時限爆弾ケーキ

明智 颯茄

文字の大きさ
8 / 15

お題に答えて/4

しおりを挟む
 妻の右隣に座っていた夫は、短い金髪で、晴れ渡る青空のような天色あまいろをした瞳をしていた。それは人懐っこそうで、優しげだった。かっこいいではなく、ヤンチャと言う言葉がよく似合うイケメン。

張飛ちょうひっす。職業は、小学校の体育教師っす」

 粋のいい言い方で気さくに返事が返ってきた。しかも簡潔。

「普通すぎだ」

 みんなため息まじりに言った。おかしすぎた今までがあると、なんだか物足りない気分になるのだった。

 孔明は自分の爪を見ながら、つっけんどうな感じて言う。

「あれ? 張飛、今までの職業遍歴は言わないの?」
「え、先生だけじゃないんですか?」

 初耳の妻は、思わず隣の人の横顔をじっと見つめた。

「違うよ。色んなことやったよね?」
「そうっすね」
「じゃあ、それもお願いします」

 聞けるのなら、聞けるうちに収集してしまえと、大雑把な妻は即決した。

「最初、料理屋をやったっす」
「料理できるのか?!」

 明智家の料理担当である独健は少し驚い顔をした。

「きちんと習ったっすよ」
「知らなかった」

 張飛の斜め前の席で、テーブルに肘をついて、孔明は自分の爪を見ながら、

「で、どうして辞めちゃったんだっけ?」
「食材全部自分で食っちゃうんす。仕入れても仕入れても、お客さんに出す前になくなるっす」
 
 張飛はこう言って、照れたように笑った。妻はああとため息まじりに言い、何とも言えない顔になった。

「そう言う落とし穴があったか」

 大食いの夫に飲食店は向いていなかった。

 孔明は爪を見るのをやめて、頬杖を気怠そうにつき、視線はなぜか訝し気だった。

「それで、次は何したんだっけ?」
「金物屋をやったんす」
「食べ物じゃないから、今度は売り物になりますね」

 妻はいい予感を覚えて、隣でうんうんとうなずいた。

「で、どうして辞めちゃったんだっけ?」
「困ってる人に無料であげてたら、品物がなくなったっす」
「人がよすぎる……」

 夫婦十人があきれたため息をついた。妻は思う。張飛は憎めない性格なのがいいところだ。他にも色々やったのだろうが、なぜ今の職業になったのか気になった。

「じゃあ、教師になろうとしたのはどうしてですか?」

 天色の瞳はにっこりとこっちを見つめた。

「落ち込んでた時に、近所の小学生に声をかけられたんす。それで、子供相手の仕事をしようと思って、教師になったんす」
「そういうことがあったんだ。いい話聞かせてもらったなあ」

 妻は思いがけずほっこりした気持ちになって、椅子の上で少しだけ足をパタつかせた。

「子供ってかわいっすよ。心も洗われるっす。だから……」

 やっと一周終わりそうだったのに、張飛はまだ話を続けようとしていた。もしも叶うのなら、もう一ターンケーキをリレーさせて、他のことも聞きたいところである。妻は夫の話の途中でさっと話をまとめ出した。

「と、ここまでに今はします。時間がなので、また今度聞かせてください」

 とりあえず、十人は回った。

「はい、終了」

 だが問題ありありで、颯茄は声を荒げたが、

「っていうか! 真面目に答えたの、十人中五人だけなんですけど!」

 テーブルの上にだらっともたれかかって、頬づえをついている焉貴から指摘がやってきた。

「それは、お前が最初に言わないからでしょ?」
「何をですか?」

 名前と職業を言うようにと振った。颯茄としては、きちんと伝えたつもりだったが、夫たちには違う風に取られたのだ。光命が中性的な唇に、神経質な細い手の甲をつけてくすくす笑う。

「おかしな人ですね、あなたは」

 地獄への扉がギギーッと開くように、月命の含み笑いが聞こえてきた。

「うふふふっ。僕がお仕置きして、君の思考回路を直して差し上げましょうか~?」

 颯茄はパッと椅子から飛び上がって、両手を頭の上で大きく横へ振りながら猛反発する。

「いやいや、やめてください! その鎖でぐるぐる巻きにした上に、牢屋に監禁して、一気に殺すんじゃなくて、細い針でチクチク刺すから始まって、火で下から炙りジワジワといたぶり殺すような、目をするのは……! 月さんは本気でしてきます!」

 月命という夫は、人の弱点は絶対に見逃さないのである。滅多に姿を現さない邪悪なヴァイオレットの瞳は鋭く妻を捉えた。

「すぐに思いつくということは、そちらを望んでいるということでしょうか~?」

 陛下から懲罰を受けようと、逮捕されようと、そんなのはどうでもいいのである。月命にとっては、実験をしてみたいのだ。死なない世界だからこそ、人が死ぬことを純粋に知りたいのだ。死ぬとは殺すとは、どんなものなのかと、常に想いを馳せている。

 通常と違う価値観を持っている夫を前にして、颯茄は首を横にプルプルと振って大慌てで叫んだ。

「いやいや! 違います! 死は望んでません!」

 のんびりと自分の爪を見ていた孔明が、間延びした陽だまりみたいな穏やかな声で聞いた。

「颯ちゃん、失敗しちゃった~?」
「ん?」

 原因は自分にあるようだった。どこかずれている妻の頭では、何を指摘されているのかさっぱり。

 遊線が螺旋を描く優雅で芯のある、光命の声がなぜ全員答えてこなかったのかの理由を告げた。

「真面目に答えてくださいと言っていませんでしたよ」

 颯茄は頭を抱えて、以心伝心ではない夫婦の絆というリングに沈められたのだった。

(あぁ~、やってしまった。名前はとりあえず、全員あってた。ただ、みんなの職業がわからない~! よし、こうしよう!)

 今も刻々と時を刻んでいる、時限爆弾ケーキを手元に置いて、妻は再度決意を固めるのだった――――
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

旦那様の愛が重い

おきょう
恋愛
マリーナの旦那様は愛情表現がはげしい。 毎朝毎晩「愛してる」と耳元でささやき、隣にいれば腰を抱き寄せてくる。 他人は大切にされていて羨ましいと言うけれど、マリーナには怖いばかり。 甘いばかりの言葉も、優しい視線も、どうにも嘘くさいと思ってしまう。 本心の分からない人の心を、一体どうやって信じればいいのだろう。

異世界に喚ばれた私は二人の騎士から逃げられない

紅子
恋愛
異世界に召喚された・・・・。そんな馬鹿げた話が自分に起こるとは思わなかった。不可抗力。女性の極めて少ないこの世界で、誰から見ても外見中身とも極上な騎士二人に捕まった私は山も谷もない甘々生活にどっぷりと浸かっている。私を押し退けて自分から飛び込んできたお花畑ちゃんも素敵な人に出会えるといいね・・・・。 完結済み。全19話。 毎日00:00に更新します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

有名俳優の妻

うちこ
恋愛
誰もが羨む結婚と遺伝子が欲しかった そこに愛はいらない

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

処理中です...