翡翠の姫

明智 颯茄

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白の巫女/6

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 白の巫女がウンウンとうなずくと、純白の巫女服の肩で、栗皮色の髪がサラサラと揺れ動いた。

「そうです。月が出てる時は私が表に出ます。隠れてる時は黒の巫女が表に出ます」
「そうですか」

 にっこり微笑みながら、貴増参は間を置く言葉を使った。そうして、頭の中で整理する。

(二大勢力。内部分裂……そのような国の行く末は……少なくともふたつ)

 必要なものだけが、考古学者の脳裏に並べられる。

 非常に不安定な情勢。
 黒の巫女の言葉と態度。
 呪いの跳ね返し。
 天災は起きない。

(ひとつは内部紛争で国は分裂。もしくは、崩壊……)

 暗雲が立ち込めているような国の行く末。目の前にいる、どこからどう見ても十代後半の少女が巻き込まれているであろう政治。

 だが、事実はどこにもない。今までの話で判断するのは危険だ。だからこそ、もうひとつの結論を出すのは、先送りにする。

 ヒューヒューと通り抜ける風が咆哮する。それを遠くで聞きながら、貴増参はあごに手を当て、考え続ける。 

(ですが、内部紛争だけではおかしい……)

 すれ違う事実たち。白の巫女の態度からすると、自分がここにいることを知らないようだった。

 そうなると、黒の巫女側に自分が捕まった。それが事実に近いだろう。しかし、矛盾が出てくるのだ。

(僕が黒の巫女の話を聞いたかもしれないと、彼らは判断している可能性が高い)

 人の口には戸は立てられない。

(白の巫女に僕を近づければ、僕から反対勢力の情報が渡ってしまう危険が上がります。しかし、僕はここにいます)

 黒の巫女の荒げた声は、あの高い茂みにいる自分にまで届いていた。見張りをしていた誰かに、それを見られていたと考えるのは当然のことだった。

 だが、目の前にいる白の巫女は、表情を曇らせるわけでもない。

(そうなると……。単なる、白と黒の対立ではない。という可能性が出てきた)

 さっき見送った危険性という残り火が、徐々に大きな炎になってゆく予感を覚える。

「他国との国交で最近変わったことはありませんでしたか?」

 さっきまでと全然違ったことを聞かれて、白の巫女は首を傾げ、遠くの壁をじっと見つめ、

「ん~~?」

 しばらく考えていたが、パッと表情を明るくして、人差し指をすっと顔の横に持ち上げた。

「あぁ、ありました!」

 貴増参は思った。自分も大概のんびりしている性格だが、どうやっても政治戦略に長けている、少女には見えなかった。

「どのようなことですか?」
「半年前から、東の国から布地が安く手に入るようになったと聞きましたよ」 

 見ず知らずの自分へと、簡単に自分の服を破いて、渡してきた原因はこれだったのかもしれない。

 だが、誰かに聞いた、だ。この白の巫女ならば、事実と違っていても、部下の言葉を鵜呑みにする可能性がないとは言い切れない。

 だからこそ、貴増参は問うた。

「相手はどのような理由だと説明してましたか?」
「新しい方法で入手が簡単になったからだと言ってました」

 何の支障もなく、薄紅の唇から言葉が出てきた。貴増参はにっこりと微笑んで、ただうなずき返す。

「そうですか」

 これ以上は自分には何も言えない。考古学という見地から歴史の一ページとして、傍観者となるだけだ。

「国の名前は聞けたりしますか?」
「はい。ここが谷和紀やわき大国で、東の国が可夢奈かなむです」

 貴増参は聞いた名をそのまま繰り返した。

「ヤワキ、カムナ……」

 専門書のページが何冊も同時にめくられてゆく。だが、どこにもそんな国の名前はなかった。

(僕の知らない歴史上の場所。もしくは、まったく違う世界に来た……どちらなのでしょう?)

 あごに手を当てたまま動かなくなってしまった男の綺麗な顔を、どこかずれているクルミ色の瞳は落ち着きなくうかがっていた。

 ふたりの頭上高くで黒い雲が尾を引いて、いくつも空を流れてゆき、建物の外で草の揺れる音と虫の音がしばらく響いていた。

 だが、ふたりの沈黙は別の女によって破られた。

「リョウカさま、夕食を持ってまいりました」
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