12 / 28
白の巫女/6
しおりを挟む
白の巫女がウンウンとうなずくと、純白の巫女服の肩で、栗皮色の髪がサラサラと揺れ動いた。
「そうです。月が出てる時は私が表に出ます。隠れてる時は黒の巫女が表に出ます」
「そうですか」
にっこり微笑みながら、貴増参は間を置く言葉を使った。そうして、頭の中で整理する。
(二大勢力。内部分裂……そのような国の行く末は……少なくともふたつ)
必要なものだけが、考古学者の脳裏に並べられる。
非常に不安定な情勢。
黒の巫女の言葉と態度。
呪いの跳ね返し。
天災は起きない。
(ひとつは内部紛争で国は分裂。もしくは、崩壊……)
暗雲が立ち込めているような国の行く末。目の前にいる、どこからどう見ても十代後半の少女が巻き込まれているであろう政治。
だが、事実はどこにもない。今までの話で判断するのは危険だ。だからこそ、もうひとつの結論を出すのは、先送りにする。
ヒューヒューと通り抜ける風が咆哮する。それを遠くで聞きながら、貴増参はあごに手を当て、考え続ける。
(ですが、内部紛争だけではおかしい……)
すれ違う事実たち。白の巫女の態度からすると、自分がここにいることを知らないようだった。
そうなると、黒の巫女側に自分が捕まった。それが事実に近いだろう。しかし、矛盾が出てくるのだ。
(僕が黒の巫女の話を聞いたかもしれないと、彼らは判断している可能性が高い)
人の口には戸は立てられない。
(白の巫女に僕を近づければ、僕から反対勢力の情報が渡ってしまう危険が上がります。しかし、僕はここにいます)
黒の巫女の荒げた声は、あの高い茂みにいる自分にまで届いていた。見張りをしていた誰かに、それを見られていたと考えるのは当然のことだった。
だが、目の前にいる白の巫女は、表情を曇らせるわけでもない。
(そうなると……。単なる、白と黒の対立ではない。という可能性が出てきた)
さっき見送った危険性という残り火が、徐々に大きな炎になってゆく予感を覚える。
「他国との国交で最近変わったことはありませんでしたか?」
さっきまでと全然違ったことを聞かれて、白の巫女は首を傾げ、遠くの壁をじっと見つめ、
「ん~~?」
しばらく考えていたが、パッと表情を明るくして、人差し指をすっと顔の横に持ち上げた。
「あぁ、ありました!」
貴増参は思った。自分も大概のんびりしている性格だが、どうやっても政治戦略に長けている、少女には見えなかった。
「どのようなことですか?」
「半年前から、東の国から布地が安く手に入るようになったと聞きましたよ」
見ず知らずの自分へと、簡単に自分の服を破いて、渡してきた原因はこれだったのかもしれない。
だが、誰かに聞いた、だ。この白の巫女ならば、事実と違っていても、部下の言葉を鵜呑みにする可能性がないとは言い切れない。
だからこそ、貴増参は問うた。
「相手はどのような理由だと説明してましたか?」
「新しい方法で入手が簡単になったからだと言ってました」
何の支障もなく、薄紅の唇から言葉が出てきた。貴増参はにっこりと微笑んで、ただうなずき返す。
「そうですか」
これ以上は自分には何も言えない。考古学という見地から歴史の一ページとして、傍観者となるだけだ。
「国の名前は聞けたりしますか?」
「はい。ここが谷和紀大国で、東の国が可夢奈です」
貴増参は聞いた名をそのまま繰り返した。
「ヤワキ、カムナ……」
専門書のページが何冊も同時にめくられてゆく。だが、どこにもそんな国の名前はなかった。
(僕の知らない歴史上の場所。もしくは、まったく違う世界に来た……どちらなのでしょう?)
あごに手を当てたまま動かなくなってしまった男の綺麗な顔を、どこかずれているクルミ色の瞳は落ち着きなくうかがっていた。
ふたりの頭上高くで黒い雲が尾を引いて、いくつも空を流れてゆき、建物の外で草の揺れる音と虫の音がしばらく響いていた。
だが、ふたりの沈黙は別の女によって破られた。
「リョウカさま、夕食を持ってまいりました」
「そうです。月が出てる時は私が表に出ます。隠れてる時は黒の巫女が表に出ます」
「そうですか」
にっこり微笑みながら、貴増参は間を置く言葉を使った。そうして、頭の中で整理する。
(二大勢力。内部分裂……そのような国の行く末は……少なくともふたつ)
必要なものだけが、考古学者の脳裏に並べられる。
非常に不安定な情勢。
黒の巫女の言葉と態度。
呪いの跳ね返し。
天災は起きない。
(ひとつは内部紛争で国は分裂。もしくは、崩壊……)
暗雲が立ち込めているような国の行く末。目の前にいる、どこからどう見ても十代後半の少女が巻き込まれているであろう政治。
だが、事実はどこにもない。今までの話で判断するのは危険だ。だからこそ、もうひとつの結論を出すのは、先送りにする。
ヒューヒューと通り抜ける風が咆哮する。それを遠くで聞きながら、貴増参はあごに手を当て、考え続ける。
(ですが、内部紛争だけではおかしい……)
すれ違う事実たち。白の巫女の態度からすると、自分がここにいることを知らないようだった。
そうなると、黒の巫女側に自分が捕まった。それが事実に近いだろう。しかし、矛盾が出てくるのだ。
(僕が黒の巫女の話を聞いたかもしれないと、彼らは判断している可能性が高い)
人の口には戸は立てられない。
(白の巫女に僕を近づければ、僕から反対勢力の情報が渡ってしまう危険が上がります。しかし、僕はここにいます)
黒の巫女の荒げた声は、あの高い茂みにいる自分にまで届いていた。見張りをしていた誰かに、それを見られていたと考えるのは当然のことだった。
だが、目の前にいる白の巫女は、表情を曇らせるわけでもない。
(そうなると……。単なる、白と黒の対立ではない。という可能性が出てきた)
さっき見送った危険性という残り火が、徐々に大きな炎になってゆく予感を覚える。
「他国との国交で最近変わったことはありませんでしたか?」
さっきまでと全然違ったことを聞かれて、白の巫女は首を傾げ、遠くの壁をじっと見つめ、
「ん~~?」
しばらく考えていたが、パッと表情を明るくして、人差し指をすっと顔の横に持ち上げた。
「あぁ、ありました!」
貴増参は思った。自分も大概のんびりしている性格だが、どうやっても政治戦略に長けている、少女には見えなかった。
「どのようなことですか?」
「半年前から、東の国から布地が安く手に入るようになったと聞きましたよ」
見ず知らずの自分へと、簡単に自分の服を破いて、渡してきた原因はこれだったのかもしれない。
だが、誰かに聞いた、だ。この白の巫女ならば、事実と違っていても、部下の言葉を鵜呑みにする可能性がないとは言い切れない。
だからこそ、貴増参は問うた。
「相手はどのような理由だと説明してましたか?」
「新しい方法で入手が簡単になったからだと言ってました」
何の支障もなく、薄紅の唇から言葉が出てきた。貴増参はにっこりと微笑んで、ただうなずき返す。
「そうですか」
これ以上は自分には何も言えない。考古学という見地から歴史の一ページとして、傍観者となるだけだ。
「国の名前は聞けたりしますか?」
「はい。ここが谷和紀大国で、東の国が可夢奈です」
貴増参は聞いた名をそのまま繰り返した。
「ヤワキ、カムナ……」
専門書のページが何冊も同時にめくられてゆく。だが、どこにもそんな国の名前はなかった。
(僕の知らない歴史上の場所。もしくは、まったく違う世界に来た……どちらなのでしょう?)
あごに手を当てたまま動かなくなってしまった男の綺麗な顔を、どこかずれているクルミ色の瞳は落ち着きなくうかがっていた。
ふたりの頭上高くで黒い雲が尾を引いて、いくつも空を流れてゆき、建物の外で草の揺れる音と虫の音がしばらく響いていた。
だが、ふたりの沈黙は別の女によって破られた。
「リョウカさま、夕食を持ってまいりました」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる