明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄

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心霊探偵はエレガントに〜karma〜

血塗られた夜の宴/6

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 三十秒ほど続いた思案をやめ、崇剛はあごから手を離した。窓枠へと身を乗り出し、優雅に微笑む。

 ――全てを思い浮かべない。
 可能性を数値ではなく、高い低いの曖昧な範囲にする。
 指示語を使う。
 こちらで、勝てるという可能性は上がり、88.89%――
 それでは、始めましょうか――。

 戦闘開始となると、偽物のラジュの問いかけに、桔梗色のパジャマに身を包む、策略家神父はやっと答えた。

「えぇ、構いませんよ」

 さっきからずっと背中に隠し持っていた、右手の中にあった霊界でのダガーを左手に持ち替えた。利き手である右手を窓の外へ向かって伸ばし始める。

 その時、雲に隠れていた月が姿を現し、景色がミッドナイトブルーから薄闇に変わった。

 崇剛の冷静な水色の瞳が、闇夜を照らす銀の月影を浴びると、神父の体の内側で堂々たるティンパニが鳴り響いた。

 カール オルフ、カルミナ ブラーナ。
 舞台形式のカンタータが流れ始める。
 フォルテの聖なる声が荘厳と神聖を作り出す。

 O Fortuna/おお、女神。
 Velut luna/まるで月のような。

 指先が窓枠――結界から外へ出て、手のひらもすり抜け、手首もかいくぐり、ひじが夜風に触れようとした。

 流れ続けるメロディーは弱拍のはずの二拍目で、故意のフォルティッシモでシンバルが、全身の感覚を一気に目覚めさせるように激しく襲いかかった。同じようにフォルティッシモの幾重の声がうねる。
 
 Statu variabilis/変化の象徴である月。

 空から神がかりな畏敬がスコールのように降り注ぎ、衝撃的なことが起きる前触れのように全てがスロモーションになった。

 その時だった――

 脇から別の手が素早く伸びてきて、部屋の中に体を残したままの、崇剛は外へ引きずり出された。

「っ!」

 断崖絶壁から海へ向かってダイブするように、頭から真っ逆さまに、庭の芝生の上へ向かって落ち始めた。

 崇剛が首だけで後ろへ素早く振り返ると、自分の体が窓枠の向こう側で、床に崩れ落ちてゆくところだった。

(幽体離脱……そちらの可能性が高くなった!)

 肉体から魂が引き抜かれて、霊体になってしまった、聖霊師が再び前を向くと、冷静な水色の瞳に地面が迫ってきていた。

 霊界は心の世界――。
 ラジュ天使が以前おっしゃっていた、霊界の重力は物質界の十五分の一。
 従って、あちらが出来るという可能性が非常に高い――。

 バランスを崩したまま、頭から地面へ激突しそうだった。左手に持っていたダガーを、自分の右手首をつかんでいる、悪霊の手を振り払うように切り込む。

「ウギャァ~!!」

 叫び声を上げた幽霊が、背をそらすように自身から離れてゆくのを見送る。あと数十センチで芝生にぶつかるというところで、自由になった右の手のひらで、地面を斜め後ろへ向かって押し返した。

 逆さまだった体――霊体が反動で一旦山を描くように後ろへ向かって飛び上がる。斜め上に持ち上がっていた足が、逆上がりの着地をするように、地面を目指して降り出した。

 就寝時の姿だった崇剛の、長い髪はいつの間にかターコイズブルーのリボンでまとめられていた。

 地面へ真っ逆さまに落ちていたが、直角の角度をゆっくり取り、最後にはいつも通り背中で揺れていた。

 足できちんと地面に降りたった、線の細い体躯は瑠璃色のタキシードを着て、白い細身のズボンに茶色のロングブーツで優雅に佇んでいた。

 心の世界では自身が望む服装へと自然と変わるようにできている。神父、聖霊師、メシア保有者――いくつもの顔を持つ、青の貴公子という名が相応しかった。

 崇剛の内側で未だに流れ続けている、音楽と魔術の融合曲――カルミナ ブラーナ。

 イントロダクションが終わり、細かく静かに刻まれてゆくストリングスの調べに合わせ、ピアニッシモでじわりじわりと、死という恐怖を警告するように、月の満ち欠けを人の輪廻転生に見立てた詩がささやかれる。

 Semper crescis/満ちては。
 Aut decrescis/けてゆき。
 Vita detestabilis/生きざまは忌まわしく。 
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