明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄

文字の大きさ
928 / 967
神の旋律

雨とバッハ/2

しおりを挟む
 ――目覚めた。静寂と闇の眠りの底から。

 急速に戻ってくる五感。まどろんでいたスミレ色の瞳が鋭利さを増してゆくと、大きなプロペラのようなシーリングファンが視界に入り込んだ。

 水面みなもから上がったように、聴覚が鋭い輪郭を持って働き出す。窓を叩くひどい雨音。ベッドの中で少しだけ寝返りを打つと、雨粒でにじむ灰色の空がガラスの向こうに広がっていた。

 寝具カバーのサラサラが素肌に清潔感という感触を落としている、何の乱れもなく、いつも通りの規律。

 そのはずだったが、反対側へ寝返りを打つと、掛け布団がめくられ、誰かが一緒に眠っていたようなもぬけの殻があった。

「?」

 自分は一人暮らし。いつからかは忘れたが、一人だ。手で触れると、かすかに温もりが残っていた。

 ベッドに横になったまま、部屋を見渡す。キッチン、ダイニングテーブルと椅子。二人がけのソファー。どこにも乱れはない。誰も触った形跡がない。

 そうなると、

 人ではないのか。
 自身の商売なら、それもあり得る。
 殺し屋。人ではなく、悪魔の殺し屋――

 物理的法則など関係なく、現れてくる悪しき者。この部屋に忍び込んでいてもおかしくはない。

 警戒心を抱いたまま、シーツの上で右太ももへ手をそうっと伸ばす。肌身離さず持っている拳銃、フロンティア シックス シュータのグリップが冷たい鉄の感触を手のひらに広がらせた。

 ベッドから静かに起き出して、床に足を垂らす。雨音でかき消されがちな物音に耳を澄まして、神経を傾けて探り続ける。

 いつから悪魔と対峙する生活を送るようになったかは思い出せない。どこで何があって、記憶をなくしたのかもわからない。

 ただ自分の名前と年齢だけはしっかりと思えている。

 レン ディストピュア、三十一歳――

 立ち上がろうとすると、ベッドサイドに身に覚えのないものが置いてあった。それは女物のイヤリング。淡いピンクの控えめな小さな宝石。女性らしく儚い持ち主が容易に想像できた。

 ひとつ取り上げて、鋭利なスミレ色の瞳で切り刻みそうなほど見つめ、レンは考える。

 なぜここに。
 いつからここに。

 悪魔どころか人の気配さえもしない部屋を、拳銃から手を離して見渡す。もうなくなってしまったが、シーツの温もり。そうなると、

 昨晩のことだろう。

 膝の上に両肘を落として、首をかしげる。

 遠い昔のことではないのに、何も思い出せない。酒でも飲んで記憶をなくしたのか。そんな覚えもない。

 サーっと宙を切るような雨音がしばらく耳に響いていたが、イヤリングをベッドサイドにイラついたように戻した。

 とにかくどうでもいい。そんなことは。自分に女はいない。それはおそらく……確かだ。自信はないが。言葉としてはおかしいが。

 とにかく今は今だ。

 イヤリングの隣に置いてあったリモコンで、携帯電話でもなく、CDコンポをプレイにする。

 緑深く生い茂る薄暗い森を覆うモヤが迫ってくるようでいて、荘厳なストリングスが、スピーカーから奏でられ始めた。

 シャワーを浴びようとしたが、レンは違和感を覚えて、動きを止めた。

「?」

 CDをかける動作は覚えていた。それなのに、また記憶がない。

 間仕切りのないワンフロアの広い部屋を見渡す。潔癖症の自分らしく、綺麗に整頓されている。食器類もなく、生活感もほとんどない。遠くのほうにカウンターキッチンがあるが、その上には何もない。

 他の部屋へと続くドアは見当たらない。全身白のすらっとした体躯はベッドから離れて、自分の部屋のはずなのに、バスルームを探す。

 ブラインドカーテンの前を過ぎて、二人がけのソファーを右手にして、ダイニングテーブルへとやってくる。全てのものが初めて見るものだった。

 さらに進むと、扉がひとつ出てきた。間取り的に、外へ続くドアのようだ。通路をたどりそこへ入り込むと、別の扉が左手に現れた。

 ホテルか何かでバスルームの場所を確認するように、開けようとすると、玄関ドアからノックもなしに、サバサバとした女の大声が聞こえてきた。

「ねぇ? あたし! 開けてくれない?!」 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...