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復活の泉
暗黒郷(ディストピア)からの逃げ水/2
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スニーカーの足がアスファルトを蹴り上げる音が、古いビルの谷間に響き渡る。追っ手の聴覚から逃げることはできない。しかし、とにかく逃げなければいけない。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
再び呼吸を激しくしながら、カナリラ惑星での自身の立場を振り返る。
科学で功績を残すことが、地位や名誉を手に入れる有力な術。移住してきた親のいない子どもの人権はない。科学の発展のために、子供たちは実験台として使われる。正当な理由として、政府によって許されている惑星なのだ。
異星人でも快く受け入れたのは、そういうわけだったのだ。そして、ヒカリはこう呼ばれるようになった。
「B-156789、発見した!」
大きな水たまりを避け、もう少しで大通りへ出れるところだったのに、行く手を阻むように人影が飛び出してきた。
迷路のように入り組んだ路地。闇雲に逃げても捕まるだけだ。逃走しては捕まってをほぼ毎日繰り返して、十年。一度通った道は覚えている。
ヒカリは慌てて足に急ブレーキをかけ、
「っ!」
何歩か後ずさり、珍しく焦りの色をにじませている水色の瞳であたりを素早く見渡し、
「よし、こっちだ」
細い路地に滑り込むように入った。小さく切り取られた星空の下で、サイレンがぐるぐるとまとわりつくように響く。
服は最低限しか支給されず、買いに行くことなどほとんど叶わない。十二月半ばだというのに、フード付きのパーカーに、半ズボン。そして、ボロボロのスニーカー。髪も体も一体いつ洗ったのかわからない。
ダストボックスや壊れた自転車にぶつからないよう、下水の処理もよくされていないドブくさい路上を、全速力で走り続ける。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
最初は何が起きているのかわからなかった。子供ばかりの宿舎に、大人がやって来て、他の子が出てゆく。しかし、それっきり戻ってこない。養う親でも見つかって、どこか別のところで暮らすようになったのだろうと気軽に思っていた。
しかし、ある日、自分の番がやって来た。薄汚れたワゴン車に乗せられるが、声をかけられることはなく、それどころか物のような扱い。ガタガタ道をシートベルトもつけず、あちこちに体をぶつけながら、着いた先は、白衣を着た大人ばかりがいるところだった。
鉄のベッドみたいなものに体をくくりつけられ、何の配慮もなく注射を打たれる。すぐに意識が朦朧としたり、時にはひどい吐き気に襲われ、息苦しいほど鼓動が大きく、全身が心臓になったのかと思う時もあった。
そして、そのあと、白衣を着た大人たちの会話が遠くから聞こえてきた。
「A薬は、心臓発作を誘発して、すでに死亡例は五十七件だ――」
自分のような惑星難民の子供にとって、ここは暗黒郷だった。助けてくれる大人もおらず、惑星を脱出する術もなく、殺されてゆくしかない運命。
それでも、ヒカリは必死に抗って、逃げては捕まりの日々を、もう十年も続けてきた。出口の見えない逃走劇。
家族と過ごした平和だった日々はもう戻らない。人々の幸せは核兵器で無残にも破壊された。それは誰がどうすれば違う未来を歩めたのだろう。
まっすぐ行けば行き止まり。ヒカリは右の細道へ入った。そこは人一人が横になってやっと通れるような場所だった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
汚れた壁に背をつけ、雨どいの細い影に隠れる。研究という正義か何か知らないが、人殺しをする言い訳を掲げ、自分の体を探している大人たちを、息を潜めてやり過ごす。
「…………」
靴音が足早に近づいてくる。距離にして一メートル斜め後ろで、
「どっちに行った?」
男の声がビルの谷間にこだました。靴底が地面をする音がいくつも増えてきて、
「そっちじゃなかったのか?」
すぐ横のアスファルトの上で、靴の先が視界に入ってきた。ヒカリは雨どいと同化してしまうほど、ぎゅーっと身を寄せた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
再び呼吸を激しくしながら、カナリラ惑星での自身の立場を振り返る。
科学で功績を残すことが、地位や名誉を手に入れる有力な術。移住してきた親のいない子どもの人権はない。科学の発展のために、子供たちは実験台として使われる。正当な理由として、政府によって許されている惑星なのだ。
異星人でも快く受け入れたのは、そういうわけだったのだ。そして、ヒカリはこう呼ばれるようになった。
「B-156789、発見した!」
大きな水たまりを避け、もう少しで大通りへ出れるところだったのに、行く手を阻むように人影が飛び出してきた。
迷路のように入り組んだ路地。闇雲に逃げても捕まるだけだ。逃走しては捕まってをほぼ毎日繰り返して、十年。一度通った道は覚えている。
ヒカリは慌てて足に急ブレーキをかけ、
「っ!」
何歩か後ずさり、珍しく焦りの色をにじませている水色の瞳であたりを素早く見渡し、
「よし、こっちだ」
細い路地に滑り込むように入った。小さく切り取られた星空の下で、サイレンがぐるぐるとまとわりつくように響く。
服は最低限しか支給されず、買いに行くことなどほとんど叶わない。十二月半ばだというのに、フード付きのパーカーに、半ズボン。そして、ボロボロのスニーカー。髪も体も一体いつ洗ったのかわからない。
ダストボックスや壊れた自転車にぶつからないよう、下水の処理もよくされていないドブくさい路上を、全速力で走り続ける。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
最初は何が起きているのかわからなかった。子供ばかりの宿舎に、大人がやって来て、他の子が出てゆく。しかし、それっきり戻ってこない。養う親でも見つかって、どこか別のところで暮らすようになったのだろうと気軽に思っていた。
しかし、ある日、自分の番がやって来た。薄汚れたワゴン車に乗せられるが、声をかけられることはなく、それどころか物のような扱い。ガタガタ道をシートベルトもつけず、あちこちに体をぶつけながら、着いた先は、白衣を着た大人ばかりがいるところだった。
鉄のベッドみたいなものに体をくくりつけられ、何の配慮もなく注射を打たれる。すぐに意識が朦朧としたり、時にはひどい吐き気に襲われ、息苦しいほど鼓動が大きく、全身が心臓になったのかと思う時もあった。
そして、そのあと、白衣を着た大人たちの会話が遠くから聞こえてきた。
「A薬は、心臓発作を誘発して、すでに死亡例は五十七件だ――」
自分のような惑星難民の子供にとって、ここは暗黒郷だった。助けてくれる大人もおらず、惑星を脱出する術もなく、殺されてゆくしかない運命。
それでも、ヒカリは必死に抗って、逃げては捕まりの日々を、もう十年も続けてきた。出口の見えない逃走劇。
家族と過ごした平和だった日々はもう戻らない。人々の幸せは核兵器で無残にも破壊された。それは誰がどうすれば違う未来を歩めたのだろう。
まっすぐ行けば行き止まり。ヒカリは右の細道へ入った。そこは人一人が横になってやっと通れるような場所だった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
汚れた壁に背をつけ、雨どいの細い影に隠れる。研究という正義か何か知らないが、人殺しをする言い訳を掲げ、自分の体を探している大人たちを、息を潜めてやり過ごす。
「…………」
靴音が足早に近づいてくる。距離にして一メートル斜め後ろで、
「どっちに行った?」
男の声がビルの谷間にこだました。靴底が地面をする音がいくつも増えてきて、
「そっちじゃなかったのか?」
すぐ横のアスファルトの上で、靴の先が視界に入ってきた。ヒカリは雨どいと同化してしまうほど、ぎゅーっと身を寄せた。
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