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最後の恋は神さまとでした
お前の女に会わせて/5
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あの狭い地球とは違い、空は透き通るほど綺麗で、差し込む日差しはどこまでも柔らかく暖かかった。
今日もフルーツジュースを飲んでいた焉貴は一息ついて、甘さだらだらの声をかけた。
「ねぇ?」
「何だ?」
今日も砂糖たっぷりのコーヒーを飲んでいる蓮は、ティーカップをソーサーへ置いた。
「お前の女、神さまの名前どれくらい知ってんの?」
「百近くはあったが、今はもうほとんど忘れている」
蓮がおまけの倫礼の記憶をたどると、最初はメモ書きされていたものを、パソコンに打ち込み、プリントアウトしたものだった。しかもまだ、入力は完全ではなかった。
そのうちパソコンが代替わりをし、データの移行がうまくいかず、せめてデータがまだ読み込めるうちにと印刷し、今ではパソコンのパスワードも忘れ去り、あの紙のデータはもう取り出せなくなった。
メモ紙は元配偶者に手渡してしまい、彼女の記憶と印刷されたものだけが頼りだった。
神世にとってはたった十年少々のことだったが、限られた時間を生きている彼女にとっては、長い長い年月で、決して平坦な道のりではなかった。
霊感を失ってしまえばいいと本気で望んでいた時期もあったが、忘れていたからこそ、あのクリアファイルは捨てられず、無事でいたのかもしれなかった。
焉貴は両手でボブ髪をかき上げて、椅子の背にもたれかかりながらため息をついた。
「肉体特有の思い出せないってやつね」
魂の世界では決して起き得ない現象――。
「なぜそんなことを聞く?」
高台にある郊外の住宅街からは、遠くのほうに地球五個分もある城がよく見下ろせた。無意識の直感がある焉貴らしく、本人が知らぬ間にひらめいた。
「何か意味があるんじゃないの? それって、お前の守護にも関係するかもしれないじゃん? 俺の名前知ってたなんてさ。今日会うこと無意識で予測してたんじゃないの?」
自分たちの神さまはひとつ上の次元にいる。だが、その神さまが自分たちを通り越して、おまけの倫礼に直感を与えないとは限らないではないだろうかと、焉貴はいつの間にか考えが変わっていた。
現に悪をこの世界に広めたのは、百次元以上も上にいた神さまの実験だったのだから。他に何かしようとしていてもおかしくないだろう。
「覚えているやつに意味がある……?」
蓮はつぶやいてみたが、ふたりのように直感があるわけでもなく、単なるおまけの倫礼の忘形見程度で、思考回路が気に入ったから覚えていたのだと思っていたが、言われてみればおかしいと、夫は気づいた。
そして、焉貴の今までの話が、いつの間にか罠になっていた言葉が出てくるのだった。
「他に誰いんの?」
焉貴は、あの漆黒の髪を持つ男の名が出てくるのを、素知らぬ振りをして待った。正直な性格の蓮は、まず最初にあの綺麗な男を思い浮かべた。
「早秋津 光命だ」
「それって、ピアニストのHikari?」
反応されるとは思っていなかった蓮は、射るように鋭利なスミレ色の瞳で焉貴を見つめ返した。
「なぜ知っている?」
「有名だったらしいじゃん? 才能があってさ。今ほとんど活動してないみたいだけど……」
ポケットから携帯電話を取り出し、音楽再生メディアをプレイにすると、ピアノ曲流れてきた。
叩きつける雨のような三十二分音符の十二連打と雷鳴のように入り込む、高音のフォルティッシモが、あの紺の長い髪を持ち、冷静な水色の瞳を持つ男の面影とピタリと重なった。
「ピアニスト……?」
倫礼の記憶を探ってみたが、光命の楽器について知っている記憶はどこにもなかった。
そして、蓮は知るのだ。恋人ができてしまった光命のことを追うのが、おまけの倫礼が怖くなって、触れないようにした結果がデータ不足を招いたのだと。
春の日差しの中で、しっかりと青色を描くピアノの旋律に、焉貴のマダラ模様の声がにじんだ。
「であとは?」
「紀花 夕霧命だ」
「あぁ、俺のクラスの保護者ね。あとは?」
今日もフルーツジュースを飲んでいた焉貴は一息ついて、甘さだらだらの声をかけた。
「ねぇ?」
「何だ?」
今日も砂糖たっぷりのコーヒーを飲んでいる蓮は、ティーカップをソーサーへ置いた。
「お前の女、神さまの名前どれくらい知ってんの?」
「百近くはあったが、今はもうほとんど忘れている」
蓮がおまけの倫礼の記憶をたどると、最初はメモ書きされていたものを、パソコンに打ち込み、プリントアウトしたものだった。しかもまだ、入力は完全ではなかった。
そのうちパソコンが代替わりをし、データの移行がうまくいかず、せめてデータがまだ読み込めるうちにと印刷し、今ではパソコンのパスワードも忘れ去り、あの紙のデータはもう取り出せなくなった。
メモ紙は元配偶者に手渡してしまい、彼女の記憶と印刷されたものだけが頼りだった。
神世にとってはたった十年少々のことだったが、限られた時間を生きている彼女にとっては、長い長い年月で、決して平坦な道のりではなかった。
霊感を失ってしまえばいいと本気で望んでいた時期もあったが、忘れていたからこそ、あのクリアファイルは捨てられず、無事でいたのかもしれなかった。
焉貴は両手でボブ髪をかき上げて、椅子の背にもたれかかりながらため息をついた。
「肉体特有の思い出せないってやつね」
魂の世界では決して起き得ない現象――。
「なぜそんなことを聞く?」
高台にある郊外の住宅街からは、遠くのほうに地球五個分もある城がよく見下ろせた。無意識の直感がある焉貴らしく、本人が知らぬ間にひらめいた。
「何か意味があるんじゃないの? それって、お前の守護にも関係するかもしれないじゃん? 俺の名前知ってたなんてさ。今日会うこと無意識で予測してたんじゃないの?」
自分たちの神さまはひとつ上の次元にいる。だが、その神さまが自分たちを通り越して、おまけの倫礼に直感を与えないとは限らないではないだろうかと、焉貴はいつの間にか考えが変わっていた。
現に悪をこの世界に広めたのは、百次元以上も上にいた神さまの実験だったのだから。他に何かしようとしていてもおかしくないだろう。
「覚えているやつに意味がある……?」
蓮はつぶやいてみたが、ふたりのように直感があるわけでもなく、単なるおまけの倫礼の忘形見程度で、思考回路が気に入ったから覚えていたのだと思っていたが、言われてみればおかしいと、夫は気づいた。
そして、焉貴の今までの話が、いつの間にか罠になっていた言葉が出てくるのだった。
「他に誰いんの?」
焉貴は、あの漆黒の髪を持つ男の名が出てくるのを、素知らぬ振りをして待った。正直な性格の蓮は、まず最初にあの綺麗な男を思い浮かべた。
「早秋津 光命だ」
「それって、ピアニストのHikari?」
反応されるとは思っていなかった蓮は、射るように鋭利なスミレ色の瞳で焉貴を見つめ返した。
「なぜ知っている?」
「有名だったらしいじゃん? 才能があってさ。今ほとんど活動してないみたいだけど……」
ポケットから携帯電話を取り出し、音楽再生メディアをプレイにすると、ピアノ曲流れてきた。
叩きつける雨のような三十二分音符の十二連打と雷鳴のように入り込む、高音のフォルティッシモが、あの紺の長い髪を持ち、冷静な水色の瞳を持つ男の面影とピタリと重なった。
「ピアニスト……?」
倫礼の記憶を探ってみたが、光命の楽器について知っている記憶はどこにもなかった。
そして、蓮は知るのだ。恋人ができてしまった光命のことを追うのが、おまけの倫礼が怖くなって、触れないようにした結果がデータ不足を招いたのだと。
春の日差しの中で、しっかりと青色を描くピアノの旋律に、焉貴のマダラ模様の声がにじんだ。
「であとは?」
「紀花 夕霧命だ」
「あぁ、俺のクラスの保護者ね。あとは?」
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