明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄

文字の大きさ
939 / 967
神の旋律

月夜の幻想曲(ファンタジア)/7

しおりを挟む
 闇夜に慣れた目が少しだけくらみ、鋭利なスミレ色の瞳は一度まぶたの裏に隠された。ゆっくりと開けると、にらみつけるような自分の目がガラス窓に映る。

 もう二時間以上、空気を入れ替えることなく走って来た列車。レンは窓のシルバーのレバーをつまみ上げる。雨の匂いはするが、星空がちらほらと広がっていて、降る気配はない。

 ゴスパンクロングブーツのバックルをカチャッと鳴らして、足を華麗に組み替える。停車駅、人の動きはない。

 席から立つこともせず、通路をのぞき見ることもなく、鏡のような車窓を視線だけで追ってゆく。進行方向から後ろへとひとつも逃さず、そうして最後で、同じ車両は空席。という事実が浮き彫りとなった。

 十数分ほど停車している間、誰も乗り込んでくる者はいなかった。二時間ぶりの駅員の鳴らす笛の音で、再び列車は動き出す。

 髪が乱れる。許せない。窓は押し下ろして、走行音は濁ったものになった。腰のあたりで腕を組み、トントンと人差し指でリズムを刻む。バッハの音色が脳裏に光る五線紙として流れてゆく。

 左の指はヴァイオリンの弦を押さえ始めるが、それはとても自然なことで、しばらく空想世界で、ヨハネ受難曲に浸っていた。

 だがふと、さっきからずっと斜め前が空席なことを思い出した。知っているような知らないリョウカ。彼女が席を立ったのは、どんなに少なく見積もっても、深夜の零時前後だ。

 コートとシャツの袖口をめくって、腕時計の文字盤を見つける。今は、

 一時十五分――

 彼女に何かあったのか。恐れをなして、さっきの駅で降りたのか。それとも、あの女自体が、悪魔だったのだろうか。記憶の欠片がバラバラに散らばったまま、合わせ鏡のように幾重にも事実が並んで、どれを信じていいのか、疑えばいいのかわからなくなる。

 その時だった。割れたガラスの破片が突き刺さるような悲鳴が響き渡ったのは。

「きゃあああっ!」

 ぼんやりしていた瞳の焦点が向かい席の背もたれで、正常に戻ると、靴音が走り寄ってきた。振り向こうとすると、知らない女が一人足をもつれさせて、床の上に横滑りで倒れこんだ。

「助けてください!」

 寒さに凍えるように震え切っている声は、この世のものではない別のものに出くわしたような恐怖だった。

 女が一人どうなろうと自分には関係ない。それよりも、怯えている原因のほうが重要だ。フロンティア シックス シューターのグリップに手をかけ、走行音と揺れの中でハンマーをゆっくりと引いてゆく。

 女が涙をこぼし上目遣いで、レンのゴスパンクロングブーツにしがみつき、必死に訴えかける。

「私、悪魔に取り憑かれてるんです!」

 悪魔の殺し屋の手足の力は一気に抜け、銃はロングコートの裾から見えたままになった。彼の脳裏で同じ言葉が残響を呼びながらぐるぐると回る。

 悪魔に取り憑かれている。悪魔に取り憑かれている。悪魔に取り憑かれている悪魔に取り憑かれている。悪魔に取り憑かれている悪魔に取り憑かれている悪魔に取り憑かれている。悪魔に取り憑かれている悪魔に取り憑かれている悪魔に取り憑かれている悪魔に取り憑かれている……。

 悲痛という大波が無音のまま一瞬にして近づき、飲み込まれてしまうような絶望という海底へと独り沈んでゆく。レンは急に息苦しさを覚え、思わず目を閉じる。

 その時だった、あたりをつんざくような銃声が響き渡ったのは。

 ズバーンッッッ!

「あなたの好みの女なの? そんな小物も見抜けないなんて……」

 呪縛の鎖が砕かれたように、体の硬直は解かれ、レンは目をそっと開ける。足元の床には黒い蛆虫がのたうちまわる山ができていた。

 いなかったはずのリョウカが立っていて、拳銃、ピースメーカーの銃口を今、か弱い女のふりをした悪魔からはずしたところだった。

 助けられたで、合っているのだろうか――

 何かがずれたまま、夜行列車は終点の駅へと向かって走ってゆく。ヘッセン村にあるカスルディカ城の悪魔を退治するために――――
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

【R18】仲のいいバイト仲間だと思ってたら、いきなり襲われちゃいました!

奏音 美都
恋愛
ファミレスのバイト仲間の豪。 ノリがよくて、いい友達だと思ってたんだけど……いきなり、襲われちゃった。 ダメだって思うのに、なんで拒否れないのー!!

私の推し(兄)が私のパンツを盗んでました!?

ミクリ21
恋愛
お兄ちゃん! それ私のパンツだから!?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...