R18】仲のいいバイト仲間だと思ってたら、いきなり襲われちゃいました!
奏音 美都
恋愛
ファミレスのバイト仲間の豪。
ノリがよくて、いい友達だと思ってたんだけど……いきなり、襲われちゃった。
ダメだって思うのに、なんで拒否れないのー!!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる