明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄

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心霊探偵はエレガントに〜karma〜

ローズマリーは踊らされて/2

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 どこにどう話がつながっているのか明白だったが、猊下は好青年の笑みで「えぇ」と先を促した。

「そ、それが……こんなことに使われるとは思ってなかったんです。まさか、ダルレさまが拘束されるとは……!」

 若い男は苦しそうに全てを懺悔し、絨毯の上に突っ伏した。猊下がそばへそっと腰を下すと、白いローブの裾が全てを穏やかに包み込むように広がった。

「そうですか。胸に秘めたままでさぞ辛かったでしょう」

 ラピスラズリの腕輪をした手で、若い男の肩に優しく触れる。騎士団の制服を着た男は涙で濡れた頬を上げた。

「ダルレさま、どうかお逃げください」

 猊下は少し寂しげな表情をして、首を横へゆっくり振った。

「私が逃げれば、他の信者に疑いの目は向きます。ですから、犠牲になるのは私一人で構わないのです」

 慈悲深いという言葉が跪くほど、慈愛に満ちた教祖の前で、若い男は本当の神に出会ったような気がした。

「ダレルさまはみんなを守るために、わざとお捕まりになったのですか?」
「えぇ」

 多少の嘘は必要なのだ。猊下は春風のようにふんわり微笑みながら、デジタルに感情を切り捨てられるような厳しい人物だった。

 ――別次元で、ふたりの間に立っている白い服の男が、指先を顔の前に差し出すと、マスカットが現れた。シャクッと歯でかみ砕くが、甘くさわやかな香りは部屋には漂わなかった。

 自分の善意が悪意に変えられ、教祖の身に影響を及ぼしている。若い男は耐えられなくなって、ダルレと呼ばれた男の手を握りしめようとした。

「それなら、なおさら逃げて――」

 猊下は途中で言葉をさえぎり、聖職者であるように振る舞う。長い間、教祖やってきたのだ、このくらいは簡単にこなせた。

「いいえ、私はよいのです。神がいつか答えを与えてくださるでしょう。このことは言ってはなりませんよ。決して言ってはなりません」
「はい。ですが、ダルレさまの救出を何としても考えます。それまではどうかご無事で……」

 禁止されると、人は破りたくなるものだ――。猊下はよくわかっていた。若い男は涙ながらにうなずくが、教祖という立場を装飾する白いローブを着ている猊下の、にらんだ通りに動こうとするのだ。

「無理をしてはいけませんよ。たくさんの人々の命がかかっているかもしれませんから」

 猊下の瑠璃紺色をした瞳は今はどこまでも透き通っていた。

「はい、ありがとうございます」

 若い男はすっかり涙も乾き、心の重荷からも解放され、誰にも知られないようにドアを出ていった。

 猊下は懐中時計をポケットから取り出し、きっかり一分経ったところで、ドアから一番離れた場所までそっと歩いていった。

 ぽつぽつと雨が降り始めた高窓を眺めるが、さっきまでの春風みたいな穏やかな雰囲気はどこにもなかった。

「国を治めるには世論よろんを知ることが必要不可欠。王さまと神さまの前で、国民が自身の気持ちを正直に話すのは、どっちのほうが可能性が高いのかな? つまり、世論を正確に知ってるのは、 the King or I?/国王とのどっちかな?」

 猊下の一面が垣間見えると、雷光と雷鳴があたりを引き裂くようにとどろいた。まるでどこかの黒幕がはかりごとをして、密かにほくそ笑んでいるような、戦慄を感じさせる声色で話していたが、

「半年間、証拠はどこにもなかった。ローズマリーの落とし物はよくある。偶然……じゃないかも? ふふっ」

 最後は春風みたいな穏やかな響きに変わった。可愛く小首を傾げて、漆黒の長い髪が肩からさらっと落ちた。その仕草は、悪戯少年みたいに無邪気なものだった。

 ソファーに気ままに身を投げて、雷雨になってしまった空を見上げる。寝転がった姿勢で、いつも口にしていたものが急に恋しくなった。

「お菓子ほしいなぁ~。言ったら持ってきてくれるかな?」

 空に隙間がないほど雨が降り出して、ザーザーと耳に押し寄せる雨音は徐々に強くなって、全てがかき消されそうになった。

 ――鉄の大きな塊が部屋を横に飛んでゆくと、時が止まったように音がなくなった。建物と同じ高さを走っていた車も、離陸した飛行機も、歩行者も何もかもが動かなくなった。

 そんな世界で、山吹色のボブ髪はかき上げられ、半分かじってあったマスカットは綺麗な唇に放り込まれた。

 赤い目がふたつ、猊下が寝そべっているソファーの後ろで、無機質に今の出来事を見極める。

「見当違いの質問をする――。そうすると、相手って構えなくなりやすいのね。それって、一個質問すれば十分なの。出ていったやつ、何の疑いもしないで、ただ否定したでしょ? それって、こっちを警戒してないって判断材料になるよね」

 漆黒の長い髪を持ち、神は信じていないと言いのけ、その時々で言葉遣いを使いわける男を見下ろして、胸にかけたドクロのペンダントを手のひらですくい上げる。

「こいつの話は無駄がないの。能ある鷹は爪を隠す――ってやつね」

 ペンダントから手を離し、男はナルシスト的に微笑んだ。

「世論の操作。頭いいね。でもさ、そうやって考えちゃうと、こっちに筒抜けなんだよね」

 ひとつダメ出しをして、鉄の塊が男へ向かって戻ってくるのを、片手をかかげて待ち受ける。

「だから、俺忙しくなっちゃってんだけど……。これ改善しないとダメね」

 ガシャンと重い金属がすれる音がすると、漆黒の長い髪はサラサラとソファーの上で揺れ、瑠璃紺色の瞳は横向きの部屋を昼食を待ちながら眺めていた。

 時が止まっていたことさえ、誰も知るものはいない世界は何事もなかったように動き出したが、赤い目をした男はもうどこにもいなかった。
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